外伝 【ありすとオーディン】



「お前・・・もしかして一人か」


 少女はうなづく。

 ゆっくりと。


可愛かわいそうに。戦争せんそう孤児こじになっちまったんだな」


 今度は少女はうなづかなかった。

 おそらく言葉の意味をわかっていないのだろう。


 無理もない。

 こんな小さな少女に現状げんじょうをわかれと言う方がこくな話だ。


 おそらく三日三晩みっかみばん泣きはらした後だろう。

 いつからここにすわっているのか。


 それとも毎日毎日いつか家族が戻ってくるかもしれないとこの場にかよつづけているのだろうか。

 いや、おそらくずっとここにいたのだろう。


 目には正気しょうきがなく、どこか遠くを見つめている。

 先程さきほどうなづいたのは、まぐれかもしれない。


「おじょうちゃん、俺の言葉わかるかい?」


 こくり。

 ひとつうなずく。


 どうやら声は聞こえているようだ。

 俺は少女の横手よこてにいるわけだが、少女の顔を俺がのぞくことはあっても、少女からこちらを見ようとは一回もしていない。


 もしかして目をやられているのだろうか。

 いや、それもないだろう。


 ただただこの現実を受け止めようとする心と受け止めたくないと言う心がせめぎ合って心ここにあらずと言った所だ。

 年齢ねんれいにしておそらく小学生低学年という所か。


 だがここは日本ではない。

 ゆえに小学生と言う言葉はふさわしくないわけだが、まあそこは割愛かつあい


「どうしたもんかねぇ・・・ま、ほっとくわけにもいかんか」


 なんでほっとくわけにもいかないのか。

 別に少女しょうじょ趣味しゅみがあるわけではないし、小さな子供だからすくわなければいけないと言う倫理観りんりかんでもこの場合はない。


 なんせ状況じょうきょうが状況なのだ。

 何百年も生きているとこういう事にも出くわすんだと感心かんしんする。


 これも運命うんめいなのだろう。

 何を言っているかわからない?


 まあそうだろうな。

 俺が言っているのはこの状況、つまるところ戦争で家族や帰る場所をなくした状況。


 それが昔の俺とかさなるんだよ。

 だから、俺はオーディンとして、そして宗太そうたとして、この少女を救わなきゃならない義務ぎむがある。


 それが運命ってやつなんだ。

 きっとな。




 ヴァルハラ外伝 ありすとオーディン




「で、お嬢ちゃんはいつまでここにいる気なんだい?」


 沈黙ちんもく

 言葉通じてるんだよな?


めしは食ってるか?」


 ふるふる。

 少女は首を横にる。


腹減はらへらないか?」


 こくり。

 どうやら案外あんがいメンタルは強いのかもしれない。


 もしくはいつかこうなる事を親が教えていたから覚悟かくごは決まっていたのか。

 何にせよ子供ってのは不思議ふしぎ度胸どきょうを持ってるもんだ。


 この子はもう現実を受け止めきっただろう。

 ってのは期待きたいしすぎか。


「とりあえずご飯食べようぜ。俺は腹ペコだ」


 こくり。

 そして少女は立ち上がり、初めてこちらを見た。


 その目には何がうつっただろうか。

 少女の目の前にはいかにも胡散臭うさんくさそうなボロボロのローブを来た30ほどのおっさんが立っているんだ。


 普通ふつうなら警戒けいかいしてもいいとは思うがな。

 まあ村でそだった子供なら大人はみなやさしいものと認識にんしきしてるのかもしれない。


 とにかくちゃんとついて来てくれるなら世話せわくらいはできそうだ。

 安心安心。


「っぁ」


「ん?なんだ?」


 言葉が話せないのか?

 けむりのどがやられてるのかもしれないな。


「まあ話すのは綺麗きれいなとこでだ。ここにいたら体によくねぇ」


 こくり。

 こうして俺と戦争孤児の少女は近くの森まで歩くこととなった。


 歩いている最中も黙々もくもくと後ろをついてくる少女。

 だがここまで警戒しないってのもある意味恐怖きょうふだな。


 ボロボロのおっさんにさらにボロボロでよごれまくっている少女。

 これはたから見たらどんなふうに見えてんだ?


まわりから見たらあきらかに戦争帰りの親子だな」


 とつぶやいてみても少女の反応はんのうは無し。

 こちらを不思議そうに見るばかりだ。


 まあいっか。

 そんなこんなで森へついいたわけだが。


「とりあえず外も中も綺麗にしてやらんといけねぇよな」


 少女は首をかしげる。

 まあそりゃわかんないだろうよ。


森羅万象しんらばんしょうの力よ。われに力をし、きよらかなる体にの者をなおたまえ。リキュア」


 水と風がざり合い、少女の体をつつんでいく。

 少女は何がこったかわからないというように目を閉じる。


 たちまちに少女の体は綺麗になっていった。

 さすがに服はボロボロのままだったが。


 かみは綺麗な金髪そして見事な碧眼へきがんで、ととのった容姿ようしをしていた。

 服は白のワンピースだったようだ。


「すごい・・・あ」


「声もでたな。回復魔法かいふくまほうわり苦手にがてなんだが、やってみると案外あんがいできるもんだな」


「・・・ありす」


「ん?ありす?不思議の国の?」


「そう。私の名前」


「ふむ。ありすちゃんか」


 名はたいあらわすとはこの事だな。

 たしかにありすっぽい。


「よしわかった。ありす。とりあえずおなかったからご飯にしようか」


「うん。で、おじさんの名前は?」


「俺か?俺は・・・そうだな・・・そうた・・・いや、ここは新しい名前にするか。んー」


 ふと空を見上げた。

 何百年生きている俺にとって名前などどうでもいいのだ。


 今日はれとした晴天せいてんだ。

 青・・・あお希望きぼう


 そして悠久ゆうきゅうを生きる・・・ちがうな。

 やさしいうつわ


 優斗なんてどうだろうか。

 蒼希あおき優斗ゆうとにしよう。


「俺の名前は蒼希優斗だ」


「・・・あ、お、き・・・ゆーと?」


「あー、こっちの言葉だと発音しづらいのか。和名わめい好きなんだけどな」


「ゆーと。おぼえた」


「・・・ま、いっか」




 そうして俺、蒼希優斗とありすの生活ははじまった。

 最初こそ笑わない子だったが、一緒に生活をしていくうちに実は活発かっぱつ性格せいかくな子だとわかってきた。


 よく食べよく笑ういい子だ。

 ありすという名にちなんで服はロリータっぽい服やワンピースなどをせてあげた。


 何とも服がえる。

 勉強も教えてやった。


 頭はいい方らしい。

 天は二物にぶつを与えずと言うが、この子は確かに親や故郷こきょううしなってはいるが、自身じしんのポテンシャルとしてはかなりの才能さいのうの持ち主だろう。


 これは将来しょうらい絶世ぜっせいの美人で才色さいしょく兼備けんびと言われそうだ。

 そしてありすをひろってから約三年の月日がたった。


 俺達は多少転々てんてんとしたものの、一年周期くらいで森の中に小屋こやなどをたてて生活をしていた。

 町などにはたまに食料を買いに行く程度ていどで、お金などは俺の貯金ちょきんを使い、ほぼ自給自足じきゅうじそくの生活をしていたことになる。


 その生活にも一切の不満ふまんをいわずにありすはついてきた。

 まあありすのためを思って町などに家をかまえた方が良かったのだろうが、こればかりは俺の習性しゅうせいと言うか。


 昔からそういう生活をしてきたのでそっちの方がれている。

 それにつき合わしているのも悪いとは思ったが、存外ぞんがい楽しんでいるようにも見えたのでまあいっかとずるずるとその生活をすることとなっていた。


 ありすも成長し、日本で言うなら中学生にもなろうという年頃としごろ

 そろそろ元の生活にもどしてやるか決めてやらねばなるまい。


 俺もそろそろ本業ほんぎょうに戻らないといけない頃合ころあいだしな。

 そして俺はある一つの決心をしたのだった。


「なあありす」


「んー?なあにー?」


「俺が神様だって言ったらどうする?」


「・・・あははははは!ゆーとが神様?なにそれ、今流行はやりのジョークか何かなの?ぷふっ」


 まあそういう反応になるようなぁ。

 でも信じてもらわないといけないんだなぁこれが。


「まあ気持ちはわかるけど、お前も一度俺の魔法まほう見てるんだぞ?」


「魔法?そんなの見たっけ?」


「まあ俺が記憶改竄きおくかいざんしたから覚えてないのも無理はないんだけどよ」


「じゃあ魔法見せてよ!ゆーとの魔法みたい!うふふ」


 こいつ完全に馬鹿にしてやがるな。

 いいだろう、見せてやろうじゃないか。


いかれりその数多あまたの熱よ、今はなたん。火炎球かえんきゅう


 俺が一本の木にかってばした手の先には轟々ごうごうさかる火が集まりだし、一瞬いっしゅんにして球状きゅうじょうとなって木に向かっていった。

 燃え盛る木を見てありすは呆然ぼうぜんとしている。


「・・・すごい・・・って!木が!森が火事になっちゃうよ!」


森羅万象しんらばんしょうの力よ。きよらかな水をあつたもう。水破すいは


 燃え盛る木に次は大量の水が放射ほうしゃされる。

 ジュージューと燃えては消えるのをかえし、すぐに火はおさまった。


「すごーい!あ・・・でも木が可哀想かわいそう・・・こんなに燃えちゃって・・・」


 全てが燃えきたわけではないが、消しずみになる一歩手前だ。

 そんな木を見て可哀想と思うありすに心からそのまま優しい子に育ってくれとねがわんばかりだ。


生命せいめいみなもとよ、森羅万象天地開闢てんちかいびゃくの力によってその身にきざまれた傷をいやさん。森羅創造の


「わー!木が!木が戻ってく!すごいすごい!よかったねぇー!木さん!」


 木さんってなんだとも思うが・・・。

 まあ今の魔法は治すと言うよりも木をつくえただけだから正確せいかくには同じ木じゃないんだけどな・・・って言うのは内緒ないしょの話し。


「これでわかったか?」


「うん!わかった!ゆーとは神様!」


「うむ。素直すなおでよろしい」


「神様、どうかこの私にステーキを食べさせてください」


「じゃあ今夜はステーキだ」


「やったぁ!」


「ってそんな話じゃないんだよ」


 ありすの頭をかるくチョップしてやると、うげ、となぞ奇声きせいはっしてたおれた。

 まだまだ子供だなぁとも思いつつ、子供だからこそ今ここで決断けつだんしなければならないのだと再認識さいにんしきすることとなる。


「それでだありす。もしこの神様の力がありすも使えるとしたら、お前はどうする?」


「え、私も使えるの?」


 むくっと体を起こすありすを横目よこめに、俺はそのへんに作ってあった椅子いすがわりに使っている切りかぶこしをかける。

 ありすは純粋じゅんすいに育ってくれた。


 だからこそ俺が近くにいるのはあぶないのだ。

 ありすには眷属けんぞく素質そしつがある。


 おそらくこの時代で俺が契約けいやくするには最高の眷属候補こうほだろう。

 だが、俺はそもそも眷属を作った事はない。


 それには理由りゆうがあるのだが、まあそれは置いといて。

 もし初の眷属を使った場合、ありすが悪い方に力を使ってしまわないか。


 俺の心配しんぱいするところはそこだ。

 後は普通の生活がしたいようであれば普通の家族の元に魔法で記憶を書きえたとしても行かせてやりたいのだ。


 それをありすの意見をふくめて俺がこの場で判断はんだんすることとなる。

 重大じゅうだいな決断だ。


「もし、の話しだ。もし使えたら、ありすはどうしたい?」


「んー、ステーキ食べ放題ほうだい?」


「あ、いや、そういうのじゃなくてだな・・・」


「・・・復讐ふくしゅう、とか?」


「・・・そうだな」


 俺の考えていることが読めてしまったのだろう。

 なまじ頭がいい分最近はその年齢ねんれいながら読みがするどくもなってきている。


「復讐、したいか?」


「別に?」


 ズルッ。

 という効果音と共に俺は切り株からすべり落ちた。


即答そくとうだな!」


「んー、ゆーとは私に復讐してほしいの?」


「そんなことはないけどよ。だって自分の親も故郷こきょうも無くしてんだぞ?普通なら―」


「それが普通なら復讐するよ」


「・・・」


たしかにお母さんとお父さん、おじいちゃんもおばあちゃんも、村の皆も死んじゃった。でも復讐したって生き返るわけじゃないもん」


「・・・あぁ・・・そのとおりだな」


 昔の自分に聞かせてやりたいもんだ。

 俺の師匠ししょうは復讐することをよしとした。


 だが今となってはむなしいだけだ。

 自分の道が間違まちがっていたんだと気づかされた。


 だからこそためしたかったんだろう。

 同じ境遇きょうぐうのありすが自分と同じ年齢にたっした時、この子はどんな決断けつだんをするんだろうと。


 自分と同じ判断をすると思っていた。

 あぁ、思っていたさ。


 やっぱり俺は間違ってたんだな。

 師匠、ふがいない弟子でしですまない。


「・・・ゆーと、泣いてるの?」


「泣いてねーよ。ちょっと過去にひたってるだけだ」


「んー・・・まあすごくかなしかったけど、皆からそうなるかもしれないってのはずっと聞かされてたし。私はあきらめたんだと思う。だからきっと普通じゃない。でもほら、帰る場所はあるもん」


「お前の故郷は今頃いまごろはらっぱだぞ?」


「ちーがーうー!ここ!」


「・・・ここ?こんな一年ぐらいんだ森の中がか?」


「それもちーがーうー!ゆーとのいる場所が私の帰る場所!」


「・・・」


 言葉をうしなった。

 確かにいい子に育ってくれとは願いながら育ててきた。


 だがこんな事を言ってくれるとは・・・。

 俺はひたすらに顔をおおうしかなかった。


「私はゆーとと居れて楽しいよ?」


「もうわかった。わかったからそれ以上言うな」


「・・・泣いてるの?」


「泣いてない!」


「ってかなんでゆーとが泣くの?ここ私が泣くところじゃない?」


「大人は色々あるんだよ。・・・まあ復讐する気がないのはわかった。じゃあもう一つ質問しつもんだ」


 と言っても、今の反応からもう答えは見えてる気がするけどな。

 そう思いながらも俺はありすに質問する。


「普通の生活はしたくないか?」


「んー、美味おいしいものはもっと食べたいかも。たまに木の実だけの日とかあるし」


「普通の生活に戻ればもっと美味しいもの食べられるかもしれないぞ?」


「それはまよいどころ。ゆーとがそうしたいなら普通の生活でもいいよ?」


「・・・そうか。わかった」


 この子なら大丈夫だ。

 確信した。


 オーディンの眷属けんぞくとなっても俺と同じあやまちはおかさない。

 きっと道をただしていけるようないい眷属になるだろう。


「ありす、俺の眷属にならないか?」


「眷属・・・?なにそれ」


「神様の使いみたいなもんだ」


「なったらどうなるの?」


「俺の手助てだすけができる」


「じゃあなる」


「また即答だな」


「だって私の命はゆーとの物だもん」


「ん?どうして」


「さっきも言ったけど、私は諦めてた。村が燃えて、皆いなくなって、わかってたけど何もできなかった。何もする気になれなかった。だから私の命はあそこで一度なくなってるの。だからいまここにいる私の命はゆーとのもの!」


 なんと無理やりな理論りろんだろう。

 まあそういうならそれでもいい。


 身寄みよりを無理やり作るより、眷属として身近みぢかに置いていた方がいいのかもしれない。

 それも運命なのだろう。


「・・・じゃあ眷属の契約けいやくをしよう」


「なにするの?」


「んー、まあ眷属になる方法は色々あるんだが、ここはちゃんとした方法をとるのがベストだな。天界てんかいの眷属となればヴァルキュリアの称号しょうごうもつくし」


「ヴァル、キュリア・・・?」


「まあそこらへんは後でおいおい教えるさ。そこらへんに立ってろ」


「はーい!」


「天界のゼウスの名をり、ここに眷属契約のを行う」


 俺がその呪文じゅもんとなえると、足元に半径はんけい2~3メートルの魔法円まほうえんかび上がる。

 天界の眷属契約でもっともポピュラーな契約方法だ。


「ありす、なんじがオーディンの配下はいかとする。天界のさだめにおいてその身を守る事をちかうとともに、我がオーディンの支配下しはいかにおいて神のみちびものとなりてそのけずらんことを約束やくそくされたし。おきてを定めし神の領域りょういき、その深淵しんえんいたりしその身に祝福しゅくふくさずけん。・・・以下略いかりゃく。眷属契約!」


 呪文を唱え終わると、魔方陣まほうじん何重なんじゅうにもえ、二人の身長を軽々かるがるえて重複じゅうふくしていく。

 数秒後にはまたたく光となってその魔方陣はった。


「よし、これでありすは俺の眷属だ」


「・・・なんか今ずるしなかった?」


「いーんだよ。俺くらいのすごい神様となると多少ずるできるもんなの」


「えー、なんかずるーい」


「じゃあ30分ぐらい詠唱えいしょうしてやろうか?」


「う・・・それはやだ」


「そうだろ?」


「それでそれで?どうやってさっきみたいな魔法使えるの?」


「あー、それなんだがな。実を言うと、ありすはほとんど魔法を使えないんだ」


「・・・えー!なんで!」


「まあその辺もおいおい・・・そうだな・・・ありすが使えるのは風魔法くらいかな」


「・・・なんか詐欺さぎにあった気分」


「そんな事はないぞ!オーディンの眷属となれば眷属としてはかなり強いんだからな!」


「ふーん」


 こうして最後には不服ふふくをかったものの、ありすはオーディンの眷属となった。

 それからというもの、俺とありすはいろんな国をめぐり、世界世直よなおしツアーに出ることになった。


 俺は天界からも少し特殊とくしゅな立場に今置かれている。

 ゆえに世界で世直しをするのが今の神としての仕事だ。


 といっても昔からオーディンはわりと世界各地を巡っているのだが、それは俺とは関係かんけいのない話。

 いわゆる神同士の荒事あらごとなどの仕事には回っていないのが現状げんじょうだ。


 まあロキのやつは転生てんせいしてはいどみかかってくるんだがな。

 つまるところありすも眷属としては平和な日々を送る事となった。


 一般人としては中々に特殊だろうけども。

 戦闘知識せんとうちしきも教えた。


 神としても人としても戦えるように。

 オーディンの武器ぶきがグングニルであるからして、ありすの武器もやりだ。


 ある程度ていどの槍での戦い方も教え、もちろん普通の勉強も教えた。

 眷属となってからのありすは一層いっそう勉強したもんだ。


 そうして頭もよく、武術ぶじゅつ才能さいのうもある眷属としては中々に最高レベルに仕上しあがった。

 そして月日は流れ、成神市なるかみしへ・・・




 とはいかないんだがな。

 まあ俺からは以上って事だ。


 時代はそれから約2年後。

 ありすも高校生くらいの年になり、性格的せいかくてきにも大人ぶるようになってきた。


 俺は思った。

 今のままでは稽古けいこがつけづらいと。


 主に身長差だったのだが。

 外国にいることが多かったため、年を30ごろ固定こていし、身長も外国サイズに合わせて日本人としては高めにしてあったのだが、どうにもありすと身長がありすぎる。


 ありすのさらなる成長の為に俺は秘術ひじゅつを使う事にした。

 俺の不老不死ふろうふしたる根源こんげん


 俺がみ出した究極きゅうきょくの秘術【悠久ゆうきゅう黄昏たそがれ】。

 使用者の見た目すらも変えれてしまうこのわざは、不死と言うよりも年齢を凍結とうけつする魔法だ。


 制限せいげんの多い時魔法ときまほう解析かいせきし、禁断きんだんべる魔女まじょ領域りょういきにまでたっしたこの秘術は、自身の時を止めるがゆえに不老不死をる。

 と言っても術式じゅつしき複雑ふくざつすぎて俺にしかあつかえないのだが。


 それ故に天界から制限を受けている今でも使える秘術だ。

 俺は悠久の黄昏を使って年齢を17歳に凍結した。


 これでありすとの身長差はちぢまるはずだ。

 おそらく10センチくらいかな?


 今ありすは森に魚をりに行っている。

 戻ってきたときのおどろく顔が楽しみだぜ。




 ◆◆◆




「ただいまー・・・あれ?優斗ゆうと?」


「よう」


「・・・誰あんた。私達に復讐ふくしゅうに来たどっかの組織そしきの人?」


「俺だよ。優斗だよ」


「んなわけないでしょ。そっちがその気ならこっちからいかせてもらうよ。はぁ!」


 私はもっていた魚をかるほおり、一瞬のうちに敵との間合まあいをめる。

 抵抗ていこうする気がないのかあっさりと床にしたてきの手を後ろ手にひねり、もう片方の手もおさえる。


 優斗の名前をかたったわりには案外あんがい呆気あっけない相手ね。

 それとも私の手際てぎわあざやかぎたのかしら。


「痛い痛い!本当に優斗だってば!」


「まだ言うか。優斗はそんなわかくないし」


「信じてくれよ!あ、そうだ。グングニル!」


 突っ伏した敵がそうさけぶと、手には優斗、オーディンの神器じんきであるグングニルが押さえつけられた右手ににぎられる。

 武器を出したという事は神の関係者かんけいしゃという事だ。


「そんな模倣品もほうひんだまされないからね」


 武器に警戒けいかいするためにも一層いっそう力を込める。

 そして召喚しょうかんされた武器をよくよく見てみると―


「・・・あれ、これ本物のグングニル?」


「だからそうだってば!俺!優斗!」


「え・・・え?えぇ!」


 あわてて手を話し2、3歩びのいてしまう。

 あんなおっさんだったはずの優斗が・・・なんでこんな若々わかわかしく・・・。


いたた・・・まあ説明せつめいしなかったのは俺も悪いとは思ってるよ。いきなりあらわれたなぞの人物を敵としょうして警戒したところまでは、さすが俺のそだてた眷属けんぞくだとも言える。ただ!敵がどんな力を持っているかもわからないで突撃とつげきした事と、話し合いの余地よちすらなかったのはちょっとばかし気になるけどな」


「ご、ごめん・・・」


「確かに話し合いを求めてきながら不意ふいちをする相手もいる。でももうちょっと状況判断してからでも遅くなかったんじゃないかなぁ?と俺は思うわけよ」


「・・・はい」


 言われている事実の真っ当さにただただしゅんとなっていく。

 もし本当の敵だとして、優斗ほどの強さだったなら私は勝てなかっただろうし、相手が話し合いを求めているならこちらも相手の力量りきりょうはかるくらいはすべきなのだろう。


 と、今の一瞬でそこまで頭がはたらいたのは私の頭の回転が速いとうとはまったくが関係かんけいがない。

 つまるところ、目の前にいる優斗がオーディンであるから、そして私が眷属であるからその意図いとがある程度ていど読み取れただけにぎない。


 優斗、オーディンの眷属になってから約二年。

 私はある程度の神への知識ちしき、そして眷属としての力をつけた。


 といっても苦戦くせんしたのは最初の一年ほどで、コツさえわかってしまえば体が勝手に、頭が勝手に理解りかいするのだ。

 まさに神の御業みわざ


「それで、その姿は何なの?」


「あー、これな。まあちょっと驚かそうと思ったのも事実なんだが、稽古けいこつけづらいと思って。そろそろ実戦的じっせんてきな戦闘を想定そうていしといた方が今後のためかと思ってよ」


「実戦的?それなら今まで何回も戦ったりはしてるじゃない」


「俺が言う実戦ってのは神との戦いだ」


「神・・・」


 今まで私は人間しか相手にしていない。

 それだけならば眷属であるこの体と今までみ上げてきた修業しゅぎょうがものを言う。


 神同士の戦いがあると言うのは話には聞いていた。

 だが優斗についてきて今までそんな戦いは一度もない。


 正確には優斗は裏で戦っていたりもするのかもしれないが。

 私個人としては全くの経験けいけんがなのだ。


「そろそろロキとか動き出す頃合ころあいかな、とも思ってよ」


「ロキって何度も優斗に戦いをいどんでるって神?」


「百年に一度は来るからなぁ、あいつは」


「・・・ちょっと待って、優斗って実はものすごくおじいちゃん・・・?」


「あれ?言ってなかったか?俺はもう400年は生きてるぞ?」


「・・・神様ってやっぱ死なないのね・・・」


「んー、そういうわけでもないんだが・・・まあ俺はそうそう死なないな」


 優斗が実際じっさい何歳であろうとそんな事はとりあえずどうでもいい。

 なんかそんな気はしてたし。


 でも、同じような年齢になっていることに違和感いわかんを覚えざるを得ない。

 だって今まで中年のおっさんだったんだよ?


 それをすんなりわかれと言う方がおかしな話だよ・・・。

 まあでも、わり好青年こうせいねんなのはポイント高いかもしれない。


「で、その神と戦うための修業をこれからするってことでいいのね」


「お?もっと突っ込まれると思ってたけど、案外あんがいみが早いな」


 いや、納得なっとくはしてないけどね。

 でも理由はとりあえずわかったから飲み込んであげるのよ。


 ってのは言葉には出さなくてもきっと優斗はわかってくれる。

 それが神と眷属のきずな的な物なんだと最近思う事ができるようになってきた。


「とりあえずご飯にしよ。・・・あーあ、魚ちょっといたんじゃった」


「・・・俺のせいじゃないぞ」


「優斗のせいでもあるから」


 そんな感じで、見た目が変わった優斗との生活があらためて始まった。

 と言っても特段とくだん変わる事もなく、手合てあわせすることが多くなったくらいのものだ。




 それから数か月。

 私は街に出てきていた。


 森で過ごすのが基本のため、何日かに一度は街へ出て買い出しをしている。

 食べ物は基本的に自分たちで見繕みつくろっているが、日常品にちじょうひんとなるとそうはいかない。


 服やちょっとした小物など、買うものは割とあるのだ。

 といっても優斗は自分で服などを作ったりもしている為、おもに私の物だけど。


「ちょっとちょっと、そこのおじょうさん」


「ん?何?」


 特に警戒もせずにいた事を後悔こうかいせざるを得なかった。

 振り返った先にはちょう至近しきん距離きょりせまる二人組の男たち。


 手にはサイレンサー付きの拳銃けんじゅう

 男たちの顔には見覚みおぼえがあった。


 パシュ。


「くっ・・・お前たちは・・・この間の・・・」


 私は振り向きざまに右足の太ももをたれてしまう。

 目の前にいたのはつい先日あしらったばかりの地元マフィアだった。


 人通ひとどおりは期待きたいできないような道だ。

 かといって一般人に眷属の力は使わないように言われていた。


「女の子一人で歩くのは危険きけんだぜー?俺達が家まで送っていってあげるよ」


「あなたたちが一番危ない人だと思うんだけど」


「え?何?足が痛いって?しょうがないなぁ俺がなおしてあげるよ」


 パシュ。


「ぐぁっ!・・・こ、の・・・!」


「アハハハハハ!俺達に刃向はむかうからこういう事になんだよ!ほら、アジトまで連れてけ」


「ういっす」


 私は抵抗ていこうするすべもなく目と口をかくされ、手足もしばられてどこかにはこまれてしまう事となってしまった。




「さーて、そろそろいた方が身のためだぞ」


「全て話したわ。私達は流浪るろう世直よなおしをしているだけ。あなた達の悪事あくじをほっとくことができなくて手を出しただけよ」


「んなわけねぇだろ!どこの手の者か早く言え!」


「ぐっ・・・!だから・・・私達だけだと・・・」


「まだ言うか!」


 私は腹や顔をなぐられつづけた。

 時にはスタンガンによって電流を流される。


 私が優斗ゆうとの元からいなくなっておそらく半日はっただろう。

 そろそろ優斗も異常いじょう気付きづき始めるころだ。


 優斗が来ればお前たちなんか・・・。

 いや、それでいいのだろうか。


 いつまでも優斗に守られているだけの生活。

 それで本当にいいのだろうか。


 いつだか優斗に言ったことがある。

 優斗をいつか守れるように強くなると。


 優斗が来なくても私は大丈夫な事を示さなければ。

 私がそんな事を考えている間もマフィアたちの拷問ごうもんは続いていった。


 この拷問にき、こいつらにすきができたタイミングで一気にとす。

 だが、そんな考えも、爪をがれたあたりから忘れてしまっていた。


「あぁぁぁぁぁぁ!」


「ちっ。強情ごうじょうやつだ。このままだと体がどんどんなくなってくぞ?それともそういうプレイが好みなのかよ!」


「ひぎっ!ぁぁ・・・あ・・・」


「おい、そこで何してるんだ?」


 何時間経ったかももうわからなかった。

 だが、その聞き覚えのある声はすぐに誰かわかる。


「ゆう・・・と・・・」


「ナイト様のお出ましか。てめえら、死なない程度ていどにハチの巣にしてやれ」


「俺は何してるんだって聞いてんだ。うちの可愛かわい姫様ひめさまをそんな姿にしてくれやがって・・・ありす、もう大丈夫だ。少しねむってろ」


 眠ってろと言われても、こっちは全身が焼けるように痛いのだ。

 朦朧もうろうとする意識いしきの中、優斗に向けられた銃口じゅうこう一斉いっせいに火をはなったのが見える。


 だがたま一向いっこうに優斗に当たらない。

 優斗の体の周りにはあつい風のかべがあるのだ。


「なんだ!なぜかない!貴様きさまものか!」


「・・・確かにそう呼ばれた時代もあったな。でも俺にはお前らの方がよっぽどみにくく見えるぜ」


「くそ!ガキの見た目の化け物め!」


「すまんがお前らにかまってる余裕はないんだ。うちの姫様のきずなおさないといけないんでな」


 優斗はゆっくりとこちら側へ歩いてきた。

 周りの人間は銃をあきらめ、短剣たんけんやらどこから取り出したのかこん棒などでおそいかかろうとする。


「くそガキが!死ね!」


「ブルーランス」


 勝敗は一瞬だった。

 優斗はオーディンの力で、敵の力をうばる。


 動く気力もなくなった敵はバタバタと倒れていった。

 私の元に辿たどりつくと、しばられていたなわをほどき、私を優しくき上げる。


「ゆうと・・・」


「全く・・・無茶むちゃするんじゃねぇよ。いつか俺の事を守ってくれるんだろ?こんな所でたおれてちゃ、先が思いやられるぜ?」


「でも、一般人には神の力を使うなって・・・」


「こいつらは一般人じゃねえよ。敵対てきたいするやつ無防備むぼうびでいろとは言ってねぇぞ?とりあえず、傷を治すのが先決せんけつだな。さすがにここは居心地いごこちが悪いな・・・次元干渉じげんかんしょう・・・座標固定ざひょうこてい天駆あまかけよ、【次元飛翔じげんひしょう】」


 目の前が一瞬とてつもない光につつまれる。

 目を開けると、そこは現在私と優斗がらしている森のはずれだった。


おろすぞ」


 優斗は私をそっと地面に下すと、何やら小屋こやの方から何枚かの葉っぱと液体えきたいを持ってくる。

 それを私のたれた足やがれた爪、全身の打撲だぼく個所かしょなどに置いていく。


「本当はフレイヤにでもお願いして回復魔法かいふくまほうをお願いしたいところだが・・・現状げんじょうフレイヤの場所すらわかんねぇからな。ちょっとしみたりするかもしれないけど我慢がまんしろよ」


「・・・大丈夫」


「よし、いい子だ」


 私の頭をやさしくなで終わると、手に持っていた小瓶こびんの中の液体を負傷ふしょう部分ぶぶんにひとしきりかけていく。

 痛いと言う感覚かんかくはなかった。


 おそらくもう痛覚が機能きのうしていないのだ。

 むしろかかっている液体が気持ちよくすら感じてくる。


森羅万象しんらばんしょうよ。とも、森のたみの力をける。いやしの波動はどうとなり、我が命のみなもとを我が盟友めいゆうたくさん。生命せいめいしずくで傷を癒したまえ。木は木に。森は森に。人は人に。あるべき姿すがたもどさん。【森羅万象・回復かいふく】」


 みるみるうちに私の傷はえていき、体に残っていたと思われる痛みもなくなっていく。

 おおよそ一分くらいで体の傷は消え去ってしまった。


「・・・ありがと、優斗ゆうと


「お前は俺の眷属なんだ。傷を治すのは当たり前だ」


「それもそうだけど・・・助けてくれ・・・て・・・」


 唐突とうとつ視界しかいくずれていく。

 敵の攻撃こうげきと言うわけではない。


 単に私の目に涙がまってきたのだ。

 解放かいほうされた安心感あんしんかんだろうか。


 とにかく、言葉に言いあらわせない感情かんじょうがとめどなくあふれてくるのがわかる。

 ここで泣いては駄目だめだ。


 私は強くならないといけないんだ。

 優斗に守れるくらい、強く―


「泣きたいときは泣けよ」


 優斗が私の思いをさっしたのか、優しく頭をなでてくる。

 そんな事をされたら・・・私は・・・。


「・・・うっ・・・うわぁぁぁぁぁん!怖かったぁぁぁぁぁ!痛かったよぉぉぉぉぉ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


「おー、よしよし。まだ子供らしい可愛かわいげは残ってたんだな」


「ぐす・・・そも・・・そもそも来るのが・・・ぐすん・・・遅いのよ」


「それは悪かった。さがすのに苦労くろうしちまってな」


「優斗のばかばかばか!」


「いたいいたい」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」




 きっとこの日からなんだろう。

 私が優斗に恋心を芽生めばえさせたのは。


 私が戦争せんそう孤児こじとなって、そだててくれた優斗。

 最初は父親のように思っていた。


 でも姿を変え、同じ年頃のように感じるのはそう時間はかからなかった。

 そして窮地きゅうちの場面を助けられた。


 私にとって唯一ゆいいつ存在そんざいである優斗に、恋をするのはおそらく必然ひつぜんだったと思う。

 優斗さえいればそれでいい。


 他には何もいらない。

 優斗だけが私の全てになっていた。


 優斗がいればどんな場所にも行ける。

 どんな敵にも立ち向かっていける。


 どんな困難こんなんえられる。

 私が優斗を守れることなんて一生無いかもしれない。


 でもきっといつかは優斗に恩返おんがえしできる日が来るはずだ。

 きっといつかは・・・




「わぁ!こんなちゃんとした家初めて!」


「悪いな、今まで森の小屋だけで」


 事件から数か月後、私達は日本に来ていた。

 日本では森の中だと色々と問題がありそうだと言う事で、小さなアパートを借りることになったのだ。


「別に私は森での生活に不満ふまんはなかったよ?でもこれからは寒い日にこごえることもない!も、もちろん森での生活もよかったけど・・・家って素敵すてきね!」


「言ってることがぐちゃぐちゃだぞ。まあ日本だと外にずっともいられないからな。すぐ見つかっちまうし」


「これからはお風呂も毎日入っていいのよね!」


「かまわないぞ」


「やったぁ!」


「まあはしゃいでるとこ悪いんだけどな、ありすにはちょっとしたイメチェンをしてもらおうと思うんだ」


「うふふふふ!・・・イメチェン?」


「日本に来る時も言ったが、今回の時代は俺の連れであるフレイヤとトールが日本で目覚めざめてる可能性かのうせいが高い。まあ確証かくしょうはないんだがな」


「だからとりあえず日本にいつでもこれる拠点きょてんを作ろうって事でこのアパートをりたんでしょ?」


「あぁ。ここを拠点に外国の方に旅立たびだって調査ちょうさ世直よなおしをしていく事になる」


「で、なに、イメチェンって」


「・・・お前は日本では目立めだちすぎるって事だ」


 日本人は黒髪が主流。

 外国人も数多くいるが、外国に比べて私の金髪は目立ちすぎる。


 おそらくそう言いたいのだろう。

 身長は日本人の女子平均くらいだろうが、さすがに金髪で外を歩くと相当に目立つだろう。


「まあ確かにここに来るまでもすごく見られてたわね」


「ありすは見た目もととのって可愛かわいいんだ、髪だけでも日本人寄りにしといた方がいいだろう」


「かっ・・・」


 可愛い?

 今可愛いって言った?


「だっどっ!どうするのよ!そんな事言ったって!めるの!」


「・・・なんか怒ってるのか?」


「お、怒ってなんかない!」


 むしろよろこんで・・・

 喜んでない!


「染めてもまた金髪に戻っちゃめんどくさいからな。魔法まほうで黒髪にするぞ」


「魔法で?そんなことできるの?」


「そんなむずかしい魔法じゃないさ。【カラー・パレット】」


 優斗ゆうと呪文じゅもんとなえると、私の髪はみるみると金髪から黒に変わっていく。

 最終的には腰まである長い髪が少し茶色がかった黒色になってしまった。


「すごーい!あいかわらず魔法って何でもできるのね」


「まあ俺の場合は少し特殊とくしゅだけどな」


「私も魔法使いたいなぁ・・・」


「ふふん。そんなありすに朗報ろうほうだ」


「え!もしかして風をあやつる以外に私にも魔法が使えるようになるの!」


「そのまさかだ!じゃじゃーん!」


 優斗がふところから取り出したのは小さな二つの石だった。

 いや、石と言うには透明とうめいで、光に当たるとかすかに発光しているように見える。


「その石を使って魔法を覚えられるのね!」


「んー、微妙びみょうちがうな。これは魔石ませきだ。この中には魔法が入っててな、神や眷属けんぞくなら誰でも簡単に魔法が使える代物しろものだ」


「すごい!そんなのがあるならなんで今まで出してくれなかったのさ!」


欠点けってんがあるんだよ」


「・・・なんかもう詐欺さぎにあった感が半端はんぱないんですけど」


「言う前からさっするなよ・・・これは一回使うとくだけて使えなくなるんだ。しかも量産できる代物でもない」


「やっぱりそんな事だろうと思ったわよ。で、その中にはどんな魔法が入ってるの?」


「二つともありすに見せた事がある魔法だ。一つは【次元飛翔じげんひしょう】。今いるところから一瞬いっしゅんでワープできるすごい魔法だ」


「へー!中々いいじゃない!」


「だが、俺はともかく、こいつには座標ざひょうを固定する能力はない。どこに飛ぶかは完全にランダムなうえ、遠くに飛ぼうとするほど魔力や神力を消耗しょうもうする。簡単に言えばすごくつかれる」


「・・・できの悪いドラ○もんの秘密道具みたいね。そんなもの使うくらいなら優斗の魔法にたよった方が早いじゃない」


「俺とありすがつねに一緒にいるともかぎらないからな。この先、神と対峙たいじすることもあるだろう。万が一の脱出だっしゅつルートってわけだ」


「・・・まあいいわ。で、もう一つは?」


「こっちはわり頻繁ひんぱんに使ってる魔法だ。いわゆる記憶操作きおくそうさの魔法。特に呪文とか唱えるわけでもない。使えば自分がその場にいるのが不自然ふしぜんの無いようにつじつまを合わせる事ができる」


「・・・確かによく優斗がやっているのは見てたけど、人の記憶を操るってかなり危ない魔法に見えるんだけど・・・」


「んー、記憶を操っていると言うよりも勘違かんちがいさせる魔法って感じなんだよ。たとえばありす、探し物をしている時に目にうつる場所に探している物があっても気づかない事があるだろ?これはそういう魔法で、いない者が当たり前にいる、いる者がいないように感じるような錯覚さっかくの魔法って事だ」


「これも緊急用きんきゅうよう?」


「緊急と言えば緊急用なんだが・・・」


 何故か歯切はぎれの悪くなる優斗。

 ばつが悪いと言うよりは、言おうかなやんでいるように見える。


「まあ、なんだ。ありす」


「なによ」


 真剣しんけんな表情で見つめる優斗。

 なにか深刻しんこくな話でもあるのだろうか。


「学校、行ってみないか」


「別にいい」


「おい!即答そくとうか!」


 深刻な表情にかくされていたのはなんと私を学校に行かせようと言う決意だったらしい。

 優斗は何もわかってない。


 確かに昔は学校に行きたいと思う事もあった。

 でも今は優斗がそばにいるだけで何もいらないのだ。


「だって学校に行くより、優斗の元で強くなりたいもの。それに学力とかならそこらへんの学生よりかはあるつもりよ」


「確かにありすはトップレベルで頭がいい。眷属の力抜きにしても運動神経もあるしな。学校に入ったら一躍いちやく有名人になれること間違まちがいなしだぞ?」


「有名人になりたいわけじゃないし。私は優斗を守れるようになれればそれでいいよ」


「お前なぁ・・・学校に行くのも大事な・・・まあいいや。とにかくこれはお前にあずけておく。もし俺の知らない所で気が変わったらこれを使って学校に入ってもいいから。もしくは俺以外の守りたいやつができたらそいつのために使ってやるのもいい。どうせ俺は使える魔法だ。いつかお前が助けたいと思うやつがいたら、全力で助けてやれ。俺がお前に守られるには100年・・・いや、400年くらい早い」


「400年もたったら死んでるわよ」


「俺がお前に助けられる事はないって言ってんの。お前は素直すなおに俺に守られとけ」


 優斗に守られるのは全然ぜんぜんかまわない。

 むしろうれしく思うくらいだ。


 でも、いつか恩返おんがえししたいと思っている私としてはそれにずっと甘えているわけにはいかない。

 一度でもいいから、優斗を守れるように、そんな強さを身につけたい。




 そんな日からまた半年くらいたった。

 日本の家をベースに、各地を回り続ける日々。


 いまだに神と会う事すらないが、なんとなく世界にはいろんな神がいると言う波長はちょうのようなものを感じ取れるようになってきていた。

 正確せいかくに言ってしまえば今まではなんだかよくわかっていなかったが、意識いしきするとそれは神の波動はどうだという事がわかったのだ。


 だが、優斗はあえて会おうとすることもない。

 神とは基本的に不干渉ふかんしょうなものらしい。


 それに昔と今は違うとも言っていた。

 私にはわからない神同士の何かがあるのだろう。


 そんな中、私はある一つの決意を胸にした。

 やっと言葉にすることを決めたと言うべきだろう。


 日本から遠くはなれた異国の小さな国。

 そこでいつもよりきゅうごしらえの小屋の中で、私は一人心臓が高鳴たかなっている。


 どういう反応をされるのだろう。

 いや、どんな反応をするかなんておおよそ見当はついているのだ。


 困らせるつもりなんてない。

 でも、どうにも言わないで押さえておくこともできなくなってしまったのだ。


 そう、私は優斗に告白する。

 今は返事をもらえなくとも、私と優斗は今後ずっと一緒にいるだろう。


 今は私の気持ちを知ってもらうだけでいい。

 それで一瞬気まずくなったとしても、私と優斗なら大丈夫。


 そんななぞの自信すら持ったりした。

 実際じっさいわけを重ねて自分に素直になりたいだけなんだ。


「ねぇ、優斗ゆうと


「んー?なんだー?」


 今から告白されると知らない優斗は、いつものようにこしらえた椅子いすに座って読み物にふけっていた。

 優斗がひまあましたときは何かしら読んでいる。


「私ね」


「おう」


「優斗の事が好き」


「・・・俺も大事な家族だと思ってるぞ」


「そうじゃない!一人の男として好きって言ってんの!わかってるのに茶化ちゃかさないで!」


「・・・あのなぁ、確かに今の俺の見た目はありすとさほど変わらないようにはしてるけど、俺は400歳を超えるおじいちゃんだぞ?」


「それでも優斗が好きなの。一生そばにいたい」


「・・・」


 優斗は困り顔で頭をぼりぼりかいていた。

 この反応は予想よそうずみだ。


 きっと優斗はとっくの昔に私の思いなんて気づいていたはず。

 それでも、いや、だからこそ極力きょくりょくそうならないように振舞ふるまっていたふしはあった。


 でも今私は伝えてしまった。

 これで優斗は考えざるをえない。


「ちょっと外の空気ってくる」


「・・・げた」


 いや、まあわかってたけど。

 どう話に終わりをつけようか冷静れいせいに考えるつもりなのだろう。


 私もわざわざいかける気もない。

 だって、優斗は私の元に戻らないといけないし、私も今動ける状態じょうたいではなかったからだ。


 心臓がうるさい。

 一世一代の告白だ。


 これから先、優斗以外の事を好きになる事なんてないだろう。

 なんて。


 わかっている。

 好きなんて気持ちはそう思わせるものだ。


 未来の事なんて誰にもわからないのに。

 それこそ、神様にだってわからないはずなのだ。


 それでも、今この瞬間しゅんかん、私はそう思えることができる。

 私には優斗ただ一人。




 ・・・・・・・・・




 おそい。

 半日が経過けいかした。


 優斗のやつはどこまで行ったのだろう。

 一日った。


 まだ優斗は帰ってこない。

 三日経った。


 さすがに異変いへんを感じてあたりの街などに行ってみた。

 一週間経った。


 修行しゅぎょうついでに兵装へいそうしようとしたらできなくなっていることに気づく。

 半月経った。


 神の力が消えていない事から優斗が死んだりしているわけではない事はわかっていた。

 だが、何かがあったのだ。


 もしくは私に会いずらくなってしまって遠くに行きすぎて兵装が使えなくなったのか。

 何が理由なのかはわからないが、優斗は忽然こつぜんと私の前から消えてしまった。


 一か月経った頃、私は優斗を探しに日本に旅立つことにした。

 食べ物もお金にも困ってはいなかったので、一人で生活することはできる。


 日本の家に行けばもしかしたら優斗がくつろいでいるかもしれない。

 そんなあわ期待きたいと共に私は旅立った。


 だが、当然とうぜんと言うばかりに日本の家には優斗はいない。

 逆にいたらタコなぐりだが。


 私は優斗を探す道中であるうわさを耳にした。

 それが日本に戻ってきた理由でもある。


 成神市なるかみし

 神が生まれるという成神市には、神にまつわる伝承がいくつもあるそうだ。


 最初はただの昔話くらいにしか思っていなかったが、いざ成神市についてみると私の考えは一気に変わった。

 街には神の気配けはいただよっているのだ。


 個々の神が漂わせている気配はない。

 それでもなんとなく痕跡こんせきくらいはつかむことができたけども。


「気持ちいい風・・・」


 辺りはすっかりと夜になっている。

 そんな中、私は高層こうそうビルの屋上にいた。


 ここに来たのは特に理由はない。

 なんとなく高い所の方が気配を辿たどれるかなと自分でも馬鹿ばかかと思うくらいな考えだけでやってきた。


 突如とつじょ突風とっぷうける。

 そんな事で体制たいせいくずしたりはしない。


 だが、長く黒い髪はひとしきりにあばれまわっている。

 そんな髪をかき分け、私は風から情報を得る。


 オーディンは空の神。

 眷属けんぞくである私に使える唯一ゆいいつの魔法は風魔法だ。


 といってもそこまで使い勝手のいいものでもないが。

 その風魔法の一種ともいえるのが、風から情報を得る事だ。


 はっきりとわかるわけではない。

 妄想もうそうと言われてしまえばそれまでなのだが、ざっくりとした情報は風から得ることができるのだ。


 私は風からこの街には少なからず神がいることを知った。

 きっと神に会えば優斗、オーディンの手掛てがかりもあるだろう。


「ここならきっと手掛かりがあるはず」


 そしてなによりここにはSAえすえーという物が流行はやっているらしい。

 なんでも、科学技術によって改造かいぞうされた人間がものすごい力を出したり火を出したりするらしい。


 それが一部の人が使えると言うわけでもなく、一般人にも開放されていると言うからおどろきだ。

 それゆえに犯罪はんざい喧嘩けんかも増えているそうだが、抑止よくしにもSAが使われるので、実際はそんな目立って増えていると言うわけでもないらしい。


「でもこの街なら眷属の力も多少は目立たないはずよね」


 この街で力を使って神をさそすのが私の目的だ。

 ついでに情報収集をかねて街の不良共ふりょうども一掃いっそうしてしまおう。


 SAによって調子ちょうしづいた不良共が暴れているらしいから、世直しの一環いっかんとして。

 今私には兵装へいそうが使えない。


 でも、不良共のSAに対抗たいこうするくらいならヴァルキュリアのやりたてもどきの風の槍と風の盾でどうにかなるだろう。

 万が一神との戦闘になったら・・・


「そのときはそのとき考えよう。・・・それにしても学校か」


 ここで言う不良というのは学生の事なのだ。

 SAを持ったチンピラもいるが、悪さをしている大半は不良らしい。


 おそらく力を持ったことによって自分が大きく見える者が学生には多いのだろう。

 それでふと思い出してしまったのだ。


 いつだか優斗は学校に行かせたがっていた。

 ふところからおもむろに魔石ませきを取り出してみる。


「まあひまつぶしにはなるかもしれないか・・・あの学校も気になるし」


 成神第一高校。

 あの学校には一層神の気配がいのだ。


 実際そこに神がいるとも限らない。

 だが、神が集まってくる何かがある可能性はある。


「何にしてもまずは情報収集ね。借りてる家とも距離きょりが遠いし・・・こっちで家も借りとかないと。どのみち魔石の力を借りることにはなりそう」


 さすがに身寄みよりのない高校生くらいの少女に家を貸してくれる所はそうそういないだろう。

 ならば魔石の力を借りて家を借りていた事にした方が早い。


 そのついでに高校生となって成神第一高校に潜入するのも悪くはないかもしれない。

 だが、今とりあえず私がしたい事は不良狩りだ。


 情報集めと世直し。

 それからでも遅くはあるまい。


「オーディン・・・必ず、見つけ出す」


 そして私は夜の街に身を投げたのだった・・・





 ヴァルハラ外伝 ありすとオーディン

 ―完―





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