第2話礼拝堂
武本剣也は十七歳になった。県立の男子校、桜木高校に通っている。剣也には両親がいない。剣也が十歳の時に死亡してしまった。今はシスターである伯母に育てられている。家は浦和市内のカトリック教会というわけだ。
校庭では運動部がごちゃごちゃと活動している。剣也は誰もいない屋上で独り、ぼんやりと校庭を眺めていた。ここには誰も来ない。彼一人の場所だった。剣也は変わり者と思われているので、あまり親しい友達もいない。無口で、学校でも家でも、自分からおしゃべりをするということはあまりなかった。それは子供の頃からずっと同じで、本人も気にしていないようだった。
外が暗くなってきた。屋上から夕焼けを見るのはとても素敵だけれど、ここには見回りも来ないので、知らぬ間に学校が閉まってしまうと困る。剣也は校舎へ引き返した。少し重い扉を力を込めて開くと、ギギーという音が大きく響いた。
浦和駅には私服の刑事が所々で見張りをしていた。マッチョを捜しているのだ。剣也は、いつも同じような場所に立っているサラリーマン風の男が、実は拳銃を隠し持っていることを知っていた。
「ご苦労なことで」
と心の中で呟いて通り過ぎた。
家に着いた。伯母の姿が見えない。べつに用があるわけではなかったが、剣也はなんとなく伯母を探して礼拝堂を覗きに行った。
礼拝堂と家をつなぐ扉を開けると、剣也ははっと息を飲んだ。
目の前に、キリスト像に祈りを捧げ、ひざまずいている人間を見つけたからだ。日曜日でもないのに、しかもこんな遅い時間にここへ来る人はほとんどいなかった。ステンドグラスから差し込む夕日に照らされ、その人はキラキラしていた。薄暗い部屋の中で、そこだけがスポットライトを浴びたように光っている。剣也が息を飲んだのは、ただ人がいたからという理由からではない。その人があまりに美しかったからだ。
「天使…?」
思わず小さく呟くと、その人ははっとして振り向いた。横顔では判らなかったが、正面から見れば、その人は男だった。
「…武本?」
その人、春名聖輝はひざまずいたままそう言った。
剣也はキリスト教を信じてはいなかった。教会に住んでいることが嫌だった。それなのに、さっき思わず聖輝を天使だと思ってしまったことが自分でも納得のいかぬことだった。しかも相手は同じ年くらいの男だったのだ。なぜあんなに美しいと思ったのか不思議だった。
「どうして武本がここにいるの?」
「それよりどうして俺の名前知ってるんだ?」
「だって、同じクラスじゃないか」
「え?」
「ウソ…俺のこと知らないの?春名だよ。春名聖輝」
聖輝は少し茶色い髪を肩まで伸ばしている。色白で、華奢な体つきだった。
「ああ、保健委員の春名か。いつもは髪を縛ってるから」
「で、どうしてここにいるの?」
「だって、ここ俺んちだぜ」
「えっ?」
聖輝はかなり驚いた。一瞬動きが止まったほどだった。
「知らなかった…」
「春名こそ、何でここにいるんだよ」
「それは…。俺んちも近くだから」
「ふーん」
しかし剣也にとってはそんなことよりも、自分がなぜ聖輝をあんなに美しいと思ってしまったのか、そのことばかりが頭を支配していた。そして、聖輝の祈りを捧げる横顔が、目に焼きついて離れなかった。
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