二幕 【夏祭り編】


 ザザー。

 なみの音。


 しずかな静寂せいじゃくの中、ひたすらに波が砂浜すなはまにうちあがる音だけがあたりにこだまする。

 空はまだ少しくらい。


 べつに日の出を見ようと思ったわけではない。

 なんとなく目がめて、なんとなく朝の砂浜に来たところだ。


 何をするわけでもなく、一人砂浜に座って黄昏たそがれている。

 昨日きのうありすと仲良なかよくやって行こうと言ったところだが、正直しょうじきかみとしての自覚じかくなんてないし、仲良くと言ってもどうすればいいかわからない。


 もっと男として堂々どうどうとしていたいところだが、そういうわけにもいかない。

 軽々かるがると考えられる問題もんだいではないのだ。


 なんせ俺は少し前までれっきとした人間だったんだから。

 でも神となって数日しかたってない今でも、少しずつ、なんとなくだが自分が神であると自分の内側うちがわからかたりかけられている感覚かんかくがある。


 それが今の俺にはみょうに気持ち悪くて、自分が自分でなくなったような変な感覚にもなる。

 実際じっさいてきに桂木悠真かつらぎゆうまと言う存在そんざいえてなくなったのかもしれない。


「あれー?悠真くんだぁー」


 声のする方にかえってみると、そこにいたのは縷々るるだった。


「どうしたの?」


 声をかけてくれる縷々の顔はなんとなくあからんでいる気がした。


「縷々の方こそどうしたんだよ」


「えー?うーん・・・朝の海ってなんかいいなーって」


「そっか」


 何を言えばいいかわからなくてはなしわらせてしまう。

 そのまま縷々から目をそらしてまた海をながめる。


 静かに波の音だけが聞こえてくる。

 縷々はすわらずにしばらくたっていたが、やがて俺のよこにちょこんと座ってきた。


「ごめん、うそついた」


 縷々にしてはめずしく真面目まじめな声でそう言った。

 いつもの少しふざけた感じはなく、体育座りしている縷々の顔は、下から半分を自分のむねひざにうもらせていた。


「ほんとはね、悠真君がいたから。今にも自殺じさつしそうだったから心配しんぱいでさ。まー今の悠真君じゃそー簡単かんたんに死なないんだけどさー・・・あ、ごめん」


 縷々なりに気を使ってくれているんだろう。

 いつもの調子ちょうしではなくて俺もなんだかもどかしい。


 でもそうさせているのは俺だ。

 あおにもありすにも縷々にも気をつわせて、なんていう男なのだろうか。


不安ふあんだよね」


 縷々の一言に俺は何もこたえられずにいた。

 なんというか、気恥きはずかしいと言うよりはみんなに何もかも見透みすかされているかんじがしてずかしいのだ。


 でもよく考えてみればんでいますと全身ぜんしん体現たいげんしているようなものだ。

 ぎゃく立場たちばだったら俺だって心配するし気も使う。


 その状況じょうきょうがまた恥ずかしくなり、なんとなくうつむいてしまう。

 綺麗きれいすなの上には人がいない時間じかん満喫まんきつするように小蟹こがにあるいていた。


むかしさー、皆で海に来たこともあったよねー」


 唐突とうとつに昔話をはじめる縷々。

 それを俺は静かにだまって聞いていた。


「学校なんてさぼって海行こうぜーって君丈きみたけくんがいいだしてさー。縷々も悠真くんも反対はんたいしないで三人で。先生にはすごくおこられたけど。今思うと馬鹿ばかな事いーっぱいしてきたよね。探検たんけんだ―!とかいって近所きんじょり歩いたり、サッカーも野球やきゅうもやったし、ほんと楽しかったなー」


 楽しそうに話す縷々になんとなく目をやった。

 いつものしあわせそうな笑顔えがおおもにふけっているようだ。


 なんだかその笑顔をみているとうじうじとなやんでいるのが馬鹿らしくなってくる。


「楽しかったってな、こっちは大変たいへんだったんだぞ。サッカーすればそのへんの車にかならずと言ってぶつけるし、野球すればまどガラスるし、探検すればどろまみれになるし。おやにも怒られるわ、まわりにあやまりに行くわ。最終的さいしゅうてきにお前ら二人はげるから俺だけ怒られてさ。ほんとそん役回やくまわりだよ」


「ごめんごめん」


 てへぺろとしたを出す縷々。

 いつもの事だが、少しイラッと来る反面はんめん、その可愛かわいさにゆるしてしまいそうになる。


 昔は後先あとさきなんて考えてないであそびまわっていたんだ。

 それこそ、今海にいるように。


「あと、学校サボって海行こうって言って強引ごういんれてきたのは縷々だからな」


「えー!そうだったっけ?まーこまかい事は気にしない気にしないー」


 いつものテンションでいつの間にか話している俺と縷々がいた。

 不思議ふしぎなもんだが、縷々と話していると落ち着くのだ。


 何かあった時もこんな感じで縷々が俺の調子を一瞬いっしゅんもどしてくれる。

 そしてまた皆で遊びに行くんだ。


 後先なんて考えずに、りずに遊びまわって。

 そしてまた怒られる。


 昔に戻りたいとは思わない。

 今だってこうやって遊んでいられるし、皆がいる。


 いつかはなばなれになるかもしれないけれど、なんとなくこの日常にちじょうだけは変わらないんだろうなぁと思っている。


「おまつりとかも行ったよねー・・・楽しかったなぁー・・・あ!」


 いきなり大声を出す縷々に俺は少しおどろいてその場にたおれそうになる。

 すると縷々はこっちに気味ぎみでこう言ったのだ。


「お祭りだよ!お祭り!明日だよ!行こうよ!」


「行こうよって、今日の皆でか?」


「うーん、それもいいけどー、久しぶりに三人でいかない?また昔みたいにさー!」


「君丈が無理むりだろ」


 実際じっさい今も君丈は海に来ていないのだ。

 部活ぶかついそがしいから仕方しかたないとはいえ。


 というかすっかりわすれてたけど縷々は本当に部活さぼってこんな所にいていいのだろうか。

 多分たぶん時期じき部長ぶちょうだろうに。


「君丈くんは私がひっぱってくるよー。どうせお祭りの時間は夜からだしー?なんとかなるし拒否きょひみとめない!」


 縷々が言うと何とかなる気がしてくるのが不思議だ。

 実際こうやって俺は縷々と君丈にひきづり回されたのだから。


 今思えば神だったこともなにかしら無理を可能かのうにさせていたところもあったのかもしれない。

 でも、だからこそいまあらためて思うのだ。


 縷々が言うならきっと明日は三人でお祭りに行けるだろうと。

 最近は何かと蒼やありすと一緒いっしょにいることが多かったし、久しぶりに三人で遊ぶのはいい提案ていあんかもしれない。


「わかったよ。明日は三人でお祭りに行こう。ひさしぶりに」


「うんうん!物わかりがいいねぇー!よしよししてあげよう」


 縷々になぜか頭をでられる。

 これも昔よくあった光景こうけいなのだ。


 俺が怒られて帰ってきたときも縷々にうやむやにされてしまう。

 原因げんいんを作ったのはお前らだろとそこで俺が怒る事になるのだが、なんとなく今日はそのまま撫でられつづけた。


 そのあとはまた皆で海で遊んで、フレイヤのスキーズブラズニルでそれぞれの家に帰った。

 俺はつかれた体をベッドにほおりなげて明日の事を考えてねむるのだった。




 4章 2幕【夏祭り編】




 次の日。

 縷々るるからつたえられたまちわせ場所ばしょに行くと、そこには縷々と君丈きみたけがすでに待っていた。


「待たせたな」


「ほんとだよー、たこきと焼きそばと金魚きんぎょすくいで手をうってあげる」


「多《おお)いわ」


 完全かんぜんに俺と君丈におごらせるつもりでいる気ではないだろうかと言う縷々は、あたらしい浴衣ゆかたにまとっていた。

 なつらしい花柄はながら全体的ぜんたいてきに青っぽく、縷々によく似合にあっている浴衣だ。


 君丈はよくある甚平じんべいていた。

 それにくらべて、俺は完全な私服しふくだ。


「おいおい悠真ゆうま。お祭りでなんで私服なんだよ」


 いつものように心をんだかのようなタイミングで気にしたところをついてくる君丈。


「いや、むしろ一日くらいでよく用意よういできたよな」


「そりゃあそうだろ!お祭りと言ったら浴衣、甚平、着物きものは当たり前だろう!それでも悠真は日本人なのか!」


「すまんすまん」


 かる)い感《かんじであやまる事に君丈はぶつくさと言っていたが、縷々に行こ!と手をられて早々そうそうにお祭りの中に引きづりこまれて行った。


 お祭りはよくある地元ぢもとのお祭りと言った感じで、そんなにでかいとも思えないが、ここら辺で開かれるお祭りの中では一番でかいお祭りだ。

 人もそれなりに集まっていて、お祭りを回りきるのは多少なりとも時間がかかる。

 俺たち三人はゆっくりと進みながら屋台やたいめぐって行った。


「ねーねー悠真くーん。たこ焼きだよー?」


「あーはいはい、えばいいのな」


「やったぁー!」


「・・・ほらよ」


「これが・・・うわさのたこ焼き・・・」


「なんでそんな初めてたこ焼きを見た人みたいなリアクションなんだよ」


「その方がおいしく食べれるかなーって・・・んー!美味おいしい!悠真くんも一個いっこいる?」


「一個かよ」


 しあわせそうにたこ焼きをほおばる縷々。

 それを俺と君丈は少しあき気味ぎみに見ていた。


「いつまでたってもわらないな」


「変わらねぇさ。今も昔もな」


 君丈にいたっては昔よりはそこまではしゃがなくなった。

 それでも噂話うわさばなしを持って来たり変な所でテンションが上がるのは昔っからだ。


 変わらないものなんてないとはよく言うが、縷々のようにいつまでも変わらないものもあるのではないだろうか。

 俺にとっては一種いっしゅすくいでもあった。


 俺はあきらかに、明確めいかくに変わってしまった。

 でも、変わらないものもあるし、俺が今までどおりならきっと俺だってそんな変わらないはずなんだ。


「まあいいんじゃねぇか、楽しかったらなんでもよ」


 君丈はうでを頭のうしろでんでいつもの笑顔えがおでこっちに顔をけた。

 俺が女子なられているかもしれない。


「なんかありがとな」


「別にれいを言われることは何もねぇよ。俺だってやりたいことしてるだけだ」


部活ぶかつだって大変だろ」


「いいんだよ。俺はお前らが言うならいつだって部活なんて休むぜ」


「・・・もしかして海行きたかったか?」


「どうだろうな?」


 意外いがいとかまってちゃんなのか?

 そんな君丈の意外な一面いちめんを目の当たりにした所で縷々が早くと俺達に発破はっぱをかけてきた。


 いつもの光景。

 いや、いつもあった光景。


 これだけはこわれない。

 俺たち三人はいつでも一緒だし、仲良なかよくやって行ける。


 神とか関係かんけいなくこの関係だけは変わらないきずななんだろう。

 そうでありたい、そうあるべきなんだとつよおもった。


「悠真くーん、りんごあめだよー!」


「はいはい、わかりましたよ」


「あ、やっぱりいちご飴がいい!」


「お姫様ひめさまおおせのままに」


 このままの調子ちょうしで行ったら俺の財布さいふそこきてしまうかもしれない。

 君丈に救援要請きゅうえんようせいを出そうとした時だった。


「あれ、君丈は?」


「んー?きみひゃけふんいはいほー?」


「お前は食べるかしゃべるかどっちかにしろ」


「まあすぐえるよー」


 いつまでものんきなやつめ。

 まあ縷々がいなくなったら問題だが、君丈なら一人でも大丈夫だいじょうぶだろ。


 かくゆう俺ものんきだった。

 縷々と一緒にそのままお祭りを一周いっしゅうした所で、縷々が河川敷かせんじきに行こうと言いだした。


 お祭り会場かいじょうの近くには河川敷がある。

 そこには人だかりができていた。


「なんでみんなしてこんな所にいるんだ」


「花火があるんだよー」


「え、昔はそんなのなかったよな」


「私も今朝けさ知ったんだよー」


 縷々が言ったそばから花火が打ちあがる。

 小さな花火から始まり、どんどんとでかい花火になっていく。


綺麗きれいだねー」


「夏って感じだな」


 二人とも無言むごんで花火をながめていた。

 花火も後半こうはんになったころの事だ。


悠真ゆうまくん」


「ん?」


 俺は花火を見ながら縷々るるに答える。

 花火はラストにけて徐々じょじょりょうが多くなっていく。


「私ね、ゆ―」


 今日一番のでかい花火が花をかせると、まわりの人達ひとたちはぞろぞろとはじめた。

 いつも思う事だが、花火と言うのは少しさみしい。


 綺麗な花を空にあんなにかがやかせて人々を魅了みりょうするのにわりははかなくてせつない。

 そういえば今縷々が何か言ってたような気がする。


「なんか言ったか?」


来年らいねんも皆で来ようねって言ったんだよー」


「皆って言っても君丈いないままだけどな」


「呼んだか?」


「おわっ!」


 いつの間にか背後はいごに立っていた君丈が声をかけてきた。

 どこ言ってんだよーと言うとまよってたんだよといつものようにかえされる。


 そして楽しかったねーと言いながら皆で一緒に帰ったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る