第23話 対峙した絶望
「ほぉー……随分変わったもんだなぁぁ………昔は木と藁の家に住んでたくせに……今は石かぁ……いや、煉瓦……とか言うんだったかな?こいつの記憶によると」
乗っ取ったデイドラの体で、エビルズは威風堂々と街の中を闊歩していた。
建物などをキョロキョロと見て、己の知っている街の風景との違いに驚いたりしながら。
「うーん、良い匂いだ♪人間の質も上がったなぁ。あの女も中々旨かった……まったく、人間の進化は恐ろしいなぁ……」
なぜ彼が悪魔と呼ばれているのかーー
それはその気質や食料に由来しているのだ。
彼の、いや、彼らの食料は主に人間であり、肉、血、骨、果ては魂に至るまで、全てを食いつくす。
だからこその、"悪魔"。
主に人間にとって、それは悪魔としか言いようがないのだから。
「ふふ……あー、そこのお姉さん!ちょっとそこでお茶でもどうですか?」
紳士風の笑みを見せながら、エビルズは
目の前を通り掛かった女性に声をかけた。
「え…?まぁ…別に良いですけど」
ーーやだこの人、結構イケメンじゃない!
「それは良かった!じゃあ是非、"お茶"しましょう……」
エビルズは女性の手を掴み歩きだす。
「ちょ、ちょっと!何処いくんですか!?」
「まぁまぁ落ち着いて。こっちに良い店があるんですよぉ……」
二人が入ったのはひと気のない路地裏。
勿論こんなところにお茶ができるような店などあるわけがない。
「あ、あの……どこにあるんですかそんな店?」
周りをキョロキョロと見回して不思議そうな顔で女性が問うが、エビルズは黙ったまま下を向いている。
「何処にもナいなイ。そンなミせはぁぁ………」
水蒸気の様な黒い霧がエビルズの体から吹き出し、女性を包む。
「きゃあああ!」
「さぁて、ドんナ味ガするノかナァァ……」
「やめて……!やめてぇぇぇええ!!!」
暗い路地裏に、女性の悲鳴だけが響き渡った……だが、それに気づく者は誰もいない……
ーーーー
「ほれ、これが例の資料だ。恐らく、お前が知りたいことは全て書いている。まぁ、俺が作ったんだから当然だがな」
ふてぶてしい態度で情報屋が元勇者に
分厚い資料を手渡す。
「おま、お前なぁ!前にも言ったが俺は客だぞ?なぁんでそんなにテキトーな対応なんだ!?」
渡された資料をぶっきらぼうに受け取り、元勇者はそう吐き捨てた。
「お前は金を払わねぇやつを客と呼ぶのか?つまりそういう事だ……」
「うぐっ………た、確かに……」
「分かったらさっさと仕事終わらせて金払いにきやがれ!」
「わぁーった!わぁーったよ!だからそんな邪険にすんなよ……帰るけどさ……」
資料を小脇に抱えて、元勇者は店を出ていく。すると、入り口で待っていたリザが元勇者の隣に駆け寄ってきた。
「どうでした?勇者さま。また怒られました?」
「釘は刺されたが怒られちゃいねぇよ。さっさと帰るぞ…」
「それは良かったですね。じゃあ頑張って仕事終わらせましょう!」
ニコッと微笑んでリザがそう言うと、元勇者は一言ーー
「こいつぁ………思ったより手のかかる仕事かもしれねぇけどな……」
そう呟き、馬車乗り場に向かって歩き出した。
「そ、そうですね。気を抜いちゃダメですよね!って、ちょっと待ってくださいよぉ!」
△△△△△
「あー、旨かった!予想以上ってやつかなァ?」
一人の女を食い尽くし、エビルズは満足そうな顔で街を歩いていた。
「ふぅ……腹ごしらえは終わりだァ……次……そこらの奴らを食い尽くしてもいいが……どうせならもっと旨いモンが喰いたい……例えば……勇者とか……喰ってみてぇなァァ!!!」
血走った目で、不敵な笑みを浮かべエビルズはそう叫んだ。
当然、周りを歩いている人々はそれを不気味に思っているが、そんなことをエビルズは気にはしない。
そう、それは人が虫けらの羽音を気にしないのと同じ。
エビルズにとって、生きている人間など虫の様な存在でしかないのだ。
尤も、死んだとしてもただの餌だとしか思わないだろうが。
暫くエビルズが街を歩いていると、見るからに騎士というような風貌をした5人ほどの集団が彼を取り囲んだ。
「突然で悪いが自己紹介をさせてもらおう。私は王国騎士団所属、レーファ・マインズ。貴様……その服に付着している血液はなんだ?まさか誰かを殺めたのではないだろうな」
その五人の内のリーダーであろう女が、エビルズに問いかけた。
ーークハハ、上手く罠にかかったなあ……ああ……こいつは旨そうだ。騎士というだけあって筋肉が引き締まっている……いいな、決定だ。こいつは喰う。他の四人もついでに喰っとくか。
「ただの"食べ残し"だよ。まぁ……"なに"を喰ったかは……言わないがなァッッーーー!!!」
エビルズの雄叫びと共に、その体から噴出した黒い霧が鋭利な刃となって女の首を体から切り離す。
他の四人の騎士も一瞬遅れてそれを認識し、エビルズに飛び掛かろうとしたがもうすでに遅く、霧の刃にその首を撥ね飛ばされてしまった。
五人の体から吹き出した鮮血であたり一面は血の海になり、その中で一人、エビルズだけが悠然と佇んでいた。
「ちょっと派手にやり過ぎたかな?どうせ全部喰うから別にいいけど」
エビルズの周りに漂っていた霧が転がっている死体を包み込みーーエビルズの食事が完了した。
「あー……少し食い過ぎちまったな。
こりゃあ太っちまうね……なんちゃって」
基本肉体がない悪魔には"太る"などという概念は存在しないにも関わらず、エビルズは下らないジョークを言ってその場を立ち去る。
そう、元勇者を捕食するために。
「コイツ(デイドラ)の記憶を辿れば……場所は分かる。少々腹ごしらえし過ぎたような気がするが……ま!良いだろう。さぁさぁさぁ!お楽しみはこれからだ…」
弾んだ声で、エビルズはそう言った。
ーーーー
その夜ーー元勇者宅
「あーも"う"!起きてください勇者さま!!
なに気持ち良さそうに寝てやがりますかコラー!」
情報屋に作らせた分厚い資料を押し付け、ソファーでだらしない格好をして眠っていた元勇者に痺れを切らしたリザが、元勇者を起こそうとしていた。
「……んだよリザぁ……終わったのかぁ……?」
「終わったのかぁ……じゃないですよ!!
自分が読み書き苦手だからって私に押し付けて……私だって眠いんですよぉ!」
「お前は俺の助手だろ?こういうのは助手がやるもんなんだよ……」
「それもそうですけどぉ……」
「じゃあ頑張るこったな~。俺は寝るけど」
そう言って、元勇者は再びソファーに寝転がって眠ろうとするがーー
コンコンッ
という軽やかなノックの音に、それは邪魔された。
どこぞのホラー映画の様な、深夜のノック音。
元勇者の世界にはホラーも映画も勿論ありはしないがーー直感的に分かるのは……
どんな世界だろうと、望まぬ来訪者であろうということだけだ。
それに対して二人はーー
「おおおおいぃりりりりリザぁぁ!い、今コンコンって!コンコンってぇぇ!!!」
「落ち着いてください勇者さま…ま、まだお客さんっていう可能性もぉ……」
「こんな夜中にか!?ありえる!?ありえる!?ありえるか……そうか……」
思い切りビビりまくっていた。
しかし、何時までビビッていてもしょうがないので元勇者はとてつもなく慎重にだが扉を開けてみることを決心し、扉におそるおそる近づいていく。
「は、はーい……今開けますよー……」
ギィィという音と共に扉が開くとーーそこには元勇者とリザにとっては見覚えのある、というか現依頼人であるデイドラの姿があった。
「あー……えと、デイドラさんですよね?
なんでこんな時間に……」
だが、元勇者は感じ取っていた。
ーーこいつ……この前会ったとき…こんな気配したか……?見ただけで背筋が凍りつくような……ドスグロイ……形容し難い邪悪…
そう、目の前のデイドラから漂う、前に会ったときでは考えられなかった凶悪で、絶望的で、身勝手で、だがどこか美しいような……えもいわれぬ邪悪な気配を。
「やぁ!初めましてかな?勇者くん。あぁ、少し訂正すると……俺の名はデイドラじゃなく、エビルズだ。"絶望と欲望のエビルズ"。それが俺の本当の名だ」
「悪いジョーダンなら良かったんだけどな……てめぇ…デイドラさんの妻を喰ったな……!」
「ああそうだよ、俺が喰った。さっきだって何人か喰ったぞぉ?最近の人間は旨い!さて……お前はどうかな…?」
飄々とした顔でエビルズは元勇者にそう吐き捨てる。
そして元勇者の顔にはーー怒り、ただただ純粋な怒りだけが、浮かんでいた。
「てめぇ…もうどうなってもしらねぇからなァーーーー!!!!」
元勇者が咆哮さけぶ。
「ふふっ………それは楽しみだァ……精々俺を楽しませてから喰われてくれよ!」
エビルズが嘲笑う。
遂に対峙したーー邪悪。
運命の環はーー加速するのを止めないーーー
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