第3話怪力

 「また昨夜、浦和で殺人があったんだって」

「どうも犯人は怪力男らしいぜ」

「そうなのか?」

学校での話題は「素手の殺人」でもちきりだった。今朝の朝礼で、校長がその事件を取り上げたからだ。

「昨夜は二人殺されてたんだろ」

「目撃者は全て殺す。凶器を使わない。だから手掛かりを残してないってことだ」

「ヒントは怪力の持ち主ということだけか」

「いつも月の出ている夜に殺人が起こるらしいぜ。狼男だったりして」

「ふざけるなよ」

聖輝もそんな話の輪の中に入っていた。聖輝は浦和に住んでいるのだから他人事ではない。第三の殺人までは被害者はやくざで、自分には無縁だと思っていたのだが、昨夜は通りがかったと思われる中年のサラリーマンも同じ場所で殺されており、もしたまたま目撃してしまったら、と思うととても怖かった。

 聖輝はふと剣也を見た。剣也は目が合うと慌てたように目を逸らした。剣也は先程から見るとはなしに聖輝の方を窺っていたのだ。剣也は今まであまりクラスメートのことを気にしていなかった。しかし改めて聖輝を見てみると、学制服を着て髪を束ねていても、やはり美しい顔立ちをしていた。日本人離れした白い肌、人形のように整った目鼻立ちは、大勢の男たちに囲まれていてもすぐに見つけることができた。剣也は、あんな男もいるのかとひどく感心した。

 剣也はまたもや放課後には屋上へ上がった。今日は少し曇っている。剣也は手すりにもたれて校門の方を見ていた。

 すると、聖輝が帰ってゆく姿が目に止まった。もちろん小さく見えるだけだが、はっきりと聖輝だと判った。じーっと見ていると、ふと聖輝が振り返った。こっちを見たような気がした。しかし自分だとは判るまい、と剣也は思った。


 聖輝はまだ明るいうちに家に着いてほっとした。夜、特に月の出ている夜に外出しなければいいのだ。聖輝は、しばらくは学校で油を売ってないでなるべく早く帰ろうと思っていた。

 夜になると聖輝は、部屋の窓から外を眺めた。窓を開けると少し涼しすぎるくらいの風が入って来る。肩まであるしなやかな髪が風に揺れる。空を見上げながら、月が出なければいいと思った。


 キーンコーンカーンコーン。今日最後の授業が終わった。最後の授業は担任が受け持つ化学だった。

「掃除してから帰れよ。ああそうだ。最近屋上へ出ようとしている生徒がいるらしいんだが、屋上は手すりも低いし、危ないから絶対に出ないように。と言っても、屋上への扉はもう二十年も前から開かないそうだ。修復工事の時に地震があってひどく歪んでしまったらしい。鍵はかかってないがあらゆる手を尽くしても開けられなかったんだ。普通の人間には開けられる筈がない。大勢で体当たりか何かして万が一開けられたとしても、閉まらなくなったら大変なんだから、そんなことは絶対にするなよ」

 聖輝は愕然とした。そうだ、確かに前に屋上への扉を開けようとして、何人かで押してみたことがあったが、びくともしなかった。鍵は壊れてぶら下がっていたのだが、きっともう一つ鍵がかかっているのだと思ったのだ。しかし鍵はかかっていなかった。つまり、鍵を手に入れればいいといった簡単な方法では、屋上へは出られないのだ。それなのに、昨日の帰り、確かに屋上に人がいたではないか。ベランダと見間違えたか。いや、屋上だった。彼の頭は灰色の空をバックにしていて、そう、手すりに乗り出して危ないと思ったのだ。そして彼は独りだった。自分たちが五、六人で押してもびくともしなかった扉だ。開けてなおかつちゃんと閉めておくにはひとクラス分くらいの人数が必要なのではないだろうか。そんなに大勢が屋上にいれば門の所から必ず数人見えた筈だ。それなのに、聖輝はたった一人しか見なかった。電動力を使ったりする筈はないし、何か特殊な道具を使ったとしても一人では開けられる筈がない。しかし、彼は独りだった。そう、彼が誰か友達と一緒にいた筈はない。なぜなら、彼は武本剣也だったからだ。いつも独りでいる剣也だったのだから。

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