男は木立に寄り、少年の足首に薬油を塗ってやりつつ、冗談めいて呟いた。


「あべこべだな。人間がかかったとあっちゃあ、神にも差し出せない」


「あんたはお人よしだ」


「私が? とんでもない。悪党さ」


「証拠に、神なんぞを信じているらしい」


「悪党にも、すがる神はいるのさ」


 男の明るい髪が、たき火の穏やかな光に照り映えていた。少年はかすかに息をつきながら、それをながめていた。


 わりに器用に動く男の指に、似合わぬ光が灯っている。森深く夜なき鶯が鳴くのだ、と教えてくれたその男は、小指に銀の細工の指輪をはめていた。由緒のあるものなのだろう。なにかの紋章が見てとれた。


 少年は男と向かい合いながら語った。


「遠い東に、草木の生えない土地があるね……そこから俺はやってきた。そしてあちこち行くうち、アドラシオンの噂を聞いた」


 男のくれる干した肉と果物が空き腹を満たし、足も動かすのにもはや支障ない。


「よく効く薬だな。どこで手に入れるんだ」


「なに秘密さ。……旅の理由はなんだね」


 男の問いはもっともだった。


「理由は誓いがあるからさ。泉の精が証人だ。俺は正義を守り、強くなって、誓いを守る。それから、アドラシオンに行って偉くなる」


 男はあごをしごいてさえぎった。


「その使命感はどっからくるんだ。楽には生きられないのか。悠長に行倒れてられない理由は、わかったけれどなあ」


 たき火に小枝をさしいれて、燃えカスを除いている。男はしばらくそうしていた。


「わからないよ。死んでもあんたには」


「わかりたくもない。そんな切実な理由なんか、私には必要がない」


「そうだろうな」


「それだけでもないがな」


 少年は低く笑った。マントの奥で。

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