第9話 復讐の讃美歌・起


喰われる、喰われる、喰われる。

一人、また一人……ほら、また死んだ。

また誰かが死ぬ。また誰かが、死んでゆく………

下に、下に、くだっていく度に誰かが喰われる。苗床にもされる。

その中で、変わり果てた仲間達の屍を踏み越え、男は一人、傷ついた体を引きずって

ひたすらに向かう。 終着へ……穴の底へ……ただ、一人の女のために……


△▽○△▽


ーー

ーーー


「勇者ぁ!見て見て、原生種のマルマフだよぉ!珍しぃー」


「確かに可愛いじゃねぇか!ガッハッハ!」


「あら、本当に可愛いわ。アーネ、あなたの可愛いの基準はおかしいと思ってたけど、意外と普通なのね」


……?……なんだ…こりゃあ……


「……ん?……すまん…少しボーッとしていた」


夢……なのか…?


「もう!ちゃんと話聞いててよ!いーっつもボケッとしてるんだからぁー」


アーネ……


「勇者らしい…でしょ?むしろボケッとしてなきゃ

勇者じゃないわ」


カリネ………


「その通りだぜ!がぁーッはっはっはァ」


ロイ………


「あれ、勇者何で泣いてるの!?大丈夫!?」


「ボーッとしたり泣いたり…忙しいひとねぇ」


「いかんなァ~。男が泣くなんざ一生の恥だぜー

はっはっはぁ!」


何でだ……夢の中の割には……随分と……泣かせるじゃねぇか……


「いや、すまない…目にごみが入っただけだ」


「そぉ?ならいいけど…」


「って、こんなとこで止まってちゃダメだよね!じゃあいこっか、勇者!」


ーーー

ーー


「おう!……って…やっぱり夢かよ。つーか…頭いてぇ……」


元勇者は応接間のソファの上で、短い夢を終え目覚めた。

昨日、元勇者は依頼を終えた後その足でリザと共に依頼人の元へマルマフを引き渡しに行き、そのまま依頼人の家で大量の酒を飲むことになり、千鳥足で家に帰ってきたのだ。ちなみにリザは先に帰った。


「あの女ぁ……酒強すぎだろ………あぁ~リザぁ!水持ってきてくんなーい!」


リザの返事はない。

聞こえるのは家の前の大通りから聞こえる喧騒だけ……


「あれェ? リザー!おおいリザちゃーん!

勇者が苦しんでますよォー?」


相も変わらずリザの返事はなく、元勇者の呼び声だけが部屋に響く。


「なんだぁ?どっかいったのォ…?しゃぁーねェーなぁ…自分で取ってくるか… 」


のそのそとソファーから起き上がり、ふらふらとしながら元勇者は台所へ向かう。


「どぉこ行ったんだぁ~リザのやろー。

まさか誘拐とか….?いやいやナイナイ……

心配しすぎ…だよな?」


元勇者がその一言を放った瞬間、蒼白い光を放つ『なにか』が元勇者の顔の目の前をよぎり、壁に突き刺さった……ッ!!


「……は?」


元勇者が突然の出来事に半ば呆然としながらも壁を見ると、そこには矢文のように、

先端に一枚の紙がくくりつけられたナイフが突き刺さっていた。


「こいつはひょっとしてよォ~~……

もしかすると、『果たし状』とか、そういうのなんじゃねぇのォ…?」


△▽○△▽


「おい、起きろ」


どこかの教会らしき建物の中でその男は、両手両足を縛られ深い眠りについている少女に、抑揚のない、ダイヤモンドのように鋭い声でそう話しかけた。


「……ん……ぅぅ……………」

短く呻き、ゆっくりと瞳を開け目覚める少女。

「…………?………ッッ!??」


目覚めた少女が視界に捉え、認識したのは……


「よぉ…久々だなぁ……」


「あなたは……ッ!私の腕を斬った…ッ!」


そう、あの夜この少女、リザの腕を切り飛ばした"人斬り" 。

リザはとっさに後ずさろうとしたが、体は動かない。

ーー体が動かない……!縛られてるから…ですか?そうじゃないですよね……顔しか動かせないですし……


「動かないんだろう?体が。ちょいと『麻痺』にさせてもらったからな。安心しろ、

死ぬわけじゃない…お前は人質だ」


「人質……!?まさか勇者さまを!?」


「勇者…?そうか……聞いたことがあるぞ……魔王を倒し、たった一人だけで帰ってきたという……ふ、ふははッ!!!ちょうどいいッ!!!やはりあいつは丁度よい

俺の『復讐』の"生け贄"だッッ!!!!」


さっきまでの落ち着いた様子から豹変し、

"人斬り"はギラついた目を見開き、そう叫ぶ。

狂気的な表情をする人斬りにリザは畏縮するが、負けじと言い返す。


「なぜあなたのような人があの人を犠牲にして復讐するんですかッ!?なんのッ!何のための復讐ですか_____ッ!!?」


「……ふぅーッ…お前……」


「あっ……う……」


人斬りがリザの頭に手をかざすと、リザはバチッという音と共にまた首をカクンと落とし、動かなくなった。


「少し寝てろ…………煮えたぎった"憎しみ"は

お前ごとき薄っぺらな小娘が何と言おうと

消え失せはしない……」


◇◇□◇◇


<霧の街・ラードテディングにて、お前を

打ち倒す。お前は"生け贄"だ。

お前が此処へ来るならば女には手を出さない>


ナイフの先にくくりつけられていた紙には、そう書かれていた。

元勇者はリザを救い出すために、王都から少し離れた一年中霧がかかり、どこか暗い雰囲気の漂うことから、『蝋燭の街』と呼ばれる『ラードテディング』に向かっていた。

「もうちょい早くなんねェーのォー??

急いでんだぜコッチはよぉー」


馬車の馭者に対し元勇者は横柄な態度でそう尋ねると、元勇者から馭者は見えないが声だけで冷たい表情をしているのが判るようなトーンで、馭者は答える

「今の1.5倍速くするなら料金も1.5倍……2倍なら料金も2倍だ……」


「がめついぜおっちゃん!しゃあねぇから払うケドヨ……2倍で頼むぜッ! 思いきりぶっ飛ばしてくれよッ!」


「了解……した」


その一言と共に馭者は縄でバチンッ!!!!と

『エミネストム』を叩き、馬車を加速させた。


"エミネストム"ーーー

この世界の馬の様な生き物だが

人の運搬も出来る筋肉と、味はともかくとして、いざとなれば食用にもできるという

便利な生き物。ただ、ナマの状態だと微量だが毒があるので熱を通さないと危険。


ーー

ーーー


「ここ、かぁ?始めてきたなぁこの街……出来れば観光で来たかったけどなァ~」


元勇者が立っているのは、『蝋燭の街』の入り口。もはや街は廃れ、廃墟の様な建物が建ち並ぶ不気味な光景が広がるその街に、人の気配は存在しない。

ただ、奥にただならぬ気配を醸しながら佇む教会の中を除いては……


「バチバチくるぜ…!あん時の気配だ…ッ!

あの教会……待ってろよぉリザ。くたばってンじゃねぇぞ……」


街の暗く不気味な雰囲気をものともせず、

元勇者は走る____リザが囚われている教会へ_____!!


運命の環は、廻る。激しく、激しく、どんなものよりも速く……

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