第4話 変わらぬ友・決意の瞳
"デスボノア"通称『死の大通り』。
円形繁華街"アルデマーロ"の一番外側に位置し、きらびやかな中心部とはうってかわってドス黒い雰囲気が漂い、そこはもはや王国内にも関わらず法による統治がきかず、悪人にとってはまさに天国、善良な一般市民にとっては地獄と呼べる場所であり、''聖アリアトス王国''に出回る違法薬物のほぼ全ての出所がこの場所という噂もある。
今、そんな危険地帯に元勇者とリザは足を踏み入れようとしていた……
「旦那ァ!!ここが限界ですぜ!!これ以上は馬車じゃ危険過ぎるんでね!それと、代金はいらねぇからさっさと降りてくだせぇ!こんなとこにいたら腐っちまいやすぜェ!」
デスボノアの入り口、通称『地獄の淵』と呼ばれる場所に、一つの馬車の姿があった。そして、それに乗っているのはもちろんエルフの少女リザと元勇者の二人。
「おーおーご苦労さん。帰りは気をつけろよー」
「ここが"デスボノア"ですか……な、なんか物凄く臭いですね……」
漂う悪臭に耐えられんとばかりにリザは鼻をつまみ、とても険しい顔をしているが、それに引き換え元勇者は涼しい顔をしながら馭者に労いの言葉をかけている。
ところが馭者はその言葉を無視してもと来た道を一目散に駆け出していった。
「まぁこんなもんだろーな。普通、善良な一般人はこんなとこ近づかねぇし」
漂う悪臭の中で、やはり涼しげな顔を保っている元勇者。そのとなりではリザが顔を一層険しく歪めていた。
「そ、そんなことより、勇者様はこの臭い気にならないんですかぁ?わ、私はもうダメです…吐いちゃいます……」
リザは込み上げてくる何かを必死に抑えてそんな質問をするが、
「慣れてるからな、この程度は。つーか別に吐いてもいいけど離れて吐けよ。一ミリでも俺にかかったらここに置いてくからな」と元勇者はカカッと笑って嘘か本当かもわからない冗談を口にした。
「勇者様なら本当にやりかねませんけど……」
「ま、さっさと行こうぜ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!」
そうして遂に、二人は"地獄"に足を踏み入れた………
ーーー
"デスボノア"『地獄の淵』付近の路地裏……
「おや……あれは……ふっ、あいつも遂に家庭を持ったのか……だがあれは…エルフか?なぜあいつがエルフと……」
灰色のフードつきローブを纏い、フードを顔を隠すように深く被っている謎の男が、
リザと元勇者を遠目に見ながらそう呟いた。
「まぁいい……あいつが来るなら……退屈はしないだろうし…」
男の正体は謎だが、その口振りからは元勇者と旧知の仲であろうことが窺える。
「なにより……ふふ」
謎の男は、言いかけたところで不敵な笑みを浮かべ、路地裏の闇に姿を消した……
「なんですか……これは……」
その震えた声の主は、リザであった。
リザと元勇者は通り掛かったのは、かつてのリザと同じような"奴隷"の中でも"売れ残り"と呼ばれた奴隷達が売られている場所。
その全ての奴隷達の頬は痩せこけ、うじが湧いているもの、ハエがたかっているもの、片腕が無いもの、片足がないものもいて、まさに"地獄"と呼ぶに相応しい場所だった……特に、元奴隷のリザは一段とそれを感じているのだろう。
「これがこの国の最大の暗部だ……いや、これがこの国の真実と言ってもいい」
元勇者は奴隷達を見ながらリザにそう語りかけた。常に淀んでいた目をさらに淀ませて………
「でも…この国はあんなに平和で……」
リザの言葉を遮るように元勇者は続ける。
「この国は確かに、表面上は大陸でどの国にも負けないぐらい平和で豊かな国だよ。
でもな、その表の平和の裏には現在進行形で犠牲になってる奴等もいる。お前や…こいつらみてぇにな……」
「誰も……それを正そうとはしないんですか……?」
「一応、王国騎士団が動いてはいるんだがな…ああ、あとはそういう趣味の貴族とか……」
リザの至って真面目な問いに、元勇者は乾いた笑みを浮かべながらそう答えた。
が、対称的にリザは真面目な顔で何かを考え込んでいる。
「おいおいどうしーーーー
「決めました!」
元勇者の傍らで思慮に耽っていたリザは、突然バッと元勇者の方を向いてそう叫んだ。その顔はとてつもない決意に満ち満ちている。
「うおっ!突然叫ぶんじゃねぇよ…ちょっとびっくりしたじゃあねぇか……」
「それはすみません…じゃなくて!私、決めました。私……騎士団長になります!!!」
「はぁ?」
リザの一言に、元勇者はポカーンとした表情を浮かべ、思わず間の抜けた声を発してしまった。
「お前が騎士団長を目指すぅ?それはちょっと………」
無理がある。元勇者はその言葉を噛み殺し、胸の奥にしまった。
ーーこんなにヤル気出してんだから…止めんのも野暮か……
「誰が何と言おうと私は騎士団長を目指します!それで……その…」
リザはさっきまでの勢いを無くし、急に下を向いてモジモジしながら
「私に、剣術を教えてください!!!」
と、元勇者に声を大にして懇願し、それを聞いた元勇者は……
「俺の修行は……痺れるぜ…?」
そうキメ顔で快諾した。一見ふざけているように見えるがその心の内では、磨いてきた剣の腕を何かを奪うためではなく何かを与えるために使うことができるというのを喜ばしく感じているのだろう。
だが、そんな暖かな雰囲気も
「ーーおうあんちゃんたち、ここがどこか知っててそんなとこに何時までも突っ立てんじゃあるめぇなぁ?」
その悪人面で筋肉質の男の一言で崩れ去った。
そう、忘れてはいけないがここはまだ入り口付近といっても"デスボノア"。
しかもここは奴隷商店街。
いくら元勇者達が暖かな雰囲気を醸し出そうと、その事実に変わりはないのだ。
そんなところに何時までも止まっていては、何が起こるかは明白。といっても、時すでに遅し、元勇者達はいつのまにか柄の悪い5人のチンピラに囲まれていた。
「しかも子連れたぁいい度胸じゃねぇか~。お前ら二人も奴隷決定ぃぃぃい~~!!」
ナイフを持った一人のチンピラが元勇者に襲いかかる。
ーーこいつは参った……今日は剣も持ってきてねぇし、アレを使うにしたってここじゃ狭すぎる…… どうしたもんかね……
元勇者はその間にも思索を巡らせるが、チンピラはもうすぐそこまで近づいてきている。
「逃げないんですか!?勇者様ぁぁー!!」
リザは悲鳴を上げるが、勇者は微動だにしない。
だが、すでにナイフが元勇者の腹部に突き刺さりそうになったその時、
「なにをしているんだこのバカ者」
という一言と共に、フード付きのローブを纏った男がナイフを元勇者に突き刺そうとしたチンピラの頭の上に突如として現れた。
「はぁぁぁ!?何時のまに俺の頭の上にィィ????」
頭の上に乗られたチンピラは動揺を隠せずにそう叫び、腰を抜かした。チンピラ達のリーダーと思われる筋肉質の男を含めた4人のチンピラもざわついている。
「な、なんだぁ??アイツはァ???」
「頭の上ダトォオオ???」
「なにもんなんだぁあ???」
チンピラの頭の上からジャンプしたローブの男は、元勇者の前に着地し、飄々とした声で話始めた。チンピラ達は各々勝手な捨て台詞を吐いて逃げていった。
「久し振りだな、勇者。どうせ僕に用があってここに来たんだろう?そうでもなければこんなとこには来ないからな。というかキミ、随分と腕が鈍ったんじゃないか?こんなチンピラに殺されそうになるとはね……」
突然状況が変わりすぎてしばらく呆けていた元勇者は、ハッとした顔で
「ああ……と。お前……ドレヴァだよな?ドレヴァ・バレイ・スタンローク」
と、ローブの男の名を確認する。
「そう、いかにも、その通りさ。僕はドレヴァ、商人だよ」
ローブの男はそれを微笑えんで深く被っていたフードを外しながら肯定した。
外したフードの下はまさに美男子。
少し女性的な丸みのある小さい顔と、柔らかそうな銀髪、宝石の様な碧眼は、世の女性達の目を釘付けにするような美貌である。
そう、この男こそが目的の"戸籍"商人であり、元勇者の古くからの友人なのだ。
そんな彼をリザは興味津々といった目で見つめている。
「あ、あなたが……勇者様の……お友達…ですか…?」
「んっと…君は勇者のなんだい?娘?奴隷?それとも愛人かな?」
ドレヴァのその一言に、リザはムスッとした顔をした。
「私は奴隷でもないし愛人でもないし娘でもありません!私は、その…… 」
「ンー?」
「ただの仕事仲間だ。ドレヴァ、あんまりリザをいじめんなよ。デリケートなんだから、その娘」
「ふふっ……なんだか面白くてねェ……」
そんな会話の中で、元勇者が思い出したように口を開く。
「って、んなこたぁどうでもいいんだが、一つ頼みごとがあるんだよ」
そうすると、ドレヴァは含みのある笑顔でそれに答えた。
「キミが僕に頼みごとをするなんて、随分珍しいじゃないか…♪まぁ、聞いてあげないこともないよ」
「戸籍を売ってくれ」
元勇者の"お願い"を聞いたドレヴァは笑顔のまま、まるで「君の?」と聞くように元勇者を指差した。
「いや、俺じゃない。こいつ」
元勇者はリザを指差し、ドレヴァはリザに視線を移した。
「ふぅん……なるほどね。その娘には戸籍がないのかい……ということは、やっぱり元奴隷かぁ」
ドレヴァ品定めをするようにニヤニヤしながらリザを見ている。
ーーな、なんか苦手だな、この人……
リザは心の中で密かにそう思ったが、機嫌を損ねるわけにもいかず、口には出さなかった。
「いいね……いいよ……とっても良い。元勇者と元奴隷のコンビ……最高じゃないか。いいよ!売ってあげよう。面白そうだからねェ…」
ドレヴァは元勇者のお願いを"快諾"し、指をパチンと鳴らすと、その手の中に一冊の本が現れた。
「これには今まで売られた"戸籍"の情報が全部載ってる。よぉく見て、自分が一番気に入った人物の戸籍を買うと良い。どれだけ顔が違ったって誰からもなにも言われないさ。戸籍を売ったって言っても、もうその人は……この世にいないかも……しれないからね……♪」
「あ、あはは……」
リザはひきつった笑みを浮かべながら、渡された本を受け取る。
ドレヴァは黒い笑顔をやめ、穏やかな顔に戻って口を開いた。
「まぁ…また次に会うまで、君がなりたい人を決めておくと良いよ。僕はこれから用事があるからもういかなきゃいけないけど……」
「ああ?そうなのか、今日はまだ売れないんだな。しょうがねぇか、またこんなとここなきゃいけねぇのは癪だが……」
その会話の後、またドレヴァは指をパチンと鳴らし、
「じゃあね、ひさびさに刺激的だったよ。気を付けてかえってくれたまえ♪」
と手を振りながら嬉々としてそう言った後、オーロラの様な光に包まれ消えてしまった……
「じゃあな……って、聴こえてねぇか…」
ーー変わってねぇ……嵐みてねぇなやつ……
そんなことを思い、元勇者は頭を掻いた。
変わらぬ友のことを想いながら……
「あの人……分かんない人ですね……突然現れて突然消えるなんて……まるで嵐みたい」
「お、お前……俺の頭の中……読んだ??」
元勇者は心の中で思っていたことをリザが口に出したので、ギョッとしてそう尋ねたが、リザは首を傾げて「なんでですか?」
と言う顔をしたので、
「いや、なんでもねぇや」
そう誤魔化した。
そうして、元勇者とリザは無事デスボノアから踵を返し、家に帰っていった。
リザの瞳には、うっすらと決意の炎がうかんでいた……
運命の環は、また廻る。ゆっくりと……くるくると。
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