第一話ナイチンゲールは鳴いたか

 鳥の鳴かない、暗い森を風だけが通り過ぎる。


 遠雷――どこからともなく、ひらめく閃光。


 黒い森影――そこは山陰のひそみ。


「こんなところでなにをやっているんだい?」


 くぐもった感じの、あきれかえった声が、天から少年の上に降り注いだ。


「……見てわからないか? 落とし穴にはまったんだ。悪かったな」


 かすかな怒りがその声にはこめられていた。


 無精ひげの伸びたあごをフードに埋めこんで男は真剣に考えている様子だ。


 落とし穴の底ははるか下方。


 中に落ちこんでいたのは十代前半らしき若者だった。


「ああ、十分に見てとれるがな。私が聞いているのは……罠にかかるのは猪だけだと思っていたのだが?」


 うなる調子の声が下方から風にのってきた。


 それは、鋭敏なささやきだった。


「現に俺は難儀している。通り過ぎてゆく気がないのならば、綱の一本でも下ろせ」


 男はせせら嗤うのでもなく、あきれた調子でからかった。


「ふん、その様子じゃ行き倒れか、罠にかかった獲物をかっさらうかの択一だったかね? なんだって私がそんな真似をせにゃならん」


 穴の前にかがみこむ男の目に、やや傷ついたような顔が見えた。


「ついでだ。人助けしたっていいだろう。そんなにして、つくづくのぞきこんでいるところを見ると、ひまなんだろうが」


 遠目でもりりしい顔立ちが垣間見えるのだが、その瞳は中性のようだ。透き通ってはいるがどこか屈託がある。それでいて人を惹きつけるのだ。少年は肩を震わせていて、屈辱に耐えているようだ。


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