第20話 ファイアスターター

「申し訳ございません……ダルト様。王女…ナターリア様は取り逃がしてしまいました……しかし、ナターリア様を連れ去った者は既に名も顔も割れておりますので、もう暫く待っていただければ……必ずや取り戻してみせます」


玉座の前で跪き、深々と頭を下げながら

アイルは王に視察での出来事を報告していた。

その報告を聞いた王は、眉間にしわを寄せてアイルに問う。


「して、その者の名は?」


「オリヴァー……と、そう名乗っておりました」


「ほう……成る程……アイル、お前ほどの男に傷をつけるとは……そやつも中々の手練れよの」


アイルの頬の傷を少しばかり見て、

王はそう言った。

実際に、アイルがその体に負った傷は彼が

騎士団長になって3年が経った今でも数えるほどしかない。


「いえ……御心配には及びません。

少しばかり……油断があっただけです……」


「そうか、ならばお前もまだまだだの。

真の強者は油断などせぬ……油断などという言い訳が通じるのは弱者だけだからだ。

いいか、アイルよ……お前は強い。弱者などでは決してない。わしはお前を信頼しておる。頼むぞ」


王のその言葉を聞いたアイルは、立ち上がって再び深く礼をした後に部屋を退出し、ギィィという音と共に閉じる扉を背にして歩きだす。


ーー王……なんと……なんと寛大な心をお持ちなのでしょうか……ああ…!

何としても、何としてもこの期待に応えなくては…… !


アイルはそう心の中で独りごちた……


△▽◎▽△


スゥスゥと寝息をたてるナターリアの横で、オリヴァーはカレラにデスボノアでの出来事を克明に話していた。


「ーーーということ……なんだ……ごめんよ…母さん…また……迷惑をかける……」


オリヴァーの目を真っ直ぐに見て、カレラが口を開く。


「大丈夫、大丈夫よ…オリヴァー。私も、ナタちゃんも、あなたを信じてる。

例え、それで今の生活が壊れてしまうとしても私はあなたを責めないわ……だって、母親だもの…」


幾度となく、オリヴァーは母の優しくも力強い言葉に救われてきた。

それは今回も例外ではなく、また、オリヴァーの心は救われた。


「信じてくれてありがとう……それと…いつも迷惑をかけてばかりで……本当に…ごめん。でも、絶対に後悔はさせない……!

母さんにも、ナターリアにも」


「大丈夫、じゅ~ぶん分かってますよ!

お母さんだからね」


そう言って、カレラは優しい笑みを浮かべた。

と、その時ーー

入り口のドアの向こうに、誰かが立っているのにカレラは気づき、小声でオリヴァーに話し掛けた。


「オリヴァー、ナタちゃんを連れて裏口から逃げて。私が何とかするから、早く」


オリヴァーは少しばかり戸惑いを見せながらも、眠っているナターリアを抱えて裏口の前に立ち


「母さん…どうか無事で…」


そう一言残し、扉を開け、家を出た。

そのすぐ後、ギィという音と共に一人の男が入ってきた。

そう、その男ーーアイル・フォーレットが。


「カレラさん……ですね?私の名はアイル・フォーレット。あなたの息子さんに用があります。速やかにさし出していただければ……手荒なまねは致しません。ですが……もし、愚かにも拒否した場合は……」


アイルの鋭い眼光が、カレラを捉える。

冷たく、底の見えぬ闇のようなその目が。


「少々……痛い目をみて頂かなければなりませんが……」


しかし、怯むことなくカレラはオリヴァーをキッと睨み付ける。


「騎士団長さんですよね、あなた。ただの一般人の私を傷付けることなんて出来るんですか?そもそも、私の息子は悪いことなどしていません」


「おや……どんな根拠があってそんなことを?」


「母親だから。息子を信じる理由は、それで十分です」


アイルは髪をかき上げながら、嘲るように高笑いを始めた。


「ハハハハハハッッ!この親があってあの息子ありか………ふっ……面白い。だが……」


腰に下げた剣を抜き、アイルはカレラの首もとにそれを突き付ける。


「図に乗りすぎだ……ただの女一人、何が出来るという訳でもないくせになァ……」


それでも尚、カレラは睨み付けるのをやめない。それどころか


「あなた……どうしようもないわね……」


一言、挑発にも似た台詞を発した。


「ふん……強がるなよ……」


刃が、カレラの首に押し付けられ、ツーッと血が流れる。

しかし、カレラはニヤリと笑って

指をパチンッと鳴らす。

するとカレラを囲むようにかかれていた

魔方陣が光り、ボンッという音と共に煙が溢れだした。

これにはアイルも驚き、後ろに飛び退く。


「チッ……さすがは元賢者……か。魔法の扱いには長けている。だが煙などは……」


アイルの瞳が、紅く染まる。

この紅い目には、煙など障害にはならない。

しかし


ーー何故だ?居ないぞ……ここには居ない。

どこだ……外?いや……


「見失った…のか…この目を欺くとは……しかし……最早逃げ場所などあるはずはない。捕らえるのも時間の問題だ……」


煙が立ち込める家を、アイルは後にする。

暫くして、煙が消えたその部屋には一人、カレラが立っていた。


「ふう……何とか誤魔化せたわね……」


何故、カレラはアイルに見つからなかったのか。それはカレラが魔法で煙を出すのと同時に、透明化魔法を使ったからだ。

元賢者であるカレラは、無詠唱でも上級魔法を使用することができる。


「オリヴァー……無事でいてね……」


カレラはオリヴァーとナターリアを想い

、散らかった部屋でそう呟いた。

一方ーーーオリヴァーは


「はぁ……はぁ……ここまで来れば……大丈夫か……」


家から遠く離れた洞窟へと身を潜めていた。その隣では、まだナターリアが眠っている。

オリヴァーも一度は起こそうとしたが、

なにか忍びない様な気がしてやめたのだ。

思案に暮れること約数分、オリヴァーの頭に一つの考えが浮かんできた。


「国外逃亡……か……それしかないか…それしか……」


この王国に留まったままでは騎士団から逃げることも、王国という組織から逃れることもできない。オリヴァーは最早、王の娘を拐った大罪人となっていたのだ。


「やる…!やってやる……ッ!それが……それだけが……ナターリアの望みを叶えられる唯一の道なら……俺はそれを選ぶ…ッ!」


決意、そう、オリヴァーはまた決意を新たにした。ナターリアの望みを叶えるために、自分ができることを今、精一杯やる。

その決意をーー。


「だから、安心してくれよ。ナターリア……」


暗い洞窟の中で、オリヴァーの心の決意の灯火だけが、紅く燃えていた。


オリヴァーとナターリアの物語は、まだ続く。ただ、一旦その歯車は、動きを止めるーーー


次回、あの男ーー再来!


後書き

次回から元勇者の話に戻ります。

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