三幕 【西・四回戦目「軍神」】


 大会四日目。

 それは天界一てんかいいち武闘大会ぶとうたいかい西側にしがわ四回戦目。


 つまるところ、トーナメント表で左下に抽選ちゅうせんされたと言うヘルメス達の試合だ。

 俺とありすはなんとか一回戦目を勝ち進み、その翌日には次の対戦者たいせんしゃを見るために観戦席かんせんせきに来た。


 三日目は観戦することはなかったため、観戦席に来るのはこれで二回目となる。

 観戦席は想像そうぞうどおりのコロシアムの観戦席スタイルで、中央のバトルフィールドをかこんで周りには階段状かいだんじょうに席がもうけられていた。


 だが、実際じっさいに戦うのは中央のバトルフィールドではない。

 俺とアリスが転送てんそうされたように、仮想結界かそうけっかいと言う代物しろものの中である。


「それにしてもやっぱりすごいな」


「ん?何が?」


 すでに観戦席に座っている俺とありす。

 ありすは外の売店ばいてんで買った焼きそばのような物を食べていた。


 というか焼きそばのような物を売っている売店の中で、普通の焼きそばが売っていたので、ありすは冒険ぼうけんすることもなく普通の焼きそばを買っていたのだが。

 そんな焼きそばを食べながらこちらに視線しせんを向けてくるありす。


「この、なんて言うのかわからないけど、モニター・・・になるのか?仮想結界をうつしている魔法まほうだよ」


「まあたしかにすごいけど、ただ映すだけで音声がないんだから、そうすごいものでもないとは私は思ったけどね」


 中央のバトルフィールドの上空。

 そこには正六面体せいろくめんたいのモニターとぶにふさわしいものがどっしりといているのだ。


 それぞれの面にはそれぞれのアングルで映された結界内の映像えいぞうが浮かび上がる。

 それがゆっくりと回転しながら浮いているのだから見た目の圧巻あっかんさはすごいとしか俺には表現ひょうげんできない。


 ただ、一つ言うならば少し見づらい上に、ありすが言うように音声まではとどかない。

 おそらく仕様しようなのだろうとは思う。


 トーナメント表の名前をあえて最初はかくすくらいだ。

 きっと大会中の内容も全てを教えてはつまらないという所だろう。


「ま、そこの眷属けんぞくの言うとおりだ。あんなものはすごくもなんともねぇ。自分の管理かんりしている結界内が見せれるくらい神としては当たり前だからな」


 いつのまにかとなりに座っているロキ。

 観戦席は基本的に自由に座る形で、ロキなんかは別の席に行くと思っていたのだが、二回戦の時も横の席で一緒に観戦したもんだ。


「そういやあの結界って誰がってるんだ?」


「そんなものはあのおくえらそうに座っているゼウスに決まってるだろう」


 俺達の観戦席から反対側には特別な観戦席がある。

 通常の観戦席からさらに上の方に、よくあるVIPびっぷルーム的な主催者しゅさいしゃ席があるのだ。


 コロシアムが広い為にあまり席の中までは見えないが、真ん中には一際ひときわでかい者が座っている。

 おそらくあれがゼウスだろう。


 全ての神の頂点ちょうてんに立っていると思われるゼウスなら確かにこれくらいの事は造作ぞうさもないだろう。

 あの無限むげんに続いているような仮想結界にも納得がいく。


「そっか。そういやありがとな」


「あ?貴様きさまれいを言われる筋合すじあいはなかったはずだが」


「オーディンシステムだよ」


「はっ!言っただろう。あれは俺様の実験じっけんでもあると」


「でも昨日・・・」


「んな事はどうでもいい。はじまるぞ」


 ロキの言葉にモニターの方を見てみると、今まで『天界一武闘大会 西・四回戦』としか書かれていなかったモニターにいつのまにか風景ふうけいが映し出されている。

 画面の中ではちょうどヘルメスたちが転送されてきた所で、おそらく反対側の面のモニターには敵の姿も見えているだろう。


「そういやヘルメスがちゃんと戦うのって初めて見るかも」


「まあそんな期待きたいをしているとがっかりした結果になるかもしれんぞ」


「どういう事だ、ロキ」


「見てればわかる」


 話してくれるわりには重要じゅうような事は話さない。

 いや、最小限さいしょうげんの会話しかする気がないという事だろうか。


 どちらにせよ意地悪いじわるしないで教えてくれればいいと思うのだが。

 やはりロキはロキだなと思う瞬間しゅんかんでもあった。


「うっはー!僕も早く戦いてー!なんで僕達一番最後なのかなー」


 ロキの横ではフェンリルがうなっていた。

 フェンリルは今すぐにでも戦いたいらしく、二回戦を観戦した時もずっとこんな感じだったのだ。


 なんにせよ、俺達が次の試合で勝てればその次はヘルメス達と当たる可能性かのうせいは高いだろう。

 この試合で少しでも倒す可能性が見つかればいいのだが・・・。




   6章 3幕【西・四回戦目「軍神」】




 ◆◆◆


「ほぉ、今回の場所は完全な森ですかぁ。まあでも空中戦になるでしょうし、あまり関係かんけいはないのでしょうけどねぇ」


「ヘルメス様、それを言うなら全て荒野こうや統一とういつしてしまえばいいと思いませんか。私にはどうにもゼウス様の考えはいつも読めません」


「まあ私もゼウスの考えは読めない時はありますが、これはただの趣向しゅこうでしょう。ゼウスは基本的に傍観者ぼうかんしゃですし、この広大な場所も日々のうっぷんらしの一環いっかんなのだと思いますよぉ」


無駄むだなのによく頑張がんばりますね」


 千里せんりは昔からとげがある子でした。

 でも最近は悠真ゆうま君たちとからんでいるせいか少しおしゃべりになった気もします。


 そういう意味で言えば、やはり悠真君はこの時代の変革者へんかくしゃなのかもしれないですねぇ。

 まぁとりあえずは兆候ちょうこうでしょう。


「では千里、上空に行きましょうかねぇ」


「はい、ヘルメス様」


 私と千里は上空にゆっくりとあがっていきました。

 するとそこにはすでに対戦者の神がいたのです。


 二人とも服は英国えいこく貴族きぞくの男性の服装ふくそう

 だがしかし、時代が少し古めな気がしますねぇ。


 一人は髪も綺麗きれいととのえている貴族のおぼっちゃま、と言う感じですが、もう片方は髪はぼさぼさの放題ほうだい

 おそらくぼさぼさの方が神ですね。


「あなたは確か・・・テュールでしたかねぇ」


「いかにも私はテュールだ」


「落ちぶれているとは聞いていましたが・・・ひどい恰好かっこうですねぇ」


「誰が落ちぶれているだと!私は落ちぶれてなんかいない!ふっ、なんでもヘルメス、貴殿は現在げんざいオーディンとロキに関わっているらしいではないか」


 うわさは本当でしたか。

 噂と言うのも、テュールは最近になって昔の事をぐちぐちと言い始め、ロキに憎悪ぞうおいだいていると言う話でしたが、まさか一緒にいるというだけで私もにく対象たいしょうになっているとは。


「まぁそうですねぇ。私は現オーディンの世話をしているだけなので、正確にはロキと行動を共にしているわけではないのですが」


「そんな諸事情しょじじょうはどうでもいい。私はロキを殺しに来ただけだ。あの忌々いまいましさ・・・思い出すたびにはらわたが煮えくり返る」


今更いまさらそんな昔話をり下げてどうしたのですか。軍神ぐんしんテュールとしての名がすたれてしまいますよぉ?」


「今更?今更だと?私がロキのせいで昔どんな恥辱ちじょくを味わったか知らぬお前でもあるまい!」


 これは・・・転生てんせいは元の人格じんかくによって多少性格が変わるのはよくあることですが、今回のテュールは中々にめんどくさそうですねぇ。

 テュールと言えばかなり高貴こうきで皆をみちび指導者しどうしゃ的神なのですがねぇ。


「そうですねぇ、私がおぼえているかぎりではフェンリルに右腕をわれ、ロキに妻を寝取ねとられた事くらいですかねぇ」


「覚えているならわかるだろう!この屈辱くつじょくは今こそ晴らすべきだ!」


 といっても何千年前何万年前の話しなのですが・・・。

 昔の記憶きおくがより強くがれていたのだとしてもここまで感情的かんじょうてきなテュールは見た事がありません。


「あなたには同情どうじょうするわ。でもそんな昔の話をされても正直私にはまるで関係かんけいがないわね。ヘルメス様、このテュールとか言う神、私一人に任せてもらってもよろしいでしょうか」


「それはよいですが・・・一応テュールは元天空神てんくうしん、かなり強い神ですよぉ?」


「昔はそうだったかもしれません。ですがこの時代のテュールはあまり頭の言い方とも思えませんので」


「はっ!馬鹿ばかにしてくれる!たかだか眷属けんぞくごときにおくれをとる私ではないぞ。ヘルメスの眷属と言えど、甘く見られたものだな」


 ふむ。

 確かに千里一人に任せても大丈夫かもしれませんねぇ。


 何かあった時の為に魔法の術式じゅつしきを組んでおけばいいわけですし。

 ・・・まあ初戦ですし。


「わかりました。千里、やってみなさい」


「ありがとうございます」


「どこまでも馬鹿にしおって。ユアン、早々にけりをつけてヘルメスを狩るぞ」


了解りょうかい


 眷属の方はユアンと言うのですか。

 ずいぶんと寡黙かもくな方みたいですが、ああいうのは案外あんがいあなどれないんですよねぇ。


部分ぶぶん兵装へいそう


 千里はいつものように部分兵装ですか。

 まあ千里の兵装は特殊とくしゅですししょうがないですが。


「行きます」


 まずは千里の特攻とっこう

 千里は早いですから早々てきつかまる事は無いでしょう。


うなれ、グレイプニル!」


 テュールの神器じんき、グレイプニルは、複数ふくすうむちとなり相手をおそわり厄介やっかいな神器です。

 れればそれだけでグレイプニルは本性をあらわし、魔法のくさりとなって相手を拘束こうそくする。


 かなり使い勝手もいいですし、正直スピードだけではけきれません。

 それをどうやってはじくかが問題なわけですが・・・。


「自由自在のの鞭・・・でもそれだけでは私は止まらない。炎技えんぎ・ブレイズシュート」


 ブレイズシュート、炎蹴えんげですか。

 足に炎をまとわせ、り技を強化する千里の技ですねぇ。


 魔法には魔法。

 グレイプニルに直接ちょくせつさわらなければ確かに拘束はされません。


小賢こざかしい!」


 テュールとユアンの鞭のあらしけつつ、避けきれない攻撃は炎を纏った蹴りで弾く。

 ですが攻撃のすきもないようですねぇ。


 さすがに鞭の量が多いですか。

 ユアンは一つ、テュールは五本は出してますし、近寄ちかよれないのも仕方しかたないかもしれません。


 千里は眷属としてのスピードはヴァルキュリアのくつの効果もあってかなり早い方です。

 なので万一にも捕まりはしないとは思いますが・・・。


 ◆◆◆


 このままでは近づけない。

 こうなったら覚悟かくごでも特攻をかけた方がいいだろうか。


 その場合はまずは鞭の数が多いテュールからになるだろう。

 倒しやすいのは間違まちがいなく眷属の方だが、その間に複数の鞭でおそわれてはひとたまりもない。


「ほらほらどうしたヘルメスの眷属よ!私達を倒すのではなかったのかな!様子を見るに攻撃の隙がないように思えるが、そんなんでは私には勝てるどころか傷一つつけられないぞ!」


 ・・・決めた。

 もう決めた。


 テュールを先にぶっつぶす。

 ここで一つ私の話しをしよう。


 別に話すほどの事でもないけれど。

 私は周囲の事に無関心むかんしん、そして仕事の事は着実ちゃくじつ忠実ちゅうじつにこなす。


 そう見られているかもしれない。

 その思い込みは当たらずとも遠からず。


 だけど私はこう見えて物凄ものすごおこりっぽい。

 自分の感情をおさえるのに精一杯せいいっぱいほどに。


 無関心というか自分にしか興味きょうみがないのだ。

 一言に行ってしまえばナルシストだろうか。


 仕事の事にかんしても、感情があふれる前に決着をつけたいというだけ。

 そう、この私の感情をこうやっていちいち自分の中で考えることによって制御せいぎょしているふしがある。


 だからゆえに私は今のテュールの一言でテュールを何よりも先にたおすと心に決めた。

 では私らしくなく、もっとも私らしい特攻とっこうと言う形でけりを、いや、りをつけようじゃないか。


「そこまで言うならわかったわ。大会のために見せ場を作るつもりでいたけども、そこまで私に早々にやられたいと言うのなら仕方がないわね。落ちぶれたテュール神、たおさせてもらうとするわ」


「はっ!高々たかだか眷属けんぞくにしては饒舌じょうぜつだな」


「それは高々神ごときのあなたが言えることではないわね」


 沈黙ちんもく

 そして意図いとせず私とテュールは同時に動き出す。


 テュールのグレイプニルの範囲はんいに入るやいなや、私には五本の鞭が襲いかかる。

 それを高速の蹴りでいなし、テュールに一気に近づいた。


 それを守るかのようにユアンの鞭が一つ、私にふりかかるが、それを私は回転しながら右足ではらいのけ、そしてそのいきおいのまま左足でテュールを蹴りに―


「だから眷属如きと言っているのだ。甘すぎる」


「っ!」


 私の左足はテュールの手前で止まっていた。

 動かす事の出来ない左足をよくよく見てみると、そこにはくさりつながっている。


 炎をまとっていないふくらはぎからがっちりと。

 いや、だがしかし、なぜグレイプニルは発動した?


 全てをなぎ倒したはずだ。

 なのになぜ私の足には鎖が繋がれている。


「なぜ?と言う顔だな。本来はヘルメスようにとっておきたかった所だが、まあヘルメスならそれくらいの事は知っている可能性かのうせいもある。だからここで使わせてもらったわけだが。タネは簡単だ、眷属のむすめよ。ユアンの持つのはヴァルキュリアのむち。だがその鞭にはグレイプニルと同じ効果がある。そしてユアンの出せる鞭の数は二つだ」


「・・・一本目の鞭のかげかくれていたのね。これは油断ゆだんしてしまったわ」


「まあ貴殿きでんもヘルメスの眷属なら知っているだろう。ヴァルキュリアの武器ぶき神器じんき模倣品もほうひんまた劣化版れっかばんだ。だが神器の能力によって制限せいげんを受けるところが変わる。ヘルメスのタラリアのくつから作られた武器ならばその速度そくどが変わり、オーディンの持つグングニルから作られた武器ならば吸収きゅうしゅう効果こうかが強すぎるために武器はただのやりぎず、わりに風の魔法まほうがほぼ同質どうしつのものとしてあたえられる。まあ眷属の強さによってそれは多少変わってくるが」


「それで?そんな無駄むだばなしをして何が言いたいわけ?」


「別に何も。貴殿の敗北はいぼく原因げんいんを教えてあげただけの事。ユアンの持つヴァルキュリアの鞭がグレイプニルと同様に使えるのなら、つまるところ今の貴殿をなぶごろしにできるというわけだ。まあだが貴殿の実力も大したもの。そこはみとめてやろう。だから後遺症こういしょうが残らぬよう、地面にたたきつけるだけにしてやる。この高さ、そしてヴァルキュリアの鞭によって振り下ろせば、眷属の貴殿は死なずとも、この試合で復帰ふっき不能ふのうくらいにはなるだろう」


「話しが長いわね。本来ならその油断はヘルメス様によってられている所よ。よかったわね、私一人で戦うと言う打診だしんのおかげであなたの敗北はいぼく延長えんちょうができて」


「・・・口のらないガキめ。ユアン、もういい、やれ」


「了解」


 私の視点してん一転いってんする。

 目の前のテュールはいなくなり、私の目には青い空、そして深々ふかぶかとした緑の森へと変わっていく。


 さながらジェットコースターと言う所だろう。

 ジェットコースターよりも何倍も速い速度で私の体は森にたたきつけられた。


 すさまじい轟音ごうおん

 それが私の体と地面から作り出された音とは到底とうてい思えないほどの。


「フハハハハ!ヘルメス!お前もお前だ!眷属がやられていると言うのに高みの見物けんぶつか!落ちぶれたのは貴殿の方なのではないか?眷属がやられて身動き一つしない神など聞いたことがないぞ」


「・・・まあそうですね。やられていればの話しですけどねぇ」


「・・・。何を言っている。貴殿の眷属はすでに終わっている。口ではこの試合中と言ったが、良くてもこの大会期間中は眷属として使えないレベルだ。貴殿がそれをわからないわけではあるまい」


「だそうですけど千里せんり、助けはいりそうですかねぇ」


「貴殿は馬鹿ばかなのか―」


「馬鹿はあなたよ、テュール」


 私はえ上がる。

 だが、怒りの感情を出すまでもない。


 ただ目の前の敵を排除はいじょするのみ。

 私は怒りっぽい。


 だけど今は試合中。

 ここで怒りを表に出すわけにはいかない。


 そう、出すわけにはいかないのだ。

 これは初戦。


 初戦だけに所詮しょせんと言ってしまえる試合。

 だからこそヘルメス様も私一人に戦わせてくれたのだ。


 ゆえに私はこう思う。

 殺す。


軍神ぐんしんが聞いてあきれるわ。眷属の力もはかりきれないとはね」


「貴殿、なぜ動ける。ヴァルキュリアのたて如きでは到底とうていおさえきれないダメージを負ったはずだろう」


「だから軍神が聞いてあきれるというのよ。あなたはさっき私にこう言いたかったのでしょう。最初から自分の手の内を全てかすわけがない。そして私が全てだと思ったからこそ油断をした」


 私は森からゆっくりと、ゆっくりと上空に上がっていく。

 完全な兵装へいそうをしていない私の服はいわば生身なまみの服。


 気に入っていた服がぼろぼろだ。

 これは買いなおさないといけない。


「それで?油断したのは私なのかしら」


「貴殿はつまり全力ではなかったと言いたいわけだな?」


「全力ねぇ。もしさっきのがあなたの全力ならば、大したことがない。いいえ、軍神である所のテュール様ならこれが全力と言うわけではないわよね」


「もちろん全力ではない。眷属如きに全力を出すわけないだろう。死んでしまっては大会の規則きそくにもれてしまう」


「では次は全力で来ることね。あなたでは下手へたしたら死ぬわよ」


「言ってくれる。では貴殿の実力、あらためて拝見はいけんしようか」


「ヘルメス様、奥義おうぎ許可きょかを」


みとめます」


「ありがとうございます。じゃあ行くわよ。殲滅せんめつ奥義おうぎ夜叉やしゃ分裂ぶんれつ】」


 私の体はぴきぴきと音がり、背中がれる。

 さながら孵化ふかするちょうのように、私はもう一人の私を生み出していく。


 上半身ができった所でもう一人の私はそれこそ蝶のように飛んで私の中から出て行った。

 そして二人がならぶと、テュールは驚愕きょうがくまなこをしていた。


「・・・なんだその異様いような技は。しかも神さえを動けなくする眼力がんりき、一種の封印術ふういんじゅつか。なぜ眷属けんぞくの貴殿がそんな力をようする」


「「ほんと、軍神が聞いてあきれるわ。きっとあなたの事だから神のデータを集めても眷属のデータは集めていないのでしょうね。参考までに教えといてあげるわ。あなたを動けなくした眼力は剛眼力ごうがんりき。いわゆる鬼道きどうよ」」


「鬼道だと・・・?そんな昔にすたれた呪術じゅじゅつをなぜ眷属の貴殿が・・・。まあいい。たかだか二人に増えた所で結果は変わらん」


「「あら、誰が二人と言ったかしら。あなたをころ、倒すために私は万全の準備じゅんびをするつもりよ。殲滅奥義【夜叉分裂】」」


 二人の私は声をかさねながらもう一度呪文を唱えると、先ほどと同じように私達の体は割れていき、シンクロしてもう二人の私が生まれた。

 さすがにこれ以上は呪力じゅりょくが持たないため、私にできるのはここまでだけれども、テュールをおどろかせるには充分じゅうぶんすぎるでしょう。


「これは驚いた・・・。道理どうりはわからんが、貴殿は眷属でありながら一流の呪術使いなのか。だがしかし、四人になってしまっては力が分散ぶんさんしてしまうだろう。先ほどの貴殿よりも弱くなってしまえば、私が本気を出してしまうと次は死んでしまうぞ?」


「「「「ためしてみるといいわ」」」」


 重複じゅうふくして聞こえる自分の声はあまり好きではない。

 四人に別れた時点で私は無駄口むだぐちたたくつもりはないのだ。


 四人の私は一斉いっせいにテュールと眷属の元へ向かう。

 ユアンには一人、テュールには三人。


めた真似まねを!」


 テュールのグレイプニルは本気を出したのかその数を五本から十本に変わる。

 一人頭、約三本のむちなど、先ほどにくらべたら簡単以外の何物でもない。


 これ以上の力を出そうと、私にもこれ以上はある。

 でもテュールには十分じゅうぶん過剰かじょう戦力せんりょくだろう。


「眷属ごときがぁぁぁぁ!」


 テュールの鞭を軽々かるがるはじばし、一人目の私がまず一発、上に向かってりを入れる。

 テュールはそれをくらってしまい、その身は上に投げられるが、それでもグレイプニルは止まる事をしらない。


 だが本人が動揺どうようした時点で負けなのだ。

 私の夜叉分裂同様どうよう、おそらくグレイプニルも数を増やせばコントロールがむずかしくなる。


 蹴りをまともに喰らってしまった時点でその軌道きどう乱雑らんざつになった。

 そしてグレイプニルをかわし、二人目の私が回転しながらいきおいをつけて地面にけテュールを蹴り飛ばした。


 神や眷属は自動でたてっている。

 それは神器じんきや強力な能力でなければ突破とっぱすることはできない。


 つまりは、私が少し蹴ったくらいでは大したダメージにはならないのだ。

 地面に勢いよく落ちていくテュールにダメージを負わせるにはさらに追撃ついげきが必要。


 三人目の私は落ちていくテュールに続いて加速かそくして下降かこうしていく。

 さっきの私以上の轟音ごうおんをあげて地面にぶつかったテュールに、加速した私はさながらライダーキックを食らわせたのだった。


 さらにでかい轟音がひびわたり、あた一帯いったいは森から姿を変え、衝撃しょうげきでクレーターができていた。

 現実のものではないにしろ、はなから荒野こうやになるならばやはり森なんてものを作る必要はやはりないと思うのだけれど。


 土煙つちけむりが晴れたころに見えてくるのは半分以上体を地面に埋もれさせ、満身創痍まんしんそういのテュールであった。

 一人の私がそれを見下みくだす形となる。


残念ざんねんながら、私の分身は全員元の私と同列どうれつよ」


「き・・・でん・・・は・・・まさ・・・か、ひ―」


敗者はいしゃねむりなさい。鬼道きどう剛眼力ごうがんりき】」


 私の剛眼力を受け、気絶きぜつ寸前すんぜんだったテュールはそのまま気絶してしまった。

 その数秒後には、テュール達が私を落としたときよりも幾分いくぶんか軽めの音を立ててもう一人の人物が森へ落ちる。


 四人目の私が眷属を圧倒あっとうし、蹴り飛ばしたのだ。

 勝敗しょうはいは決した。


WINNERウィナー!ヘルメス!』


 にせ歓声かんせいこる中、私は一人の私へと融合ゆうごうしてもどっていく。

 そこにヘルメス様がゆっくりと近づいてきた。


「おつかれ様です、千里せんり。いい戦いっぷりでしたよ」


「いえ、お見苦みぐるしい所を見せてしまいました」


「そんな事はないですよぉ。おそらく観戦席は非常ひじょうり上がった事でしょうし、演出えんしゅつとしては中々のものでした。ですが感情に任せて過剰戦力で戦った所はめられません。次は誠意せいいをもっていどみなさい」


もうわけございません」


 軽く会釈えしゃくをするのと同時に、私達の体は光につつまれていく。

 ヘルメス様の言うとおり、私はもっと精進しょうじんしなければならない。


 それがヘルメス様の眷属としてのかただろう。




 西・四回戦 テュール対ヘルメス

 ヘルメス勝利

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