第21話 元勇者、再び
「うぇえええええっ!!!!???」
早朝ーー元勇者の家に、そんな奇っ怪な叫び声が響いた。
その声の主はーー
「ゆっ、ゆゆゆゆ勇者さまぁぁ!虫ーッ!虫ですッ!いやぁあああ!」
そう、リザである。
「うるッせェェェッ!!!! 早すぎるんだよまだ暗いんだよまだ寝かせてくれよぉ!」
ソファーで寝ていた元勇者が飛び起き、
リザに向かってそう叫ぶ。
「ご、ごめんなさい!でもそんなことより助けてぇ!」
「自分で何とかしろッ!と言いたいところだが……たくよぉ……しゃあねえなぁ……」
元勇者は立ち上がり、リザに近づいていく。
「それで……その虫はどこにーー」
グチャ。そんな鈍い音が、元勇者の足の裏から聞こえてきた。
リザは顔を強張らせ、震えた声で
「その……言いづらいんですが……勇者さまの…足の下です」
と、呟くように言った。
元勇者の顔は段々と青ざめていき、確認の為に足の裏を見て、絶句した。
何故ならば、無惨にもボロボロになり、身体中から汁を吹き出しているーーあの黒光りする悪魔の残骸が、そこにあったからだ。
「骨は聖なる泉で頼む……」
そう言い残し、元勇者はバタリと倒れた。
「勇者さまぁー!」
元勇者達の日常は、今日も平常運転なのだ。
ーーー
「あー……まだ感触残ってるよ……なんかあるよなんか……」
気絶から目覚めた元勇者は近くの小川でその足についた汚れを洗い流していた。
「くそぉ……ふざけやがって……ソファーが恋しいぜちくしょー…… つーかあのヤロウ……『汚いから早く洗ってきてください!』じゃねーよ!なんか最近ますます態度でかくなってきてないあの娘?」
リザへの不満をぶちまけながら、布で濡れた足を拭く。
そして、元勇者が靴を履いているとそこにリザが走ってきた。
「勇者さまぁー!大変です!お客さんが来ましたっ!」
「客を幽霊みてぇに言うな!そんなに珍しいことじゃねぇだろ!」
「いえ、珍しいです」
「お前って変なとこで頑固だよな…」
「だって本当ですも~ん」
「ぐぬぬぬ……つーか取り敢えず家戻るか……」
ーーーー
二人が家に戻ると、さっきまで元勇者が寝ていたソファーに依頼人と思われる男が座っていた。
「いやぁ……お待たせして申し訳ありません。少し野暮用で……」
たはは、と笑いながらその向い側のソファーに元勇者は腰を掛ける。
「リザ、茶持ってこい」
元勇者はそうリザに言うが、
「え、嫌ですけど…」
リザは即答で断り元勇者の隣に座る。
「お前なぁ~!少しは働きなさいよ。養ってやってんだから!」
「買い出しとかしてるじゃないですか!お茶ぐらい自分で淹れてくださいよ!」
「おめぇなぁ~~!!」
「なんですかぁ~!?」
「あ、あの……お茶は大丈夫ですから……依頼を………」
今にも喧嘩を始めそうな二人を見かねて、ほったらかしになっていた依頼人が仲裁に入る。
「「あ……」」
思い出したように二人は間の抜けた声をだし、依頼人の方を向いた。
「は……はっはっは……いやーすいませんね全く」
「い、今お茶持ってきますね!」
まるで何事も無かったかのように…とはいかないものの、できるだけ無かったことにしようとあからさまな態度をとる二人。
ーー大丈夫かな……この二人……
最早、依頼人には諦観の念が漂っていた。
「それで……依頼なのですが…」
依頼人ーー紳士風の男が依頼の内容を話し始めた。
「……私の妻……クルスがある日突然姿を消してしまって…今回の依頼はその捜索なのです…」
「ほーぉ……捜索ね。で、その……心当たりとかは……」
「お待たせしました……」
元勇者の質問を遮り、リザがそう言ってテーブルにコトンと安物の茶(レナータ茶:この世界で一番安いお茶)を注いだカップを置いた。
「ありがとうございます」
依頼人は軽く礼をする。
「お前ね…タイミング考えなさいよ。今大事なこと聞いてんだから」
元勇者の小言を無視して、リザは再び元勇者の隣に座った。
「あー…ごほん。それで、心当たりは」
レナータ茶を一口飲んでから、依頼人は口を開く。
「それが……ないのです。特に喧嘩をした訳でもないですし……仲が悪かったという訳でもありません。私達が結婚してから17年になるのですが……毎日が幸せで……うぅ……クルスゥ……」
片腕で目を隠し、己の最も大切な人間を呼びながら涙を流す依頼人。
それにつられたのか、何故かリザまでが泣いている。
「………ええ話し……ええ話しや……わかりました……!
必ず私達がクルスさんを見つけます!もう
お金入りません!いいですよね!?勇者さま!?」
「せ、生活費が……」
「まぁ勿論、"元"勇者様は寛大な心をお持ちだと思うので当然……良いですよね?」
「う………わぁーったよ!タダ働き上等じゃいコラァ!」
何ともいえぬリザの気迫に圧され、元勇者は渋々ながらタダ働きを了承した。
「で、ですがタダというのは……」
申し訳なさそうにそう言う依頼人に対して、
「いえ!男に二言はありませんので!」
元勇者はキメ顔でそう言った。
「あ、ありがとうございます!では何卒、よろしくお願いいたします……どうか…………必ず…妻を…見つけてください…」
「はい!任せてください!」
リザの自信満々な一言を聞いて、依頼人は安心した様子で家を出ていった。
依頼人が帰った後一番に、元勇者が叫ぶ。
「大事なことひとっつも聞いてねぇじゃん!!!!名前も知らねぇんだけど!!」
この二人、アホである。
依頼人の名前すら知らずにどうしようと言うのか。
「ふっふっふ………大丈夫ですよ。依頼人の
名前なんか分からなくても……私達には
名探偵ばりの聞き込み力があるんですから!」
「お前……以外と楽観的なんだな…」
「ポジティブと言ってください!ん?なんか落ちてますよ」
ふとリザが依頼人が座っていたところを見ると、そこには名刺の様なものが落ちていた。
リザはそれを拾い、読み上げる。
「えぇーと……へぇ…この人錬金術師ですよ。珍しいですねぇ」
「錬金術……ね。確かに珍しいなぁ……
錬金術なんて魔法の下位互換なんだからよぉ。今の御時世必要ねぇと思うんだがな」
「え?そうなんですか?」
小首を傾げてリザが元勇者に問う。
「知らねーのかぁ?錬金術ってのはどっちかといえば科学に基づいているもんで、魔法ってのは科学を一切無視した……謂わば奇跡みたいなもんだ。不自由な科学と自由な奇跡…どっちがより便利だと思う?」
「え…そりゃあ後者ですけど……」
「だよなぁ、つまりそういうこった。だから魔法の下位互換なんだよ」
「はぁ……なるほど…」
理解したのかしていないのか。リザはどっちつかづな返事を元勇者に返した。
「と、まぁそんなことは置いといて。早く名前を教えてくれ」
「あ、あぁはい。デイドラ・ヴィンセント……それが名前です」
「ほーん…普通の名前じゃねぇか」
「そうですね、特に怪しいところは……あっ!」
リザが名刺の裏の"それ"見た瞬間、声を挙げた。
「ゆ、勇者さま……これ…」
元勇者に駆け寄り、リザは名刺の裏の"それ"を見せる。
「なんじゃあこりゃあ………おいおい……結構……面白くなってきたじゃねぇか……!」
『喰わレる……喰ワれてシまウ…心モ、体も、モう私ノ物ではない……ア……あァ……美味シそウなオンナが……そコニ………』
血塗られたような赤で、名刺の裏には、そう書かれていた。
一見して普通そうに見えた依頼人の、
"異常"。
この事件はーーただの失踪事件では終わらない……
再び廻り始めた二人の運命の環は、急速に加速していく。
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