第22話 動き出す悪と妖艶なる罠

「よぉ、情報屋!今日はあんたに一つ聞きてーことがあって来たんだが……」


あれから、元勇者とリザはある路地裏にある元勇者の顔馴染みの店、通称"情報屋"

へとやって来ていた。

のだがーー


「ねぇダーリン!今日は私と楽しいことするんでしょう?」


「違うわよオーニャ!今日は私よ!ね!ダーリン!」


どうやらお取り込み中らしく、その情報屋と呼ばれた人物は二人の美女に言い寄られていた。


「おいおい、こいつァ困ったね。良いぜ、二人一緒に相手してやるよ……」


男のその答えに、二人の美女は声を合わせて


「「やったぁ!」」


と、跳ね上がって喜んだ。

「おいおい……俺一応客なんだけど!聞こえてますぅー!?」


「ん…?おお、偉大な勇者様じゃねぇかよ。何か用かい?」


「だから客だっつってんだろうが!こんな真っ昼間から女はべらせてよぉ……商売人としてどうなのよそれは」


「つーかおめぇさん、何時の間にガキなんぞこしらえたんだよぉ。それもエルフの」


「誤魔化しやがって…………こいつは俺のガキじゃねぇよ、どー見ても似とらんだろうが」


隣にちょこんと立っていたリザを指差して元勇者がそう言うと、リザも畳み掛けるように続ける。


「そうですよ!ぜんっぜん似てないですよ!もうまったく似てない!」


「お前俺と似てることがそんなに嫌なの…?」


元勇者はリザの言葉に少なからずショックを受けていた。


「親子じゃねぇってのは良くわかったよ。それで……聞きてェことっつーんは一体なんだ? あ、オーニャとフィリアは奥の部屋行ってな」


「「はーい!」」


オーニャとフィリアは、情報屋の言いつけ通り奥の部屋に向かった。


「それなんだが、ここ1週間……いや……1年ぐらいの間にこの国で起きた未解決事件を教えてほしいんだ。誘拐でもいいし殺人でもいい。できれば死体の状態とかもな」


「何に使うんだ、とはあえて聞かねェ。

オーケー、了解だ。明日までにはまとめて資料にしといてやるぜ。だからまた明日来な」


「感謝するぜ。金は……今度払う。多分……」


そう言って、元勇者とリザが店から出ようとするとーー

「ちょォーッと待てェ……お前、ま~~た金払わねぇ気だなァ………!」


明らかに怒気を含んだ声で、情報屋はそれを引き留めた。


「うっ……」


「え…またってどういうことですか勇者さま…」


リザが引きつった顔で元勇者に問うと、代わりに情報屋がそれに答える。


「いいか、そいつはな、何度も何度も何度も何度も"今度払う"つって一回も払った覚えがねぇんだッ!毎回毎回よぉッー!

もう騙されねェぞ!タダ働きは御免だぜ!」


「そ、そうだっけェー?記憶にな……」


元勇者は知らぬ存ぜぬで誤魔化そうとしたが、情報屋のあまりの眼力にひるんでしまった。


「あァ~~ん?記憶に何だってェー?」


「いやいやいや冗談だって!ジョーダンよジョーダン!」


「よし……1週間待ってやる!それで払えなかったら………ボコボコにすっからな」


情報屋が指をバキバキと鳴らすと、元勇者は震え上がりそそくさとリザを連れて店を出ようとする。


「は……はは……じゃあこれで帰らせてもらうぜ……行くぞリザ……」


「は、はい!」


その背中に、情報屋が声をかける。


「いいかー!1週間だからなァー!1週間!絶対守れよォォォ!」


その呼び掛けに答えることなく、元勇者とリザは歩を進める。


「分かってるっつーの!金があったら払ってるッつーの!まぁ……俺がわりぃんだけど……」


「な、なんかすみません……依頼の報酬は貰うべきでしたね……やっぱり……」


「そうだな……だがまぁ……過ぎたことだ。

しゃあねぇよ、前向きにいこうぜ…前向き

に」


そう語る元勇者の顔は、前向きにという割りにはひどく疲れていた……

ーーーー

所変わって依頼人ーーーーデイドラ宅。


「彼らは……大丈夫だろうか…?ああ、クルス……君に会いたいよ……クルス……」


照明もつけず暗い部屋で一人、 デイドラは

妻の写真を見つめてそう呟いた。

と同時にーー


『………なぁ……デイドラよぉ………』


何者かが、デイドラに囁く。


「ひっ……な、なんだ…?どこから……」


『おめぇの体ン中からだよおぉぉ……何だぁ?まぁだ気づいてねぇのかぁぁ?……』


「なんだ…?なんなんだお前は!?」


『良い質問だァァ……俺は"悪魔"……

<欲望と絶望のエビルズ>。それが名だぁ……』


「あ……悪魔……?まさか……お前がクルスを!?」


『ンー………それは違うねェェ……クルス……お前の妻は………お前がぁ……お前自身が!喰ったんだよぉ……!』


「わ……私が………クルス……を……食べた……?」


悪魔が告げたその真実によって、デイドラは膝から崩れ落ちた。


『まぁ……正確には…"俺に乗っ取られたお前"がだけどな……』


「あぁ……!ああああああああああああああ!!!!!!???」


自分が妻を食べた。

その事実に耐えられなくなったデイドラの精神は完全に砕けーー


『さぁ!この体……貰い受けるぜ』


「うぁああああああああ!」


深い闇の奥底へとーー沈んでいった。


「ハッハーーーー!やったぞ!遂に完全に肉体を手に入れたぞ……! 確かこいつ……元勇者?とやらに妻の捜索を依頼していたな……はっはっは……肩慣らし程度には丁度良い……」


デイドラの肉体を完全に乗っ取ったエビルズは、暗い部屋で一人高笑いを始める。


「フハハハハッ!さぁ人間共……俺の遊びに付き合ってくれよ………」


ーーーー


「すいませーん。少しお話いいですか?」


「えっ….あ、はい。別に良いですけど……」


あれから、人が多く集まる町の中心部へとやって来た元勇者とリザは往来を行き交う人々への聞き込みをしている……のだが、

聞き込みをしているのは主にリザだけ。

元勇者はーー


「ね~ェン、いいでしょぉ~?おにぃさんカッコイイからぁ~……サービスしちゃうよぉ~~?」


「え!?マジで!?俺そんなに格好いい!?ならサービスされちゃおっかな!あはは!あははは!」


「はーい!一名様ごあんな~い!」


妖しい店の客寄せに捕まり、中に引き込まれていってしまった。


「ーーーあれぇ?勇者さま何処行っちゃったんだろ?まだ聞き込み終わってないのに……」


一先ず聞き込みを終えたリザが周囲を見回して元勇者を探すが、当然いない。


「もう!まさか家帰ったとかじゃないですよね……」


あちこち歩いて元勇者を探すが、勿論いるはずがない。


「えぁー!もー!何処ですかぁー!勇者さまー!」


リザが元勇者を呼ぶと、妖しげな建物から

元勇者がどこかスッキリした顔でフラフラと、


「おー……リザ……おらぁもうダメだ……

燃え尽きたよ……真っ白にな……」


出てきて倒れた。

そんな元勇者にリザは呆れた顔で近づく。


「はぁぁ……なーにやってんですか勇者さま……ハレンチです、下品です、変態です。

あんな妖しげな店に入るなんて」


「お前こそなに言ってんだ……男っつーのはいつだって下品で破廉恥な生きもンだろーが。つーかむしろ、そうじゃないやつは男じゃないね」


「それは決め付けが過ぎますよ……というか、早く起きてください。手貸しますから」


「おお、すまねぇな」


リザが差し出した手を掴み、元勇者が立ち上がる。


「さぁて、聞き込み続行!パパッとお仕事終わらせようぜ、リザ!」


「サボってたのは勇者さまじゃないですか!」


「いやぁすまんすまん」


「もー、しょうがない人ですねぇ……」


廻り始めた二人の運命の環と、

動き出してしまった暗闇はーーー

場所も時すらも選ばず……交わることとなるーーー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る