第11話 人斬りの過去

男が目を覚ますと、そこは暗闇だった。


果てしなく続く、終わりなき暗闇を男はひらすらにあてもなく歩いた。


生き物の気配はない。

それどころか、自分が生きているのかどうかさえ、分からない……


そんな深い闇の中で、ふと男は声を聞いた。

それは弱々しく、今にも消え入りそうな女の声ーー


"こっち……こっちに…来て……"


それは、男が最も聞き慣れた……あの優しい声。途方に暮れていた自分を救ってくれた、あの女性の声……

男はその声だけを頼りに、その声の発生源へと急ぐ。


"私……あなたをずっと……"


男が声の元に辿り着くと、そこだけがまばゆい光に包まれ、その中に下を向いて嗚咽をもらす女性の姿があった。

その肩に、男は一切の迷いなく手を伸ばし、その手が肩に触れるのと同時に、

女性はバッと男の方に振り向いたーー


"待ってたのに……!"


男の視界に移ったのは、あの美しくまばゆいほどの笑顔には程遠い、醜く、

この世の全ての怨嗟を詰め込んだような

顔。

それを目にして、男は理解し難い現実を理解した……


「ああ……」


「そうか………」


「君は……もう……」


「……死んで……しまったんだね……」


「すまない……本当に……本当に……」


男は、何故か涙を流さなかった。

いや、流せなかった…のかもしれない。


それは、男の体が乾ききっていたからなのか?


それを知ることは、きっとできないのだろう。


男の心の中の闇が大きくなっていくのに

比例するように、彼を包む暗闇が晴れていく。


そうして、暗闇が消え明らかになったその場所は、男にとって……この世で最も大切な、大切だったあの場所ーー

必ず帰ると誓ったあの場所ーー

女ーーエイナ・バーレーンと共に過ごした

"我が家"。


だがそこに、彼女はいない……


その事実に、乾ききっていたはずの男の瞳から一筋の涙が流れる。


そして同時にーー男の心を暗闇が支配した。

復讐ーー

自分とエイナを、深く暗い闇の底に突き落としたこの"世界"への、復讐。


そして 、エイナから貰った名ーー

エイル・バーレーン。


その男は、"人斬り"になった。

後書き

次回から章を変えて、

聖アリアトス王国・現王国騎士団団長

オリヴァー・レイ・ヴェルヴェット

の物語を数話やります。

それが終わればすぐにまた元勇者とリザの物語に戻るので、読んでいただければ光栄です。

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