第10話 復讐の讃美歌・終


男は見た、水晶を。

『穴』の最下層……

多大な犠牲を払って辿り着いたその場所の中心______

一つの……ちっぽけな水晶。

男は泣いた。

足りない。犠牲に対して"見返り"がこれだけなど……

男は怒り、水晶を己が手で破壊しようとした。

だがその時、男の頭の中に声が響く。


"水晶に手を当てよ"


"さすれば、お前の払った対価に応じたモノを授けよう……"


と。

男は怒りを鎮め、怪しみながらも水晶に手を当てる。

すると水晶は蒼白い光を放ち、その光は

男を包み、まさに"空白"__その空間に、男は一人ただ呆然と立ち尽くす。

そして、男を取り囲む真っ白な壁から、一つ、また一つと人間の顔が現れる。

その現れる"顔"達は、男の仲間だった_____

そう…この"穴"に命を吸われていった探窟者達。

男は絶叫する_____

現れた"顔"達が男の体に、無念の情や激しい怒り、龍の様に荒ぶる憎しみと共に流れ込んでくるのだ。

今にも途切れそうな意識の中、男は"神"を見た。


"死んだ857人のお前の仲間の魂が、お前の命になる……

それと、これはオマケだが……その憎しみを晴らすための『道具』として、能力をくれてやる"


その一言を聞くのと同時に、男の意識は深い闇に葬られらた。


▽△○△▽


ギィィ………と、教会の扉が開かれる。

勿論、それをしたのは元勇者だ。

一番最初に、元勇者の目に入ってきたのは

かつて使われていた"聖人・トゥルース"を祀るための祭壇の上に、横になって寝息をたてているリザの姿。

死んではいない、その事実に元勇者はホッと胸を撫で下ろしたが、最も肝心な

"人斬り"の姿がないことを不審に思い、

周囲を警戒しながらリザの元へ向かう。

ーーいない、ってのはない。確実に。

それは俺が一番よく分かる。気配を感じる

、あん時の気配を……


「おいおいおいおい、遅いんじゃないか?

宝物なんだろ?なぁ…!」


明確な殺意を元勇者は背後から感じ取った。

ーー出てきやがったな…………殺意が漏れてるぜ……


「ちょいと待ちな。お前の"打ち倒す"ってのは、不意討ちのことを言うのかい?」


「ここまで近づいても気づかなかったんだ。期待外れだな…オマエ」


「期待外れってなぁ俺も同意するぜ……ただし……」


「ッ!」

元勇者の背後をとり、最早勝った気になっていた"人斬り"は自分の足下を見て驚愕したッ!!!!

凍っているのだ。元勇者の足下を除き、床が全て。


「てめぇだけどな……。わりぃ、言ってなかったか……

義足の方にも刻んであんだよ

、魔方陣」


振り向き、ニヤリと笑って元勇者は人斬りにそう告げる。人斬りも始めは驚いていたものの、「クク…ハハ」と不敵に笑う。


「詠唱はどうした…?」


「この魔方陣は特別製だからよォーッ!!


簡単な魔法なら詠唱はいらねーんだ」


「オモシロイなぁ……ところで、もう一つ質問させてくれ。水は"電気"を通すが……

氷ってのは……どうなんだろうなぁ…?」


「あ……?まさか……!?」


元勇者が気づいたときには既に、床全体を覆っていた氷に蒼白い閃光が走っていた。


「うぅぉおおおッッ!!!」


バチバチバチッッ!!!と激しい音を伴って、

電撃が元勇者を襲う。


「おや…どうやら黒焦げにはならないようだ……ちょっとシビレただけか……氷の

"抵抗"もバカにならないんだな。ま、そのお陰でお前は死ななかったようだが………

まぁいい…ジワジワ殺してやる…」


「ぐ………」


元勇者はガクリと両の腕を地につけてひざまづく。


「どっちがいい?直接電流を流して感電死か……こいつで斬首か……」


人斬りは余裕宅宅の表情で、見せつけるように長刀の峰を撫でる。


「っと…速く溶かしてくれよ……この氷。

オマエにとっても、良い条件だろ?

どっちにとっても邪魔くさい。

この氷が俺の電気を伝えてるんだからな……

それに、俺も凍ってちゃあ動けない…」


「……いいや……氷は消さない…逆だ!

全身氷づけにしてやるぜェー!!!」


「無駄だッ!マヒしてろォオオーー!!」


倒れたことによって、義手と義足の両方の魔方陣で魔法を使えるようになり、その冷気は二倍。

氷は人斬りの体を上へ上へと進んでいく。

それと同時に人斬りもまた電撃を放つが、

厚くなって抵抗の強くなった氷に遮られ、

元勇者には微弱な電流しか届かない。


「ぐっ……!凍る……!!がぁっ……!ぐぅぉおおおおおおッ!!!」


人斬りの表情から余裕が消え、絶叫する。


「砕いてカキゴオリにでもしといてやるから、安心しとけェー……もっとも誰も食わねぇだろうけどなァーーーー!」


「まだだ…!もっとだ!もっと強い電流を流せばッ!!!!」


体のほとんどを氷に覆われた人斬りの体が、激しい光を放ち

「うォオオおおおおおおおお!!!!!!」

叫ぶ。


「くッ!!なんだ…?最後の悪足掻きのつもりかよッ!」


「どうかな…!」


その瞬間ッ!!人斬りの体への氷の侵食が____


「嘘だろぉ……おい!」


止まる。

いや、それどころか氷は表面から溶けはじめ、溶けて流れ出た水まで蒸発し始めたッ!!!


「ありえねぇ……"氷を溶かす"ほどの電流……例えそういう"能力"や"魔法"でも、

体が耐えられるはずがない……!」


「別に耐えたワケじゃない……

『一人』死んだよ」


氷が溶けきり、すっかり自由になった人斬りは悲しげな表情で呟いた。


「『一人』だぁ…?そいつぁ一体……」


「俺の中には、857人の命がある……

おっと…今は856人か…」


人斬りのその一言に元勇者は驚きを隠せず、眉をひそめる。


「856人の命……」


「ああ…だから、お前に俺は殺せない。

それともやってみるか?俺を856回殺してみるか…?」


ーー意味は分かる……だが訳が分からねぇ…………待てよ…857……?

元勇者が、何かを思い出したように口を開く。


「確か……去年の…あの『穴』の探索……

犠牲者……857人……生存者…一人…!!」


「そう、俺が……あの『穴』から唯一帰ってきた"生存者"だ。俺は『水晶』を見た……

この"命"も…最初は少々戸惑ったが…慣れれば結構便利だぜ…」


"唯一の生き残り"ーー

その言葉に、元勇者は始めてこの人斬りと対峙した時に感じた"どこか自分と似た匂い"の正体を理解した。


「お前も…俺と同じなのか……出会い方が少しでも違ったら、闘う必要もなかったかもな……だけどよぉ…!」


「そうかもな……だが俺は…!」


両者、互いに地面を蹴って間合いを詰めー


「俺はてめぇが許せねェーーッッ!!!!!」


元勇者はリザを思うが故の怒りを


「貴様が、世界が憎いッーーーーー!!!」


人斬りは行き場のない憎しみを叫び、

互いの魂をーー!己の剣をーーー


「らァッ!!!!」


「オォアッ!!」


相手を叩ききるべく満身の力を込め降り下ろす。

降り下ろされた剣は互いに凄まじい音をたてながら弾かれ、両者初撃をはずすーーー

と思われたッ!!!しかしーー


「チィッ!!だがまだだッ!!まだ電撃があるぞ!!!!」

右手に剣を持つ人斬りは、衝撃で後ろに仰け反りながらも左の掌から蒼白い"線"となった電撃を放つ。

元勇者は一直線に自分へと向かってくる電撃をかわそうとするがーー


「ムダだッ!お前自身が…!お前のその鉄の義手がッ!!その脚が!!避雷針なのだァーー!!!」


「ウグァッ…!」


鉄に電気は引き寄せられる。

その自然の摂理の通りに、元勇者の義手義足に電撃が引き寄せられ、命中する。


「ちょっぴり……痺れたぜ…!」


「また"それ"か……手詰まりもイイトコだなァ……」


だが、元勇者は義手と義足に薄い氷の膜を張り体に流れる電流を軽減したッ!!!

再び体勢を立て直す二人ーーー


「手詰まり……勘違いすんなよ。物質の形成はあくまで低級魔法……まだまだ魔法はあるんだぜ……」


挑発し相手の出方を見ようとする元勇者に対し、人斬りはあることを思い出していた。

ーー低級魔法は詠唱が不必要…だが…それは逆に魔法の"質"が上がれば上がるほど長ったらしい詠唱が必要になってくるということ。ならば…


「そんな暇は与えない……速やかに殺してやる……」


その一言を放つと共にバチバチとうねる蒼白い光が人斬りの周りで迸り、

"電気を纏っている"ような形になった。


「どうかね…そううまくいくとも限らんぜ……」


「わかるさ…!」


瞬間ーー!!

目にも止まらぬ速さで人斬りは元勇者の腹部に膝蹴りを決めていたッ!!!!


「がぶッッ!!?」


膝蹴りが決まり、短い悲鳴をあげ壁に叩きつけられる元勇者。

なぜ、人斬りは元勇者が目でとらえられぬほどのスピードで動くことができたのか?

人斬りは自分の体を電気で刺激し、

身体能力を"引き出した"のだッ!!


「今度こそ黒焦げだ…!」


壁に激しく叩きつけられ、前に崩れ落ちそうになった元勇者を人斬りはすかさず

首を掴み壁に押し付けそう呟く。


「がァッ……ぐぅうああああ」


元勇者は意識を確かに保つために雄叫びを上げ、義手を壁に叩きつけた。


「壁が盛り上がるッ!?ぐっ……」


すると、その義手が触れた部分が鋭く隆起し人斬りの肩を掠め微量の血が吹き出る。


「……おらぁ…!やられてばっかじゃねぇぞ……ッ!!もいっぱつ喰らいなッー!!」


義足が触れていた地面も柱上に隆起し、

人斬りの体を空中に吹き飛ばすッッ!!

宙に浮いた人斬りは空中で体勢を立て直し地面に着地した。


「………魔王とやらを倒した実力は健在という訳か………だがさっきので分かった…

お前……手加減してるのか…?」


その問いに、元勇者はニィと口元を歪めて答えた。


「いいや…してねぇさ……おらぁ元から喧嘩よえーんだよ……」


「喰えない男だな……お前は」


再び距離が離れた元勇者と人斬りは、

互いにまっすぐに視線を交わし、

攻撃のタイミングを見図っている。

そして、暫く続いた沈黙を破ったのは元勇者だった。


「もういい……もうこいつは使わねぇ…」


元勇者はそう言って右手に持っていた刀を投げ捨てた。


「どういうつもりだ……貴様…」


「こっからは素手だ…素手でいく。

どうだい、ちったぁ斬りやすくなったぜ」


元勇者の行動に苛立ちを覚えた人斬りに、

元勇者はさらに挑発をしながら構える。


「ちっ…同じ条件で完膚なきまでの敗北と死を与えなければ俺の中の"復讐心"は満たされない…」


人斬りはそう呟くと、剣を投げ捨て完全に元勇者と同じ"条件"となった。

また新たに戦闘体勢入った二人……

元勇者のあまりにも単調な動きに、人斬りは苛立ちを覚え声を荒げる。

しかし、対称的に元勇者は余裕たっぷりといった顔でニヤニヤとしながら


「ン?衰えたってのは確かだが……

まだ、頭は冴えてンのよねェー」


と人斬りの足元に目をやった。


「よぉーく見てみなッ!そして理解しろッ!!自分がいかに間抜けかをなァー!」


その一言で、自分の足元を見た人斬りは理解する。


「これは…ッ!!蔦……植物の蔦が俺の足に…!!!」


そう、地面から伸びた蔦が己の足に絡み付き身動きがとれなくなっていることにッ!!


「ふっ……はっはっはァ~、まぁたやらせてもらったぜ~!」


元勇者は狙っていたのだ。

幾度も幾度も繰り返される反撃を耐えながら、ただここから繰り広げられる逆転劇を。

ーーありえないッ…!自惚れていたのか俺はッ!?見抜けなかった……ただ奴の様子を滑稽だと笑うだけで…ッ!人斬りはそれを見抜けなかった自分を嫌悪し、心の中で深く"反省"をする。

己が何から何まで相手の手玉にとられていたことを知れば普通は失意の海に沈むことだろう。

だがしかし、人斬りはそうなることはなしにただ己の行動を悔い、反省したのだ。


「……っふ……」

人斬りは静かに笑う。

己の愚かさに、元とはいえ、少しでも

"勇者"を侮ってしまったことに。

いつの間にか、成長を続けていた蔦は人斬りの足だけでなく首から下までをがんじがらめにしていた。


「こうなってしまっては…俺はもう何もできない。やれよ。悔いは残るが……復讐などといって敗れたのだから、生き恥も生き恥だ。これ以上…生きている意味はない」


静かに、淡々と語った人斬りに背を向け元勇者は先程投げ捨てた刀へと歩み寄る。

歩きながら、元勇者は独り言の様に人斬りへ向けて言葉を発した。


「てめぇ…ろくでもねぇ…!ろくでもねぇよッ!復讐っつーんだったらよ……何か理由があんだろ。それを俺は知らねぇが……

辻斬りなんてやって関係ねー奴らを傷つけて、エルフのガキ拐ってまで俺との決闘を望んでよぉ……てめぇの復讐ってなぁ、

もっと重いもんなんじゃねぇのかッ!!

ちっと身動きが出来なくなったぐらいで生き恥だぁ……?」


だんだんと語気が強くなり、表情も険しくなった元勇者が、刀を持ち再び人斬りの目の前に立つ。


「ふざけんのも大概にしやがれッ!!お前は俺と同じ唯一の生き残りなんだろーがッ!なら、お前のやることは何だッ!?復讐ならそれでもいいッ!!!でもな…一番てめぇがしなくちゃいけねぇのは……その800ぐらいの命を全部納得させることだろッ!!お前が俺に負けるのを、納得してるやつがいんのか!?」


そう人斬りに怒号を飛ばすと共に、

元勇者は目にも止まらぬ速さで刀をふり、

人斬りに絡み付いた蔦を切り刻んだ。

「納得したっつーんなら、またこい。そんときゃ本当に負かしてやる。それまで、その命を一つも

減らすんじゃねぇぞ。

後は、ぜってぇに悪さはすんなよ。

わかったか、このバカッッ!!」


その気迫におされ、茫然としていた人斬りの、蔦がとかれて自由になった体が背中からバタッと後ろに倒れ、その衝撃で我にかえった人斬りは小さく微笑み、天井に向かって叫ぶ。


「ああ……ああそうだとも!まだ納得していないッ!!生きてやるッ……どんな生き恥をさらしても……俺の復讐は終わらないッッ!!

待っていろ……勇……者……」


長時間の戦闘の疲労が襲ったのか、

人斬りは目を閉じて眠りについた。

その様子をみて、元勇者は一息ついてから人斬りと同じように疲労した体を引きずり、元勇者の苦労などいざしらず祭壇でスヤスヤと寝息をたてているリザのところへいき、その頬をぺちぺちと叩いて

「おーい、朝ですよォー……」

とリザを目覚めさせる。

ゆっくりと重たそうな瞼を開き、大きな欠伸をした後で、リザはハッとしたように目を見開いて周りを見渡した。


「あれっ!?なんで勇者様がここにィ!?

というかあの男はどこにッ!?」


酷く慌てた様子のリザの頭に、元勇者は

ポンっと鉄の義手をのせた。

祭壇は、教会のステンドグラスを通り抜けた淡いオレンジ色の光に照らされている。


「ど、どうしたんですか突然?人斬りは……」


リザは元勇者の突然の行動に少し驚き、

顔を赤らめた。

元勇者は何も言わずに、ただリザを見つめて優しげな表情を浮かべている。

ーーううー……なんか……ちょっぴり…うれしいです……けど…恥ずかしいです……

短い静寂を破ったのは、リザだった。


「……その……………助けに来てくれて…ありがとう…ございます。倒したんですよね?

あの人……」


すると、暫く黙っていた元勇者は突然ニカッとはち切れんばかりの笑顔になって

「…おう!勿論。だが、殺しちゃいねぇ、そこで寝てる」

と、リザの問いに答える。

リザは不安げな表情になったが、元勇者の顔をじっと見つめた後、すぐに、微笑んだ。


「勇者様、今とっても清々しいっていう顔してます。きっと、あの人は大丈夫なんですよね。なら私も、信じます」


「ありがとよ、信じてくれて。

って、らしくねぇな。まぁいいや、

とりあえず、家に帰ろう……おらぁ眠くてしょうがねぇ……」


ふぁーと大きな欠伸を一つして、元勇者は

教会のボロボロになった出口の扉に向かい歩きだす。

まるで娘が父親についていくように、

リザもその後ろについて歩きだした。

教会をでると、そこには行きと同じような馬車が待っていて馭者が二人を急げとせかす。

夕日に包まれながら、二人は馬車に揺られ、自分達の家へと帰っていった。

彼等と人斬りの因縁はこれからも続くのだが、それはまた後の話。

元勇者と、リザ。

この二人の"環"は、一旦動きをとめ、また再び廻りだすのを密かに、密かに待ち続ける………


後書き


今回で、ひとまず元勇者とリザの物語はお休みです。

次話は人斬りの過去話の続きになります。

ちなみに、物語の冒頭部分が人斬りの過去話になっているので気になる方はぜひ、目を通してください。

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