第7話 ビート・ダウト・ショート
様々な記憶が、男の脳裏に浮かぶ。
虐められた記憶。家族との想い出。
美味しかったもの。好きだったもの。
楽しかった事。
ーーーーー愛した人。
その全ての記憶に、ひびが入る。
それはまるで、壊れゆくガラスの様に。
こわれる、壊れる、コワレル………
△○△◎△○△
「ハァッ!!セイアッ!!!!ソォオレェエ!!!」
斬ッッッ!!!!!斬ッッッ!!!斬ッッッ!!!!
元勇者の高らかな(うるさい)掛け声と共に、大木が崩れ落ちる。
「凄いです勇者さま!!」
そう、元勇者とリザは裏庭の木々たちを使って剣術の特訓をしている最中なのだ。
リザの望みである"騎士団長"になるには、いや、そもそも王国騎士団というのは剣術、人格ともに優れた者のみ入ることを許されるエリート集団なので、まず剣を扱えるようにならなくてはお話しにならない。
「バ~カ、何言ってんだ。騎士団に入りたいならこれぐらいできねぇといけねぇんだよ」
リザを指差し、忠告と言わんばかりの台詞を吐く元勇者。
「し、知ってますよそれぐらい……」
元勇者の視線から顔をそらし、リザはそう
自信なさげに呟いた。
生まれてこのかた剣など握ったことのない(女性なら生まれて死ぬまで剣など握ったことのない人も多いが)リザは、まずそもそも剣を持つことすら出来ないかもしれないという不安もあるのだろう。
「それに……私には"覚悟"があります。騎士団に入るためなら、どんなことでもやるという"覚悟"が」
そう語るリザの瞳には、さっきまでの不安げな表情を焼きつくしてしまいそうなほどの決意の炎が燃えたぎっていた。
「ほーぉ、良い目をするな。良いね、ホント」
「もー、茶化さないでください!」
「悪い悪い。じゃあ続きやりますかー」
そんな会話をして、特訓を再開しようとしたとき、"何でも屋"の鈴が鳴った。
「すいませーん!依頼があるんですけどぉー」
「はーいはいはい。今行きますよぉー!
悪ぃなリザ、また今度やってるやるからな」
やってきた久しぶりの依頼人に返事をし、
リザにそう告げて元勇者は応接室に向かっていった。
一人取り残されたリザは
「あの顔は、ひっさしぶりの客だうれぴー!って感じの顔ですね。昨晩あんなことがあったのに、元気な人……」
と一人ごちた後、自分の右腕の代わりとなった鉄の義手に触れながら
「私も大概ですかね……」
そう呟き、応接室に向かった。
~~
「今日は、どのようなご用件で?」
机を挟んで対面するように置かれているソファに座っている依頼人と元勇者。元勇者の隣にはリザも座っている。
「あの、その、私ぃ……近所に住んでるものなんですけど……」
にこやかに用件を尋ねた元勇者に対して、
どこかおろおろした様子の依頼人。
ーーなーんだこりゃ。もしかして俺、怖がられてる……?
「どうしました?別にそんなに怖がらなくてもいいんですよ」
依頼人を落ち着かせようと奮闘する元勇者だったが、その一言を皮切りに依頼人の目から一筋の涙が零れ、
「違うんです……その……わたぢのぺろちゃんがいなぐなっぢゃったんでずよぉおぉお」
と遂には泣き出してしまった。
『おいリザ!泣いちゃったぞどうすりゃいいんだよ!?』
号泣し始めた依頼人にどうすればいいのか分からなくなった元勇者は、小さい声でヒソヒソとリザにそう尋ねた。
『し、知りませんよどうにかしてください自分で!』
だが、リザもリザでどうすればいいのか
分からないようで、そっぽを向いてそう答える。
「ままま、一先ずこれで涙を拭いて、そのぺろちゃん?とやらのお話を……」
元勇者は依頼人にポケットから取り出したハンカチを差し出した。
「あ、有り難うございます……すいません、取り乱しちゃって……」
「いやいや、涙に濡れた女ってのも可愛いもんですよ」
「なぁにカッコつけてんですか、バーカ」
「バカだとこんにゃろぉ」
そんな元勇者とリザのやりとりに、
依頼人はふふっと小さい笑みをこぼした。
「仲が良いんですね…お二人とも。おかげで涙も吹き飛びました」
その一言に、二人はポカーンとした顔になった後、
「そりゃあよかった」
と笑顔になった。
「それで、依頼っていうのはぺろちゃんを探してほしいんです」
「あー、ぺろちゃんってのは…ペットですよね?」
「はい。リースマルマフっていう動物で、とっても賢くって可愛いんですよぉ。
でも、外敵から身を守る手段を一切持ってなくて……だから心配なんです……」
"リースマルマフ"というのはアリア語で
"白い毛玉"という意味で、その名の通り顔以外は全身毛むくじゃらという人間に飼われる為に生きているのかというthe・愛玩動物。
価格も比較的安価なので小さい子供に大人気!もふもふ!
「はぁ……確かに可愛いですね……あれ」
「そうですよねぇー!それに私が触ると鳴くんですよォー!もう可愛くて可愛くてェー!!」
徐々にテンションがハイになっていく依頼人を前にたじろぎながらも、元勇者は懸命に話を続ける。
「それで、特徴とかは…?」
「特徴ですか……触ったらキューキュー鳴くのと……あ!私の匂いを嗅ぐと近付いてきます!」
「あぁ…その…見た目的な……」
「見た目…ですか…あ、そういえば、他のマルマフより少し大きいです」
「待ってました!それですよそれそれ!」
元勇者はバッと立ち上がってそう叫んだ。
「では……よろしくお願いします。お金はどれぐらいで……」
依頼人の一言に少し悩んで、元勇者は口を開いた。
「見つかんないこともあるので……料金は見つかってからで大丈夫です。住所さえ教えてもらえば、見つかったら伺うので」
「あ、そうですか。有り難うございます。
住所はーーー」
その後、依頼人は口頭で住所を告げ、帰っていった。
依頼人がいなくなり、静かになった部屋で、
「よっしゃあ!早速、捜索開始だぁぁ!」
元勇者は、そう叫んだ。
クルリクルリとまた廻る。廻って廻って止まらない。
それはどんどん勢いを増して、大きな大きな
渦になる。
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