「殺してくれるんだろう?」


 チャンプは本心からのように応える。


「傷つく前のおまえになるならな」


 少年は一瞬、何を言われたかわからない、という顔をした。


「……どうしろっていうんだ」


 喉の奥で笑う。戯言だと思ったのか、気がそらされたのか。


 頭上から朝露が滴り、リオンの目頭に落ちた。


「どうしたいんだ、おまえは。自分でわからないのか」


 熱にうかされたようにリオンは強気に言った。


「もうこわくない。不思議だ」


「ほらみろ。嫌なことは忘れる薬なんだ」


 チャンプは穏やかに言う。彼は腕の力をゆるめた。安心したような、慰めるような声だった。


「いやなことがあるのか?」


 リオンは今までの会話をすっとばす。どうやら意識がとぎれ、記憶が断片的になっているらしい。


「おまえだ、おまえが飲んだやつのことだ」


「もうわからない。うそつきだな、忘れるんじゃなく、わからなくなった」


 チャンプは胸にリオンを抱いたまま、その身を安らげるようにたたいた。


「それで、いいじゃないか」


「すごく安心だ……」


 チャンプは体重を後方へ反らせるリオンを、危うく支える。一気に引き戻して青年は大きな胸に彼を包みこんだ。リオンは息を吐いた。


 やさしく、青年は問う。


「眠いか」


「ねむい……」


「じゃあ帰るか」


 青年のそれは甘い誘導。


「帰る……」


「計画は今度か……」


 チャンプは独りで空に向かって呟いた。リオンはひとつ、大きく息を吸いこむと、安らかな呼吸で眠りに落ちていった。


「……こん……ど……」


 チャンプの目も光っていた。


「ああ……今度だ。リオン」


 今日のところは、ひとまずしのいだのだから。だからリオンの心にふたをして、この次はどうしても領主のところへ行くだろう。そのために約束したのだから。


「星が証人、か……」


 誰も知らない、心の闇をチャンプとリオンはわけあったのだった。


 

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