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男は戯言でも聞いたかのように首をかしげる。その口元には皮肉な笑みが刻まれていた。
「かわいそうに。よっぽど辛い思いをしてきたんだなあ。私は悪態なんぞ気にしはしない。好きなだけ言うがいい」
低く喉を鳴らす男に、不平じみて少年は言った。
「違う。辛くなんかない……なかった。ただ虚ろなだけだ」
「虚ろ?どうして」
「見たくもないものを見すぎた」
「あんなに立派な誓いを立てておいて、弱音か」
「笑えばいい。自分の中に信じられるものがなにひとつとしてない。だから誓いなんぞ立てたんだ」
「逆、ではないのかな……」
「ああ。誓いを立てるだけの気概はあった。それもただ目的が欲しかっただけなのかもしれない。この手に持てる確かなものが必要なんだ」
焔の中で枝のはぜる音がして、火の粉が舞い上がった。青黒い闇が二つの命を隔てている。恐ろしいほど、それは静まり返っていた。
「確かなものなど、この世にあるものか」
苦笑する男に不穏なものを感じて、少年は矛先を変える。懸念するように彼は言った。
「なあ、鶯は鳴いたか……?」
「ああ待て。日が悪いと鳴かない……もうそろそろ鳴くだろう」
男は火に視線を落としている。
「鳴いたか」
「いやかえるだ」
「まだか」
少年はイライラとして言った。
「何を恐れる、
男は即座に少年の痛いところを突いた。
「なにも」
「唇がふるえている」
「ふるえるものか」
強く否定するのは肯定と同じだ。
「まつ毛も目も、耳もなにかを感じとった鹿みたいに、ほれ……ふるえているだろうが」
男は無造作に小枝をつきつける。少年はマントの中でかたく身をこごらせて、わずかに溜息をもらした。
「火……火をたくさんくべてくれ。ここは少々、寒気がひどい」
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