第18話 百年の至宝

「正義の象徴……?ということは……!」


「まぁ……そうひけらかしたくもないんですが……今更隠すのもあれですし……正直に言いましょう。そうです、私が現在この国の騎士団長をつとめさせていただいているアイル・フォーレットです」


正義の象徴、という言葉に食らいついたオリヴァーに、アイルは深々とお辞儀をしながらそう名乗った。


「やっぱり…!弾丸を斬るほどの正確さとスピードを併せ持つ剣さばき……そんなことができる人はこの国にはあなたぐらいだ」


「いやはや……そんなに褒めないで下さい。

すぐ調子に乗ってしまいますから……と、この話はそれぐらいにして……」


ニコニコと微笑みながら、アイルは流し目で目の周りを赤くしたナターリアを見てからーー


「あなたは……ナターリア様とはどの様な関係で…?」


そうオリヴァーに尋ねると、オリヴァーは少したじろぎながらもアイルに事の顛末を話し始めた。

暫くして、その話を聞き終わったアイル

の表情は酷く険しいものになっていた。


「そうですか……そんなことが……」


「はい。出会った時はもうすでに……記憶を

失ってしまっていて……」


「ですが、もう犯人は見つけました。先程の男……自分で言っていましたよ……"王女様の記憶を奪った"と。いやはや……ただの視察のつもりだったのですが……とんだ当たりクジを引いたものですね……」


「その……そのことなんですが……何故……王はナターリアを捜索しないんですか?貼り紙だけで……もっと、大規模なのも出来るんじゃ……」


頭を抱え溜め息をついているアイルに、オリヴァーは胸の内に残っていた疑問を打ち明けた。


「そうですね。私もそうは思います……

ですが……王がそれをさせないということは、恐らく……何か深い意図があるのではないでしょうか。まぁ……もう見つかったのですから…後は城に連れ帰るだけなのですが…」


「ちょっと……待ってください……」


今まで黙り込んでいたナターリアが、

アイルとオリヴァーの会話に介入した。


「……?どうされました?あぁ……心配はいりませんよ。記憶は必ず取り返します。

それに、記憶がなくとも……王はあなたを愛しています。あなたという、ナターリアという存在を」


「ーーそういうことじゃ……ないんです……

ねぇ…!オリヴァー……私……城になんか帰りたくない…!あなたと……お母さんの家に帰りたい…!」


涙を流しながらそう言うナターリアに、

オリヴァーの心が激しく揺さぶられる。


ーーナタリー……君は……


「困りましたねぇ……オリヴァー君……でしたっけ……?」


オリヴァーに二人の視線が向けられる。


「今……きっと…本当にすべきなのは……ナターリアを家に帰してあげることなんだと頭では……分かっているんです……でも……やっぱりまだ…一緒にいたい…!」


その言葉は、激しい葛藤の末にでたものだった。

ナターリアがやって来たことで、変わった生活。

生きる気力を取り戻した母ーー

しかし、ナターリアは王女。

今は記憶がないとしても、住んでいた世界が違う。

そんな考えが、オリヴァーの頭を駆け巡った。

しかし、心の奥底に存在したーー

ナターリアへの圧倒的な感謝と、共にいたいという気持ちが、オリヴァーにそう言わせるに至ったのだ。


「オリヴァー…!」


ナターリアの表情はパッと明るくなったが、


「ほぉ…………そうですか。あぁ……これは困りましたねぇ……」


対称的に、アイルは表情を曇らせーー


「はぁ……本当はこんなことはしたくないんですが……」


そう呟き、ナターリアの頭をトン!と叩き、ナターリアは糸が切れた操り人形のようにバタリと倒れた。


「アイルさん…!?何を…!」


アイルはさっきまでの穏やかな表情から一変し、ガルートゥに向けたような冷ややかな視線をオリヴァーに向けた。


「オリヴァー……だったか、お前には感謝している。だが、ナターリア様は一国の王女……お前はただの平民…!いくら気持ちを同じくしても、そんなことは認められない。残念だが、面倒なことになる前にお前には消えてもらう」


そう言うと、アイルは右手に持っていた剣の切っ先をオリヴァーの首元に突きつけた。


「そんな……!!あなたは……正義……」


「ああ、正義だよ。所詮正義とはこんなものだ。己の正しいと思うことを他人に"押し付ける"。正義など……それほど希望に溢れたものではない」


「うぅ……うっ……うぁぁ……」


絶望と失望ーーその二つの感情、

そしてーー怒り。

その圧倒的な負の感情が、オリヴァーの心を支配した。


「なんで…なんでこんなこと…!」


「話を聞いていなかったのか?もういい、もう消えろ」


アイルが剣を振り、オリヴァーの首をはね飛したーーと思われたが、オリヴァーがそれを回避したためその剣は空を斬った。


「…!中々速いな……」


「こんなとこで死ねるか……!ナターリアを返せ…!」


「返せ…?それはこちらの台詞だ。ナターリア様は本当ならば貴様などは触れることすら許されない存在なのだぞ…ッ!

それを記憶が失われているのを利用して我が物にしようとは……!」


徐々に表情に怒りが現れ、語気が強くなっていくアイル。

「そんなんじゃない…!俺はただ……ナタリーに感謝しているだけだ……!!だから……」


「添い遂げる…とでも言うつもりか?ただの平民の貴様が……!」


そのアイルの言葉に、オリヴァーは沈黙する。


ーー添い遂げる……違う!そんなんじゃないんだ……俺は……ただ……


「もういい……やはり貴様は邪魔だ…!ここで殺す…!」


アイルがオリヴァーに接近ーー

弾丸を切り裂くほどの精密さと恐るべきスピードを持つアイルの剣が、オリヴァーを襲う。


「ぐぅ……!」


「どうした…!?お前も剣士ならば私に傷の一つでもつけてみせろッッッ!」


何とか……やっとのところで応戦するオリヴァーだが、その勢いは凄まじくーー

オリヴァーの対応できる範囲を超え、

その体に傷を刻んでいく。


「こんなものかッ…!口だけの男がッッッ!!!!」


ーーこの気迫…!俺じゃ……勝てない…のか…!?


「まだだ…ッ!まだぁッ!」


オリヴァーの瞳がーー穏やかな碧から、

血塗られたような赤へと変わる。


ーー見える……!あの時と同じだ……

どう動けばいいのか、相手がどう動くのかが……分かるッ……!


「そこだッッ……!!!」


「ッッ……!」


激しい斬撃をすり抜けたその一撃がアイルの頬を掠め、アイルは後ろに飛び退いた。


「やっと……一撃……!」


体のあちこちから血を流し、息を切らしながらも、オリヴァーは気丈にそう呟く。

アイルは少し驚いた様子で、血の滴る頬を撫でた。


「ふむ……本当に一撃食らわすとは……中々良い腕だ。しかしその眼……」


ギラリと、アイルは息を整えているオリヴァーを睨み付ける。


「『オゥルグェスト』……未知を知る緋色の瞳……」


「何を言ってる……?」


意味深長な言葉を発したアイルに、オリヴァーは語気を強めて問う。


「お前のその眼の事だ。百年に一度だけ……限りなく低い確立で発症する者がいるという不治の病……」


「病……?これが……!?」


「ふっ……ハハハハ!お前か!お前なのか!

百年に選ばれし者よ…!これも運命か…!」


高笑いをしながら、アイルは己の瞳に手をかざす……するとーー


「その眼は……!俺と……同じ……」


アイルの瞳も、オリヴァーと同じ様に血塗られたような赤へと変化していた。


「いいや……同じじゃあない……お前のは

"天然"だろうが……私のは移植……前の所有者から譲り受けたものだ。つまり、百年の至宝がここに2つ、揃ったという訳だ」


百年の至宝ーーそう呼ばれたもの達の邂逅は、偶然なのか……それとも運命なのか……

それを知るものは誰もいないが、この出会いは、オリヴァーの運命を大きく加速させていく。

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