五幕 【二人の道】



「その調子ちょうしで楽しませてね!お兄さん!」


 ニーシャはそう言い残し、やみまぎれるように消えた。

 かげを使うとは聞かされていたが、実際じっさいに見てみると相当そうとう厄介やっかいなものだ。


 ただでさえ素早すばやく見えない攻撃こうげきに、さらに気配けはいまで消してしまえるなんて。

 そんな相手に俺は一体どうやって立ち向かっていけばいいんだ。




 5章 5幕【二人の道】




 早くもあせりがでてきた俺に対し、ニーシャの方は余裕よゆうだと言わんばかりに笑いかけてくる。

 探せども探せども気配は辿たどれない。


 だが相手は確実かくじつにいるんだ。

 なら、目でっていてもしょうがない。


「ブルーランス!」


 先ほどの数本ではなく、今回は100本近くを出した。

 その軌道きどうは、俺の周囲をまんべんなく網羅もうらできるように放射状ほうしゃじょうに出している。


 これで地上に立っているなら必ず当たる。

 そしてけたならば・・・


「空中だ!」


 俺はグングニルを空中に横薙よこなぎに振り払った。

 すると予想していた通り近くにいたらしく、武器ぶきはじかれるような金属音が右前方から聞こえてきたのだ。


「うわぁ!」


 そのままニーシャが見えるようになり、少しおどろいたようにこっちを見ている。

 こんなものは相手が油断ゆだんしているからつうじる手であって戦いなんてものではない。


「ニャシシ!いいね!」


 あくまで上から目線なのがむかつくが、そんな事を言っているひまはない。

 あちらの手の内もわかった。


 こちらの手の内もさらした。

 後は純粋じゅんすいな戦いになる。


「今度はこっちから行くぞ!」


 相手のペースのままでは防戦ぼうせん必死ひっし

 なんとしてでも早期そうき決着けっちゃくをつけなければいつインドラジットがじってきてもおかしくはない。


 なんとかニーシャだけでも。

 俺は一瞬いっしゅんでニーシャとの距離きょりをつめ、ヘルメスに教わったやりでの戦闘の距離を思い出しながら高速で槍を突き出した。


 槍のあつかいはオーディンとなったこの体がおぼえている。

 人間の俺ならできなかった素早い攻撃こうげきも神となった今ならそれも可能だ。


「はああああ!」


「ニャシシシシ!」


 通常の攻撃も素早い攻撃で来られたらこの時に決着はついていただろう。

 だが、ニーシャの防御ぼうぎょは俺の攻撃を受けきるので精一杯せいいっぱいと言う感じだった。


 感づかれないためか、態度たいどには一切出さないが、おそらく早いのは移動スピードだけなんだろう。

 これならおそらく千里のりの方が速度は速い。


 一度戦った時は千里も手を抜いていたのだろう。

 それが今なら確実にわかる。


「ここだ!」


「あっ!」


 槍が防御をすり抜け、ニーシャの体をつらぬく。

 一度でも貫いてしまえば俺の勝ちだ。


 これで何とか2対1から1対1までは持ちせた。

 そう安堵あんどした瞬間しゅんかん、ニーシャの体は影のようにうすれて消えていく。


 能力は使えないはずじゃ・・・

 ちがう、これは影を使った残像ざんぞう、おとりだ!


「上だよ!」


 声と同時に上から高速で近づいてくるニーシャを気配でとらえる。

 だが、あの素早さでは槍の対応たいおうが間に合わない。


 なんとか足をらせて後方に思いっきり体をもどす。

 ニーシャのけん豪快ごうかいな音と共に地面にさった。


 間一髪かんいっぱつけた俺はそこから反撃はんげきに出ようと―


雷々らいらい


「がぁはっ!」


 世界が黄色くまる。

 剣から雷がはなたれたのだ。


 俺はその攻撃をじかけ、体がしびれてしまう。

 本来ならある程度ていどのダメージは防御魔法がふせいでくれるはずだ。


 だが、雷は防御魔法をすりけて俺の体に直撃ちょくげきした。

 なんだ、何が起こった。


「くっ・・・そ・・・なんで・・・!」


「ニャシシ!甘い、甘いよお兄さん!インドラジット様の攻撃は防御魔法なんてすり抜けちゃうんだから!」


「すり抜けるだと・・・それじゃまるで結界けっかいの時と同じじゃねぇか」


「オーディン!防御魔法は結界と同質どうしつの魔法だ!ちっ、てめえさては教えてねぇな」


 遠くから飛んでくるロキの声に対して、ロキの横で冷静れいせい状況じょうきょうを見守っているヘルメスが答えた。


もうわけない、それも今日教えるつもりだったのですよぉ」


「てめぇはいつもいつもどんくせえんだよ。ゼウスの大魔法ばっかにたよってるからそんな事になんだ」


「ロキ、貴様きさまヘルメス様に対してなんて口のきき方を―」


「いえ、おっしゃる通りです。今回の事は全面的にみとめますよぉ」


 後ろの方でぎゃーぎゃーと喧嘩けんかが始まっていた。

 なんにせよ防御魔法に頼れないのはかなりの痛手いたでだ。


 あのスピードを防御魔法で一瞬でも遅らせられるなら攻撃のすきもあっただろう。

 攻撃はかわすかグングニルの力で吸収きゅうしゅうしながら受けるしかないって事だ。


「さーて、休憩きゅうけいは終わったかな?いくよー!」


 やっと立ち上がった所に近距離からの突進とっしん攻撃こうげきが来る。

 グングニルで攻撃を吸収するには槍の先端せんたんやいばれさせるしかない。


 だめだ、この近距離では間に合わない!


「くっ!」


 槍の中腹ちゅうふくでの防御が精一杯で、俺はそのまま吹っ飛ばされ、洞窟どうくつかべ激突げきとつしてしまう。

 衝撃しょうげきが強すぎて声も出せない。


「っ・・・かっ・・・ぁ・・・」


 駄目だめだ、ここで意識いしきを飛ばしては。

 なんとか目の前の光景こうけい見据みすえると、そこにはさらにせまるニーシャの姿。


「終わりだよ!」


 その攻撃を体を無理やりに動かして躱す。


「雷々!」


「させ・・・るか!」


 にぎっていたグングニルを片手で無理やり上方じょうほうへとはらう。

 雷とグングニルのはげしい衝突しょうとつが起こるが、圧倒的あっとうてきなグングニルの力は雷から俺に力を分け与えてくれた。


「はぁぁ!」


 グングニルを両手で握り直し、そこから高速の突き。

 ニーシャもそれに何とか反応はんのうし、応戦おうせんする。


「すごいすごい!久々に楽しいよ!雷々!」


余裕よゆうこいてんじゃねぇぞ!」


 ニーシャは攻撃の隙間すきまって雷を当ててこようとするが、俺はグングニルで吸収する。

 そんな攻防こうぼうがしばらく続き、ニーシャのパターンも読めそうになっていた時だった。


「ニーシャ!」


「はい!」


 俺の攻撃をはじき、その衝撃で距離きょりを置く。

 そしてその横には今まで観戦しかしていなかったインドラジットがいつの間にかあらわれていた。


「楽しそうではないか!そろそろも入れてもらおう!」


 くそ!

 インドラジットが出てくるまでにニーシャを倒せなかった!


 もう少しだったと言うのに。

 だが、ニーシャより格上かくうえと言っても戦い方は基本的に一緒だ。


 問題なのは一人でも相手をするのが大変なのが二人に増えた点だ。

 どうにかしていっぺんに二人と戦わないようにするしかない。


 しかも、インドラジットの手には二つのけんが握られていた。

 おそらくニーシャの剣同様どうよう、雷をはなつことができるはずだ。


「ニャシシ!インドラ様が参加したら一瞬いっしゅんですよー?」


「ヒハハハ!だがあまりにも白熱はくねつしていたのでな!」


 どこまでもなめられている。

 それに腹が立ったが、同時に今なら奇襲きしゅう仕掛しかけられるとんだ。


 全身に力を入れてグングニルを片手でしっかりと握る。

 そしてそのまま二人の元に高速で距離をつめにかかった。


「ブルーランス!」


「ぬっ!」


「ニャ!」


 いた手を前方に突き出し、そこから10本の青いやりを想像する。

 昨日は背中以外だと3本くらいが限度げんどだったが、オーディンの体が俺のおもいをったかのように手からは8本のブルーランスが出た。


 それを避ける二人に向かって軌道きどう修正しゅうせいし、俺はニーシャの方にさらなる追撃ついげきをくわえにかかる。

 そしてグングニルを振り回した時―


雷鳴らいめい疾駆しっく!」


 目の前を雷が通過つうかした。

 そこにいたはずのニーシャは消え、俺のグングニルは空を切った。


「くそ!」


「ヒハハハ!なかなかいい手だったが、にはおよばなかったようだな!」


 今の一瞬、インドラジットは自分に飛んできたブルーランスを正確せいかくに避け、その上ニーシャにせまるブルーランスすらもかいくぐってニーシャをその場から持ち運んだことになる。


 速すぎる。

 ニーシャの周りを囲んでいたブルーランスにかすりもしないでニーシャを運べるほどの速さだ。


 ニーシャの素早すばやさなんて非にならない。

 完全に想像のななめを行っていた。


 こんなんじゃ勝負しょうぶになるどころの話ではない!

 どうしたらいい、考えろ、考えるんだ。


「インドラ様、ありがとうございます!」


「余にかかればたやすいもんだ!さて、では次はこちらから行くとするか!」


「了解です!インドラ様!」


 まずい!

 まずい!!!


 脳内のうない危険きけんだとアラームがる。

 この二人には勝てないと。


「雷鳴疾駆!」


 そして、次の瞬間、なんとか防御したにも関わらず、俺の体はまさに雷のような一撃を受け、そして二つの雷によって俺は猛撃されて行った・・・


 ◆◆◆


 轟音ごうおんが鳴りひびいていた。

 これは雷の音だろうか。


 かすかに聞こえるいやな笑い声。

 さらにかぼぞく聞こえる苦痛くつうのような悲鳴ひめいのようなそんな声。


 体がふわふわとちゅういている感覚から夢だとさとった。

 だが、体は重く、なまりのように動かない。


 風邪かぜなんてくらべものにならないほどに体がしんどい。

 本当にこんな苦しいのが夢なのだろうか。


 いまだに景色けしきの見えない状況じょうきょうで、聞こえてくる音は一向いっこうに変わる様子はない。

 永遠に聞こえてくるこの音と声はなんなんだろう。


 そこで初めて自分が目を開けていないことに気づく。

 目を開けるのしんどいが、ゆっくりとそのひとみを開く。


 少しかすんだが、周りが暗いおかげで逆に目はすぐにれた。

 だがチカチカと目の前を幾度いくども通り過ぎるのはまぎれもない雷のように思えた。


 そして、その雷は一人の男をおそっている。

 夢にしては変な夢だ。


 だが、なんとなく雷に襲われている男に見覚みおぼえがあった。

 あれは確か・・・


「・・・ゆう・・・ま・・・?」


 悠真ゆうまだ。

 悠真がやられている。


 違う。

 これは夢なんかじゃない。


 悠真が敵の神と戦っているんだ。

 きっと悠真は私を助けに来てくれたに違いない。


 だが、なぜ悠真だけが戦っているのだろう。

 少し顔をあげると奥にはロキ、フェンリル、ヘルメス、千里せんりが見えた。


 ヘルメスは冷静れいせいに、ロキと千里は苛立いらだっていた。

 フェンリルは精一杯せいいっぱい声をあげて応援おうえんしている。


 そこで初めて自分の状況にも気づくことができた。

 体にはへびのようなくさりが巻きつかれていて、その鎖は上の方に伸びている。


 私は宙にり上げられているんだ。

 だが、それだけで悠真に戦わせるだろうか。


 見た所悠真はボロボロだ。

 それを見逃みのがすヘルメスではあるまい。


 それともヘルメスもロキもそろって私達をはめたのだろうか。

 天界一てんかいいち武闘会ぶとうかいえさに私達を殺す算段さんだんだったのか。


(インドラ様のナーガのなわはね、どくを持ってるんだよぉー?だからあんまり動くと毒が回るから気を付けてね?)


 そうだ、確か眷属けんぞくのニーシャだかって子がそんな事を言っていた。

 その毒のせいで悠真だけが戦う状況になっているのだろうか。


 だとしたら完全なお荷物にもつじゃないか。

 想像していた最悪の結果が目の前で起こっている。


 だめ、私の為なんかにそんなボロボロにならないで。

 私はもうあきらめてしまった。


 そんな私を助ける意味なんてない。

 悠真・・・逃げて・・・


「に・・・げ・・・・・・て・・・」


 その瞬間しゅんかん、轟音が鳴り響く。

 悠真がインドラジットの一撃によって地面にたたき落とされたのだ。


「ヒハハハハ!やはりには手も足も出ないか!」


「やい!インドなんとか!二人でよってたかってんだから当たり前だろ!俺達も戦いに入れろ!そしたらお前なんかぎったんぎったんのばったんばったんなんだからな!」


「ヒハハハ!確かに余の見込みこみ違いだったかもしれんなぁ!ゼウスも目をかけているなら相当な強者つわものむねおどったのだが。むしろこんなオーディンに目をかけるくらいならゼウスは余の事をもっと評価ひょうかするべきであろう」


 フェンリルの一言にインドラジットは攻撃こうげき中断ちゅうだんするが、悠真にはもう反撃はんげきする力もないように見えた。

 それほどに悠真はボロボロなのだ。


「・・・ありす・・・起きたのか」


 気配けはいを感じ取ったのか私の方を向く悠真。

 そのには諦めはまだ写っていなかった。


「だめ・・・に・・・げて・・・」


げねぇよ。ありすを助けて皆でまた特訓とっくんしなきゃなんねぇからな」


「ニャシシ!オーディンの眷属が起きたみたいですねぇ!」


「感動の対面ではないか!」


 腕を広げてよろこぶインドラジット。

 この状況じょうきょうを作った本人なのに何がそんなに嬉しいのか。


「ゆうま・・・こいつは危険・・・だか・・・ら・・・私の事は・・・いいから」


「何言ってんだ。俺はあおにお前をたくされたんだよ。蒼がいなくなったのに、あいつの残していったお前まで俺は失いたくねぇ」


 悠真はふらふらと立ち上がり、グングニルを両手で力強くにぎりなおした。

 なんでそんなに・・・


 私がんだのに。

 なんでそこまで・・・


優斗ゆうと・・・悠真を助けてよ・・・ゆう・・・と・・・」


 私の頭の中にふと優斗の記憶きおくよみがえってくる。

 戦争せんそうがあった。


 小さな紛争ふんそうだったかもしれない。

 それでも私の村はき、私以外の人は見当たらなかった。


(お前・・・もしかして一人か)


 そんな中に優斗があらわれたんだ。

 私の世話をしてくれて、神だとかし、私を眷属けんぞくにしてからは何度も戦った。


 神様と戦う事はあまりなかったけど、旅をしながら悪いやつらをかたぱしから倒していったんだ。

 私の事をマフィアから助けてくれたこともあった。


無茶むちゃするんじゃねぇよ。いつか俺の事守ってくれるんだろ?こんな所でたおれてちゃ、先が思いやられるぜ?)


 何度も助けてくれた。

 優斗の言葉に何度もはげまされた。


(お前が助けたいと思うやつがいたら、全力で助けてやれ。俺がお前に守られるには100年・・・いや、400年くらい早い)


 そんな事も言われたっけ・・・

 でも優斗・・・私には人を守る事なんてできなかった。


 助けてもらうばかりで、私なんて力になれない・・・

 だからせめて悠真を助けてあげて。


人頼ひとだのみか。俺はお前をそんな弱く育てた覚えはないんだけどな)


 今までの思い出の声ではない、はっきりとした優斗の声が聞こえてきた。

 やっぱり優斗は生きてたんだ!


残念ざんねんだがな、ありす。俺は死んだよ。もうお前に会う事は一生ない。お前にわかれを言おうかまよったんだが・・・絶対ぜったいごねると思ってな。だから最後に魔法まほうだけ残しておいた)


 魔法・・・?

 じゃあ優斗は・・・


(あぁ。俺は死んだ。奇跡きせきが起きないほどにな)


 じゃあ・・・今聞こえてるのは幻聴げんちょうなの?

 私が作り出した妄想もうそうの・・・


(ちゃんと話を聞けよ。魔法を残したって言っただろう?まあ俺の死を知って強く生きてくれるなら俺はこうやって現れることはなかったんだけどな。予想よそうどおりと言うか・・・ありすは弱いからよ)


 そんなこと・・・ある・・・けど。


(俺はもういない。だからこのピンチはお前ら二人でだっするんだ)


 でも、私はつかまってて、どうにもできないし・・・


(それでもなんとかするんだよ。お前は確かに弱いやつだが、すぐ諦めるようなやつでもないだろ?)


 それは優斗がいたから!


悠真ゆうまは守りたくないのか?)


 守り・・・たい・・・だから私の事なんて―


(ばーか。お前は誰の眷属だよ。俺と、悠真の眷属、オーディンの眷属だろ?悠真がピンチならお前が助けてやれよ)


 だって・・・どやって助ければ・・・


(オーディンはやろうと思えば何でもできる。ありす、お前だってその気になればいつでも力になれるんだぜ?して、お前は悠真を助けたいか?)


 ・・・助けたい。


(じゃあ頑張がんばれ。お前が諦めたら悠真がむくわれねぇぜ。じゃあそろそろ死人はだまるとするか。死人に口なしって言うからな)


 ねぇ・・・また会える?


(・・・すまんな。俺がお前に残したのはこれ一回きりだ。だからこれが正真しょうしん正銘しょうめい、最後の別れだよ)


 ・・・そっか。


(まあ落ち込むな。俺はお前らの心の中で生きてるんだぜ!)


 ばか・・・。

 ねぇ優斗。


(なんだ?)


 ・・・今までありがと。

 好きだったよ。


(・・・あぁ。俺よりいいやつ好きになって幸せになれよ)


「・・・優斗ゆうと


 私の意識いしき戦場せんじょうとなっている洞窟どうくつもどされていた。

 自分が作り出した都合つごうのいい夢だったのかもしれない。


 でも、きっと優斗ならできると思う。

 だから今のは本物の優斗がくれた最後のプレゼントなんだ。


「私に・・・できること・・・」


 何を考えたって思いつきはしない。

 神になってしまった悠真とは違って、私は人間だ。


 いくらオーディンの眷属と言っても本当に何でもできるとは思えない。

 ただ一つ私にできること。


 こんな私にもできる事。

 それは、諦めない事!


「悠真っ・・・勝って!」


 今出る精一杯の声でさけんだ。

 体は重いし声を出せばさらに具合が悪くなっていくのも感じる。


 それでも、私は諦めない。

 悠真の気持ちに、優斗の気持ちにこたえるためにも。


 私と悠真は、諦めちゃだめなんだ!


「まかせろよ」


 声が聞こえた気がした。

 私と悠真の距離きょりはなれていて、小さな声など聞こえるはずもないのに。


 だが、悠真の表情はかすかに笑っていた。

 ボロボロになりながらも諦めない。


 そんな表情だった。

 悠真、頑張って・・・。


「うおおおおおお!」


「ヒハハハハ!無駄むだだ無駄だ!余の前には何人なんぴとたりともひれすのが道理どうりなのだ!」


「ニャシシ!雷々らいらい!」 


 インドラジットと、ニーシャの攻撃こうげきをさばき、さっきよりも格段かくだんに強くなった気がする。

 それはきっと決意けついなんだ。


 私が諦めない事によって強まった決意。

 悠真は負けない。


 だって、優斗に続くオーディンなんだから!


「な、なんだこれ」


「ほう、まだそんなおくの手をかくしておったのか」


 突如とつじょ悠真の体が光り始めていた。

 私の中で思い出されるのは半神化はんしんかの時の光だ。


 だが、今回の光はなんだかあたたかい。

 それに光の中になぜか優斗を感じることができる。


「あれは・・・まさか、絆力はんりょくか!」


「ロキ、なにその絆力って」


「神と眷属の間にむすばれる絆の力だ。だが、いくら信頼しんらいし合っている神と眷属でもそう簡単に得られる力じゃねぇ」


「へぇ、絆力ねぇ。なんか蒼とありすの力を感じる。これなら負ける気がしないな」


 ロキの説明せつめい納得なっとくしたのか、悠真はインドラジットにやりけていた。

 そして悠真の光で気づくのがおくれたが、私の体も微弱びじゃくながら光っている。


あお、ありす。ちょっと力借りるぜ。絆力はんりょく解放かいほう!」


 新しい力の使い方をわかっているようにさけぶと、悠真の体は一瞬強く光った。

 そして、悠真の体は青白い光につつまれ、一本の槍だったグングニルが、半分のサイズになり、二本に増えていたのだ。


「ヒハハハ!絆力を解放した所で槍が二本増えただけとはな!」


「小さい槍が二本なんて使い勝手悪そうですね、ニャシシシ」


「悠真!」


心配しんぱいすんな。俺とありす、そして蒼のきずなの力だ。負けねぇさ!いくぞ!」


 一瞬いっしゅん距離きょりめにかかる悠真。

 速度はあまり変わっていないように思えた。


「ブルーランス!」


 悠真は手から10本の青い槍をだす。

 その行動を知っているかのようにインドラジットとニーシャはけて行く。


「同じ手段しゅだんはもう通じないよ!」


 ブルーランスによってはなれ離れになる二人。

 だが、一度使ったことのある手なのか、悠々ゆうゆうけてしまう。


「いけ!グングニル!」


 悠真によって投げられた一本のグングニルがニーシャをおそった。

 だが、ニーシャは余裕よゆうをもってグングニルをはじこうとする。


「そんな攻撃意味ない!・・・ニャ・・・?」


 だが、ニーシャは弾くとふんでいたグングニルを弾けず、グングニルは深々ふかぶかとニーシャの体にさったのだった。

 そのままグングニルのいきおいに流されてニーシャは洞窟どうくつかべにグングニルと一緒にさる結末けつまつとなる。


「ニーシャ!」


 これにはインドラジットもおどろいたようで、ニーシャの元に目にも止まらない速度そくどると、ニーシャの体からグングニルを引き抜いた。


「インドラ様・・・すみません」


「大丈夫だ。後は余がなんとかしよう」


 インドラジットはニーシャを地面に寝ころばせると、悠真の方をく。

 振り向く前、悠真には見えなかっただろうが、インドラジットの顔はいかりとくやしさにねじがった顔をしていた。


「ヒハハ!やるではないか。だが、少しの運で余の眷属けんぞくを打ち倒せたのだろうが、余には運などは通じぬぞ」


「さて、それはどうかな」


 違う。

 あれは運なんかじゃない、実力だ。


 グングニルを投げた後、悠真は風力ふうりきを使ったんだ。

 グングニルを風の力でさらに早くし、ニーシャの手すらも風の力で軌道きどうを変えたのだろう。


 まった習得しゅうとくできなかった風力を、土壇場どたんばの力か、絆力の力かわからないが、自分のものにして見せたんだ。

 それをわかっていないインドラジットなら、勝機しょうきはあるかもしれない。


「ヒハハハ!次はこちらからだ!」


もどれ、グングニル!」


 インドラジットと共にグングニルが動き出す。

 だが、わずかにインドラジットの方が早く、悠真はそれをもう一本の槍で防ぐことになる。


 インドラジットの剣は二本。

 ニーシャは一本だけだったが、二本となると追撃ついげきの速度も速い事になる。


 悠真はそれをわかっていたようで、なんとか攻撃をしのぐと、戻ってきたもう一本のグングニルを手にし、防御ぼうぎょから反撃はんげきに出た。


「むむ、やるではないか。ならこれでどうだ!」


「またかげか」


 はげしい攻防こうぼうの中、急にインドラジットが消える。

 悠真ゆうまは攻撃を空振からぶり、すぐさまインドラジットの気配けはいを探していた。


雷鳴らいめい疾駆しっく


「なっ!」


 消えたはずのインドラは悠真の前から急に雷として現れた。

 さすがに対処たいしょできずに、悠真はそのまま洞窟どうくつの壁にぶつかる事となる。


 悠真は二本の槍でインドラジットの剣をふせいでいるのが見えた。


「ブルーランス!」


「雷鳴疾駆!」


 悠真がさけぶのと同時にインドラジットも雷となってその場を離脱りだつする。

 五本のブルーランスをたくみにあやつり、悠真はインドラジットに攻撃を仕掛しかけた。


 だがインドラジットはそれすらもけ、上空から本物の雷のように落ちてくる。

 さすがに動きが早すぎて悠真は防御するのが精一杯という所だろう。


状況じょうきょう五分ごぶと言った所ですねぇ」


 冷静れいせいに状況を見据みすえるヘルメス達。

 だが、そんな事は私には関係がない。


 勝つのは悠真。

 悠真を信じる。


「悠真!頑張って!」


 自分の体にどくが回っていく感覚がわかる。

 だが、そんなもの知るか。


 今は少しでも悠真に力をあたえなければ。

 叫びと共に悠真に力が行くようにねんめる。


 すると悠真の体の青白あおじろい光が強まった気がした。

 悠真はインドラジットの攻撃をはじき、こちらを見てきた。


 何も言わずともわかる。

 心配するなと言っているんだろう。


「インドラジット!そろそろ決着をつけようか!」 


「ヒハハハ!言ってくれるではないか!ならこれでしまいにしてくれる!」


 そう言うと、インドラジットは右手を天にかかげた。

 そして右手に持った剣が雷をまといはじめる。


したがうがいい。数多あまたかみなりたちよ!雷鳴らいめいひび天高てんたか者達ものたちよ!」


 この洞窟はかなり広めだ。

 おそらく結界けっかいって広さをかさ増しているのだろう。


 そんな洞窟の天井に、いくつもの黄色い魔方陣まほうじんが現れた。

 おおよそに攻撃の手段がわかるが、おそらくインドラジットは防御魔法を無視してくる。


 結界をすり抜け、眷属けんぞくのニーシャでさえ私に攻撃してきたときは防御できなかったくらいだ。

 それを伝えようにもかなり毒が回っていてさっきほどの声がだせない。


 もしかしたらロキやヘルメスが伝えてくれているのを信じるしかないが、それだとしても悠真にこの魔法を何とかする方法があるのだろうか。

 いや、信じると決めたんだ。


 ここでもし私がうたがってしまえば悠真の力が下がってしまうかもしれない。

 悠真・・・お願い。


雷々らいらい矢々しし!」


 インドラジットが叫ぶと同時、魔法陣からは大量の雷の矢がってきた。

 その数は千はくだらないように見える。


 だが、悠真をねらってと言うよりは、広範囲に攻撃するための魔法なのだろう。

 全ての軌道きどう直線ちょくせんだ。


「ブルーランス!」


 悠真はそれに呼応こおうするように空中にいるインドラジットめがけて飛んでいく。

 背中から数百と言うおびただしいブルーランスをちながら。


 その光景こうけい一瞬いっしゅんだったにしろ、完全に銃撃戦じゅうげきせんと化していた。

 かってくる雷の矢を、ブルーランスで器用きように撃ち、悠真自身も弾丸だんがんのように一直線にインドラジットに向かっていく。


「いけ!グングニル!」


 近くなってきた所で悠真はグングニルを投げた。

 だが、インドラジットは当たり前のように魔法を中断し、少しの距離を動いてかわす。


はじくのが危険ならければいいだけの話しよ!」


 さすがにインドラジットもただ単にニーシャが運悪くグングニルを弾けなかったわけではないことに気が付いていたのだろう。

 だが避けていても勝敗しょうはいは変わらなかった。


「それでいいんだ」


「なにをっうおおおおお!」


 グングニルを避けたインドラジットには雷の矢を避けながら進むブルーランスの存在そんざいは気が付かなかったのだろう。

 インドラジットの背中には何十本ものブルーランスが直撃していた。


「くっ!だがこれしき!」


おそい!」


 勝敗は決した。

 風力ふうりきでさらに加速した悠真ゆうま一撃いちげきを、インドラジットは避けることができなかったようだ。


 それもそのはず。

 ブルーランスが数十本当たった状態しょうたいでいきなり動こうとしても体の自由がかなかったのだろう。


「よもや速さでが負けるとはな」


「お前らが油断ゆだんしてなかったら負けてたよ。薬はもらっていくぞ」


「好きにするが良い」


 悠真は、グングニルをしたままインドラジットの腰から小瓶こびんをもぎ取ると、いきおいよくグングニルをいた。

 落ちていくインドラジットをよそ目に、私の元に飛んでくる。


「遅くなった」


「ううん。ごめん・・・いや、ありがとうよね」


 私の体を片手で支えると、持っていたグングニルでへびのようなくさりいた。

 すると鎖ははじけるように霧散むさんしていったのだ。


「おっと」


「重いとか言ったら・・・承知しょうちしないんだから」


「んな事言ってないでこれ飲んどけ」


 ゆっくりと降下こうかしながら薬を飲ませてくれる。

 下にはロキやヘルメスたちが集まってきていた。


「ありすさん、大丈夫ですか?このたびは私のいたらなさで迷惑めいわくをかけましたねぇ。もうわけないの一言にきます」


「ううん。私がもっとちゃんとしてればここまでひどい事にもなってなかったと思うから」


「その通りよ。ヘルメス様があやまる事ではないですよ」


「はっ!確かにオーディンの眷属けんぞく無能むのうだが、貴様きさまらも無能なんだ。いい加減かげんみとめやがれ」


「なんだと!貴様、今すぐ決着をつけてやる。ヘルメス様、戦闘せんとう許可きょかを」


「なりませんよ、千里せんり。どうしてもというなら天界一武闘会で決着をつけなさい」


 みらみ合うロキと千里。

 こんな会話を聞けるのも悠真ゆうまが助けてくれたからだ。


「体はどうだ?」


「・・・うん。薬いてるみたい。もうちょっとしたら立てるようになりそうよ」


「そっか」


「・・・悠真、本当にありがとうね」


「別に・・・ありすは俺の眷属だしな」


 顔をそむける悠真に、なんとなく私もれてしまって顔を背けてしまう。

 悠真にはずかしい姿ばかり見せている気がするので、自分の不甲斐ふがいなさもあったが、今のはなんとなく違う気がした。


「では、不届ふとどき物のインドラジットをもう少しらしめておきますか・・・と、インドラジットはどこいきましたかねぇ」


はここぞ、ゼウスの右腕よ」


 落ちた所ではなく、いつの間にか眷属であるニーシャの元にいたインドラジットは、動くのもつらそうな顔でニーシャに肩を回していた。

 グングニルを直接ちょくせつされたと言うのにまだ動けるとはなかなかしぶといやつだ。


「ヒハハ。今回の勝ちはゆずってやるとしよう。だが、天界一武闘会で当たった時には勝たせてもらうぞ。ヒハハ!」


 その言葉を言った直後、インドラジットは自分のかげにニーシャを連れて消えて行ってしまった。

 いまだに能力を使える所を見ると、油断していなければ確実に勝てなかったであろう相手だと今更いまさらながらに感じる。


「負け犬の遠吠とおぼえだな」


「それをお前が言うか」


「俺様は本調子ではないからな。だが、天界一武闘会では貴様らに負けんぞ」


「ほら、インドラジットと言ってること同じじゃないか」


 悠真に言われてもなおドヤ顔なロキも相当そうとうの精神力だと思う。


「そんなことより、なぜ貴様ら絆力はんりょくを使える」


「んー、よくわかんないけど、なんとなくあおの力を感じたのは確かだな」


「私も。きっと優斗ゆうとが私達をつなげてくれたのよ」


 やっと立ち上がれるくらいに回復した私は、立ち上がりながらそんな事を言ったが、もしかしたらと考えるところもあった。

 優斗と会話したのは私だけだから皆に言ってもしょうがない事。


 でも、きっと優斗の最後のプレゼントは私をはげましてくれただけじゃない。

 そう、信じたいだけかもしれないけど。


「んな簡単なものじゃないんだがな」


「ねぇロキ、俺達も絆力だかってやつやろうぜ!」


「フェンリル、聞いてなかったのか?だからそんな簡単なもんじゃ―」


「ほら、修行しゅぎょうしなきゃ!」


 フェンリルはロキの手をつかむとそのまま一目散いちもくさん洞窟どうくつを出て行った。

 あまりの速さに空中でちゅうぶらりんとなったロキの不服ふふくそうな顔が面白かったのはだまっておこう。


「では私達も行くとしますかねぇ。今日の修業はとりあえず休みと行きましょう」


「ううん。おくれた分は取り戻す。今から修業するわよ」


「そうだな。俺も賛成さんせいだ」


「あなた達、そんなボロボロの体でよく言えるわね」


「戦いで使えたわざをちゃんとものにしたいんだ」


 あきれる千里せんり

 ヘルメスにかんしてはこちらを微笑ほほえましく見ているかぎりだったけど。


「はぁ・・・じゃあ私が稽古けいこしてあげるわ。その代り、こてんぱんにするわよ」


のぞむところだ」


「よろしく」


 そして私達は洞窟を出た。

 かなりの強敵きょうてきだったインドラジット。


 今回勝てたのはまぐれかもしれない。

 そして私も悠真ゆうまを守れるように強くならないといけないんだ。


 私達の道ははじまったばかりなのだから・・・




 五章 【完結】







 ・・・・・・・・・







 ◆◆◆




 その後、俺とありすは千里せんりに言葉通りこてんぱんにされた。

 そして戦いの最中さなかに使えた風力ふうりきも使えなくなっていて、ブルーランスも背中以外は3本くらいが限度げんどだった。


 ちなみに絆力はんりょくかんしても使えない状態じょうたいもどっている。

 本当にあおが力をしてくれていたのかもしれない。


 でもすぐにものにしてみせる。

 蒼、俺達の事はもう大丈夫だ。


 だからやすらかにねむれよ・・・




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