三幕 【神落ち】


 目覚めざめの朝。

 悠真ゆうまはいつもと違う感触かんしょく違和感いわかんを感じて起き上がると、そこは学校の教室だった。


 暗く、カーテンがされているその部屋は、なんだか見覚みおぼえがある。

 ここは魔術研究会まじゅつけんきゅうかいだ。


 そこまできてようやく昨日の記憶きおくがよみがえる。


「俺、たたかったんだな・・・」


 生きている事、なぜねらわれたのか。

 そんな事よりも自分の内から出てきた感情は戦った事実だった。


 戦いをのぞんでいたと言うわけではない。

 でも皆と同じ立ち位置には来たかった。


 それが叶ったのだ。

 俺は一種の満足感を覚えていた。




 3章 3幕【神落ち】




「ちょうど起きた頃だったか」


 部屋に入ってきたのはあおだ。

 昨日、なぞの少女と戦っていたところに助太刀すけだちに来て、その後魔術研究会で一晩ひとばんごせと言ったのは彼だ。


 なぜ狙われているかなどは明日話すと問題を先送りにし、用事があるとさっさと行ってしまった。

 だが、昨日はまともに話しを聞ける自信もなかった。


 いまでも体がものすごく痛いくらいだ。

 日ごろの運動不足がこんな所でたたってくるとは。


優斗ゆうと・・・用事はもうんだの?」


「・・・とりあえずな」


 ありすが声をかけた蒼は、みょう面持おももちが悪い。

 つまるところ事態じたいはかなり深刻しんこくなのかもしれない。


「ロキ、眷属けんぞくたちは」


警備けいびにあたらせてる。ったく、面倒事めんどうごとをしょいこむんじゃねぇよ」


 この部屋に来ると最近は見慣みなれたもんだが、おくにある豪華ごうかつくえのさらに先、背もたれ付きの回る椅子いすにどっしりとこしをかけたロキが蒼に罵倒ばとうびせるのが見えた。

 どうにもそこが定位置らしい。


「まあおれいは今度するさ。・・・で、本題なんだが」


 重い雰囲気ふんいきから話を始める蒼の言葉を、俺とありすはそれに答えるように真剣しんけんに聞いた。


「まず、俺はあやまらなければならない。すまなかった。今回のほぼ全ての元凶げんきょうは俺にあると言ってもいい。悠真の力になればと思って作ったオーディンチップだったが、まずこれがなんらかの力が働いて暴走ぼうそうした。それは悠真にも話したな?」


「あぁ。聞いたな。でもそれは意図いとしない事だったんだろ?それにあの状況ならあのチップが無かったら俺もありすも殺されてた。そこは蒼のせいじゃないだろ」


 俺のその言葉にすくわれたと言わんばかりに、少し安堵あんどの表情を見せる蒼。

 いや、もしくは安堵の表情ではなくうれいの表情なのだろうか。


「まあそうだな。でも問題はそこから始まってるんだ。結局死ぬんだったら意味がない」


「ちょっと待って、結局死ぬって何?昨日の子は拘束こうそくするって言ってたけど殺すとまでは行ってなかったわよ?」


 蒼の言葉に即座そくざみつくありすだったが、蒼はすぐに訂正ていせいを口にした。


「違う。たしかにあの子に拘束されても人間としては死ぬかもしれないが、俺が今言っている死ぬと言うのはこのまま悠真とありすが生活していたら死ぬと言う事だ」


 衝撃しょうげき過ぎる一言だった。

 死ぬと言うのは、死ぬと言う事で。


 せいがなくなる。

 きられない。


 俺の頭の中はすでにパニック状態じょうたいだ。


「まあ落ち着いて話を最後まで聞け。ありすには言ったと思うが、悠真に起きたのは半神化はんしんかという神が力を制御せいぎょできなくなった時や、人間が神の力を持ちすぎた時になる現象げんしょうだ。まあ本来は眷属がなる病気みたいなもんだが、普通はないんだ。・・・あるとするなら眷属がその主人である神を殺した、又は殺そうとする力を手に入れた時くらいしかな」


 半神化。

 それが俺に起こった現象。


 でも、第一に俺は眷属ではない。

 ましてや蒼を殺そうともしていない。


「じゃあ何故なぜ。俺も疑問ぎもんだったんだ。だが実際問題、ここについては不明ふめいなんだ。あの時悠真は死んでいた。間違いなくな。だが、それが何かの力が働いて半神化が起きた。もしくは起こされたと言うべきなのかもしれない」


「そこはいいから今の現状げんじょうとかわかる事話して」


 先をいそぐありすに、蒼はやれやれと言った感じだった。

 だが、少なからず蒼が急いでない所を見ると、急に事態じたいが変わるわけでもないのだろう。


「まあ今の悠真は半神化よりも神落かみおちという現象に近い。神落ちってのは、まあ、なんていうんだろうな・・・神が自分の立場に反した行動をした時に起こるような現象だ。闇落やみおちなんて言い方もある。ちなみに神落ち状態になっているのは悠真だけじゃない、ありす、お前もだ」


「え、私?」


 自分は関係ないと思っていただろうありすは驚愕きょうがくの声をあげる。

 と言う事は神落ちと言うのは感染かんせんするウィルスみたいなものなのだろうか。


「ちなみに神落ちはうつったりするものじゃない」


 ウィルスではないようだ。


「今回、ありすが神落ちしてるは悠真と関係がある。まあそれ以外考えたりもしないか。・・・ありす、お前は今、悠真の眷属だ」


「は?俺?」


 驚愕の声を次にあげたのは俺の方だった。

 本格的ほんかくてきに頭がいつかなくなりそうだ。


「待てよ、俺は眷属の作り方なんて知らないぞ」


「まあそうだろうな。これについても原因げんいんは不明だ。眷属は神になったからと言って簡単に作れるものでもない。眷属の素質そしつってのもあるしな。それこそ半端はんぱやつだと半神化しかねない」


「もしかして・・・風のやりがでなかったのって・・・」


 風の槍。

 ありすが兵装へいそうする前に出す見えない槍の事だろう。


 ありすが言うように、謎の少女と戦った時、最初力が出せないでいたようだった。

 でもそれが何に関係かんけいしているのだろう。


「ありす、さっしがいいな。悠真にも一度言ったかもしれないが、天界てんかいの眷属にはヴァルキュリアという称号しょうごうのようなものがあたえられている。それが今回悠真と契約けいやくされていることによってけてしまったわけだ。悠真は今神落ちのフリーの神様みたいなものだからな」


「なぁ、素朴そぼくな疑問なんだが、ロキの眷属はそういう力が出せないのか?」


 ロキは天界の神ではないとそれこそ以前に聞いた覚えがある。

 ならば今の俺とありすはロキのような神様と、その眷属と言う事か。

 いや、神様のような何か・・・なんだろうか。


「ちょっとずつわかってきたみたいだな。その通り、ロキの眷属にはヴァルキュリアの装備は無い。話を続けるぞ。神落ちになっている神様は非常ひじょうに危険だ。いつ暴走ぼうそうするかもわからん。最悪死ぬ。さっき言ったのはそういう事だ。だが、そんなものを放置ほうちしていればその暴走で何が起こるかわからないわけだ。それで昨日の一件いっけんになる」


「つまり、あの少女は神落ちしたものに対処たいしょする存在そんざいって事か」


「神落ちや半神化に対する武力行使ぶりょくこうしをおこなう神だ。まあ昨日、お前ら二人の元に来たのはその眷属なわけだが。あいつらにつかまったら何をされるかわからん。それも最悪死ぬことになる。神落ちの死よりはましだろうとは思うが。昨日の時点で神落ちがわかってれば、二人に調査ちょうさしてもらうなんて馬鹿ばか真似まねもしなかったんだがな」


「で、解決方法は何なの」


 結局けっきょくのところはそこだった。

 ありすは冷静れいせいに蒼の言葉を待っている様子だ。


「考えられるのは二つだ。一つは神化かみかする事。まあ神になった所で神落ちしないわけでもないし、次に神落ちした場合は完全に戻れないだろうな。それに加えて神になるってのはそう簡単じゃない」


 神になる。

 縷々るる君丈きみたけ、そして蒼やロキと同じ存在になる。


 でもそれはある意味ではのぞんでいたことかもしれない。

 本当の意味でも仲間なかまになれるんだ。


 それにこれは俺が不用意ふよういに神様の事情じじょうに首をんだばつだろう。

 それをける覚悟かくごぐらいは持たなくてはならない。


「二つ目は堕天だてんすることだ。簡単に言うならジークフリートのような存在になるって事だな。神に反逆はんぎゃくする行為こういなわけだから天界からはねらわれるのは変わらない。ただし、暴走することはなくなるだろう。それと先に行っとくぞ。悠真、お前は人間にもう戻る事は一生いっしょうできない」


「そんな・・・」


 横で悲観ひかんな声をあげるありすだったが、それに反して俺の心はおだやかだった。

 覚悟を決めなければならないのではない。


 もう覚悟しなければならないのだ。

 そのちがいなど、俺にとっては些末さまつな事だ。


「まあ神になれば基本的に死ぬことはない。いや、違うな。ちゃんと説明すると転生てんせいすることになる。死んだら次の生でもその神として生きることになる。堕天した場合は状況じょうきょうによるんだが、神としてみとめられればロキやジークフリートのように転生するし、そうでなければそのたましいごと消滅しょうめつすると言われている。正直そこらへんは俺らにもわからん」


「え、ロキって堕天して神になったの?」


 俺の質問にロキは不服ふふくそうな顔で答えた。


「あぁ。そもそも堕天から神になるってのも尋常じんじょうじゃない努力どりょくうんが必要だ。俺様には才能さいのうがあったからな。神器じんきをかけあわせるなんて芸当げいとうができたからこうして今はフリーの神様として生きているわけだが、この前のジークフリートなんかはどこで見つけてきたんだが、神器を手にしたんだ。神器さえあれば神や神に対抗する部類ぶるいとしては一人前って事だな。ちなみに俺様には才能はあるが神器はねぇ」


「え、じゃあ最初に戦って時のけんは違うのか?」


「だから人のパクってかけあわせて自分の神器にしたんだろうが」


 何にせよ、今の状況を打開だかいするのは相当にきびしいと言う事だった。

 堕天した方が早いのかもしれないが、追われ、神になる素質を見つけなければ何が起こるかわからない。


 神になろうにもやはり何かしらの素質が必要なのだろう。

 今まで平々凡々に生きてきた俺にはが重い話だった。


「まあ自業自得じごうじとくだ。ざまあないね」


 ロキはもたれにふんぞりかえりながら俺たちを見下みくだした。

 自業自得。

 その通りだ。


「とりあえず二人ともロキに守ってもらえ。俺は天界に行ってまた情報じょうほうを集めてくる。後はってくる神をどうにかできないか話してみる」


 蒼の最近の用事と言うのはこの事だったのか。

 ずっと俺らの事を調べてくれていたんだろう。


 俺はいつも迷惑めいわくをかけっぱなしだ。

 もしできる事なら今回の事で蒼の助けになれるようになれたらいいんだけどな。


 そうして俺とありすはまた一晩ひとばんを、魔術研究会で過ごすことになった。




 それから数時間たった頃。

 倒すべきだったロキに守られると言う不思議ふしぎな感覚のまま、時間はすぎて行った。


 その歯がゆい思いゆえか、ロキと俺たち二人の会話はほぼ無いにひとしい。

 その沈黙ちんもくやぶったのはありすだ。


「ねぇ、ロキ」


「あ?」


 心底しんそこ話しかけられるのがいやそうに、読んでいた本から目をこちらにむけるロキ。

 あれからずっと椅子には座り続けている。

 腰が痛くならないのかと思ったが、神であるロキにはそういう感覚もないのかもしれない。


「私さ、優斗ゆうと・・・オーディンが長生きしてるって聞いたんだけど、神になったら滅多めったに死ぬことはないの?」


 初耳はつみみだった。

 てっきり俺は君丈や縷々のように同じ年齢とばかり思っていた。


 いや、ぎゃくなのかもしれない。

 君丈や縷々ももしかしたら長生きをしているのだろうか。


「あー・・・あれはなんていうかな。あいつは特殊とくしゅも特殊だ。俺様も天才だが、オーディンは違う意味で天才だ。まあ俺様にはおとるがな」


「じゃあオーディンくらいなのね、400年以上生きてるのって・・・」


「え、400年?」


 待て待て待て、なんだ400年って。

 初耳どころのさわぎではない。


「あれ、言ってなかったっけ?実際じっさい何年生きてるのか知らないけど、優斗はすごいおじいちゃんらしいわよ」


 驚愕きょうがくも驚愕。

 今まで同い年と思っていた相手が400歳をえているとは・・・


「神って言ってもそれぞれだ。転生して記憶きおくとかはある程度共有してるが、それぞれの性格は微妙びみょうに違う。まあ大概たいがいたようなやつだがな」


「もう一つ聞いてもいい?」


駄目だめって言ったらきかねぇのかよ」


「もちろん聞くけど」


「じゃあ早く聞けよ」


 なんだかロキがいいやつに思えてきた。

 とげとげしてるが案外あんがいいいやつかもしれない。

 ツンデレだな。


「見た目を変えれるのもオーディンの特性とくせいなの?」


 見た目を変えれる??

 ありすは一体何のことを言っているのだろう。


「さっきも言ったがオーディンの特性じゃねぇ。あいつが自分で身につけた力だ。幻術げんじゅつで姿をいつわったり、兵装へいそうで見た目を変えたりはわりと誰でもできる。そもそもオーディンの特性なんてのは力をうばうくらいしかねぇんだよ、本来はな」


「そう・・・」


 ロキはそれ以上答える気がないと言う風に、また本を読み始める。

 そして今の話しを聞いて一人で合点がてんが言った所もある。


 きっとありすは見た目が違うあおを見ているのだろう。

 今の見た目は俺と同じくらいだが、きっと400年も生きている蒼と、ずっと一緒に住んでいたありすならそういうこともあるのだ。


 そのまま俺とありすはいつの間にか寝る事となる。

 かたゆかにしかれた毛布もうふ掛布団かけぶとんが一枚。


屋内おくないで寝れるだけまだましだ」


 その言葉をはっしたのは俺ではない。

 ロキだ。

 心でも読まれたのだろうか。


「まるで外で寝た事あるみたいだな」


「まあな」


 相変あいかわらずロキは本を見ている。

 神もそれぞれ、転生した後の生き方もそれぞれなんだろう。


 ロキに今までどうしていたのか聞きたかったところだが、それを聞くのはためらわれた。

 聞かれたくない事もあるだろう。


 それを肯定こうていするようにロキは椅子の背もたれをこちらに向けたのだった。

 それを見届け、俺も夢の中に落ちて行った・・・




きろ、くそども


 ロキの言葉が頭にひびく。

 その言葉ですぐ目を覚ましたのはきっと神の力の一種いっしゅだろう。

 何事かと体を起こす俺とありすを見て、ロキはこう言った。


「オーディンからの伝言でんごんだ。今すぐげろ」


 蒼から逃げろとの通告つうこく

 それを聞いていそいで外にでようとする俺とありす。


 きっとまたあの少女が来る。

 もしくはもっと強大な・・・


「おい、どこいくんだくそ共。そっちじゃねぇ」


 部屋のとびらを開けようとする直前でロキに呼び止められた。


「どこに逃げろって言うんだよ」


「当てもなく外に出て逃げ切れると思うのか」


「じゃあどうしろって―」


「ここからいけ」


 ロキがゆびさす場所には前回ロキと戦った場所につながる通路つうろがあった。

 一つ違うとすれば、通路は通路ではなく、異次元いじげんに飲み込まれるような不思議な暗闇くらやみがあった。


「いざって時にヘルに繋げてもらってた冥界めいかいへの道だ。冥界についたら適当てきとうな所に身をかくしてろ。食べ物や水はそこら辺の物を取って食っても今のお前らにはがいはない。まあ冥界のけものとかはいるかもしれないけどな」


 通路の前に来て、あやしい雰囲気ふんいきに立ち止まる俺とありすは、ロキに早くいけと蹴飛けとばされて冥界に飛ばされてしまうのだった・・・




「いってぇなぁ!」


 あたりはうっそうとジャングルが広がっている。

 普通のジャングルと違うのは、それほど熱くない事と、空には太陽や月が見当たらず、薄気味うすきみ悪いむらさきりつぶされている所だ。


 後ろをかえると、いつの間にか通路は消えていて、それならありすはと思い横を見てみると、すでに立ち上がって身なりをととのえていた。


「行くよ」


 冷静沈着れいせいちんちゃくなありす。

 そのひとみには何かを決意けついするような意志いしが感じられた。


 女の子に負けてはいられないと俺も立ち上がり、適当な土を落としてからありすについていくことにした。


 しばらくすると、ちょうどいい洞穴ほらあなを見つける。

 ここでしばらく身を隠そうと提案ていあんしたのはありすだ。


 蒼と旅をしているかられているのかもしれないとも思ったが、そうだとしたら、かなりサバイバルな旅なんではなかろうか。

 ロキに言われた通り、水や木の実など、食べれそうなものはすぐに見つかった。


 だが、色が紫や青など、とても食べれそうな見た目はしていない。

 勇気ゆうきを出して食べてみても―


美味おいしくない」


 の一言だ。

 贅沢ぜいたくは言っていられないので、洞穴に大量の木の実や野菜らしきものを運び、水をでかい木の実のからにくんできた。


つかれた・・・まさかサバイバル生活をするとは思ってなかった・・・」


「同意見ね。とてもじゃないけど長くは居たくないわ」


 しばらくしたら連絡れんらくの一本もよこしてくるだろうと言う話になり、二人で数日をごす覚悟をした。


 大きな葉っぱを布団と毛布代わりに。

 でかいいずみをお風呂代わりに。


 服は着ている私服しふくしかなかったため、それを着まわす事にはなったが、洗ってから火の近くに干しておけば割とすぐかわいた。

 その分二人がお互いの羞恥心しゅうちしんを守るために別行動をすることにはなったが、さいわいにも兵装すれば戦えるため、片方に何かあったらすぐさまけつけることを約束することによって、最低限さいていげんの生活はできていたと言えるだろう。


 ただ、問題は日数がわからない事だ。

 この冥界と言う場所には昼も夜もないらしく、永遠えいえんと紫の空が続いていた。


 そんな中、俺とありすはおそらく五日くらい過ごしただろう。

 すぐ来ると思っていた連絡は一向いっこうに来ない。


 二人とも精神せいしん限界げんかいが来ていた・・・


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