第17話 ライジング・サン

しばらくの移動の後、オリヴァーとナターリアはデスボノアの入り口である

『地獄の淵』へと降り立っていた。


「ここが……デスボノア…」


ゴクリ、とナターリアが唾をのむ。

いくら入り口といえど、ここはデスボノアであり、ナターリアもその威圧感を感じとっているのだろう。

その様子を見たオリヴァーは一言。


「恐がらなくもいいよ、ナタリー。

俺がついてる」


と、ナターリアを勇気づけた。


「うん、うん!そうだよね。オリヴァーがいるからね!」


そうして、ナタリーは自分を奮い立たせ、

オリヴァーと共にデスボノアへと足を踏み入れる。

歩きだしてしばらく、二人は奴隷商店街に

差し掛かった。

人形のように横たわっている、ボロボロの薄汚い布切れを身につけた少女の奴隷。

ただ、何もない虚空を見つめるだけの

片足のない痩せこけた少年の奴隷ーー等。

その見るに耐えぬ痛ましい光景に、

ナターリアは愕然とした。

この様な、この世の闇が凝縮されたような

場所が本当にあっていいのか、と。


「……なんで……こんな……」


俯いて、ナターリアから思わず声が漏れる。


「こんなの……可哀想じゃない……ねぇ……オリヴァー…」


ナターリアは震えた声でオリヴァーにそう問いかけるが、返事は返ってこない。

それを不思議に思い、ナターリアはオリヴァーの顔を見上げるとーー

そこにあったのは、"鬼の顔"ーー圧倒的な"怒り"。

ナターリアの体はすくみ、膝はガクガクと震えている。

そう、それはどうしようもないほどの、根源的な恐怖。


「お、オリヴァー……?」


怯えながら、震えながらもナターリアはオリヴァーに問う。

すると、オリヴァーはハッと我に帰った。


「あっ……ごめん、ナタリー。怖がらせてしまった……」


何でもなかったかのように答えたオリヴァーに、ナターリアは膨れっ面になり


「本当よ……怖かったんだから……」


と呟く。


オリヴァーは悪かったよという様に頭の後ろを申し訳なさそうに掻いた。


「それにしても、全然人がいないな。もっとチンピラとかが多いイメージだけど」


「いない方がいいわよ、そんなの。

オリヴァー、ボコボコにされちゃうわ」


「ははは、そうかもね……」


「そうですよそうですよ。チンピラなんて邪魔です。ここにゃーいりません!」


それは突然だったーーー当然の様に会話に混ざってきたのは、一人の青年。

常に周囲を警戒しているつもりだったオリヴァーは、虚をつかれ動揺する。


「お前……何時の間に近づいた…ッ!」


一瞬の内に、オリヴァーはナターリアと共に後ろへ飛び退く。


「えっ……どうしたの……?」


ナターリアの疑問に答えるものはいない。


「お前ッッ!下がれ、俺から五歩圏内に入ったら叩き斬る…ッ!」


隻眼の青年ーーガルートゥは、怒鳴るオリヴァーを意にも介さず流暢に口を開いた。


「そォーーんなに邪険にしないでくださいよォ。ただ……こんなとこに兄妹?親子?でくるなんて珍しいと思いましてねぇー。

ちょっとイタズラしたくなっちゃっただけですよ。で、ここには何用でこられたんです?」


「目的を言うなら……お前が先だ」


険しい表情で、オリヴァーはガルートゥに言い放つ。


「今言った通りですよぉ……少し……イタズラ……したく…なっちゃってぇ!」


すると、突如としてガルートゥはオリヴァーに右手を突きだしながら突っ込んでくる。


「やるんだな…!どうなっても知らないぞッ…!ナタリー!下がっているんだ!」


「ひゃ、ひゃい!」


ナターリアを後ろに下がらせ、オリヴァーは腰にかけた剣を抜き、構えるーーー

と、ガルートゥは突っ込むのを止め、立ち止まった。


「あーらら。抜いちゃうゥ?抜いちゃうんだ~、へ~。ま、別に問題は……ないんだけど」


そう言うと、ガルートゥは流れるような動作で懐から拳銃を取りだしーー

発砲。

放たれた3発の弾丸は凄まじいスピードで

オリヴァーに向かっていくーーと思われたが、弾丸の向かう先はオリヴァーではなくーーナターリアだった。


「ナタリィィィィッッ!!!!」


オリヴァーは咆哮と共に、ナターリアの前に飛び出しーー


「グゥゥゥゥ……!」


ナターリアを庇い、弾丸をその身に受け

剣を杖にして地面に膝をついた。


「オリヴァーッ!」


「やっぱり、そうだよなァ……そりゃあ庇うさ。そして……その自己犠牲の精神がお前の敗因だ♪」


ケラケラとオリヴァーを嘲るガルートゥをよそに、ナターリアはオリヴァーに駆け寄る。


「オリヴァー……ああ……私のせいで…」


「早く…!逃げるんだ……グッ……うぅ……!」


「何言ってるの!?早く止血しないと…!」


「駄目だ…!君だけでも逃げろ……ッ!

ここは……俺が何とかする…!」


「そんな…!無理よ…ッ!」


しばらくそのやり取りを眺めていたガルートゥだったが、再び銃を構え、照準をオリヴァーに合わせーー


「そろそろ撃っていいですかァーー?いいよねェーー!それじゃあ……さようなら!」


発砲。

死を覚悟するオリヴァーとナターリア。

だがーーー

放たれた弾丸が、オリヴァーの脳天をぶち抜くことも、体を貫くこともなかった。


何故ならーー


「それ以上はお止めなさい。人道の外を歩む者よ」


颯爽と現れたその男によって、弾丸は全て

切り払われたからだ。

そう、その男ーーアイル・フォーレットによって。


「うひょー♪すごいねあんた!ぜーんぶ斬ったのかい!はっはっはー♪こりゃあ一本とられたよ!」


「それほどでも、とでも言っておきましょうか。それにしても、こんなところに居られるとは……ナターリア様。さぁ、帰りましょう、城へ」


「ンン?ナターリア……?ああ!記憶だけとって生かしておいたあの娘か。

そういえばそんな顔だった……ような…」


その一言、ガルートゥのその一言が、アイルの逆鱗に触れたッッ!


「記憶を……奪った?貴様……それはナターリア様がこの国の王女と知っての狼藉か……」


「ひはははは!ぐひひ、うははは!あったり前じゃーーーん!それぐらいじゃないと売れねーっての!ドネロの旦那にはさぁ!」


瞬間ーーーー!

ガルートゥが持っていた拳銃が、いや、それを持っていた腕が、ボトリと地面に落ちた。


「は?痛ってぇえええええ!!!」


笑っているような絶叫をあげ崩れ落ちる青年。

それを、アイルは冷ややかに見下ろす。


「何だというのだ、貴様は?貴様の様な下賤の輩が、王女に触れることなどあっていいと思ってるのか……?」


地に臥しているガルートゥの頭を踏みつけながら、アイルは冷酷にそう言い放つ。


「ふひっ!くははははは……♪」


「答えろ」


「下賤……♪そうさ!そうだとも!俺達は最低で最低で最低でどうしようもない汚物……!そんな俺達がぁ……俺が、一国の王女様を汚すのが……とてつもなく良いんじゃないかぁ……!」


「やはり……貴様らは腐りきっている。私はどうしても赦せんのだ……貴様らがこの世に生まれてきたということが。

なぜ……ナゼだ……嗚呼、神よ……

あなたは、選択を間違えた。

だから、私が正そう……」

そうして、アイルは右手に持つ剣をガルートゥの心臓にーーー


「ふは……♪」


「ッ!」


突き刺すことはなく、後方に飛び退いた。


「どうして逃げんのォー?今なら簡単に殺せたよなぁー」


「その手のひら……何かあるな…?」


「ご名答ー♪ま、何があるかは言わないけどね……ということで!早くそこの奴を手当してあげたほうがいいんじゃなーい!俺も血ィ出しすぎて死にそうだから……バイバーイ♪」


指をパチンッ!と鳴らし、ガルートゥは光に包まれ消えてしまった。


「転移魔法か……」


憤りを残すアイルは、ジッとガルートゥがいた場所を見つめていたが、暫くして

オリヴァーとナターリアに近づき、オリヴァーの側で涙を流しているナターリアを一瞥してから、オリヴァーの腹部に手をかざした。


「申し訳ありません……少し手当が遅くなってしまいました」


「うっ……ぁぁ……あな……たは……」


「喋らないで。

"緑冥に燃ゆる治癒の炎よ"

"聡明なる天の使いよ"

"傷ついた者達に、万千の癒しをあたえよ" 」


アイルが詠唱を終えると、オリヴァーの傷はみるみる内に塞がっていき……体内に残っていた弾丸も除去された。


「痛みが……消えた……?」


「治癒魔法です。吹き出た血も戻っていると思うので安心してください」


「ありがとう……ございます。ところで、あなたは一体……」


オリヴァーのその問いに、アイルは微笑んで答える。


「名乗る程の者ではありませんが……

一つ言うなら……この国の"正義"の象徴です」


正義の象徴を名乗ったその男ーーアイルとの出会いは、またオリヴァーの運命を変えていく……



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る