双月の闇一千年

れなれな(水木レナ)

プロローグ


 彼の名はリオン。


 辺境に生まれた、獅子の名を冠する少年。


 巡る双月と恒星の歴史をもつこの世界に、一滴の音色をもたらした者である。


 そこは風と緑と、水滴が奏でる異世界。





 ――泉の精よ。この身を裂いて、俺の心臓をさらっていったあの人を、ぜんぶ俺のものにしてください。俺の全てをかけて今、願う――





『天の御使い』――神秘的な贈り物に、だれもが最初はそう思っていた。


 彼らは金の粉をふりまき、彼らの通った後には花が咲きみだれ、宝石がふる。


 集落オアシスの人々は集まり、宴を開いた。


 月光が全員の上に降りそそぎ、互いに笑顔をふりまき、だれひとり、疑わなかった。


 ――そののちに襲いかかる災いを、予期した者はなかったのだ。


 そのときさかずきが地に落ちてわれた。


 絶叫が闇をひき裂く。


「リオン! お逃げっ」


 母は叫んだ。リオンは避けられなかった。


 鋭い牙がおそいかかり、天上には蒼い二つの炎がひらめく。


 映えるのは青銀ぎんのたてがみで。叫びは声にならずに虚空に消えた。そして暗転した風景。


 彼は見た。鋼色はがねの狼の群れが亡者の陰につきまとい、咆哮ほうこうするのを。


 それが戦争なのだと、知ったのは独りになってからだ。


 泣きも、わめきもしなかった。それゆえ彼は一人、生き残ったのだ。


 少年が自らの上に倒れ伏す人間ははをおしのけ、そのそばに立ったとき――傷つき荒れ果てた土地には、人々の守りの泉が紅水をたたえていた。


 オオカミらはリオンの母を奪った。集落は破壊され、焼き尽くされ、全ては滅ぼしさられた。


 東の空は燃え、双月と星だけが見ていた。


 当初九歳。少年の軌跡は全ての足どりにみだされ、母の屍が胸に抱いていた長剣は彼の運命を変えた。


 リオン、十六歳の旅立ちまであと七年――。


 その間、彼のまなざしはひびわれた玉石のように、ほとんどなにものも映しださなかったのだった。

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