第8話 可愛くたって、いいじゃない?

その男は、何処かもわからぬ異境の道端で倒れていた。

自分のことすら分からないその男は、一人の女に拾われた。

その女は、優しく、強い女だった。

貧しい生まれでも、決して挫けることなく、毎日を精一杯生きている美しい女だった。

全てを忘れた男は、そんな女と共に暮らすことになった。

女は男を想い、男は女を想い、

明日を願い、明日に道があることを願い、

明日に世界が続くことを願い、明日に食べるものがあることを願い、朝日を見れることを願う。

そんな充実した生活。

二人は、そんな生活が続くことを願っていた。

だがある日突然、そんな生活は終わりを迎えることになる。

男が、ある場所の探窟に行くと言い出したのだ。

女の背負っている借金を返すために……

だが、その探窟には、二つの噂があった。

一つは、探窟に参加すればそれだけで莫大な報奨金が出るという噂。

二つ目は、その探窟は一度入れば二度と生きてかえっては来れないという噂。

女は泣いて、それをとめた。

男は、微笑みをだけを返し、二度と振り向くことなく、家を出ていった………

△○△◎△○△


「見つかんねェーーー!どこにいんだよぺろちゃーーん!!!!」


元勇者は昼の町中で、空に向かってそう叫んでいた。

「もぉ疲れました……歩きたくないです……」

弱々しい声で、ガックリと項垂れて呟く

リザ。


"ぺろちゃん"ことマルマフの捜索を始めること早数時間、二人は心身ともに疲れきり、元勇者に至っては空元気を出さなければやりきれぬという始末にまでなっていた。


「あ~~~、見つかんねぇよ……ハァ……

せっかくの依頼がパーだよこれじゃあよ~」

何時の間にやら近くにあったベンチに座り、暗い顔で溜め息をつく元勇者。


ただ、そんなことを言いながらも元勇者は依頼を達成するのを諦めてはいない。

しかし、それがお金の為だというのは言うまでもない……


「生活費ですよぉ、生活費。そういえばあの家借家ですよねぇ。家賃……ちゃんと払ってますかぁ?」


「あ"、次払わなかったらミンチにするとかなんとか言ってた様な気がする……」


「ミンチって……どんだけ滞納してんですか。アホなんですか、アホボ……ごほん、ボーイっていう歳じゃないですよね」


「うるせぇやい。客がこねぇんだよ客が」


文句を言いながらも元勇者は立ち上がり、

「よーし、やるぞー、聞き込み聞き込みぃ!」

と捜索を再開した。


それに便乗するようにリザも、

「えい、えい、おー」

そのリズムに合わせながら、腕を三回天につきだした。最後の一回は特に思いきり。


△▽△▽△▽


それから元勇者とリザは聞き込みをしばらく続け………


「あのモフモフした白い毛玉でしょぉ~ん?見たわよぉおー!確かぁ……そこの路地裏に入ってったわぁ~ん♪」


口調は女性、体は……男性。所謂オカマと呼ばれる部類の人間から一番有力な情報と思われるものを聞き出している途中だった。


「マジありがとう!おっちゃん!」


「ありがとうございますおじさん!」


「あらぁ~?私ぃ~乙女なんだけどぉ~」


変に色っぽい上ずった声を発しながら、体をクネクネとくねらせるオカマ。


「そりゃあすまんなおっちゃん、また会おうぜおっちゃんじゃあね!」


「ありがとうございましたおじさん!それじゃあさよなら!」


「乙女だっつってんだろうがッッ!!!!」


元勇者とリザは、鬼気迫る表情のオカマに

危機感を感じ取って逃げ出した。


「クォラァァアア!!!待ちやがれぇぇ!!!」


「待ったら金が貰えんのかよォ~~~」


「ホントすいませーーーん!!!!!」


オカマは二人を追いかけることはしなかったが、元勇者達はそそくさとぺろちゃんが入っていったと教えられた路地裏に入り込んだ。


「ちっと疲れたな…って!!!ありゃあぺろちゃんじゃねぇのか!?」


「え!?あ!ホントだ!」


二人の視線の先には、大きすぎて路地に挟まってしまっている白い毛玉が、謎の威圧感を醸し出しながら存在した。


「デケェよ!!ちょっと大きいどころじゃないだろこれは!!」


「これ……どうやって依頼人さんのとこに持ってくんですか……?」


半ば呆れた様に呟くリザと、頭を抱えウーン……と呻く元勇者。


「と、とりあえず……毛を切って小さくしよう」


「いいんですか!?勝手に切っちゃっても……」


「しゃあないだろぉ……挟まれてんだから……」


言いながら元勇者は腰の刀を抜き、

「リザぁ、ちょいと離れてろよぉ~。

そぉれッッ!!!!」

太刀筋が見えないほどの速さでその大きな毛玉を切り刻んだ。

勿論、切り刻んだのは余分な毛だけだったので本体には一切傷がついていない。

元の姿に戻ったマルマフは、壁の圧力から解放されポフッと地に落ちた。


「ふっふっふ、見たかこの太刀筋。すんばらしいよなぁ……」


刀を鞘にしまいまがら自惚れる元勇者を尻目に、リザは地に落ちたマルマフを両手で優しく包むように拾い上げ、キラキラとした目で眺めていた。


「可愛い~!何ですかこれ……ふわふわして暖かい……まるで日干しのお布団みたいですよぉ!」


リザが甘ったるい声を出しながらマルマフに頬擦りをすると、マルマフはキューキューと喜んでいるような鳴き声をだした。


「おいおい、依頼人のなんだから大事にしろよ。家に帰るまで持ってていいが、絶対に落とすんじゃねぇぞー」


「絶対無事に家まで持ち帰ります!任せてください!」


ふんす、と意気込むリザに元勇者は少し不安を覚えたが、任せてみるのも悪くはないと考え、何も言わなかった。


「もう日暮れか……早いもんだにー」


いつの間にか広がっていた空には紅に金を混ぜたような強烈な色彩の空を見上げ、元勇者はそう呟き、

夕暮れに染まるレンガの街の中二人はゆっくりと歩きだし、家路についた………


運命の環は、ただ静かに、誰にも気づかれることなく、ひっそりひっそり…廻っていく……

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