第5話 復讐の男

『その男は誠実だった。』

『ただひたすらに、誠実だった。』

『その男は優しかった。』

『ただひたすらに、優しかった。』

『その男は穏やかだった。』

『ただひたすらに、穏やかだった。』

『故に』

『イジメの標的になった。』

『そして、男は孤独になった。』

『この世界の誰よりも孤独になった。』


  そうして男は、自ら命を絶った……


過去とは矛盾の象徴である。

過去とは自分を縛り付ける呪縛であり、己を己足らしめるものである。

故に

過去を捨てることは己を捨てること。

ならば

己を捨てることは過去を捨てること。

その男は、命を捨てた。

即ち

その男は己を捨て、過去を捨てた。


   その男は、『罪』を背負った。


ーーーーー


「おはようさん、リザ。んぉ?本なんか読んでどうした?『エザバルの悲劇』?そんなもん家にあったっけか……」


寝ぼけ目で、ひどい寝癖を携えた元勇者が、リビングのソファで読書に親しんでいるリザにそう話しかけた。

リザの読んでいる『エザバルの悲劇』は、

"エザバル・フローレア"という大昔のお嬢様の盛衰を綴った物語で、筆者不明、執筆時期不明という謎に満ちた本でありながら、

王国内で一番の人気を誇るベストセラー本である。


「今朝の古本市で買ってきました。あ、勿論昨日貰ったお小遣いで買ったので安心してくださいね!あと、おはようございます!」リザは笑顔で、本に栞を挟み、パタンっと閉じながらそう返した。


「そ、そうか。でもお前……字の読み書きできんのか?」


首を傾げ、左手で短い無精髭が生えた顎を触りながら質問する元勇者。


「前の御主人様が、それぐらいできた方が奴隷として役に立つと言って教えてくれたんです。ま、それ以外はからっきしだったんですけどねぇ……」

あはは……と苦笑いを浮かべてリザはそう答える。


通常、御主人様とは奴隷をコキつかう存在であって、いくら利便性をあげるためであってもわざわざ読み書きを教える御主人様というのは、奴隷からすれば所謂

"アタリ"の部類なのだが、そもそも奴隷という立場になった時点で"ハズレ"なのだろう。というか、そうだ。


「良いのか悪いのかよく分からんが……

本を読めるのは良いことだ……うん、とっても良いことだ」

ーーおらぁ読み書き苦手だから、助手として結構便利だしな……

そんなことを考えながら、腕を組んでうんうんと頷きながらそう答える元勇者。


「そう言ってもらえると嬉しいです。

ああ、あと、街で気になる噂を耳に

したんですけど……」


「気になる……噂だぁ?まさか税がなくなるとかか!?それだったら……」


嬉々とした顔で尋ねる元勇者だったが、リザは対称的に神妙な顔で首を振ってそれを否定し、話を続けた。


「それがですね、この近くで人斬りが出たっていう話なんですよ……!何でも夜道を歩いてると一筋の光が見えて、気がついたらもう……体が真っ二つになっているらしいんです……それがもう、恐ろしくて恐ろしくて!! 」


青ざめた顔で"噂"を語るリザを見て、

ーー真っ二つって…………チョーこえぇーーー!!

元勇者はそう叫びたい気持ちを心の内で抑え、冷静を保ち

「ひ、人斬りなんつーのは俺にとっちゃただのサ…サンドバッグだぜ、うん……」

と強がった。だがそれを見透かすようにリザはジィッーと元勇者を見つめ、にやっとして口を開いた。


「本当ですかぁ?実はビビってるんじゃ……」


「な、ないない!絶対にない!多分そんなやつより俺の方が強い!……と思う……」


ビビっているのを隠しきれないながらも強がっている元勇者だったが、リザにはお見通し……のようだ。


「それなら……退治しちゃませんか?元勇者様ならちゃちゃっと倒せますよね~きっと」


ーーあれ、あれあれェ?これ、俺が倒す流れになってなーい!?やだよちょっと!人斬りなんぞと喧嘩するなんて!!

元勇者はそう思い表情を固くするが、強がってしまった手前それを口にもだせず……

「う…うーむ……しゃあねぇなぁ!やったるで、チクショー!!!」

了承してしまった。依頼以外には面倒なことに首を突っ込まない元勇者だが、こればかりは自ら作り出した不可抗力によって虚しくも了承せざるをえなかったのだ。

要するに、自業自得である。


「これでまた王国が平和になりますね!

みーんな喜びますよ!」


眩しいほどに目を輝かせるリザに、元勇者はハァ……と一つため息をついた……


△▽△▽△▽△▽△


「きちゃっったよーー!!!もう夜だよこえーよ!!正直帰りたーーい!!!!」


元勇者がリザの提案を承諾した数時間後、

"人斬り"がでると噂の夜のアルデマーロ三番街"ロア・ストリート"にて、ポルフェー橋の上でそう叫ぶのは、元勇者だった。

すぐ近くにリザがいるのにも関わらず、もう内心ビビっているのすら隠さなくなったその叫びには、一切の嬉々とした感情はこもっていなかった。


「もう逃げられませんて……多分そこらへんにいますよ、きっと」


「こえーこと言うんじゃねぇ!大体それは噂であって本当のことかどうかはまだ……」


「………なんですか、あれ」


元勇者を遮るように、ある一点を指差してリザは消え入るようなか細い声でそう呟いた。

へ?と元勇者もリザの指差した場所を見ると、そこには噂とほぼ同じの一筋の光、いや、竜のようにうねりバチバチと音をたてている光の線が、幾つも存在した。


「おいおいおいおいおい!!噂が本当なら……!」

このままじゃやべぇ、元勇者はそう叫ぼうとしたがそれはリザの短い悲鳴によって不可能なものになった。


「きゃぁぁぁあああ!!!」


「リザ、どうした、リザァァ!!!」


一瞬ーーー

そのうねる光は一本に収束し、リザの右腕をーーー

「私の……腕がぁ……!」

吹き飛ばす、いや、"斬り"飛ばしたのだ。


「リザ、おい、しっかりしろ!クソッ!!血が止まらん……!!」


咄嗟の判断で自分の服のすそを千切り、リザの止血を試みる元勇者。だが、リザは目を閉じて動かない……

ーー油断していた…ッ!!まさかリザに"攻撃"してくるとは……ただの"噂"…そう考えていたのが阿呆だった!!こいつは明確な『人斬り』だ…ッ!!!!


「おいてめぇ!!ガキに攻撃するたぁ…随分な外道ぶりじゃねぇかよ……ッ!!!」


元勇者は怒気をふくんだ声で"光"に向かって叫ぶが、"光"は答えない。


「へっ!!俺と話す舌はねぇってかぁ…?」

そう言いながら元勇者は腰にかけていた愛刀を抜き、構える。


元勇者が抜いた刀____"ヨウトウ・ホシナガレ"

それは大昔、王国に現れた異世界からの

"転移者"、刀匠の『オオクマ・ダイゴロウ』がこちらの世界の材料を使って10年の時をかけ造り上げた、文字通り星が流れるように斬ろうとしたものが斬れる"ニホントウ" 。

それをひょんなことから元勇者が手に入れたのだ。


「舐めんじゃねぇよ___!!!!!」


元勇者は刀を構え、"光"に向かって駆け出した____ッッッ!!!!!!


それと同時に、"光"も収束し元勇者に向かう。そして______

交差するッッ!!


「おおおあああぁああ!!!!!」


元勇者と鍔迫り合いの形になったものは、

"光"から人の形になった。

それは、右の腕に黒い"ナニカ"、左腕には鎖を巻き付けた男____


「……俺の邪魔をするな。俺の世界に対する復讐の邪魔を……!」

男は冷ややかに、どこか熱の籠った声でそう吐き捨てた。


暗闇の中で微かに見えるその表情には、この世の全てを憎んでいるようなドス黒い憎悪が、こびりついていた。


「復讐だぁ…?そりゃあ……ガキの腕を斬り飛ばす理由になんのかねぇ……!!」


ガギギギギギ、と火花を散らし擦れ会う刃と刃。


「そいつはどうだろうな……だが、邪魔なのは確かだ………!!!!」

男は右足で元勇者の腹を蹴り吹き飛ばそうとするが、元勇者はそれをよけ鉄の拳で反撃する。


「あぶねぇなこのやろォ!!!」


「ぐ……ッッ!!!!」


拳を受けた男はよろめきながら後ずさる。

ーー早く決着をつけねぇとリザがやばい………ッ!!

元勇者は内心焦りながら次の一手を模索するーーー


「しゃあねぇなぁ……"奥の手"使わしてもらうぜ……!!!」


そう、元勇者の次の一手。


それは、鉄の義手の掌に刻まれた

"万能型魔方陣"による魔法攻撃……ッッ!!!


「『刻むは焔の十字架』『吼えるは燃え尽きる消滅の波動』」


詠唱する元勇者の掌は紅く光輝く。

そしてーーーーー


「""焔道""『正火』ッッ!!!!」


ゴォォォォォ、という轟音と共に掌から

十字架の焔が放たれ、人斬りの男に近づいていく。


「お前の炎と俺の雷、どっちが上かな……」


男がそう呟くと、持っている黒の剣が白い輝きを帯びる。

そのまま、男は目の前にきた炎の十字架を、光を帯びた剣でーーーー


    一閃ッッッッ!!!!!!


そして、爆発……ッッッッ!!!!!!


相対した二人の男、傷付いたリザ、

運命の環はまた廻る…ッ!!!!!

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