第19話 闘争と平穏のワルツ

「百年の……至宝……」


驚嘆の声をあげるオリヴァーに、アイルは畳み掛ける様に話を続ける。

「そうだ…!お前はまだ使いこなせていないようだが……上手くすればこの眼は

未来をも見渡せるッ!だが……病は病だ。

使いすぎれば失明し、その眼に光が挿すことは決してない、と……冥土の土産には話が過ぎたな……さぁ…!続きをしよう…!」


再び戦闘体制に入ったアイルに対し、オリヴァーも剣を構える。


ーー来るか……!こいつが俺よりこの眼を使いこなせているというなら……


ジリジリと、睨みあいが続く。

先が読めるもの同士の争いは、先に動いた方が圧倒的に不利。

そんなことから、どちらとも容易には動き出せない。


「どうした……?来ないのか?……では…

こちらからだッッ!」


アイルが地を蹴り、オリヴァーに接近するッ!


ーールートは見えてる……一直線か…!


「なら……迎え撃つッ!」


オリヴァーは動かずに、接近してきたアイルの一撃目を受け、ガキィィンという音と共に剣と剣が激しくぶつかり合う。

だがーー


「くぁ……ッッ!」


アイルの一撃目とほぼ同時に繰り出された蹴りによって、オリヴァーはよろめく。


「こんなものかぁッ!」


体制を崩したオリヴァーに、アイルは剣による追撃を加えーー


「うぐ……!」


オリヴァーは方膝立ちになりその攻撃を防御した。

ギギギと、剣が悲鳴をあげる。


「うぉあ!」


雄叫びをあげてアイルの剣を跳ね返し、

オリヴァーは距離をとる。


ーーこのままじゃジリ貧……!


「随分と慎重じゃないか!では、こういうのはどうだ……」


アイルは己の血で地面に魔方陣を描き詠唱を始めた。


「『闇を統べし刻溟の王』

『光を閉ざす明星』

『躍動する影』

"エムルネェス"……」


詠唱を終えると、アイルの周りの影が蠢き始めーー


「魔法か…!?影が……!」


「今、この場にある"影"が全てお前の敵だ……」


その全ての影が手の様な形になりオリヴァーに向かっていく……!


「うぉぉぉォォッ!」


その影から逃げるように、オリヴァーはアイルに背を向けて走り出すーー


ーー捕まったらヤバイ……!でもナタリーが……!……くそッ…!


「もうやるしかない……ッッ!」


だが、ナターリアを見捨てるわけにはいかず、オリヴァーは再びアイルの方を向き直り、突っ込む。


「間抜けが………わざわざ捕まりにくるかッ…!」


「うぉぉォォォ!」


"影"は向かってくるオリヴァーを包み込むように襲いかかる。


ーー突っ切れるなんて思っちゃいない……!

ここで……ッ!


「避けるッッ!」


包まれるその瞬間、即座にオリヴァーは横に飛び、それを回避。 だが、次々に影がオリヴァーを襲う。

回避、回避、回避。

オリヴァーは着実にナターリアまでの距離を縮めるがそれと同時に、確実に体も疲弊してきていた。


ーーもう少し……!もう少しで…ッ

届くッッ!!!


後一歩、後一歩でナターリアに手が届く……

そんな時だった。


「ーーー私を忘れたのか……!」


影を掻き分け、アイルの剣が顔を出す。

一瞬ーー!その一瞬がオリヴァーの生死を分けた…ッ!

アイルの剣がオリヴァーの腹部を切り裂くその瞬間、オリヴァーはーー


「忘れちゃあいないさ…待っていたんだ。

この瞬間を……」


体を捻り剣を避け、その反動でーーー蹴る。

蹴りを受けたアイルは辛うじて着地。


「ぬぅ…ッッ!」


オリヴァーはそのままナターリアを抱え、走る。

追いかけてくる影との追いかけっこである。


「ここは退かせてもらう!」


来た道を一直線に走る、走る。

徐々にアイルから離れるにつれ影の動きは鈍くなり、オリヴァー達が馬車から降りた場所まで来ると、もうすでに停止していた。

残されたアイルはーー


「………これは失態だ。ああ……ナターリア様…………あの小僧………許せん…許せん……が……少し泳がせてみるのも悪くない…ですね。まだ、時間はあります」


そう独りごち、不適な笑みを浮かべた。

一方オリヴァーは、到着した馬車に大急ぎで乗り込んでいた。


「……くそっ……どうすればいいんだ……」


ーー俺が悪いんだ……あの人の方がマトモなんだ……それは分かってる……でも……

やっぱりナターリアは……帰りたくないんだろう……なら俺は……


顔を伏せて悩むオリヴァーをチラリとみて、馭者が口を開いた。


「おいにィちゃん。何があったかは知らねぇし、あえて聞かねぇけどよ……

もし悩んでんなら、今から言う言葉を

聞いとくといい。コメントはすんなよ」


「え……?……あ…はい……」


オリヴァーの微妙な返事を聞き、

馭者は分かりやすく勿体ぶってから話始めた。


「これはだな、うちのオヤジの口癖なんだが……"たった今やることが違いを生む"。

悩んでたら、たった今やらなきゃいけねぇ、やった方がいいっつーことを後回しにしちまうだろ。だからどんなに悩もうと、今やることは今やるんだ。"今"にこだわりを持て。"今やる"が一番、悩むのはその次だ。わかったか?」


「は…はい!」


「ならいい、後は何も言うな。じゃあ出発するぞ!」


それだけ言って、馭者は馬を走らせた。


ーー"今"にこだわる……今俺のやるべきこと……そうだ…!俺のやるべきことは……やっぱり、ナターリアの望みを叶えてあげることだ…!


心の中で、オリヴァーはそう結論付けた。

何度も何度も、馭者の言葉を心の中で反芻しながら。

固く、固く決意を固めた。


「…オ……リヴァー…?」


ふと、オリヴァーの耳にそんな言葉が入ってきた。

ナターリアが目を覚ましたのだ。


「ああ、良かった。ナタリー……」


「あれ……私……」


寝ぼけ眼のナターリアを、オリヴァーは優しく抱き締める。


「君は俺が守る、絶対に。もう、迷ったりはしない、立ち止まりもしない。俺が、君の望みを叶える」


「……ありがとう……オリヴァー……」


オリヴァーとナターリアのやり取りを聞いていた馭者は内心でガッツポーズを決め、馬車のスピードを上げた。


△▽◎△▽


「じゃあな、にィちゃんと嬢ちゃん。

強く生きろよ!」


オリヴァーとナターリアを家の前に降ろし、馭者は去っていった。

二人を出迎えるために外に出ていたカレラがオリヴァーに駆け寄り、抱きつく。


「無事に帰ってきたんだね……!良かった、良かった……」


涙ぐんでいる母を見て、オリヴァーは自然に微笑んでいた。


「うん。色々あったけど…何とかね」


オリヴァーのその一言を聞いてカレラはそっと胸を撫で下ろした後、オリヴァーの隣にいたナターリアに


「大丈夫だったかい…?怖くなかったかい?もう大丈夫だからね…」


と一言声をかけ、優しく抱き締めた。

すると、安堵したのかナターリアはカレラの腕の中で泣き出してしまった。


「よっぽど怖かったのかい?」


そうカレラが問うと、ナターリアは首を横に振り


「違うんです……ただ…安心したんです……」


抱き締めているカレラの服をギュウと掴んでそう言った。

暫く、カレラは微笑んで静かにナターリア

を抱き締め続けた後、顔を挙げニッコリと笑って


「よしっ!ご飯にしましょ!二人とも疲れてるだろうし、まずはご飯よ!お腹が減ってはナンとやらだし。

話は後で聞くから、まずはゆっくり食事よ。今日は手によりをかけて作るわね!」


快活な声でそう言った。

カレラの腕の中にいたナターリアも、見守っていたオリヴァーもそれを快諾し、

三人とも家の中に入っていった。


闘争の果てに訪れた平穏。

しかし、それは所詮束の間の平穏であり、

脆く儚いものであるということを、オリヴァーは悟っていた……

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