四幕 【余興】




 5章 4幕【余興】




「インドラ様がおどすからだまっちゃったじゃないですかぁー」


「ヒハハハハ!それはニーシャもだろう!」


「あれぇー?そうでしたっけー?」


 目の前で高らかに笑って見せる二人。

 すぐに危害きがいくわえてくる気はなさそうだ。


 だが、いつまでこの状況じょうきょうがもつかはわからない。

 少しでも時間かせぎしてどうにか異変いへんに気づいてもらえれば・・・


「・・・あなた達はだれなの」


「お!しゃべれるではないか!余の神格しんかくおそれおののいて言葉をうしなってしまったかと思ったぞ!」


「これはこれは挨拶あいさつが遅れまして。こちらにおられます方はインド神のインドラジット様。そして私はインドラジット様の忠実ちゅうじつなる眷属けんぞく、ニーシャでございます。以後いごお見知りおきを」


 ニーシャとかたる少女は足をクロスにさせ、スカートのわりと言わんばかりに自分のズボンを少しつまみ上げてひざを軽くおる。

 カーテシーというメイドがやるような挨拶だろう。


 その服でやるのは無理がある気はするが。

 そんな事を考えている場合ではない。


「どうやってここに入ってきたの」


 私の質問を疑問ぎもんに思ったのか首をかたむける二人。

 結界けっかいの事など何も知らなかったかのようだ。


 だとしたらこの二人はヘルメスより結界にかんして強い力がある事になる。

 もしくはヘルメス自身じしんに何かがあったかだ。


「・・・おー、あのうすっぺらい結界の事か。あんなものは余にかかれば紙切れ同然どうぜんじゃからなぁ」


「ニャシシ、インドラ様は天才ですからねぇ」


 私の心を読んだか。

 これはかなり危険きけんな相手だ。


 ここはひとまず兵装へいそうして悠真ゆうまに気づいてもらうのが一番手っ取り早いかもしれない。

 予想よそうではあるけど、あおが私に気づいたのと同様どうように兵装すれば悠真はきっと何か異変があったと気づくだろう。


「兵装!」


 瞬時しゅんじ軽装けいそうよろいが身にまとわれ、手には悠真とはちがうヴァルハラのやりかみは昔の長い髪、そして金髪に早変わりする。

 これで悠真には伝わったはずだ。


「ヒハハ!威勢いせいが良くて結構けっこう!だがしかし、この場にお主の仲間はあらわれんぞ!」


「何を根拠こんきょに」


「気づかないのも無理はないが、ここはすでに結界内だ。外にお主の兵装の気配けはいれることは一切ない!」


 今の言葉が本当ならこれは相当そうとうなピンチだ。

 ただでさえ二体一な上に今の私ではまともにたたかう事も出来ないだろう。


「・・・ただでつかまる気はないわ」


「そうこなくてはな!ニーシャ、相手してやるのだ!」


了解りょうかいですインドラ様!」


 すでに兵装へいそう状態じょうたいなのか、手にはみじかけんのような物を一本だけ持っていた。

 持ち手が特徴的とくちょうてきな形をしている。


 剣で言うつばとなる部分が剣の方向に向かって爪のようなものが何本か生えている。

 おそらくインドに伝わるヴァジュラという武器ぶきに剣としての役割やくわりを持たせた武器と言った所だろう。


先手せんて必勝ひっしょう!」


 先に攻撃こうげき仕掛しかけたのは私だ。

 インドラジットはかみなり魔法まほうが得意な神だと聞いたことがあった。


 という事は素早い攻撃を仕掛けてくるだろう。

 ロキの眷属のフェンリルのような速さを持っているとしたら防御ぼうぎょてっしていても結果は見えている。


 勝機しょうきはいかにこちらのペースに引き込むかだ。

 だが、と言うよりはほぼ予想よそう通り、私の攻撃はかわされてしまう。


 そこから防御の姿勢しせいをとるが、まず第一に気配けはい辿たどれない。

 早さなら私も多少は自身がある。


 攻撃の速度で劣っても防御するだけなら後れをとらないはず。

 そしてその考えはあっさりとくつがえされるのだった。


「ニャシシ、おそいねぇーお姉さん」


 いつの間にか背後をとられていることに恐怖きょうふし、すかさず槍を振り払うが、そこにニーシャの姿はすでにない。


「一つだけいいこと教えてあげるよ」


 横から後ろから、一切攻撃を仕掛けてくる様子はなく、完全に遊ばれていた。

 ニーシャには雑談ざつだんをする余裕よゆうすらあると来た。


「インドラ様は雷だけじゃなくてかげも使えるんだよー。つまり、こんな夜更よふけならあなたに勝ち目は万に一もないってわけ!ニャシシ!」


 暗闇くらやみであまり気にしていなかったが、ニーシャの肌は褐色かっしょくだ。

 つまりただでさえこの暗闇では見えづらい。


 だが、髪は綺麗きれいな金髪、そして私と同じような長い髪をしている。

 この暗闇でも姿を追う事はできると思っていた。


 だが、今ニーシャは影を使うと言ったのだ。

 ただでさえ素早く、見えづらい状況で闇の中にかくれることができるという事は本当に万に一も勝ち目はない。


「くっそ!」


 ほぼやけくそ気味ぎみになって槍を振り回す。

 その光景こうけいはもはや戦いとは言えなかった。


「ふむ。さすがに余の眷属けんぞくには勝てないか。ニーシャ、とどめをさしてしまえ」


 くそ!くそ!くそ!!!!

 何もできないで終わるのか。


 ただでさえ足手まといなのにさらに足を引っ張るのか!

 そんなの私がゆるせない!


「はぁ!」


 気合の一撃いちげきむなしく、私の攻撃は見事に空を切った。

 背後にニーシャの気配を感じるも、私の体はすでに動けなかった。


「ニャシシ、これあんまいたくないっしょ?」


 私の右肩からは剣の切っ先が見事に生えてしまっている。

 されているのだ。


 だが、刺されているならむしろ好都合こうつごうだ。

 げることはできないのだから。


「こ・・・の!」


 槍を後方のニーシャに当てようとした瞬間しゅんかん、私の体はさらなる苦痛くつういられる。


雷々らいらい


「あ・・・がぁ・・・」


 体に電気がほとばしり、体から力が抜けていく。

 同時に刺さっていた剣も引き抜かれ、悠々ゆうゆうとインドラの元に戻っていくニーシャの姿が見えた。


呆気あっけなかったですねぇ」


「そうさなぁ・・・まあ余の力を100%発揮はっきできるこの状況下じょうきょうかならしょうがあるまい」


 何もできなかった。

 相手のフィールドだと言っても本来ほんらいの神としての力はオーディンの方が上のはずだ。


 ならばここまでなさけない戦いになったのは私のせいだろう。

 ほんと情けない。


「さて、では余興よきょう準備じゅんびでもするかのぉ!」


「そうですね、インドラ様!」


 どこまでも楽しそうに。

 こんなやつらに負けるなんて・・・


顕現けんげんせよ!ナーガのなわ!」 


 インドラの手には神器じんきと思われるへびのような縄が瞬時しゅんじに現れる。

 縄は勝手かってに私の体にきついていった。


「インドラ様のナーガの縄はね、どくを持ってるんだよぉー?だからあんまり動くと毒が回るから気を付けてね?・・・まぁそんな状態じゃ動く気力もないか!ニャシシ!」


 うすれゆく意識いしきの中、私は縄によってかされて運ばれて行った。

 その間も二人は楽しそうに談笑だんしょうしている。


 このてきは危険だ。

 ロキとヘルメスでも場合によっては負ける可能性もある。


「・・・ゆう・・ま・・・にげて・・・」


 私の意識はそこで完全に途切とぎれた。

 助けではなくげるようにいのったのは言うまでもない。


 こんな足手まといな私を助けるくらいなら私を見捨みすてて悠真ゆうまには生きてほしかった。

 だって、そもそも巻き込んだのは私達。


 ここではかなく人生を終え、悠真には悠真の人生を送ってほしい。

 そしてかなうなら優斗ゆうとの元に・・・




 ◆◆◆




 朝はわり目覚めざめが悪い方だ。

 だが、二度寝などはあまりしない。


 ずっと寝ている事の方が多いのだ。

 だが、今日は昨日のつかれも残っているはずなのに早く起きたと思う。


 これも神として体が馴染なじんできている証拠しょうこなのかもしれない。

 そんな事を思いながらベッドからゆっくりと足を下した。


「・・・なんだあれ」


 俺が起きて一番最初に目についたのはつくえの上にあった一通の手紙だ。

 昨日ロキが来た時に置いていったのかもしれない。


 そう思ってベットから机に、のそのそと歩いて手紙を確認すると、そこには【オーディン様】と書かれていた。

 ロキが俺あてに置いていったとしてもロキの性格上、俺に様なんてつけないだろう。


 だとするとこれはヘルメスからだろうか。

 それも何か違う気がする。


 とりあえず俺宛ならば何もまようことなく開けることができる。

 そう思って手紙の中を確認するや、俺の頭の中から一気に眠気ねむけめたのだった。


拝啓はいけい、オーディン様。あなたの眷属けんぞく、ありす様をこちらでおあずかりしています。つきましては別途べっとの地図参照さんしょうの上、一人でありす様をすくって見せてくださいませ。同行人どうこうにんかんしては、一切手出し無用むようほどよろしくおねがいいたします。万が一、手出しするようなことがあれば、神器じんきによってありす様の命は保障ほしょうされないものといたします。・・・インドラジット、ならびに眷属のニーシャより・・・」


 なんだこれは。

 つまりありすは誘拐ゆうかいされたのか?


 これもヘルメスが用意した合宿の一つなのか?

 頭がいつかない。


 だが、普通に考えればこれはたしじょうのようなものだ。

 冗談じょうだんにしてはきつすぎる冗談だ。


桂木かつらぎ悠真ゆうま!いるか!」


 そこでタイミングよく千里せんりの声が外で聞こえてくる。

 俺はいそいでとびらを開けると千里は中の様子ようすを確認するためか俺を押しのけて入ってくる。


「やっぱり。桂木悠真、よく聞け、姫野川ひめのがわありすが―」


「さらわれたんだろ」


 千里が言うより先に俺は内容を答えた。

 そして千里に手に持っていた手紙をわたす。


「ちっ。ヘルメス様の管理下かんりかでこんな暴挙ぼうきょを!」


 千里は相当そうとう苛立いらだっている。

 ありすをさらわれた事よりも自分たちがいる状態じょうたいでさらわれた事が気に食わないようだったが。


「オーディン、話しは聞いてるな」


 新しく入ってきたのはロキだ。

 後ろから眷属のフェンリルも入ってくる。


「今ヘルメスが位置の目星めぼしをつけた所だ。うでだめしがてらころしてやろうじゃねぇか」


「だめだ。お前らが手を出したらありすは死ぬ」


「あ?何言ってんだ貴様きさまは。そんなもの殺される前に殺せば・・・なんだこれ」


 千里はロキに手紙を渡すと外に出て行った。

 おそらくヘルメスに状況を知らせる気なのだろう。


「はっ!俺達にびびってんのか。つまんねぇ野郎やろうだ」


「ロキ、俺がばばっとありすちん救出きゅうしゅつしてくるからその間に皆で一斉いっせい攻撃こうげきするってのはどうだ?」


「いや、フェンリル、お前のはやさでもインドラジットは出し抜けねぇ。こいつは暗い所だと暗さにまぎれて動くこともできる。それにおそらくだが、インドラジットをオーディンがたおすって手段しゅだんまないと即死そくしするような魔法まほうを使ってるはずだ」


 アイデアもむなしく、一気にしょんぼりしてしまうフェンリル。

 フェンリルの速さでも手におえないなら俺なんて攻撃をかする事もできないかもしれない。


「オーディン、貴様に戦う覚悟かくごはあるか」


「当たり前だ」


「まあ神同士の戦いで死ぬことはほぼないが、今の貴様の状態は安定しているとはいいずらい。万が一って事もありえる。その覚悟はあるんだな」


あおたくされてんだ。俺はありすを死ぬ気で守る」


「ひゅー!かっこいい!ロキも俺がとらえられたら助けに来てくれる?」


「お前はだまってろフェンリル。そもそも俺様の眷属なら簡単にとらえられるのが間違いなんだよ」


「えー、こっちは女の子なんだよー?ヨルムンガンドの時は男だったかもしれなけど、俺は可弱かよわい女の子なんだから助けに来てくれてもいいじゃんか―」


「女なら女らしい口調くちょうしゃべるんだな」


「ちぇっ」


 いまいち危機感ききかんにかける。

 なんにせよ状況は最悪といっていい。


 ヘルメスとロキ達の助力じょりょくられない状況。

 俺はまだブルーランスも風力ふうりきもまともに使えないんだ。


「悠真君、話は千里から聞きました。私の方でも敵の位置は把握はあくしましたが、そちらの地図にインドラジットがいるのは間違まちがいないでしょう」


 ヘルメスと千里もそろい、ありす以外の全員が俺の小屋に集結しゅうけつした。

 そこで俺は最後の希望きぼうと言わんばかりにこの言葉を口にする。


「ヘルメス。これはたちの悪い冗談とかじゃねぇんだな」


「えぇ。残念ざんねんながらと言うか、こういう事は天界一てんかいいち武闘会ぶとうかいの前には度々たびたび起こる問題ですねぇ。どこからか参加者の情報じょうほうを聞きつけて腕試うでだめしがてらに戦いをいどむ。天界としては神々に今の平和な世の中にれさせないための予防よぼうとしてこの大会を開いている以上、大会期間中、大会事にかんするあらそい事を禁止きんししていません」


「じゃあなんでそれを早く言わなかった。そしたら対策たいさくも―」


「桂木悠真、口をつつしみなさい。ヘルメス様がなにも対策をらずに教えないでいたと本気で思っているの」


「千里、おやめなさい。今回は完全にこちらがわのミスです。もちろんこの合宿が終わった時にお話はするつもりではいたんですよぉ。それにくわえて警護けいごもするつもりでしたがねぇ・・・今もかなり強力な結界けっかいをこの島にはかけてあります。ですが、相手が悪かった、と言い訳するしかない次第しだいです」


「って事はインドラジットって神はヘルメスより強いって事か」


単純たんじゅんにそういうわけでもないのですが・・・そうですねぇ、説明せつめいするとしたら、現状げんじょう私はゼウスからあたえられているケーリュケイオンという神器じんきの使用をにとめられていません。ケーリュケイオンはゼウスの許可きょかの元で大魔法を詠唱えいしょう無しで発動させられると言う神器なのですがねぇ、それがない以上、私本来の力で結界をくまないといけないわけなのですょ。それでも強力な結界を張ってはいるのですが・・・インドラジットはゼウスきゅうの結界以外はいとも簡単にすり抜ける、いわば結界のほぼ通用しない相手なのですねぇ」


「・・・状況はわかった。つまりどうあがいても俺がインドラジットと戦うのはけられなかったって事だろ。ならやる事は一つだ」


 俺はインドラジットがよこした手紙に目を向ける。

 ありすを人質ひとじちにしてまで俺と戦いたいって言うなら受けて立つ。


 インドラジットをぶっ殺してでもありすを救って見せる。

 俺のいかりは頂点ちょうてんまでたっしていた。


「インドラジットをぶっとばすぞ」




 インドラジットが決戦の場にえらんだのは島の北側にある岩礁がんしょう地帯ちたい、そのおく洞窟どうくつだった。

 俺達がいたのはどうやら南側らしかったが、そこまでおおきな島でもないので移動いどうはすぐにすんだ。


 移動の際中さいちゅう、ヘルメスがインドラジットの情報を提供ていきょうしてくれた。

 かみなりかげを使って素早く見えない攻撃を仕掛しかけてくる奴らしい。


 本来であれば今の俺の実力では勝機しょうきはないが、相手はこちらに油断ゆだんしてくれているはずだ。

 そのすきねらってグングニルを当てるのが唯一ゆいいつの勝機だろうと。


「オーディン、怒りに身を任せるのはいいが、相手は相当な実力者だ。一旦いったん冷静れいせになれ」


「俺は冷静だよ」


 ロキはその言葉にあきれるようにため息をもらした。

 自分でもわかってる。


 だが、卑劣ひれつな手を使ってきている相手に怒らない方が無理というものだ。

 洞窟の奥に入るとそこには割と広めのスペースが用意されていたが、照明しょうめいと呼べるようなものはかべにかかっている少ない松明たいまつのみだった。


「よくきた!余のしろへ!まあ城と言うにはかなりちゃちなデザインではあるが、そこは我慢がまんしてくれたまえ!」


 奥に進むとそこには二人の影があった。

 身長のかなり高いほぼ上半身じょうはんしん半裸はんらの男と、インドラジットの横にいるせいもあり、幼児ようじサイズにも見える少女の姿。


 話しに聞いていた情報通り、男の方がインドラジットで間違いないだろう。

 少女の方はおそらく手紙にあった眷属けんぞく、ニーシャだ。


「まあまあそうにらむな。これは余興よきょうだ。おたがい楽しもうではないか」


「何が余興だ。ありすはどこにいる」


あわてるな。余の上にいる」


 そこでうっすらと照明しょうめいらされ、インドラジットの上にくさりるされているありすが見えた。

 ありすの体にはへびのようなものが巻きつかれている。


「ありす!大丈夫か!」


「ニャシシ!今は残念ざんねんながら気絶きぜつしちゃってるよー!」


 ニーシャがしゃべるのと同時に俺はありすからインドラジット達へと目線を戻した。


「手紙は読んでくれていると見ていいようだ。ルールを説明しようか!」


「ルール・・・だと?」


 どこまでも遊びのつもりのインドラジットに俺はさらなる怒りをおぼえる。

 ありすの命がかかっているとおどしまでしてきたのに余興だのルールだの。


 どこまでも人を馬鹿ばかにしている。


「余と余の眷属、ニーシャたい新生しんせいオーディンの二体一の戦いだ。貴殿きでんの眷属にはどくらせてもらっているが、そちらの同行人が邪魔じゃまをしないかぎりはこれ以上毒が回る事はない。安心したまえ」


「オーディン、少し冷静になれ。手も口も切れてるぞ」


 ロキに言われて初めて俺は自分のくちびるみ、手にも力が入っていることを知った。

 この程度ていどきずならおそらくすぐなおってしまう。


 だが、はだが多少再生しても血がしたたるほどに俺は怒りくるっていたんだ。

 その事に自分でも少しおどろきながらも、俺は眼前がんぜんの敵から目をはなさなかった。


「・・・ふむ。貴殿がそこまで怒る理由がわからないのだが。まあ庶民しょみんの事など気にせず続けるとしよう。余の神器じんきによってもたらされた毒ゆえ、もちろん抗体こうたいも用意してある。余のこしについている小瓶こびん解毒剤げどくざいだ。貴殿は自慢じまんやりで私達を負かせてからこれをうばえ。ちなみに戦闘せんとうではこわれないように封印ふういん魔法まほうをかけてある。存分ぞんぶん攻撃こうげきするといい」


「・・・それを聞いて安心した。とでも言うと思ってんのか。一つだけ聞かせろ。お前はなんで俺と戦いたいんだ」


「余の理由は一つだ!面白そうだからだ!風のうわさでオーディンがただの人間に神をがせると聞いたもんでな!しかもゼウスのおすみ付きと来たら戦いたくなるのは必然ひつぜんことわりよのう!」


「ニャシシ!」


「ゼウス?俺は一度もあった事もないんだが」


かくさずともよい。証拠しょうこにゼウスの右腕みぎうでがそこにいるではないか」


 ゼウスの右腕とさされたのはもちろんヘルメスだ。

 ヘルメスがいることがゼウスのお墨付き?


「すみません。まさか私が同行しているのがそんなとらえ方をされているとは思ってもみませんでした。ですが、私の名を出す以上、ゼウスへの反感はんかんとみなしますよぉ」


 にこやかに告げるヘルメスに、インドラジットは何が面白いのか高らかに笑いあげた。


「ヒハハハハハ!こわい事を言うもんではないぞ!余は余興としてそこのオーディンと遊びに来ただけだ!」


「・・・わかった。お前が命をかけるのが遊びだっていうなら、俺はお前を一発ぶんなぐってお前に遊びっていうのがどういうものかわからせてやる」


「ヒハハ!やる気が出てきた所で余興の始まりとしようではないか!新生オーディンよ、そこから3歩進むといい。3歩先が余の結界の始まりであり、余興の舞台ぶたいにあがると言う決意けついとみなそう!」


 俺は何のためらいもなくその場から3歩進み出る。

 そこで結界に入った時の独特どくとくの変化を感じた。


「では余興の始まりだ。ニーシャ!小手こて調しらべをしてこい!」


「ニャシシ!了解りょうかい!」


 インドラジットの言葉と共にニーシャはこちらにせまってくる。


兵装へいそう!」


 俺は素早く兵装し、青の騎士服きしふく換装かんそうし、手にあらわれたグングニルを強くにぎった。

 絶対ぜったいありすは助ける。


 あお、力を貸してくれ!

 心でグングニルに語りかけるように念じると、不思議ふしぎと体が軽くなったように感じた。


 俺には蒼がくれた力がある。

 蒼にたくされたものがある。


 それをこんな所でうしなわせない!

 俺はグングニルをかまえ、ニーシャの攻撃を受け止めようと力を入れる。


「ニャシシ!」


 しかし、グングニルにニーシャの剣がぶつかる事はなく、ニーシャは俺をすり抜けて行ったのだ。

 いや、そう感じただけだろう。


 だが、背後はいごを簡単にとられ、次の瞬間しゅんかんには攻撃の予感がしていた。

 教えられていただけでは対処たいしょできない速さだと一瞬でさとったその素早さに恐怖きょうふを感じる。


「ブルーランス!」


「うわっと!」


 MPえむぴー的なものがどうなっているかはまだわかっていないが、魔法を使うたびに多少の疲労ひろうを感じていた。

 おそらく最大値さいだいち存在そんざいする。


 それを見越みこして背中から5本のブルーランスを後方にけてはなつ。

 さすがに初撃しょげきけられたが、ブルーランスの軌道きどうはさらにニーシャをった。


 だが多少の軌道を変えるのが精一杯せいいっぱいなため、すぐに壁にぶつかり消えてしまう。

 いつの間にか目の前に現れたニーシャは力いっぱい微笑ほほえんでいた。


「お兄さんやるねぇ!正直すぐ終わるもんだと思ってたよ!ニャシシ!」


「これでも一応オーディンなんでね」


 そう気丈きじょう振舞ふるまっては見たものの、眷属けんぞくであのスピードが出せる事に俺は内心ないしん驚愕きょうがくしていた。

 ロキのフェンリルの素早さは覚えているが、もしかしたらそれ以上の速さかもしれない。


 先ほどの怒りや気迫きはくはすでに引っ込んでしまい、俺の頭の中はどうやって勝つかだけを思考しこうしていた。

 そして、グングニルを握った手には汗がにじんできたのだった。


 勝てるのか・・・

 いや、勝つしかないんだ。


 そうでなければ俺は・・・

 蒼に顔向けできないじゃねぇか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る