四幕 【エゴ】


 ◆◆◆


 暗い。

 何も見えない。

 きっと目の前には何もない。


 ふと自分がどこにいるのだろうと思った。

 暗闇の中、どこかに落ちていくような感覚があった。


 でも、自分が背中から落ちているのか、うつぶせで落ちているのか、頭から落ちているのか、足から落ちているのか。

 そんな事すらわからない。


 これはただの浮遊感ふゆうかんなのかもしれない。

 きっと俺、桂木悠真かつらぎゆうまと言う存在そんざいは死んだんだ・・・




 2章 4幕【エゴ】




 暗闇に何時間いるのだろう。

 時間間隔すらない。


 一秒しかたってないのかもしれないし、1年たっているのかもしれない。

 皆はどうしているだろうか。


 結局俺は何もできなかった。

 最後まで足手まといで、皆に迷惑めいわくをかけて。


 俺は後悔こうかいしているのだろうか。

 でも自分がそうしたかったという望みの結果が死だとしたなら、それはしょうがないのかもしれない。


 自業自得じごうじとくだ。

 死にたいわけではない。

 ただ、しょうがないと思う自分がそこにいる。


 皆は悲しむだろうか。

 いや、悲しんでくれるだろうか。


 そんな事も考える必要はないのかもしれない。

 なぜこんな俺をあおは連れてきてくれたのだろう。


 信頼関係と言うのであればまだそんなに時間は立っていないはずだ。

 いや、考えるのをよそう。

 もう意味がないのだから。


『あきらめるのか』


 どこからか声が聞こえた。

 聞いたことの無い声。

 だけど、みょう親近感しんきんかんのある声。


『あきらめるのか』


 あきらめるんじゃない。

 これはしょうがないことだ。


『それはあきらめではないのか』


 じゃあどうしろっていうんだよ。

 俺はもう死んだんだ。


『そなたは力がない事をやむのか』


 力があれば皆を守れる。

 当たり前の話しだろう。


『力が欲しいか』


 欲しいね。

 俺にも力があれば皆と戦える。


『なぜ力が欲しい』


 なぜって、皆とも戦えるし、皆を守れるじゃないか。

 皆の力になるって事はいいとこだろ?


『なぜ力になりたい』


 だから助けるためだよ。

 俺は皆を助けたい。


『そなたは助けを求められたのか』


 そんなのはどうでもいい。

 俺が助けたいんだ。

 俺が力になりたいんだ。


 もちろん自分勝手なのもわかってる。

 ありがた迷惑かもしれない。

 でもいやなんだよ。


 それが自分のエゴだとしても、俺は皆を守りたい。

 力になりたい。


『自分のためならば、ロキやジークフリートと変わらないのではないか?』


 ・・・そうかもしれない。

 いや、きっとそうなんだろう。


『それでもそなたは力をほっするのか』


 しい。

 誰にも負けない、皆を守れる力が。


 たとえ誰かをきずつけることになっても、それが俺のエゴでも、俺の大事な物の為なら悪にだってなってやる。

 善悪ぜんあくとかじゃない、俺は俺のやりたいようにしたいだけだ。


 俺は・・・友達を守りたい。

 ただ、それだけなんだ・・・


『よかろう。そなたに力を与える。そなたがその力をどのように使うか、今後の結末にわれは興味を得た。そなたの運命はそなたで決めろ』


 その言葉を最後に声は聞こえなくなった。

 俺はさらに暗闇に落ちて行った・・・


 ◆◆◆


 動かない。

 力が入らない。

 でも今は無理にでも体を動かす時だ。


 ありすの体はどうしようもないほどやられていた。

 オーディンの眷属の力、そしてヴァルキュリアの加護で守られていると言っても、死なないわけではない。


 兵装へいそうしている状態なら、死ぬことはないはずだが、魔法障壁まほうしょうへきが完全になくなってしまえば兵装も解けてしまうだろう。

 そうなると普通より強い女の子くらいでしかないのだ。


 私が守れなかった。

 私が守るはずだった。

 私が守らなければいけなかった。


 こうなることを誰が予想よそうしただろう。

 誰がと言うのなら皆予想していたかもしれない。


 悠真の体からは血がとめどなくあふれ続けている。

 悠真が無茶することなんてわかっていた。


 だから、私が守らなくてはならなかった。

 それが今の私の使命だったはずなのだ。


「あっけないな人間!神の力を持つ僕にさからおうとするからこんな事になるのさ!」


 ジークフリートは周りのさけび声なんて聞こえないかのように高らかと笑いながらロキの元へ戻ろうとしていた。

 私は一刻いっこくも早く悠真を助けようと、体をいつくばって近づいていく。

 だが、距離は一向いっこうに近づかない。


翔太しょうた!今すぐ結界けっかいけ!こんなことをしてもお前の思うとおりになんかならないんだ!」


 君丈きみたけ君が叫んでいる。

 ジークフリートの耳にはもう君丈君の声も聞こえていないようだ。


「いい時間つぶしになったなぁ。あ、でもどうせなら眷属けんぞくの子も始末しまつしとくか。一人でも君丈先輩の周りから排除はいじょしとかなきゃいけないもんね」


 ふと足をとめてこちらを見るジークフリート。

 それに対して優斗ゆうとと君丈君はさらに叫び声をあげる。


 だけど私にはそんな事はどうでもよかった。

 悠真を助けるのが私の使命。

 頭の中にはもうそれしかない。


 ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえる。

 もし私が死んだとしたら神様からのばつなのかもしれない。


 悠真を守りきれなった私への。

 目の前でてようとしている命が見える。


 間に合わない事なんてわかっていた。

 それでも行かなきゃいけないと思った。


 私がもしこのまま生きていても、目の前の光景は、惨劇さんげきは、一生忘れることはないだろう。

 体が動くのを拒否きょひしている。

 まるで、もう無意味だと体が言っているようだった。


「あはは、君も頑張がんばるねぇ。あれはもう助からないよ?ほら、見て見なよ、あの姿。あれは死んだね、間違いな・・・く・・・?」


 ジークフリートの声が急に止まる。

 私の体も止まっていた。


 死にかけのはずの悠真がいきなり起き上がったのだ。

 ジークフリートは失笑しっしょうし、完全に悠真を見ていた。


 誰もが信じられない光景。

 悠真はうでから大量の鮮血せんけつを流しながら、完全に立ち上がる。


「オーディンチップ、フル・ダウンロード」


 表情も見えない、声もかすかにしか聞こえない。

 だが、その言葉が聞こえたのは皆がだまっていたからだろう。


 突如とつじょ悠真のちぎられた腕が光り始めた。

 悠真から少しはなれた所に飛んで行ったはずの腕は、一直線に悠真の腕に飛んでいく。


 何事か、その腕は見事にくっついたのだった。

 変わらずに光り続ける腕を確かめるように動かす悠真。


 それを優斗は止めようとしていた。


「悠真!やめろ!正気に戻れ!」


 優斗が何を思ってそんな事を言ったのかはわからない。

 でも私から見ても異常いじょうな光景だ。


 きっとよくないことが起ころうとしている。

 そんな直感だけはあった。


ものめ」


 つぶやくジークフリートの元に、悠真は一瞬いっしゅん距離きょりめてくる。


「お前に武器はいらない」


 一瞬の事だったが、かまえるジークフリートに悠真がそう言ったのは聞こえた。

 悠真は右手でジークフリートを軽々と吹っ飛ばすと、さらに追い打ちをかけるように飛びついていく。


 ジークフリートは着地しながら剣を構える。

 そこに悠真は剣など気にする様子もなく右手でなぐかっていた。


 なんとかその攻撃を防御するが、悠真は次に左手をいきおいよく前に突き出す。

 左手からはすごい威力いりょく衝撃波しょうげきははなたれ、ジークフリートの体は吹っ飛んでいく。


 そのまま工場を半壊はんかいさせながらぶつかっていった。

 ジークフリートはその一撃いちげき気絶きぜつしたようだ。


「かっ・・・たの・・・?」


 あまりにも呆気あっけない。

 不意打ちという話ではなく、悠真の力が強すぎたように見えた。


 いや、今目の前にいる悠真は悠真なのだろうか。

 それとも別の何かになってしまったのか。


 私は少しずつ体に力を入れて起き上がろうとした。

 悠真は依然いぜんくしたままだ。


「悠真、大丈夫?」


 反応はない。

 と思ったが、いきなり悠真は苦しみ始めた。


「うっ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そのまま倒れそうになる体をなんとかみとどまる悠真。

 そして悠真の足元からはなぞの光が筒状つつじょうに現れてきていた。


「ゆ、優斗!あれなに!」


 オーディンである優斗ならなにかわかるかもしれないと、優斗の方に声をかけてみるが、優斗も信じられないと言う顔でその光景を見ていた。


「おそらくだが、あれは半神化はんしんかだ。眷属などが神をえようとするときに起きる現象げんしょう・・・人には大きすぎる神の力を取り込もうとした結果だ・・・」


 悠真は眷属ではない。

 だとしたら神の力が関係あるのは・・・


「じゃあさっきのオーディンチップのせいだっていうの!」


「確かにチップのせいかもしれないが、本来そこまでの力はでないはずだ」


「・・・その半神化って・・・どうなるの?」


 嫌な予感がした。

 だからそんな言葉がでたんだろう。


「・・・最悪、死ぬだろうな。生きていても意識いしきもどらないかもしれない」


 予感は的中した。

 確かにその力は悠真が求めたものかもしれない。

 でもこんなのは・・・


「そんなのあんまりよ!あれを止める方法はないの!」


 もしこの場で結界が解けていたなら状況は変わるのかもしれない。

 だが、何故か結界は解かれていなかった。


 おそらくは、ジークフリートが倒れても魔法円まほうえんの中で浮遊ふゆうしているロキが原因げんいんだろう。

 あのロキをどうにかしなくてはいけない。


 私の頭の中は何をすべきかもうわからなかった。


「止める方法は・・・今はない」


 優斗の言葉にようやく立ち上がってきた体から力が抜けそうになる。

 せっかく助かったと思ったらまた死にそうだなんて。


「なんか・・・なんか、ない・・・の」


「・・・そうだな・・・王子様のキスじゃなくてお姫様のキスで正気に戻ってくれればいいんだけどな・・・」


 きっと冗談じょうだんだった。

 でも、私はやれることがあるならしたかったのだ。

 走り出す私を止めようと声をあげる優斗。


 でも私は止まらない。

 体は相変わらずきしんでいる。

 今にも倒れてしまいそうだ。


 それでも、悠真を巻き込んだ私には責任がある。

 私は、悠真を助けなければいけない。

 私は・・・


 光の筒は侵入者しんにゅうしゃこばみ、私の体はさらに痛めつけられる。

 全身に、入ってくるなとあつをかけられる。

 こんなもの、痛くなんてない。


 悠真を助ける為ならば。

 この体が動かなくなっても、悠真を助ける。


 私は光にはばまれながらも、ゆっくりと悠真に近づくと、その顔をひきよせ、キスをした。

 その瞬間悠真から光があふれ、明るかった世界は、きゅうに暗くなっていくのだった・・・




 ◆◆◆




 唐突に世界は始まる。

 意識を徐々に集中させると、俺は横になっているようだった。


 目を開け、ベットからいつものように起き上がろうとする。

 だが、ベッドをさわる手の感触かんしょくが、いつもの家のベッドではないとげていた。


 どこだろうと目に意識を集中させ、かすむ目を開けていくと、そこは病院のようだった。

 ゆっくりと体を起こすと、こうなった原因であろう記憶きおくが頭をよぎってきた。


 俺は腕を切られたのだ。

 綺麗きれいに、ばっさりと。


 なんとも情けない事にその時に意識を失ってしまったが、あの状態からよく助かったなと右手でほほをかいた。

 違和感いわかんつつまれて右手を見ると、切られたはずの右手は何事もなく戻っている。


 自分の腕じゃないかと思ってSAえすえーも確認したが、SAのチップ挿入口そうにゅうぐちがあり、自分の腕だと言うとこもわかる。

 SA手術を受けたからと言って、サイボーグのように腕を変えられるわけではない。


 基本的にはSAは人間の体ありきの代物しろものだ。

 システム・アーマー。

 りゃくしてSA。


 一部分を改造かいぞうする事で、生活を充実じゅうじつさせるのが目的だ。

 決してサイボーグにして戦う目的ではない。


 もちろん、俺が持っている【ザ・パワー】のような戦い向けの物もあるが、本来の範疇はんちゅうを超えていると言っていいだろう。

 そんなことを戻っていた右手を確認しながら考えていると、ふと病室の扉が開いた。


 入ってきたのは蒼とありすだ。


「お?起きたのか、悠真」


 蒼の横で花をもっているありすはホッとした表情で近寄ちかよってくると、部屋にある花瓶かびんの花を変えていく。


「体調は大丈夫そうか?」


「今のところはいつも通りだ。・・・ジークフリートは?」


 倒せたのか、と言おうとして口を閉じる。

 あの状況で何があったのかはわからないが、どう考えても倒せたようには思えなかった。


「結果的に言うと逃げられた。だけど悠真が一度は倒したんだぜ?」


「は?」


 何を言っているかわからない俺に、蒼は事の顛末てんまつを話してくれた。

 俺が神の力で暴走ぼうそうした事。

 それをありすが止めてくれたこと。


 そしてその後、ロキの魔法円をありすが止め、結界を解いたが、ジークフリートはいつの間にかいなくなっていた事。

 その話をするとなぜか横でありすが顔を赤くしていたが、あえて突っ込まないことにした。


 その後は夕方から夜にさしかかろうとしていたので、緊急病棟きんきゅうびょうとうに俺を運び込んでくれたそうだ。

 医者はいたって健康だと言ったそうだ。


 ちなみに、熱中症で倒れたことになっているらしい。

 今の時間は学校も終わり、放課後だと言う。


 学校では京極翔太きょうごくしょうたであるジークフリートは、すでに転校のあつかいを受けていたと言う。

 話しを全て終えると、蒼は用事があると部屋を出て行った。


「ごめんね」


 部屋に残ったアリスはもうわけなさそうにそう言った。


「何が?」


「あの時、守れなくて」


「あれは俺が向かってっただけだ。気にすんなよ。それより俺の事助けてくれたんだろ?ありがとな」


 そう言うとまた顔を赤くしてだまってしまった。


 ◆◆◆


 病室の扉を閉める。

 すると、廊下には君丈がいた。


「入らないのか?」


「蒼、その前に話がある」


 真剣な表情でこちらを見る君丈。

 内容はおおよそ見当けんとうがついていた。


「結局のところ、半神化はおさまったのか」


 昨日、悠真を運んだ後は、時間も時間だったのでそれぞれの家に帰る事にしたのだ。

 学校でもその話はしなかった。


「・・・わからん」


 隠しているわけではなく、本当にわからない。

 キスひとつで半神化が収まるわけはない。


 いや、正確に言えば収まるはずはなかった。

 あの時の一言は完全にあきらめの、たちの悪い冗談だ。


 ありすがキスをした後、悠真の光が強くなり、もうだめだ、と思った。

 だが、光は収まって行き、暴走は止まったのだ。


「まあそれも確認するために俺は一回、天界てんかいに報告しに行くつもりだ」


「悠真は・・・まだ人間なのか」


「人間だよ」


 根拠こんきょもない一言。

 そう思っていたいのだ、お互いに。


 君丈は「そうか」と一言残し、病室に入って行った。

 ほどなくしてから病室では楽しそうな声が聞こえてくる。


 壁に背をあずけながら耳をかたむけた。

 内容を聞きたいわけではなかったが、楽しそうな雰囲気ふんいきを味わいたかったのだ。


 でも今はそんな事をしている場合ではない。

 君丈が言わなかったと言う事は気づいてないのだろう。


 あの時、悠真の光が強まった時、俺は確かに見た。

 悠真の光が、半分ほどありすにもうつって行くのを。


 なぜ止まったのかもわからなければ、なぜ光が移って行ったのかもわからない。

 でも嫌なもやもやが胸の中で渦巻うずまいていた。


「半神化・・・か」


 蒼希優斗あおきゆうとは少し遠くを見つめるようにひとり言を言うと、その場から離れて行ったのだった・・・




 二章 【完結】


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