第6話 トワイライト・ブルース
"ようこそ"
そんな声が、頭の中に響く。
"咎人よ"
咎…?
"君にはもう、過去は必要ない"
何だ……この声は……?
"『戒めの鎖』、今からこれを 君の左腕に巻く"
なんだ……ここは……?
"そうすれば、君は生まれ変わる"
生まれ……変わる……?
"君は君の全てを犠牲にして新たな人生を歩む。それを君が受け入れるかどうかは、残念だけど問題じゃない。君は生まれ変わって、この世界ではない何処かで生きるんだ"
待ってくれ……お前は誰だ……?俺は………うぅ……
ーーーーーー
元勇者は思考する。
ーーちっ!!手応えなしだ。だが……これでいい、今優先すべきことは…ッ!!!この土煙に乗じてリザを連れて逃げることッッ!!!!
両者の技の激突によって巻き上がった土煙に乗じた逃走。
それが今最も優先せねばならぬ事柄だと____
「……うぅぅ、痛いィィ……腕、腕がぁ……」
気絶から目覚めたリザが短く呻く。
「起きたか、リザ!!さっそくだが逃げるぞ!!」
リザが生きていることを確認し、安堵した元勇者はリザを抱え走り出す。
だが、煙の向こうからの視線はそれを捉え、静かにほくそ笑んだ。
「逃げるのか…?つまらん奴だ。どうしようもない雑魚だ。期待外れも甚だしい………」
今の元勇者にそんな罵倒を聞いている余裕もなく、一心不乱に走る。
リザを____いや、また手に入れてしまった、失うかもしれない宝物を、失わないために…………
「失わねぇ……もう二度とッ!!」
それは、元勇者の背負った"業"。
彼を重く縛り付ける呪縛は、まだ解放けることはない………
●▼●▼●
「くそっ!いくら万能つっても回復魔法はできるかわからねぇ……」
先程の場所から少し離れた、静かな暗い路地。そこで元勇者は、リザの治療を試みていた。
「まず詠唱がわからんし……ああもうっ!!どうすりゃいいってんだ畜生!!!」
暗い路地で、誰にも届かぬ苦悩の叫びをあげる元勇者……だが、誰にも届かぬと思われたその叫びを、たった一人だけ、聞いていた者がいた______
「その娘……助けてあげようか」
そう、それはごく一般的な主婦…の様な服装をしているが、年の程がわからない顔立ちと、普通の女性とはいえない2mはあろうかという長身の女性。
元勇者の頭の中にはいくつかの疑問が浮かんだが、そんなのことは些細なものだった。
「あんた天使か!!!ありがとよおばちゃん!!!」
「別にどうってことないさね。後、私はおばちゃんじゃなくて、ただの主婦よ。ミラって呼んでね」
ミラ、と名乗った女性は長い黒髪を揺らしながらリザの元へと近づく。
ーーこのおば…じゃなくてミラさん、何者かは知らんがありがてぇなぁ!
元勇者は安堵し、いつの間にか強張っていた己の顔を緩めた。
「ふぅん………この綺麗な切断面……並みの剣士じゃムリねぇ。って、そんなことはどうでもいいか。ええと…あなたがこの娘とどういう関係か知らないけど、はっきり言うわ。もうこの娘の腕は、元には戻らない」
リザの腕の切り口を見て、ミラは別段険しい顔をすることもなく、淡々とした口調でそう告げた。
「そ……そうか……わかった。だが、命に別状は……?」
「安心して、止血はしてあるみたいだし、出血多量で……っていうのはないから。ああ…後、腕の方も義手を作ればなんとかなるわ。今のご時世、魔法で何でも作れちゃうんだから」
「ああ、そうだな。全く、便利な時代だぜ……何はともあれ…よかったぁ…」
フゥと一息、元勇者は胸を撫で下ろした。
「ふふ、あなた、この娘のことが本当に大事なのね。まるで家族みたいだった。そういうものがあるのって、羨ましいわねぇ」
そう小さく微笑んだミラに、元勇者は頭を掻き、
「いやいやいや、ただの助手だ…うん。家族……も…悪くはないけどな……」
少し照れたようにそう返した。
仲間…家族……久しく忘れていたものが、元勇者の心に提灯の灯りのような穏やかな光となって降り注いだ瞬間であった。
「じゃあ、早速義手作っちゃうわね。ちょっと待ってて…」
そう言うと、ミラは近くにあったのであろう自分の家に駆け込んでいった。
「はぁ……どこまでイイ人なんだよ。ミラ……さん」
「うぅ……勇者さまぁ?ごめんなさい、私……」
痛みで気絶していたリザが、目を覚ました。その瞳からは、一筋の涙が流れている。
「おお、リザ!!よかったな!義手だけど、腕はなんとかなるらしいぞ。ってお前泣いてんじゃねぇか。どっか痛いのか?」
心配した元勇者は声をかけるが、
「違います……悔しいんです……情けないんですよ……私……退治しようなんて言っておいて……自分だけならまだしも……勇者さんまで危険にさらして……うぁぁぁ…」
リザは号泣し、嘆く……元勇者はーー
「んなことねぇさ」
ただただ、力強く、リザを抱き締めた。
ーーまるで父と娘ね……好きよ、そういうの……
リザのために作った義手を持ち、家から出てこようとしていたミラは立ち止まってそれを眺め、そんなことを考えていた。
「……お取り込み中悪いけど、できたわよ。その娘の義手。多分大きさはあってると思うけど……」
抱き締めているところを見られた元勇者はハッとした顔でそれを止めた。
「あ~…これは……恥ずかしいところを…」
「別に、いいんじゃない。嫌いじゃないわ」
そんな会話を交わす元勇者とミラ。
だが、ミラが何者か知らないリザは疑問の視線を投げ掛ける。
「……ええっと……」
「私の名前はミラ。あなたを助けてあげた人。でも礼なんていらない。あなた、可愛いしね」
リザの視線に答えたミラは、すぐリザに近寄って義手を結合する準備を始めた。
「これが……私の……新しい腕……!」
感嘆するリザを尻目に、着々と準備を進めるミラ。それを見ていることしかできない元勇者は息を呑んで見守っている。
「じゃあ始めるわ。ちょっと腕出してね、リザちゃん」
「は、はい」
リザの返事を聞くと同時に、ミラはポケットに入っていた小さいナイフを取り出し、自分の人差し指の腹を少し切る。
「な、なにしてるんですか…?」
「今からこの血であなたの腕に魔方陣を描くの。ちょっとくすぐったいかもしれないけど、我慢してね」
そう言うとすぐにミラは垂れた血で魔方陣を書き始めた。
「…んっ…ふぅ……んんっ……」
予想以上にそれがくすぐったいらしく、リザは妖艶な声をあげる。
「我慢我慢………」
ーーこれは俺が見てもいいものなんだろうか……?
一方、思いもよらぬリザのエロティックな姿に、元勇者は歳に似合わずそんなことを考えていた。年端もいかぬ少女に劣情を抱くなど愚の骨頂だが、元勇者も少しその気があるのかもしれない。
「はい、できた!後は詠唱だけねー」
「ふぅ…ふぅ…凄く……くすぐったかったです……」
すっかり疲れきった顔のリザとは逆に、
ミラはどこか楽しげな表情をして、最後の手順であり、 魔法の基本である詠唱を始めた。
「"緑冥に燃ゆる治癒の炎よ"
"聡明なる天の使いよ"
"傷ついた者達に、万千の癒しをあたえよ"」
詠唱が終わると、リザの腕に血で描かれた魔方陣がオーロラの様な緑色に光輝く。
「今!」
ミラがそう叫び、光輝く腕の切断面に義手を接続すると、その義手も光に包まれ____
「痛みが消えて…腕の感覚が…!」
光が弱まるとともに、義手の結合が完了した。
「後は時間の経過で馴染んでくると思うから、まぁ、暫くは安静にしててね」
「あ、有り難うございます!ミラさん!!!ほんっとぉ~にありがとうございます!!!!」
心からの感謝をするリザに、
「もう、お礼なんていらないって言ったでしょ?助け合いは世界の真理よ。人間ってのはそういうもの」
と気遣い、ホンモノの善人ぶりを全開にした。
「あれ……そういえば、気づいたらもう夜明けですね。勇者さまはどこに……?」
昇りゆく太陽の暖かく穏やかな光に包まれ、リザがキョロキョロと周りを見回すと、そこにはいつの間にか壁に寄りかかって寝息をたてている元勇者の姿があった。
「疲れてたみたいね、その人。ま、あんな夜中に女の子背負って走り回ればそうもなるわよね。一応感謝してあげなさいよ、リザちゃん♪」
リザにそう告げて、ミラは背を向けあるきだす。
「もう…帰っちゃうんですか?」
「私はただの主婦だから、色々としなきゃいけないことがあるからね。その人にもよろしく言っておいてちょうだい 」
「そう……ですか…あの、ありがとうございました…」
深々とお辞儀をし、感謝の言葉を述べたリザに、ミラは背中とサムズアップだけで答え、家に帰っていった。
「さぁて、勇者さま、起きてください!朝ですよー!」
「ん……おぉ……なんだもう朝か。腕も治ったことだし(義手だけど)うちに帰るかぁ~」
二人は我が家に向かって、暖かい朝日の方に歩きだした。
運命の環は、またゆっくり、くるくる、くるくる、と廻っていく…………
「あの男……殺す。次こそは…確実に……」
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