第3話 人として生きるためには……

声が聞こえる。


「助けて」


怨唆の声が……


「なんでこんなことするの…?」


俺が殺してきた魔物達の……


「助けてあげたのに……なんで……?」


目の前で死んでいった仲間達の……


「アンタって本当に……醜いわ……」


俺はどうすればいい……?


「やめてよ……怖いよ……」


俺はどうすればよかったんだ……?


「いたい痛いイタイいたいイタイ痛いイタイいたい痛いイタイイタイ」


俺は……なにを……?

俺はオレハおれはおれは俺はオレハ俺はおれはオレハ俺はッ!!??!??


「うおぉぉぉッッッ!!!」


翌朝、元勇者が目覚めたのは、いつも寝ているベッドの上。

傍らには、エルフの少女が看病の痕跡を残し椅子に座ったまま寝息を立てている。


「こいつ……ああ、思い出した。エルフのガキか。クソッ、みっともねぇとこ見せちまったな……」


元勇者は起き上がり、ベットから這い出る。自分を看病してくれたらしい健やかな眠りについている少女を起こさない様ひっそりと。


「リザって言ったっけ……こいつ。きっと俺ぁひでぇこと言っただろうに……物好きな野郎だぜ、全く……」


溜め息をつきながらそんなことを呟いた後、

「だが……ありがとよ……」

と、少女の綺麗な金髪を撫でる。

それは、まるで父親が娘にしてやるように……穏やかに。


「って、らしくねぇな、俺。こんなガキに……しかも…エルフの…」


「ん………私…寝ちゃってましたか。あれ、何でも屋さんももう起きちゃったんですか?」


ベッドの傍らで寝息をたてていたリザが目覚め、眠たげな眼をこする。

その目はまだ何処か眠たげな様子で、夜遅くまで看病していたことが伺える。

元勇者は少し恥ずかしげな様子で

「おう。それより……なんだ……その…ありがとよ」

と感謝の言葉を述べる。


「いえいえ、そんな大したことじゃありませんよ!私も助けてもらったんですからお愛顧です」

リザは謙虚に微笑んでそう言った。


ーー少し慣れたか…

元勇者はまた拒否反応を示さなかったことに密かに安堵した。

ーーあんな姿を見せんのは二度と御免だぜ……


「そうか。奴隷の割りにしっかりしてんだな」


「むぅ~、『奴隷の割りに』は余計ですよぉ」


元勇者の一言に、まるで口に食糧を蓄えるハムスターの様に頬を膨らませたリザはそう訴え、元勇者は軽く受け流す。

その光景はとても微笑ましいもので、親子だと言われても不思議ではない。


「うーむ……」


「どうしたんですか?急に難しい顔をして」


「いや……依頼は『匿う』だけだったが、アフターケアもしっかりやる、と言っちまった反面これでいいのかと思ってな。お前はどうだ?これで終わりでいいか?」

元勇者は難しい顔でリザにそう尋ねる。


「そうですね…私は別にこれでいいですけど……あ!そうだ!何でも屋さんがいいなら

私をここの助手として雇ってもらえませんか!?」


リザは嬉々とした顔で元勇者にそう懇願した。元勇者は少し困った顔をして

「じょ、助手ぅ?こいつは参ったな……こんなガキ……じゃなくて幼い子供を働かせるなんて俺の信条に反する行為なんだが……」

と、取って付けたような言い訳を言い放つが、リザは食い下がり、畳み掛ける様に続けた。


「私、多分このままだと仕事を見つけられなくてまた奴隷に戻っちゃうかもなんですよねぇ……ああ、こんなときに私を救ってくれる勇者様が現れたらなぁ」


さっきまでの落ち着いた様子はどこへやら。

リザはわざとらしくチラチラと元勇者を見る。それはまるで段ボール箱に入った捨て猫が道行く人を見るように。


「っく……わかったよ。情けねぇところ見せちまったし、雇ってやるよ…」


ーーエルフ…… か…

またしても苦渋の決断を強いられる元勇者だったが、その顔からは別段激しく嫌がっているわけでは無いことが窺える。

こうして、"何でも屋"に新たなメンバーが加わった…かのように見えたが


「ただし! 給料は低い……というより無い時もあるかも知れんが……それでもいいのか…?」


「え…それ本当ですか?やっぱりやめておこうかな……」


「どっちなんだお前は……」


「ふふ、冗談ですよーだ!」


まだ雲行きは怪しい様だ……

そんな一連の会話の後、「ところで……」と元勇者が切り出す。


「お前、戸籍はあんのか?奴隷ってのは戸籍を持たねぇものだと聞いたんだが…」


元勇者のその質問にリザは小首を傾げ、頭の上に疑問符をうかべながら一つの疑問を口にする。


「戸籍……?戸籍ってなんですか?」


その一言に元勇者は一つ溜め息をついてから答えた。


「あー……まぁ知らないのも無理はねぇよな。でも俺もいざ何ですかって聞かれると答えにくいんだよな……うーん……」


ああでもないこうでもない、頭に浮かんでくる嘘か本当かも分からない記憶を処理して、元勇者はあるひとつの結論にたどり着いた。


「ひ、ひとまず繁華街に行くぞ。俺の知り合いに"戸籍を売り買いする商人"が居るからそいつに適当な戸籍を売ってもらおう」


"戸籍"についての説明は諦めた元勇者なのであった。


通常、"戸籍"というものは売り買いできるものではない。故に、元勇者のいう商人はこの"聖アリアトス王国"のかなり暗部の方にいる人物なのだ。


「よくわかりませんけど…まぁひとまず行きましょうか」


こうして、元勇者とエルフの少女リザは、戸籍を手に入れるために王都一の繁華街・"アルデマーロ"の暗部、法外な値段で物を売る闇市や、数年前法律で禁止された為に一時的に姿を消したはずの奴隷商店が密かに軒を連ね、職に溢れた浮浪者達が集まり、違法な薬物が出回っていると噂されている"デスボノア"に出掛けていったのだった。


この出来事が、リザの運命を大きく変えることになろうとは、まだ誰の知る由もない…

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