第14話 メモリー・オブ・ライト

「はぁ……どうしたものかな……」


溜め息をつくのは、もちろん彼、オリヴァー。

あの後も、オリヴァーは仕事を探して街をぶらぶらとさ迷い続けていたが、仕事が見つからないのは勿論、思い出すのは少女にあげてしまったお金のことばかりで、

彼のテンションは遥か地の底まで落ちてしまっていた。


「はぁ……」


最早何回目かもわからぬ溜め息をついたとき、オリヴァーの顔面にどこからか飛んできた一枚の紙が張り付いた。


「うわっ!なんだよこれ……」


オリヴァーは、不機嫌そうな顔で張り付いた紙を剥がし、その紙の内容を一瞥する。


「えぇーっと……尋ね人……王様の一人娘……

褒賞金……4000ブルートッ!!!!???」


心の底からの驚きの声をあげるオリヴァー。

なぜなら、4000ブルートは円換算で約四千万の大金であり、この世界でならば

一生遊んでくらせるほどの金額だからだ。


ーーこれぐらいの金があれば、母さんに楽をさせてあげられる!


厚い雲がかかっていたオリヴァーの心に、一筋の日の光がさした。

『希望』という光である。

オリヴァーは即座に、今や神々しくも見えるその紙を熟読する。

そうすると、それはどうやら5日ほど前に失踪した

"ナターリア・シュツルム・アリア"

という王様の一人娘を見つけ城につれていけば、褒美として4000ブルートを渡すということらしかった。

そうして、オリヴァーは下の方に描かれていたナターリアの肖像画に目を移す。

すると、オリヴァーは絶句した。

なぜならーーー


「これ……!あの娘じゃあないかッ!」


なんと、そこに描かれていたのは、驚くべきことに先程オリヴァーから金を奪っていった少女だったのだ。

少しばかり人相が変わっているとはいえ、

美しい金髪に端正な顔立ちというのは

変わっていなかった。

だが、そこでオリヴァーの頭に

一つの疑問が浮かぶ。


ーーでも、なんで王様の娘があんなことしてるんだ…?


それは最もな疑問だった。

王様の娘、というならばお嬢様で、

何不自由のない人生を送っているはずの人間が、あのような強盗まがいのことをするはずがない、というのが一般常識的な考え方だからである。


「ーーとにかく、早くあの娘を見つけないと!」


オリヴァーの目には、失われていた輝きが戻っていた。

それはあの少女を見つければ大金が手には入るとか、そういうことは一切なしに

いや、少しはあるかもしれないが、ただ

"人助けができる"

という喜びを感じていたからだ。

そうして、オリヴァーはあの少女ーーー

ナターリアの捜索を始めるのだった。


△▽◎▽△


「さっきの男……何であんなに……」


少女は疑問に思っていた。

ナイフを突きつけ、金を渡せと脅した自分に嫌悪感を抱くわけでもなく、怒りをもつわけでもなく、ただ"可哀想"という理由でお金持ちとも思えぬあの男ーーーオリヴァーが素直にお金を差し出したことを。

彼女はこんなことをするのは始めてだったが、普通こういうことをすれば抵抗されるものだと思っていたからだ。


「わたし……いや、オレは……何でこんなことをしてるんだ…?」


己の心に、少女は問いかける。

実は、彼女は彼女自身にも何故あんなことをしたのかわからないのだ。

それどころか……彼女は自分のことすら

わからない。

そう、彼女は記憶を失っているのだ。

覚えているのは、五日ほど前何者かに拉致されたということだけ。

五日前、それはオリヴァーの見た紙にかかれていた王女の失踪日時と一致する。

つまりオリヴァーの予想通り、

彼女こそが王の娘、ナターリアなのだ。

「オレは……一体何者なんだ……」

ナターリアは、悲しげにそう呟いた……


△▽◎△▽


あの後、オリヴァーはなるべく周りの人間に不審に思われぬよう慎重に冷静に

ナターリアの捜索を続けていたーー

のだが、オリヴァーは内心…いや、表情に表れるほど焦っていた。


「くそ……どこにいるんだ…!彼女は!」


ーーもし、彼女がナターリア……王様の娘だと気づいた人がいるならばッ…!

そしてそれが吐き気のするような"悪人"だったなら……間違いなく……


危機的状況に陥った時、一番最初に考えるべきは、そこから想像される

"最悪な状況"。

オリヴァーはそれを考え焦っていた。

王様の娘といえば、助けたとなればそれは名誉勲章ものだが、もし人質になれば王国には膨大な額の身代金を要求され王が必ずそれを支払うことは明確であり、そんなことはオリヴァーの中にある

"父の正義"が到底許さなかった。


「どこだ…!どこにいる……!出てきてくれ……」


彼女の身の無事だけを、オリヴァーは案じていた。

最早、褒美のことなど頭にはなく、

ただひたすら人の群れの中を俊敏に駆け抜ける。

すると、オリヴァーはまたも路地裏に入り込んでしまった。

そしてそこにはーーー


「ぐっ……い……き……が……」


「この糞ガキが~ッ!生意気にもこの俺を

脅しがってよぉ~~ッ!このまま絞め殺してやるぜェ…!」


いかにも、という顔の禿頭の大男が、分かりやくこめかみに青筋をたて怒りながら

壁に押し付けたナターリアの、細くか弱い首を絞め

ーー今まさに、

殺害しようとしていた……ッ!


「ちょ、ちょっと待ってくださいッッッ

!!」


「あぁッ!?んだてめぇはよォ~~?

このグロウ・タージ様をコケにしたこのメスガキにィー!用があるっつーのかァー!?」


聞きもしない自己紹介をペラペラと話し、

怒りの標的をオリヴァーに向けた大男に対し、 オリヴァーは精一杯の声で叫ぶ。


「そうですッ…!用があります……!」


「オォン…?物怖じしねェーやつだな……

いいぜ……話してみろよォ……」


意外にも物分かりがよかった大男に

驚きながらも、オリヴァーが少しずつ

大男に近づくと、大男は首を絞めるのを止め乱暴にナターリアを地上に落とした。

ドシャッと地面に落ちたナターリアは短くぐぅ…!と呻く。


「実は……その娘は俺の妹なんです…!

最近……父さんと母さんが死んでしまって……少し……ぐれてしまっただけなんです…!誰よりも家族を愛していたから……

もし何か無礼をしてしまったなら俺が謝罪しますッ!だからどうか……許してやってください…」


オリヴァーはさらっと口からデマカセがでた己を嫌悪しながらも、大男に許しを請う。

そうすると大男は


「う、うぉぉ………!なんてこった……

俺はそんな可哀想な娘に……一時の感情に身を任せて……う…うぅぅ……すまなかったぁ…… !」

と、号泣し始めた。


これはオリヴァーにも予想外……


ーーうっ!?そ、そんな………まさか泣くなんて……


普通、禿頭の大男といえばガラが悪いという印象があるが、この男ーーグロウは違った。

彼は感情を最優先するので、怒りやすくもあれば涙脆くもあるのだ。


「い、いや……そんな…悪いのはこっちですし……」


あまりに予想外な出来事に、オリヴァーはオドオドとしてしまう。


「ぞ…ぞんなごどばないぃ……俺が悪かったぁ……すまない嬢ちゃん…!」


キョトンとした顔のナターリアを、

グロウは抱きしめた。


「あ……え……あ…?」

ナターリアは訳が分からないという顔で

声を洩らす。


「ほら、もうはぐれんじゃねぇぞ!

後……にいちゃん、ホレ!詫びだ。

ちっとばかしだが……」


ナターリアをオリヴァーに引き渡した後、グロウは腰に下げていた巾着袋から

20ブルート(円換算:2000円)を取りだしお詫びとして

オリヴァーに手渡した。


「えぇ…いや……その…」


「いいからいいからッ!父ちゃんも母ちゃんも死んじまって生活が大変なんだろ?

これでなんか旨いもの食わしてやりな。

それじゃあな、頑張って生きろよ!」


グロウはオリヴァー達にそう言い残し

路地裏から出ていった。


「なんか……悪いことしたかも……」


ーーあんないい人だったなんて……


オリヴァーはグロウに対して嘘をついてしまったことに罪悪感を感じて、

申し訳なさそうに頭を掻いた。


「おい……なんでオレを助けた…?

さっきのやつ……見た目は強そうだったし……ビビらなかったのか…?」


後ろから聞こえてきたナターリアの声に振り向き、少し微笑みながらオリヴァーは

答える。


「怖かった……よ。でも、君を殺させるわけにはいかないし、もしあの人が本当にそうしようと思っていたなら…闘う"覚悟"もあった」


「それは何故だ……」


「誰だって君みたいな娘があんな風になってたら助けるさ」


「オレはお前を脅し金を奪ったんだぞ?」


「それも、そこに君なりの"理由"があったなら

俺がそれを"悪"と決めつけることはできない。もしかしたら、君がした行動は俺にとって害になっただけで"正し"かったのかもしれないんだから」


そんな問答の後、ナターリアは少し黙って

から突然笑い始めた。


「ふふっ……はははっ!……強盗が正しい?

ふふふっ!変わってるなお前!」


「君の方こそ変わっているよ」


笑顔を見せたナターリアに、オリヴァーは

安堵した。


ーーこんなに笑えるなら、大丈夫か……


そして、オリヴァーが雰囲気を変えて口を開いた。


「話は変わるけど……これから俺が君にーーいや……ナターリアに言うことは、きっと……信じられないと思う……だけど……君はそれを知らなくっちゃいけない。

だから、よく聞いてほしい」


その一言の後、ナターリアは神妙な表情で、

「ナターリア……?それが……俺の名前なのか……?」

とオリヴァーに問う。


ーーやっぱり……か。


ナターリアの言葉で、オリヴァーの中にあった"疑問"が"確信"へと変わった。

それはーー


「ああ、そうだ。君はナターリア、

ナターリア・シュツルム・アリア。

現国王の娘だ。そして、君は今多分……」


オリヴァーに続いて、ナターリアが

今にも消え入りそうな声で呟く。


「記憶を、失っている……」


「え……?」


「薄々……気づいていた。頭では分からないけれど……心で…理解っていた……

今のオレ……いや、私には何かが足りないことに……多分、今は記憶を失ってからきっとそう経ってはいないが……何度も何度も……

私の家族らしき人物の断片的な

"記憶"が…頭をよぎっていた。

でも…私はそれを…"知っているはず"なのに

何も分からなかった……

もし……思い出せるなら……思い出したい……

家に帰れるなら……帰りたい……うぅ……」


ナターリアが泣き出し、

オリヴァーは、どうすることも出来ない自分を呪い、唇を噛み締める。

さっきまで強かった少女の、本当の姿………


ーー残酷すぎる……こんな小さい娘に、こんな……


「父さん……母さん……」


名前も分からぬ父と母を呼び続ける

ナターリアを、オリヴァーはそっと後ろから抱き締め、こう言った。


「家に…こないか?……記憶を取り戻すまでの間だけ。君を……一人にさせたくない……」


「いいの……?私は……」


「いいんだよ。君はまだ子供なんだ……

気にすることなんかない」


「う……うぁ……うぅぅぅ……」


オリヴァーの腕のなかで、ナターリアはまた泣き出し、しばらくすると寝てしまった。


「やっぱり……まだ子供なんだな……

さ、家に……帰ろう」


健やかな眠りについているナターリアを背中に抱え、オリヴァーは少し買い物をしてから、帰路についた。

背中で眠るナターリアの寝顔は、

まるで母親に甘えているときのように安らかだった。


この少女との出会いが、オリヴァーの

運命の歯車を大きく、大きく、 廻していくことになるのを、

まだ誰も知らない……

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