第二章 【思惑】

一幕 【監視対象】


 暗い部屋。

 電気がついていないのだ。

 つかないのではない。

 わざと消している。


 目的の資料を探すために尽力じんりょくするその手と目は、ついに目的の物を見つけ出した。


「これだな」


 パラパラとページをめくる。

 その中には生徒たちの情報がのっていた。


 目的の情報をいくつか頭に叩き込んでいると、一人の生徒のページで手が止まる。


「こいつ・・・こいつらのせいで」


 静かに資料を閉じると、その人影は部屋を立ち去ったのだった・・・




 ◆◆◆




 ラグナロク未遂みすい

 つまりはロキがあばれまわってから、約一週間が過ぎた。


 俺、桂木かつらぎ 悠真ゆうまにとっての冒険は終わったのだ。

 冒険と言っても決して主人公ではない。

 なんだったらRPGで言う、イベントでついてくる戦闘に参加しないNPCの村人みたいな位置だった。


 それでもよかったのだ。

 自分の守りたいものを守ると言う崇高すうこうな目的の裏には、自分の非日常を味わいたいと言う幼稚ようちな目的があったのだから。

 その欲は充分に満たされただろう。


 ただ、その非日常から日常に帰ってきても変わらない者達がそこにはいた。


「優斗!また宿題忘れたんでしょ!君丈君に見せてもらったりすんな!君丈君も見せちゃダメ!」


 変わらない者、第一号。

 姫野川ひめのがわ ありす。


 俺を非日常に間接的にも引き込むことになった、張本人。

 最初こそありすの性格がわからず、戸惑とまどい、喧嘩けんかのような物もしたが、今では俺の人間関係の輪の中にいる。


 ロキの一件が片付いた時、ありすの秘めたる思いにも決着がつき、そこから変にいつわる事やめたらしい。

 今ではお嬢様じょうさまという雰囲気ふんいきもなく、気の強い女子生徒としている。


 変わったのは口調や行動にとどまらず、長く綺麗だった茶色がかった髪をばっさりとショートにしたのもお嬢様の雰囲気からの脱却だっきゃくにひと役かっているだろう。

 ちなみに、そのせいで男子生徒からの人気は落ちたが、男子女子関わらず、コアなファンができたのは言うまでもない。


 色んな物事をばっさりと言う性格が、周りには正義をつらぬく少女に見えるのだろう。

 ひそかにファンクラブもできてると言う話だ。

 胸はないが、ありすの男子ファンの中には巨乳派から貧乳派に変えたものもいるらしい。


「ん?なんか今失礼な考えをしたやつがいた気がする」


 俺の周りは妙に察しがいいのが多いのだが、ありすももちろんその一人だった。


「まあまあ、胸がないのはいつもの事じゃねぇか」


「優斗・・・あんた殺されたいの」


 非日常から変わらない者で言えばありすよりこいつの方が大きいだろう。


 蒼希あおき 優斗ゆうと


 俺がロキの一件に関わることになったのはこいつの存在が大きい。

 ちなみに俺はあおと呼んでいるが、蒼は何を隠そう神様である。


 かっこよく紹介するなら、神名「オーディン」。

 ありすは蒼の眷属けんぞくであり、ありすもまた神の力の一角を使えるわけだ。


 飄々ひょうひょうとした性格で、そういう所は君丈に少し似ている所がある。

 違う所と言えば、意外としっかり者の君丈とは真逆で、だらしなく、思いつきや流れで行動することが多い。


 身長が170cmくらいで、顔も悪くはない。

 だが、その性格も相成あいなって、君丈ほどの女子人気はないようだ。

 周りから見れば良くも悪くも普通の生徒だろう。


「ありすちゃん、宿題くらい大目に見てやってくれよ。こいつも色々と忙しいんだから」


 そこに口を出したのは俺の幼なじみの一人、新庄しんじょう 君丈きみたけだ。


「忙しいって言っても、君丈君はできてて優斗ができていないのはおかしいでしょ!」


 ありすの発言は全くその通りだった。

 幼なじみでもある君丈だが、こいつも神様の一人だ。


 神名「トール」。

 雷を操るつちで戦う姿は夜叉やしゃのごとく長く白い髪となり、その迫力はなかなかのものである。


 神として戦う時はどういう原理かはわからないが、見た目が変化する君丈だが、普段はサッカー部と言う事もあり、少々短髪気味だ。


「ありすちゃんおちつこー?どうせもう時間だし、蒼君の頑張りは無駄になるんだからー」


 いたずらっぽく笑って見せるのは、埜口やぐち 縷々るる

 俺の幼なじみのもう一人であり、こいつも神様なのだ。


 神名「フレイヤ」。

 縷々にいたっては神様の種類が少し違う。

 蒼や君丈は 自身が神であるが、縷々は別人格としてフレイヤがいるのだ。


 神の世界の事は詳しくは知るよしもないが、いろいろとあるのだろう。

 縷々は男子生徒の人気が非常に高い。


 元のありすに負けないくらいの長い髪で、見た目もおっとりとして可愛らしい。

 そして何より人気を集めているのは大きな胸のせいでもあるだろう。


 男、いたっては高校生男子なんてものはそれくらいで興味をかれるものだ。

 だが、見た目とは裏腹に、行動的であり、俺や君丈がおどろくほどのやんちゃを見せる時がある。

 そのせいで、昔は何度もひやひやさせられたもんだ。


「はい、席ついてー授業始めるからねー」


 縷々が言ったようにすぐに先生がきて、蒼の努力は水の泡となった。

 だが本人は特に気にしてないようだ。

 先生が教壇きょうだんに教科書を置くとちょうどよく授業開始のかねの音がなった。


 こうして俺の日常は戻ってきたのだ。

 また非日常に足を突っ込みたいなんてことも考えるが、きっと命がいくつあっても足りないだろう。

 まあ俺の性格から言えば、何か起これば首を突っ込みたくなるのだけれど。


 ちなみに先ほど言ったような察しのいいこいつらだが、それも神の力のせいなのかもしれない。

 人の心を覗かれているようで、あまりいい気持ちはしないが、まあこいつらならいいかなとも思ってたりもする。


 君丈や縷々の二人は古くからの幼なじみだし、ありすと蒼はまだ2、3週間しか会ってからたってはいないが、なんだか昔から知っているかのような安心感があった。

 つまりは波長はちょうがあうのだろう。


 そんな事を窓の外を見ながら考えていた。

 こいつらといたらきっと楽しい事がある。

 日常の中でもそうなるだろうと思っていたのだ。




 2章 1幕【監視対象】




 いつもの昼休み。

 最近のいつもは屋上にて五人で集まってご飯を食べる事。

 五人とはもちろん、俺、君丈、縷々、蒼、そしてありすだ。


 いつも屋上で飯を食べているのは君丈から始まった事だった。


「なんかさ、教室で食べるのってもったいない気がするんだよな。どうせならこう青空の下で食べねぇか?それならもっとご飯がおいしくなると思うんだよ」


 と、いつだか君丈が思いつきで言ったことに縷々も乗っかってきて、三人集まらなくても各自屋上でご飯を持ち寄って集合することになったのだ。

 それからというもの、俺と君丈と縷々は一人でも屋上で食べるようになった。

 今では悪くない提案だったと俺も思っている。


 そんないつもを全うしようと、購買でパンを買い、屋上に向かおうとした時だった。


「よう、人間」


 ふと後ろから声をかけられ、後ろをふりむくと、そこにはいないと思っていた人物が平然と立っていた。


「お前、ロキ・・・!」


 ロキ。

 約一週間ほど前に世界を征服すると言って俺の周りを散々に荒らした人物、もとい神だ。

 ロキは蒼に天界だかに連れて行かれたはずだった。

 なのにどうして―


「どうしてここにいるって顔だな。もちろん、計画を台無しにしてくれたお前らに復讐ふくしゅうしに来たんだよ」


 気味きみの悪い笑みを浮かべるロキを目の前に、俺は辺りを警戒けいかいした。

 先日のような結界と呼ばれるものは発生していない。

 周りに生徒がいるのがその証拠だ。


「復讐って・・・何するつもりだ」


「そんなのわかってんだろ?・・・皆殺しだ―」


 ロキが喋り終える前にロキの頭上から拳が飛んでくる。

 殴ったのはいつの間にかロキの背後はいごに立っていた蒼だった。


「ってぇな!おいオーディン!舌噛むところだったじゃねぇか!」


「悠真すまんな。ちょうど今日言おうと思ってたんだが、こいつらは俺たちの監視の元、高校に戻されることになったんだ」


 抗議こうぎをするロキをよそ目に蒼がそう説明してくれた。

 俺は何も言えず、目をぱちくりすることしかできていない。


「それと、学校でオーディンはやめろよ、遼平君」


「その名で呼ぶな!水野みずの 遼平りょうへいとは仮の姿・・・俺様は世界を制する偉大なる神、ロキ様だっ・・・ってぇなおい!」


 もう一発頭上から拳が飛んできていた。

 ロキの身長が150cmくらい小さいから、まるで子供をしかっているような状況がそこにはあった。


「遼平をいじめてんじゃねぇ!締め上げて息の根とめてやろうか!」


 さらに現れたのは大蛇の姿になるロキの手下、ヨルムンガンドの人間の姿だ。

 ヨルムンガンドが一年生なのは前に蒼が調べていたので知っていたが、よくよく見るとロキも一年生の校章をつけていた。

 だが、高校一年生にしてはヨルムンガンドも155cmくらいの身長しかないので、二人を目の前にしていると中学校にいる気分になる。


「よくきたな那覇なは。いや、我が忠実なる眷属よ!」


「へっ!当たり前だろ!俺様は蛇の王者、ヨルムンガンドだぜ!」


 コントでもしに来たのだろうか。

 いつの間にか緊張感はなくなっていた。


「悠真、まあこいつらに今たいした力はない。安心しろ」


 安心した。


「こら!遼平、那覇!ここ二年生の階でしょ!自分たちの教室にもどりなさい」


 ロキとヨルムンガンドの人間の名を呼ぶのは二年生の女子生徒だ。

 誰だかはわからないが、二人をよくしる人物なのだろうか。


「おう、椿。よく来たな。これで戦局せんきょくは三体二だ。俺たちの勝ちだな」


「いや、誰だよ」


 堂々と勝利宣言するロキだったが、謎の女子生徒の事が気になって突っ込んでしまった。

 すると二年の校章をつけたその女子生徒はこう答えたのだ。


「あ、あの・・・ヘル・・・です」


 ヘル・・・ヘル?魔術研究会まじゅつけんきゅうかいに乗り込んだ時にいたローブを目深まぶかにかぶって、あの感情もない声で俺たちをロキの元に誘導ゆうどうしたヘル?

 ヘルと認識にんしきするにはあまりにもイメージが違いすぎていた。


「ごめんなさい、うちの二人が・・・」


「あ、いえいえどうもご丁寧ていねいに」


 ついついそんな返しをしてしまった。


「さ、戻るよ!いつまでも迷惑かけないの!戻ってこれたんだからちゃんとしてよ!」


 主従関係しゅじゅうかんけいがわからなくなる構図こうず、というよりはまさしく保護者と子供だった。

 ロキ、ヨルムンガンド、そしてここにはいないフェンリルも確か一年生の校章をつけていた。


 あんな厨二病ちゅうにびょう全開な三人にたいして、唯一ゆいいつの良心があのヘルなんだろうか。

 なんともいたたまれない。


「なあ蒼、ほんとに大丈夫なのか?」


「ロキ達の事なら心配するな。力もないうえにあいつらは基本的に子供なんだ。次に何かやっても本当に子供のお遊び程度さ」


 確かに今の感じを見ているとなんとも拍子ひょうし抜けと言うか、蒼や君丈を窮地きゅうちに追いやったやつとは思えなかった。

 でもロキがいること自体は不安材料でしかない。

 まあそれも不良を注意するくらいに思っとけばいいのかもしれないが。




 ◆◆◆




 走る。走る。走る。

 目の前のゴールを目指して走る。

 戦いも別に嫌いではないが、どうせ戦うならこういう戦場せんじょうで戦いたいものだ。


 一通り今日の練習が終わり、かわいたのどうるおすためにグラウンド近くの水飲み場にきていた。

 運動はいいもんだ。


 悠真も運動部に入ればいいのに。

 いや、それを言うなら縷々の方だろうか。


 運動神経とか悪くないのに文芸部に入部するあたり、やっぱり女の子として見てほしいんだろうなぁ。

 とか思っていると、かたわらにはサッカー部の後輩、京極きょうごく 翔太しょうたがいた。


「君丈先輩、お疲れ様です。タオルいりますか?」


「おう、ありがとよ。今日頑張ってたな、全国予選もその調子で頑張れよ」


 成神なるかみ第一高校サッカー部は国内でも知れた強豪きょうごうの一つ。

 近々全国大会の予選があり、今はそれを目指して特訓中と言うわけだ。


「あの・・・その予選の話しなんですけど」


 翔太は何か言いたげにこっちを見ていた。

 言いたい事は予想がついている。


「なんで君丈先輩は予選のメンバー辞退したんですか」


 せまる全国大会予選。

 君丈はサッカー部のエースとして出場する予定だった。


 期待が高まる中、その期待を裏切るのは少し心が痛んだが、それを差し置いても今はやらなきゃいけないことがある。

 悠真が神の一件に関わった事で部活どころではなくなったのだ。


 一時期学校で噂になったような、悠真の事が好きとか言うのではないが、君丈には親友として、幼なじみとして悠真を守らなきゃいけない。

 いや、守りたいと思っているのだ。


「別に。他にやりたい事があるだけだよ」


「全国大会よりもやりたい事ってなんですか・・・そんなに重要な事なんですか」


「俺には重要だ」


 冷たくあしらう事しかできない。

 君丈はもうサッカー部を裏切っているようなものなのだから。


「そうですか・・・じゃあ僕が―――――はらいますよ」


 水を頭からびてクールダウンしてた君丈には翔太の言葉が聞き取れなかった。

 タオルで頭をいてから聞き返そうとしたが、そこにはすでに翔太の姿はなかった。


「・・・なんだったんだ?」




 ◆◆◆




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