第十四話二人の聴聞師
『罪深い話です』
聖堂の聴聞室で、聴聞師は厳かに言った。
チャンプは全身をピリピリさせて聞いていた。
『相手の人事不省にかこつけて、薬の力で……などと』
「後悔しています」
聴聞師たちは相手がまだ男だとは知らない。
フォリオの神は二双神。よって神の使いたる聴聞師も二人いる。
もう一つの声が同情的に言った。
『そのひとを愛しているのではありませんか』
青年の脳裏に暗い衝撃が走った。
彼はみじんも意識はしていなかった。リオンをそんなつもりで守ろうとしたわけではない、と信じていた。しかしあのとき、恋人のようにリオンを抱いた。それは……?
暗闇の密室で、告白をするチャンプ。
「愛してます」
罪は重くなる。言葉をかさねるほどに、
『あなたのしたことはその相手を貶める行為だ』
怒りの声が低くささやいたが、静かな声音がそれを制した。
『その気持ちだけを相手に伝え、許しを乞いなさい』
チャンプは目をかたくつぶった。どちらかといえばクールな声で聴聞師は諭すのだ。
『神が証人です。たとえそのかたに許されようとそうでなかろうと、罪をあがないなさい』
『許されまいとは思うが、あがないきれなければ悪いことがあるぞ――』
『しっ、なにをいうか。聖なる神託と同じなんだぞ――』
『だってさあ、俺が関係者なら許せないと思うわけ』
『しぃぃいいいっ!』
黒いヴェールの向こうでのことは、青年にとってあまり問題ではなかった。
フォリオの神は相反する意見を同時に下す神なのだ。聴聞師とてそのような人物が好ましいとされている。だからなのだ、この混乱は。
しかしチャンプには正直にいってみれば肌のあわない神だった。
『と、とにかくあがないなさい。具体的にはお布施を……』
『つぐなえばいいってものじゃないがな』
「……まっぴらなことだ」
フォリオの二面神が憤り、彼を金杖で打つのが目に見えた。背信の徒にも一部の罪悪感はあった。
『な、なんだとおっ、神の言葉同然なのに逆らうのかっ』
『あーあ、またクビだよ、俺たち』
『しっ、それを言うな。か、考え直せ。迷えるものよ。さすれば道もひらけよう』
「もう、いい。聖堂なんかにきたのが間違いだった。違う答えを同時に吐き出す神なんか、俺はもう信じられないね」
青年は音立てて密室を出、全てを心にしまっておくことにした。リオンにも言うつもりがない。
これは定めだ。
あがないきれないのは、まったくチャンプの宿命だった。
聴聞師が震えながらヴェールの向こうでささやきをかわしていた。
「レノク、どうしてこうなるんだ」
「おまえがいけない、ヴァルソ。本当のことばっかり言うからだ。人間、都合のいい嘘しか信じないんだよっ」
レノクとヴァルソは針金のように鋭角的直線からなる人物と、まあるくやわらかな楕円のシルエットをもつ人物だった。
「だっておまえ、婦女暴行なんだぞ」
「二人がくっついちまえば、そんなものはチャラさ。どうしておまえ、そんなことがわからないんだ」
レノクが神経質に掌で顔面をなでおろす。
「あああ、やっぱりクビだ。これからどう食っていきゃいいんだ」
「だあら、どうしておまえはそう、暗いんだ。こんなことはささいなことさ」
「でもこれでまたお布施が減るじゃないか」
ヴァルソは肉のはみでた首筋をふるわせる。
「信者はたくさんいるって、聖父も言っていたろう。平気さ」
「おまえは楽観的だなあ。理想ばっかりでは食っていけないんだぞ」
「おまえこそ、もうちっとうまく嘘をつけ」
二人はすっかり聖堂の床にかがみこんでいた。頭上にきらびやかな光の粒子が舞い始めている。彼らは二面神であるフォリオの神像を見上げた。
銀と金の仮面のような面に紅玉と碧玉とがぞう眼されている。額には月桂樹の冠と蛇が巻きついて、まがまがしくも神聖なるものにもうつる。
レノクが先に呟いた。
「なんとかなるかな……」
「なるさ。全然こんなの、失敗のうちじゃない」
だが、聖堂から二人の新参者の聴聞師が消えたのはその日のうちだった。
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