第13話 プロローグ2 "オリヴァー"

あの惨劇から早2年、オリヴァーとその母ーーカレラはあの村から王都へ移り住み、取り戻した平穏な日々を過ごしていた。

カレラもオリヴァーも、心の何処かに

スキマを持ちながら……


「母さん、ちょっと食べ物を買ってくるよ。ついでに薬もね」


あれから、カレラは夫を失ったショックでひどく体調を崩し、病床に臥していた。

そんな母を、オリヴァーは懸命に看病しているのだ。


「…ごめんなさい……オリヴァー……あなたにばかり苦労をかけて…」


カレラはベットから体を起こし、

弱々しい声でそう返す。息子になにもしてやれない自分を呪いながら……


「そんなことはないよ。父さんが死んじゃって……母さんを助けられるのは俺しかいないんだから、気にしないで。じゃあ、いってきます」


ドアを開き外に出ていくオリヴァーの背中を、カレラは静かに見送った。


ーー母さんを守れるのは俺だけなんだ。

俺が……母さんを守るんだ……


胸の前で、グッと拳を握りながら密かに、彼は決意する。

いなくなってしまった父の代わりに、

母を守ることを。

自分を愛し、育ててくれた母を、

訪れるであろう最期の時まで守り抜くことを。

そのためにーーー


「仕事……探さなくちゃあな…」


父の遺産があるとはいえ、今のオリヴァー達の生活は厳しいものだった。

日々の食事、病を患っているカレラの薬代などだけで精一杯……酷いときには食べるものがないときもあった。

オリヴァーも父との訓練で培われた剣術を有効に活用し何とか日雇いの仕事を続けていたものの、これでは母に楽をさせてやることもできないと、定職を見つけるため日々奮闘しているのだ。


ーーーー


円形繁華街・アルデマーロに到着した

オリヴァーは、母の薬と食料を買い終え仕事を求めてふらふらと彷徨い歩いていた。


「こんな若造を雇ってくれるとこなんて、

なかなか無いよなぁ……」


日雇いの仕事といえば、年齢の縛りも

がないかわりとして非常に危険な仕事が多いのが特徴であり、他の真っ当な仕事は

どこもかしこも20歳以上、若い労力より

"信頼"を重んじるものが多い。

まだ18のオリヴァーを、"信頼"してくれる人間は数少ないのだ。


「にぃちゃん……金寄越しな。持ってる分全部」


オリヴァーの思考を、その一言が遮る。

その声はドスの利いた若い女の声で、すぐ背後から聞こえてきた。


ーーな、なんなんだよ……一体……


「ちょ、ちょっと待ってくれよ…君…何でこんなこと……」


「オレは今ナイフを持ってる。指示に従わなきゃ殺す」


オリヴァーの言葉を遮り、女は実に女性らしくない口調で冷ややかにそう言う。


「し、指示って……」


突然の台詞にオリヴァーは困惑するが、

お構いなしに女はオリヴァーの背中に

ナイフを突きつけ、

「喋っていいとは言ってないぞ…」

と脅した。

やむなく、オリヴァーは口を固く閉ざし

路地裏に入る。


「よし……後は金だ。こっちを向いていいから、金を出せ」


指示に従い、オリヴァーは女の方を向くと目を見開き口をポッカリと開けて固まってしまった。


「どうした、マヌケ面してないで早くしろ」


ーー子供じゃないか…!!こんな子がなんで……


そこにいたのは、一人の少女だったのだ。

年齢のほどは12歳から13歳。

そんな子供がナイフを持って人を脅しているという事実に、オリヴァーは衝撃を受けた。

もっと言うならば、この国がこんな子供までが人を脅して金を奪わざるをえない状況にあることに、深い悲しみと苛立ちを覚えたのだ。


「可哀想だ……君は…」


「だから喋るなとーー!」


またも忠告を無視したオリヴァーに

少女は怒りをあらわにしたがーー


「はい、これ。大事に使ってくれよ……

まだ子供なんだし、ちゃんと食事はとらないと」


「……は?」


予想以上にいとも簡単に財布を差し出したオリヴァーに、少女は驚きの声をあげ、

その少女の様子を見てオリヴァーも驚きを見せる。


「え?」


「あっ……いや……その、もっと抵抗すると思ってたんだけど……ま、まぁいい!

じゃあこれは貰っていくぞ!」


差し出された財布をバッと奪い取り、

少女は駆けていく。

残されたオリヴァーは、一人溜め息をつき、


「はぁ……やってしまった……

せめて、薬の分だけでも抜いとけばよかった……また日雇いの仕事探すしかないか……

時間かかるけど……」


トボトボと路地裏を出て、またふらふらと街を歩く。

通りすぎていく人々は、どこか寂しげな様子であったり、一目で人生が充実していることが分かるような、自信に満ち溢れている様子の者もいる。

今のオリヴァーは、どちらかといえば

前者なのだろう。


「はぁ……」


口から漏れるのは溜め息ばかり、

ポジティブな言葉など一つたりとも出てきはしない。

ふと、オリヴァーは亡き父の教えを思い出す。

父を失ったあの日以来、忘れてしまっていた"正義"。

果たして、さっきの少女に対する自分の行動は、"正義"なのだろうか?

オリヴァーは、心の中で己に問う。

しかし、どれだけ考えようと、その問いの答えは見つからない。

寧ろ考えれば考えるほど、あの時、もっと違うなにかがあったのではないかという

根拠のない"可能性"ばかりが浮かんでくる。

父の教えは、"正義はどんな事柄よりも

優先すべき"というものだったが、

それはオリヴァーの父が"自分なりの正義"

を持っていたからであり、

今のオリヴァーには、"どんな事柄よりも優先できるような正義"がないのだから、

その教えは意味をなさないのだ。


オリヴァーは、自分なりの正義を手に入れることができるのか。


彼のナカの歯車は、まだ噛み合わない……

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