五幕 【暴走の果てに】



「遅かったか・・・」


 ヘルメスをくい止められなかった俺は冥界めいかいにすぐに飛び立った。

 力の波動はどうを感じてその方向に飛んできてみれば、状況は最悪なものになっている。


 悠真ゆうま暴走ぼうそうが始まったんだ。

 ヘルメスはまだ暴走はしないと言っていた。


 だから悠長ゆうちょうにも俺達と戦いごっこをして情報じょうほうを引き出そうとしてたわけだが・・・


「ヘルメスの予測よそくもあてにならねぇな」


 暴走している悠真の近くにありすがいないと言う事は、ありすは違う場所にいるはずだ。

 自分の中のありすの気配けはい辿たどる。


 うすい。

 気配が消えかかっている。


「まさか・・・」


 ありすの気配を感じる場所に飛び立つ。

 そこには洞窟どうくつがあり、その中には血だまりの中で横たわるありすがいた。


「ありす!」


 いそいでると、ありすはうっすらと目を開ける。


「悠真を・・・助け・・・て・・・」


 その言葉だけをのこしてありすはふたたび目を閉じる。

 このままではありすは死んでしまう。


「死にゆく体の時をあやつりし万物ばんぶつ知恵ちえよ。盟友めいゆうに力をしたまえ。もとめるは不滅ふめつの体。死して生きゆく永遠えいえんの命。悠久ゆうきゅうのその彼方かなた、永遠の時を力にのぞまん。黄昏たそがれの中に思うは来世らいせへの絶望ぜつぼう。世界のおわりに残るは不滅のその体。時空じくうゆがめしその力で此方こなたの時を止めん。解放かいほうせしれり神の力。秘術ひじゅつ悠久ゆうきゅう黄昏たそがれきみ】」


 悠久の黄昏。

 本来ほんらいは自分用に開発した不死ふしの秘術。


 他人に使うものではない。

 ゆえにありすの体の時を止める事しかできないが、この状態じょうたいでフレイヤに見せれば、回復魔法かいふくまほうでまだ助け出せるだろう。


「問題は悠真か」


 空を浮遊ふゆうする悠真の元には、ヘルメスとその眷属けんぞくがやってきていた。

 おそらく暴走した悠真を生きて返そうなどとは思うまい。


 ならば悠真を助け出せるのは今ここには俺だけだ。

 にぎる左手の中には一本のぼうが握られている。


 小さく、手の中におさまってしまうその棒を強く握りしめ、蒼希優斗あおきゆうと、オーディンは空高そらたかがって行った。




 3章 5幕【暴走の果てに】




「私の計算違い・・・それともこれもイレギュラーのなせるわざなんですかねぇ」


「ヘルメス様、もうこの者は助かりません。討伐とうばつ許可きょかを」


「おそらくですが、千里せんりだけでは無理でしょう。私も戦いますよ。任務変更にんむへんこう拘束こうそくから討伐へ」


了承りょうしょう


 ヘルメスと千里の声が聞こえる。

 ヘルメスは半神化はんしんか神落かみおちに武力行使ぶりょくこうしをおこなう神だ。


 もちろんその使命しめいの中には相手をころす事もいとわないとされている。

 悠真の今の力は相当そうとうな物だと考えたとしても、あの二人には勝てないだろう。


「がああああああああああああああ!」


 悠真がえ、そしてヘルメスの元へかっていく。

 千里が兵装へいそうし、ヘルメスはでかいかまのような武器ぶきかまえた。


 おそらくでかい鎌はヘルメスが持つ複数ふくすう神器じんきの一つ。

 ハルパーだろう。


 ハルパーには神を殺す力があるとされる。

 だが、近距離きんきょりで切りつけないと効果こうかはない。


 悠真は知っているはずもなく、ヘルメスに突撃とつげきしていく。

 手にはありすをしたであろう、赤にまるグングニルをたずさえて。


「悠真!駄目だめだ!」


「オーディン、邪魔じゃましないでもらいたい。このものはもう助かりませんよ」


 悠真の攻撃こうげき自在じざいけ、時にハルパーで応戦おうせんしながら声をかけてくる。

 まずはこの戦闘せんとうめさせなければ意味がない。


「ヘルメス!話がある!」


「私にはありませんねぇ」


 はげしい金属音きんぞくおんひびく。

 グングニルとハルパー、そして千里の足がぶつかり合う音だ。


 千里の足はヴァルキリアのやりならぬ、ヴァルキリアのくつ装備そうびされている。

 ヘルメスのタラリアという神器の模倣品もほうひんだろう。


 攻撃も防御ぼうぎょそなえ、さらには移動速度いどうそくどや攻撃速度もあがるチートきゅうの神器だ。

 ヘルメスの持つ神器の全てがチート級の力を持っている。


 今戦いに参加しても俺ははじばされてわりだろう。

 だからと言って参戦さんせんしないわけにもいかない。


「兵装!スタイル、ヴァルハラ!」


 ふくを青い騎士服きしふく変貌へんぼうさせ、片手にはグングニルを持つ。


「ヴァルハラスタイルでの兵装ですか。それは余裕よゆうなのですかねぇ」


「ヘルメス様。通常の兵装を封印ふういんしたのは私達です」


「そうでしたそうでした。あの時は本当に手を焼かされたものです」


 悠長ゆうちょうにこちらに話しかけてくる二人の方が余裕があるように見える。

 だが、あちらも苦戦くせんとはいかなくとも、難航なんこうはしているようだ。


 悠真には戦闘知識はないが、威力いりょくは普通の神ではなしえない力をそなえている。

 神落ちによる力の増幅ぞうふくだ。


「どんな姿だろうと俺は勝たねばならない」


 一人でそう意気込いきごみ、戦闘に参加する。


 1対1対2の構図こうずで戦いはあらたに始まった。

 悠真の攻撃をふせぎ、後ろからおそいかかる千里を間一髪かんいっぱつでかわす。


 その攻撃をくらう悠真に、追撃ついげきをしようと襲いかかるヘルメスを俺が横からやりぎ、それにくいかかろうとする悠真をヘルメスと同時にける。

 千里がそれにりを入れようとするが、悠真は槍で応戦。


 それぞれがそれぞれを攻撃しあう。

 最終的には体力勝負となるだろう。


 だが、俺は一旦いったん戦いをやめさせればそれでいいのだ。

 どうにかして悠真をヘルメスたちから引きはがし、ヘルメスと交渉こうしょうをしなければならない。


 おそらくヘルメスならその交渉にってくるだろう。

 武器と武器が交差こうさし、激しい金属音を鳴らす。


 下にある森が火花で引火してしまうんではないかと言うほどに激しくぶつかり合いながら、時を待った。


「しぶといですねぇ。私も本気を出さないといけないですかねぇ」


「ヘルメス様。ここはオーディンを一旦倒してしまうのはどうでしょうか」


 来た。

 これはチャンスだ。


 あの二人の考えならおそらく大きい力で悠真を一旦引きはがしてから俺を倒しに来る。

 ここをのがすと次のチャンスはいつかわからなくなってしまう。


 俺の予想よそう通り、ヘルメスは千里の言葉を受け、武器をハルパーからつえ一瞬いっしゅんで変えた。

 あの杖はケーリュケイオン。


 ゼウスの許可きょかが下りた時のみ発動できる超大型魔法ちょうおおがたまほうを一瞬ではなつ神器。

 あの杖を取り出せると言う事はゼウスからの承認しょうにんりているものと見ていいだろう。


「千里、援護えんごたのみますよぉ」


承知しょうちいたしました」


 千里が悠真との一騎打いっきうちを仕掛しかける。

 俺はいったんはなれ、その様子ようす見守みまもる事にした。


「あなたはがるのですねぇ。何を思っているかは知りませんが、このわざであの者が死んでしまうかもしれませんよ?」


 杖からバチバチと音を鳴らしながらこちらをうかがうヘルメス。


「今の悠真をそれで倒せないのはお前が一番知ってるんじゃないのか」


「ごもっとも。ではいってみましょうか。詠唱省略えいしょうしょうりゃく奥義おうぎあま御霊みたま雷神招来らいじんしょうらい】」


 紫色むらさきいろの空にあるはずのない黒いくもあらわれ、そこから大量の雷撃らいげきが悠真めがけて発射はっしゃされる。

 悠真はそれを避けることもできず、雷撃の威力いりょくに押されて地上に落ちて行った。


「ではオーディン。あなたから対処たいしょさせていただきます。心配しんぱいしなくても命まではとりませんよ。それにあなたを殺すとなると私の命もいくらあっても足りませんからねぇ」


 こちらに意識いしきけるヘルメスと千里。

 だが俺には戦う意志いしはない。


残念ざんねんだったな。俺は交渉がしたいだけだ。もとより戦う気なんてない」


「交渉するような余地よちなんてあると思うんですかねぇ」


 俺は何もいわずにふところから先ほどの棒を取り出して見せる。

 木でできた八角柱はっかくちゅうの棒。


 これの意味するところはヘルメスならわかるはずだ。

 ヘルメスはその棒を見て驚愕きょうがくの表情を浮かべ、眼鏡めがねの真ん中にゆびきつつうつむいた。


「あなた、それのす意味をわかってるんですか」


「もちろんだ」


 ため息をつくヘルメスにはあきれる顔すらない。


「ヘルメス様、あれはなんですか」


「後で千里にも説明しましょう。私たちは一旦いったん見守りますよ」


「ですが」


「いいのです。あれはオーディンの覚悟かくごあかし。一人の男、いや、神の覚悟を私たちはけがしてはならない」


 千里はわけがわからないと困惑こんわくの表情をかべる。

 当然とうぜんだ。


 この八角柱はヘルメスの眷属けんぞくでも滅多めったに見ることができない。

 そもそも存在自体ぞんざいじたい知っている者が神の中でも何人いるだろうか。


 ゆっくりとその場から離れる二人を見届みとどけ、俺は反対側はんたいがわかえる。

 そこには地上からゆっくりともどってくる悠真がいた。


 同じ高さまで悠真が来ると、俺と悠真は見つめ合う形となった。


「悠真、ごめんな。俺たちはお前にあやまらなきゃならない。こんな苦難くなんの道をあゆませる俺達をどうかゆるしてくれ。いや、うらむなら俺だけを恨んでくれ。ありすや君丈きみたけ縷々るるはお前の味方みかただ」


 とうに聞こえていないだろう悠真は、俺の言葉を聞くようにその場にとどまっている。

 悠真の目の奥には恨んだりしないと言う気持ちがうかがえる。


 俺のひとりよがりかもしれない。

 でも、悠真には生きててほしい。


 どんなつらい道を歩むことになっても。

 それが俺のつけなきゃいけないけじめなんだ。


 俺のせいでゆがんでしまった人生に、どうかさちあれ。


「これが最初で最後の俺達の戦いだ。こころしてかかれよ、悠真!」


 それに答えるように悠真は吠える。

 どちらからともなく前に勢いよく出る。


 槍と槍がぶつかり、激しく金属音がつらなる。

 その金属音は悲鳴ひめいにも聞こえた。


 グングニル同士の悲鳴。

 かなしき運命うんめいへの悲鳴。


 俺と悠真の心のさけび。

 そしてこれからのつら困難こんなんな道を歩むためのいびつなファンファーレ。


「ゆうまああああああああああああ!」


「がああああああああああああああ!」


 俺と悠真は叫びながら槍をぶつける。

 お互いの攻撃は避けるのも防御するのも間に合わないくらいの激しい戦闘だ。


 二人の体がきずつきあう。

 血がい、俺たちの周りは火花と血でまっていった。


 激しい戦闘の最中さなか、自分の体に力が戻ってくる感覚かんかくがする。

 俺たちの戦いを見ているヘルメスからのおくものだ。


感謝かんしゃするぜ、ヘルメス」


 はる後方こうほうにいるヘルメスに聞こえない感謝かんしゃとなえると、俺は一旦悠真を思いっきり力を乗せた一撃いちげきで引きはがした。


はなて!兵装へいそう!スタイルチェンジ、魔剣まけんグングニル!」


 やりをかかげ、盛大せいだいに叫ぶと、俺の体は光にちていく。

 槍がけんに、服は羽織はおりはかまをまとった和服わふくに変わっていった。


 俺のしんの兵装。

 昔、ヘルメスに封印ふういんされた力だ。


 悠真が俺に向かって突進とっしんしてくるのが見える。

 だが、この姿すがたになってしまえばどうと言う事はない。


 瞬間移動しゅんかんいどうにも見える俊足しゅんそく移動いどう悠真ゆうま背後はいごをとる。

 攻撃をからぶった悠真に剣での一撃をあたえた。


 うめき、振り返る悠真。

 だがそこにはもう俺はいない。


 また背後からの一撃。

 悠真が振り返るとまたそこに俺はいない。


 三回目となると学習したのか、槍を自分の後方に振り回してくる。

 だがあまい。


 その槍を剣で軽々とはねのけ、もう一撃。

 いたみにさけぶ悠真。


 だが、先ほどのヘルメスの一撃同様いちげきどうよう、今の悠真はそんなものではえない。

 殺すのではない、動きを止めれればそれでいい。


 一撃。

 さらに一撃。


 何十回と切りつけると、悠真の反応はんのうはさすがににぶくなってくる。

 最後の一撃と、真正面まっしょうめんから力を込めた最大の一撃をはなつ。


 その衝撃波しょうげきはで、遠くにある冥界めいかいの山が真っ二つにれた。

 悠真の体は切れてはいないが、槍をとしてしまうほどの威力いりょくはあったようだ。


 悠真は苦痛くつうにもだえるが、体が動かないようだ。

 声もえに、体をのけぞったまま静止せいししている。


 俺の本気の中の本気なら、悠真を殺すこともできるだろう。

 だが、俺たち神は基本的に他の神を殺せない。


 殺せるとしたらヘルメスの神器じんきのような神殺しの神器か、ジークフリートのような神に対抗たいこうする力が必要だ。

 そのどちらも持っていない俺が神を殺せるのは俺がいわゆるものてているからだろう。


 悠長ゆうちょうにそんな事を考えながらゆっくりと悠真に近づく。

 戦局せんきょくけっした。

 俺の勝ちだ。


「ごめんな」


 悠真に再度さいどあやまりながら八角柱はっかくちゅうを取り出し、悠真のむねのあたりにてる。

 八角柱はゆっくり、ずぶずぶと悠真の体にしずんでいった。


 八角柱が最後まで入りきると、悠真の体はかがやきだし、兵装がける。

 その体をしっかりとめると、ヘルメスたちが近づいてきた。


 ヘルメスたちにももう戦う意志いしはないだろう。

 見届みとどけに来たという所か。


「オーディン。後悔こうかいはないのですね」


今更いまさら後悔しても遅いだろ」


まったくもってその通りです。・・・また、いつか会えることを期待きたいしていますよ」


「天界に報告ほうこくにだって行くんだ。すぐ会えるさ」


「そういう事ではないのですが・・・まぁいいでしょう。では私たちはお先に失礼しますよ」


 少し残念ざんねんそうにその場をって行く二人。

 ヘルメスの言いたい事はわかっている。


 だがそれをまともに返す俺でもないのはヘルメスだって知っているはずだ。

 ヘルメス、これはきっと運命うんめいなんだ。


 俺たちは、きっとこういう運命なんだよ。




 ◆◆◆




 体がきしむ。

 ここはどこだろう。


 岩の上の感触かんしょくではない。

 これはベットだ。


 俺はベットにねむっている。

 ゆめなのかもしれない。


 それもすべては目を開ければわかる事だ・・・

 俺はゆっくりと目を開けた。


「・・・また病院びょういんか」


 つい先日みた光景こうけい

 俺は病院のベットで寝ていた。


「俺、どうなったんだ」


 ジークフリートの時も病院に寝ていた。

 とするなら今回も俺は何かをやらかしたんだろう。


 記憶きおく混濁こんだくしている。

 少しずつ記憶の糸を辿たどって行くと、信じられない光景に行きついた。


「ありす・・・ありす!」


 俺とありすはキスをした。

 だが、その後に体の制御せいぎょがきかなくなり、俺はありすをグングニルでしたのだ。


 痛む体を起こし、早急そうきゅう事態じたい把握はあくしようとベットからりようとする。

 足をベッドからほおげたところで病室のすみに誰かがいるのがわかった。


 一瞬ありすかとも思ったが、そこにいたのはあおだった。

 近くにありすはいない。


「起きたか」


 神妙しんみょう面持おももちの蒼。

 俺はわる予感よかんが頭をよぎった。


「・・・ありすは」


「その様子ようすだと少しはおぼえてるみたいだな。・・・ありすはな・・・あいつは・・・駄目だめだった」


 うなだれる蒼。

 俺は頭が真っ白になって行く。


 なんて事をしてしまったんだ・・・

 俺は人を1人殺して―


勝手かってに殺さないで」


 いつの間にか開け放たれていた病室びょうしつとびらには一人の病院服びょういんふくの女の子がいた。


「ありす!!」


「何よ、うるさいわね。怪我けがひびくでしょ」


 からからと点滴てんてきのついたぼうれて歩きながら横のベッドにすわるありす。

 隅の方ではくすくすと蒼が笑っていた。


「おい、蒼。どういうことだ」


「どういうこともないわよ。私はトイレに行ってただけ。もどってきてみればなんか私が死んだみたいな言い方してるし。ほんと趣味しゅみ悪い」


 ありすはふてくされながらベッドに横になった。

 蒼はこらえきれなくなり、大声で笑いながら近くまできて椅子いすすわりなおした。


「すまんすまん。悠真があまりにもありすありす、って言うもんだからからかいたくなってな」


 俺はそんなにありすの名前をさけんだりはしてない。

 してないはずだ。


 横では寝ながら聞いてないふりをするありすだが、そのほほは少し赤くなっていた。

 俺だってずかしいわ。


「で、優斗ゆうと。悠真も目覚めざめた事だし、ちゃんと説明せつめいしてよね」


「あーわかったわかった」


 まだ微妙びみょうに笑いながら話す蒼。

 ありすもどうなったかはまだ聞いていないようだ。


「まあ先に結論けつろんから言うとだな、おめでとう悠真」


「は?なにが?」


 いきなりの事に全く意味が分からなく声が裏返うらがえってしまった。


「悠真、お前は正式せいしきに神としてみとめられたんだよ。だから神落かみおちも解除かいじょされた。悠真はオーディン。そしてありすはその眷属けんぞくだな」


 突然とつぜんの事に俺はあんぐりと口を開ける。

 ありすも蒼の言葉に思わず寝ていた体を起こしていた。


「ちょっと待ってよ、そしたら優斗はどうなるのさ」


「まあ今回の悠真の件は俺が悪いからな。俺は他の神の名が与えられた。いわゆる降格こうかくだ」


 神の世界にもそんなものがあるのか。

 蒼はオーディンの神名を俺にわたしてよかったのだろうか。


「ってことで俺は神様として下働したばたらきをしなきゃならないんだ。だからこれでおさらばするぜ」


 わめくありすと呆然ぼうぜんとする俺を置いて蒼は病室を出ていく。


「なんなのよあいつ!」


「まあいいじゃねぇか。・・・それよりごめんな」


「・・・なにがよ」


 なんだか重苦おもくるしい雰囲気ふんいきになる。

 きっとありすの中ではされる前の事が頭にあるのだろう。


「そのきずだよ」


 俺はありすのおなかの傷をした。

 どんな状態じょうたいなのかは見えてはいないが、相当な物だっただろう。


「あーこれは大丈夫。フレイヤがなおしてくれたから。明日には全開してるわよ」


 それもそれで病院からあやしまれるのではないかとも思ったが、なんだかあきれて言うのをやめた。

 俺の頭の中にも刺した前の事が残っていたが、あえてそこにはれずに寝っころがる事にした。


 あれから何日が立っているのだろう。

 でも不思議ふしぎ不安ふあんはない。


 これで本当の本当に君丈きみたけ縷々るるあおと同じ立場になったのだ。

 そういう意味では蒼やありすに感謝かんしゃしたいくらいだ。


 ここからが俺の本当のスタートなのだ。


 ◆◆◆


 病室の扉を閉める。

 ふぅと息をつくと、俺はまたその場に少しとどまった。


 蒼希優斗あおきゆうとはオーディンではなくなった。

 その意味するところを悠真たちが知る事になるのは―


「後一週間か」


 長い長いたびだった。

 ここがオーディンとしての最終地点さいしゅうちてんなんだ。


 夏休みはまだ残ってる。

 悠真たちと目いっぱいあそぼう。


 それくらいはゆるされるだろう。

 許されなくても遊ぶが。


 蒼希優斗は少しさみしげな表情ひょうじょうで、病院の廊下ろうかをまた歩いていくのだった・・・




 三章 【完結】


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