第2話  廻る運命の環

聖アリアトス王国・"王都アリア"

大陸中の国にある全ての都市の中で最も栄えていると言われる都市。

中央には国王が住むアリアトス城が高くそびえ立ち、その城を中心に"アルデマーロ"と呼ばれる繁華街が円形に広がる、そんな大きな街の"セレード大通り"の一角に、一階と二階の丁度中心の辺りに

"元勇者の何でも屋"と、拙い字で描かれた看板を掲げている二階は木造、一階は石造りという一風変わった家が存在した。

どうも一階が店で二階が家、という構造らしく一階には客をもてなす為の応接室があり、そこには一人の男の姿があった。

その男は椅子に座り、腕を頭の後ろで組み目の前に置いてある木でできた机に鉄の右足をのせて、これ以上ない、というほどのだらしない姿勢をとっていた。

そう、鉄の右足と鉄の左腕を持ち、ボロきれの様な灰色のマントを鉄の義腕を隠すように左肩にかけたこの男こそ、かつて"勇者"と呼ばれ、全てを犠牲にして魔王を討ち取った男なのだ。

その眼差しはあれから三年経った今も、相も変わらず、淀んでいた・・・。


「あれから三年か・・・早いもんだな、

時間ってのは。あいつらも今頃天国でよろしくやってんのかねぇ・・・」


元勇者は哀愁漂う表情でそんなことを呟く。魔王を討ち取ったのは彼が18の時だったことを考えると、いくら三年経ったとはいってもまだ二十代。

哀愁がでるのはまだ早いはず……なのだが、

彼の過去を顧みるならばおかしくはないのかもしれない。

深く感傷に浸る彼をよそに、"それ"は入り口の木の扉を突き破って文字どおり転がり込んできた。


「すいませぇん!少し匿ってもらえませんか!?」


元勇者の家に騒がしい音と共に侵入してきたのは、ボロボロの衣服を纏い、小さい木箱を抱き抱えた齢13、14の"耳の尖った"少女。

少しの間呆けていた元勇者は数秒遅れて理解する。

この少女はエルフ族の少女だと。

大方、何処かの奴隷が逃げ出したのだろう、と。


「俺に奴隷の知り合いなんぞいねーはずだけどな・・・」

その呟きに行き場はなかった。


「お願いします!追われてるんです!私……このままだとまた捕まって、奴隷にもどされちゃうんです……。お金もここにあります!」


少女は元勇者に向けて、木箱を開けて露になった3000万ブルードを見せながら懇願した。

元勇者はそれを聞いてすぐに険しい表情を見せ、

「御主人様から奪った金かい?」

と低い声を発した。

奴隷の少女は「それは……」と言い淀む。

短い沈黙の後、先に口を開いたのは元勇者の方だった。


「はぁ……しょうがねぇなぁ。俺も鬼じゃあないし、助けてやるよ」


渋々の了承。


「あ、ありがとうございます!」


沸き起こる感謝の念。


「ただし、匿うだけだからな?その後は知らねーぞ」


至極、面倒事には首を突っ込まない様にしている彼に、名も知らぬ奴隷の少女のアフターケアまでしている余裕はない。


はずなのだが、


「と言いたいところなんだが、これが依頼だっつーなら話は別だ。この金も結構な額だし、面倒だがアフターケアまでばっちりやってやるよ」


何でも屋を職にしているだけあって、金が支払われれば何でもやる、というポリシーは捨ていないようだ。


「もしかして、実はあなたって良い人なんですか?」


「仕事だからな。って、そんなこといってる場合じゃねぇだろうよ。どこでもいいから隠れな。そこの箪笥とか良いかもよ」


元勇者は少女の純粋な質問に軽く答え、依頼の遂行の為に頭を働かせる。

丁度、エルフ少女が箪笥に隠れ終わった時、倒れたままになっていた木の扉を踏み越え禿げ頭の大柄な男が入ってきた。


「少し邪魔するぞ……」


「ええと……オークの方ですか?肌色のオークってのは随分珍しいな……」


「ちげぇよ!俺のどこがオークだコラ!」


元勇者の挑発じみた台詞に対して禿げ頭の男は分かりやすくこめかみに青筋を浮かべ怒りを露にする。


「ったく……それよりだ。ここにボロい服を着たエルフが入ってこなかったか?もし居るならさっさと出してもらおうか。俺も手荒なマネはしたくないんでねぇ……」


禿げ頭の男は目をギラりと光らせてそう告げた。

ーーまいったな……助けるとは言ったが俺はウソが苦手なんだ……

ウソと冗談が下手な元勇者は少し苦い顔をしながら

「エ、エルフねぇ……。来てねぇなそんなの……」

とあからさまウソをつくが、言い終わった直後にエルフの少女が隠れた箪笥がガタッっと音をたてた。


「おいおい、ウソはやめろって言ったよなぁ?どうせあそこに隠れてんだろ。ちょっーっと見せてもらうぜぇ……」

音に気づいた禿げ頭の男はそう言って箪笥に近づいていく。


「あちゃー……」

と元勇者は呆れた声を出すが、

「開けるぜぇ……リザ……」

その内に禿げ頭の男は箪笥に近づき取っ手に手をかけ、扉を開ーーーー

「チェストぉ!!!」

「ぐえっ!?」

けることはなく、いつの間にか背後に近づいていた元勇者の手刀を首に受け、間抜けな短い悲鳴をあげてドサッと倒れた。


「あっぶねぇ……。危機一髪ってやつだなホント……」

手刀をつくったのが鉄の義手の方だったせいか効果は抜群、禿げ頭の男はすっかり気絶している。


「もう出てきていいぜ。えーと……」


「リザです!リザ・ローキンです!」

エルフ少女は、箪笥の扉を開けながらそう名乗った。


「リザね……オーケー。これで匿うっつー仕事は終わったか。後はこの男をそこらへんに投げくるだけだしな」


「本ッ当に助かりましたよぉ!このご恩は

一ッッッッッッ生忘れませんから!」

そう言ってリザは思いきり微笑んだ。

だが……


「うぁぁぁぁああああああ!!!?????」


対称的に元勇者の顔は歪み、頭を抱えて倒れ伏す。思い出したのだ……

あの時、あの地獄で、自分と仲間を助けたにも関わらず、自分が殺したエルフの笑顔を………


「あ、ああああ!!来るな来るな来るなぁ!!!!!!

俺はなにもしてない!!おれはなにもおれはなにもおれはなにもおれはなにも…………」


「だ、大丈夫ですか!?落ち着いてください!!どうしちゃったんですかいったい!?」


怒り、憎悪、悲しみ、その全ての感情と、

あの時のエルフ達の怨裟の叫び声が元勇者を襲う……。

こうなってしまってはリザの呼び掛けも怨念にしか聞こえない。


「やめろぉ!俺に触るな化けもんがぁぁ!!!

斬る!!!!叩き斬ってやる!!!!!お前らは全部ぅぅ!!」


落ち着かせようと近づいたリザを突き飛ばし、剣を振るようにして腕を狂った様に振る。まるで駄々をこねる赤子の様に……


「きゃあっ!!!?」


突き飛ばされたリザは腰を地面に強打し泣き目になり、それと同時に元勇者は動きを止め、再び床に倒れる。


「痛ったぁ……、もう、なんなんですかこの人は………」


普通ならば、この時点で元勇者を気味悪がってこの場を去ろうとするだろう。


だが、この少女は違った。


幼い頃親に売られ、奴隷として生き、

色欲に狂った御主人様、薬物で狂った御主人様、様々な狂人を見て、感覚が麻痺してしまったこの少女は、例え突き飛ばされようとも、彼をあくまで恩人と捉えていた。

そして、その恩人が倒れたとなれば、やることは1つ……


「ひどい熱……しょーがないですねぇ。してあげますか、看病。あ、でもその前にこいつを縛っておきましょうか」


少女は、禿げ頭の男を縛って外に放り出した後、元勇者の、自分にとっての恩人の看病を始めた。

この出会いが、元勇者の運命、リザの運命を変えていくことになるのを、今は誰も知らない………

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