二幕 【姫野川と言う少女】


「これからよろしくお願いします」


「んー、まあ君には関係のない事だ。・・・しいて言うなら人探しかな」


「お前には関係のない事だ」


 転校生。仮面の少女。そして屋上での姫野川ひめのがわ

 いったいどれが本物なんだ。

 

 昼休みからの授業は全くもって頭に入らなかったのは言うまでもない。

 姫野川はとっくにお嬢様じょうさまモードだし、これ以上口に出せば本当に何かされるのではないかと言う恐怖きょうふもあった。


 それだけの実力と迫力はくりょくを見てしまったのだ。

 別に協力したいとかそんなものではない。


 ただの興味本位であることは自分がよくわかっている。

 姫野川がどんな事情で何をしているのかは知る必要はないし、関わる事でもない。


 それでも納得はできなかった。




  1章 2幕【姫野川という少女】




「おいおい悠真ゆうまさーん?顔が暗すぎやしませんかねー?」


 放課後になり、俺はおさななじみの君丈きみたけ縷々るるの三人で帰っていた。


「別に・・・暗くねーよ」


「そういえば悠真君、お昼に姫野川さんに学校案内してあげたんだよね?」


 君丈も縷々も変に感がいいから対処たいしょに困る。

 付き合いが長いからだとは思うけど。


「まあ・・・してやったよ」


 まったくしてないけど。


「悠真君と姫野川さん別々に帰ってくるし、もしかして喧嘩けんかでもしたのー?」


 縷々は特に隠す事もなく核心かくしんれてくる。

 幼なじみの一人である埜口やぐち縷々るるは、天然なのか素直なのか、こういう事で変に気遣きづかったりはしてこない。


 それだけ気をゆるしてくれてるのかもしれないが、その対応たいおうが俺だけに対するものでもないからそういう性格なのだろう。

 姫野川ほどではないが、髪が長く、胸もでかいので男子からしょっちゅう告白などもされている。


 そのせいで女子からはやっかまれているのも事実だ。

 もしかするとやっかまれているのは素直な性格の方かもしれないが。


「喧嘩はしてねぇよ。・・・ただ、俺がトイレに行きたかったから先に教室に戻っててくれって、そう言っただけだ」


「でも悠真君が暗くなったのってそこからだよね?」


「・・・」


 咄嗟とっさについたうそはあまり意味をなさなかったようだ。

 どうしてこうもあっさりと見破みやぶられるのだろう。


 俺ってそんなわかりやすい性格してるのか?

 そんなはず・・・ないよな・・・?


「るーるー?悠真は嘘ついてんだからわかってやれよー。女子と男子が二人で出て行って片方が暗くなって帰ってくるなんてあれしかないだろぉー?」


 君丈にいたっては茶化ちゃかしてくる始末だ。

 もうすでに突っ込む気すらもおきん。


「え?なになに?」


 男子人気ナンバー1の縷々には、さっすることできなかったようだ。

 天然なのかそれともわかってて言っているのか・・・。。


「そんなの、悠真が告って姫野川さんに振られたに決まってんだろー!」


「えぇー!そうなのー?悠真君・・・振られたの?」


 もう好きにしてくれ。

 内心ないしんそう思いながら口は否定ひていに入っていた。


ちがう。とにかくそんなんじゃないから」


「またまたー?ま、何があったかは知らないけどよ、なんかあったなら言えよ。力になるぜ?」


 何かあったら?

 ありまくりだこんちくしょう。


 信頼している二人になら言ってもいいんだろうが、まだ今ではない。

 まだ俺が気にしないで終わるならそれが最善さいぜんだと思ったのだ。


 転校してきて早々変なうわさを流されたくもないだろう

 それに俺も噂を回す側にはなりたくはなかった。


「そんな時が来た日にはお願いするかもな」


 そんなこんなでその日はお開きとなった。

 というより、皆で一緒に帰る道が終わったのだ。


 今日は三人で一緒に帰ったが、実はこれはめずらしい事でもある。

 何故なぜかと言うと、君丈はサッカー部で、縷々は文芸部なので、時間自体会わないのだ。


 高校に上がってから三人で遊ぶ機会もめっきりってしまっている。

 ちなみに俺は帰宅部。




 次の日。

 いつものように登校し、下駄箱に靴をしまおうとすると、そこには一通の手紙が入っていた。


「なんだこれ」


 名前などは書かれておらず、あやしさ満点だ。

 昨日の放課後を思い出し、そんなまさかと思いつつラブレターであることに胸を一瞬いっしゅんだけおどらせて見たりもした。


 だが、そんなあわ期待きたいは本当に一瞬でくだるのだった。

 なにせ、中にはなぞの一行のみが書かれた奇々きき怪々かいかいな手紙だったのだから。


「「お前のせいだ」・・・って何が?」


 何が俺のせいなのかもわからず、気味も悪かったが、もしかしたら姫野川ひめのがわがさらに警告けいこくのつもりで入れたのかもしれない。

 それにしてもまだ何も言ったりもしていないのに勝手に俺のせいにされても困るのだが。


 手紙への興味きょうみもなくなり、適当にかばんの中へほおんで教室へかう。

 今日はすでに姫野川はいるようだ。


 だが姫野川はこちらを見向きもしない。

 代わりに声をかけてきたのはいつものように君丈きみたけだった。


「おー、おはよう悠真ゆうま。なぁ縷々るるしらねぇか?」


「知らねぇよ。部活関係じゃねぇの?」


 たしかに朝はかならず俺より早いはず縷々がいなかった。

 いないと言う事は用事か風邪かぜとかで欠席けっせきなのかもしれない。


「HR始めるよー」


 先生が入ってきていつものHRが始まる。


「えーと・・・今日は少し残念ざんねんな話があります。埜口やぐちさんが――にあわれたため、欠席です」


 いつものHRのはずだった。

 はずだったのだ。


 俺の耳はとんでもない一言が担任たんにんの口からはっせられた気がしたのだ。

 なぁ、今なんて言った?


「命に別状べつじょうはないそうですが、事故じこの時に頭を打ったようでまだ寝たきりだそうです」


 事故?

 寝たきり?


 誰が。

 縷々が?


 昨日一緒に帰ったんだぞ?

 別れてから縷々が家に着くまでなんてほんの数分だぞ。


 それともそのあとに出かけたのか?

 いや、なんだよ事故って。


 ありえない。

 冗談だろ?




 俺は授業が終わると即効そっこう病院に向かった。

 縷々は特別とくべつ治療室ちりょうしつなどには入っておらず、普通の個室で横になっていた。


「縷々・・・なんでだよ・・・くそっ!」


 先生によると犯人はつかまってないらしい。

 確かにあの路地ろじは人通りも少ない。


 完全な住宅街の一角いっかく

 防犯ぼうはんカメラなどもないだろう。


「俺が必ず見つけ出してやるからな」


 事故にあったなど信じられないほど綺麗きれいな寝顔だった。

 外傷がいしょうはないらしいが、よほど変な頭の打ち方でもしたのだろうか。


 絶対に犯人をゆるさない。

 もしこれでずっと縷々が起きないことがあったならば俺は犯人を殺してしまうかもしれない。


 縷々とは幼なじみでもあったが、初恋の相手だったりもするのだ。

 だが、いつの間にかそんな感情は流れていき、今では大切な友人の一人となった。


 縷々をいじめるやつはかたぱしから君丈と退治たいじした事もある。

 恋心がうすれた今でも、大事なやつに変わりはない。


 病院に来て何時間がたっただろう。

 もしかしたら数分かもしれない。


 永遠にも感じるくらいの時間、俺は縷々の隣でやんでいた。

 せめて家まで送って行けば結果は変わっていたのかもしれないと言うのに。


「くそ、誰が縷々を・・・まさか」


 ふと一人でぼやいていると、俺は一つの事を思い出した。

 【お前のせいだ】


 朝、下駄箱に入っていた奇妙きみょうな手紙。

 まさかこの事を言っているんではないだろうか。


 俺はいそいでバックから手紙を取り出そうとする。

 少しの手掛てがかりでも今は重要じゅうようだ。


「・・・ない」


 バックにしまったはずの手紙はなぜかどこにも入っていない。

 どこかに落としてきただろうか。


 だとしたら自分の馬鹿ばか加減かげんあきれて物も言えない。

 ノートなどにはさまってないか念入ねんいりにチェックをしているその時だった。


「あんたが探してるのってこれでしょ?」


 後ろからかけられる声にくと、いつ入ってきたのかそこには姫野川ひめのがわありすがいた。

 なぜ姫野川がここにいるんだ?


「姫野川・・・いつの間に」


「ノックもしたし声もかけた。あんたがあまりにもその子に夢中むちゅうで気づかなかったようだけどね」


 周りの事など気にしていなかったのは事実だ。

 俺の頭の中は今、縷々の事しかないし、姫野川の事などどうでもよかった。


「出てけよ。・・・お前には関係かんけいないだろ」


 ちょっとした意地悪いじわるのつもりでその言葉を投げかける。

 だが姫野川は毅然きぜんとした態度たいどでそこに立っていた。


「・・・悪かったわよ。昨日のは私もやりすぎた・・・と思う。それに私がここに来たのはこれを見たから」


 今の一言で心を少し開いたのか言葉づかいがやわらかくなった気がする。

 だがそんな事よりも俺の目と頭は姫野川の持つ手紙にいっていた。


「それ、俺の手紙じゃねぇか」


「あんたが急いで帰った時に落としていったのよ。中身を見るつもりはなかったんだけど、見えちゃってね・・・」


 朝の手紙が手渡される。

 きちんと見ていなかったが、そこに書いてある文字はパソコンによるものだった。


 これでは何の手掛かりにもならない。

 結局けっきょくしにもどったわけだ。


「届けてくれてありがとよ。お前があやまるなら俺も謝る。関係ないなんて言ってごめん。だけどこれは俺が始末しまつをつけなきゃいけないことだ」


 俺は手紙に視線しせんを落とす。

 警察けいさつにでもとどければ指紋しもんなりで少しは手掛てがかりが増えるだろう。


 だが俺にはそれを教えることはしてくれないはずだ。

 無力むりょくとはこういう事を言うんだな。


「そのことだけど、私の見立てが間違いでなければ私は無関係じゃない」


「・・・どういうことだ」


 わざとではないが口調くちょうがあらくなってしまう。

 姫野川はもうわけなさそうな顔をして続けた。


「その話をするには私の話しをしなくちゃね。そして君にもこの話を信じてもらう必要がある」


 姫野川はみょうに真剣なまなざしでそう言ったのだった。




 病院に長居ながいするのも迷惑めいわくなので外で話す事となり、近くの人気のない公園に場所をうつした。

 どんな話しかはわからないが、おそらくあまり他人に聞いてほしくないような話であるような気がしたのだ。


「で?お前の話しって言うのは?」


「その前に。いつまでもおたがいお前とかじゃ気分が悪いだろうし。君がいいならかたを変えない?私たちはクラスメイトなんだし」


 現状げんじょうさして重要ではない気がしたが、姫野川ひめのがわは気になったのだろう。

 意外いがいと姫野川は相手を気にするタイプなのかもしれない。


 それで口調がその都度つど変わるとしたらなんとも不器用な性格だ。

 相手に合わせて性格や口調を変えると言うのは中々疲れるだろう。


「わかった。姫野川。これでいいか?」


「水をさしてすまない。私は桂木、と呼んでいいか?」


「好きに呼んでくれ」


 さすがに二人とも下の名前で呼び合うほどれ馴れしくはできない。

 昨日の一件の事もそうだが、そもそも俺達は会って三日目なのだから。


「それで本題だけど。まずは昨日、桂木がなんで?と聞いた質問に答える」


 確かに言ったがあれはふと口に出してしまったような一言だった。

 まあそれは姫野川にはわかるまいだろうが。


 今回の事につながるのならどのみち聞いておかねばならないだろう。

 そして一呼吸ひとこきゅうしたのち、姫野川はしゃべり始めた。


「私がこの街に来たのは一人の人を探すためだ。その人は私の育ての親なんだけど、いきなり行方をくらましてね。生きているのはわかってるんだけど所在がわからない。雲をつかむようにこの街を訪ねてきたってわけ」


「それは・・・SAえすえー普及ふきゅうされて人が多くなってるからか?」


 SAの普及ふきゅうによる成神市なるかみしの人口増加は異常いじょうなレベルにたっしている。

 少し前の成神市ならまだしも、今のこの街ならいろいろな情報も確かに集まるだろう。


「まあ・・・それもあるけど・・・」


 歯切はぎれの悪い回答。

 SAによる人口増加ではないとしたら他に何があるのだろうか?


「その・・・この街には神の伝承が多いでしょ?」


「まあそうだな。成神市って街の名前に神が入ってるくらいだし。・・・ってそれ関係あるのか?」


 全く予想外よそうがいの方面へと話しが飛んでいく、そんな予感よかんがする。

 だが、そんな俺の考えとは裏腹うらはらに、姫野川は少しうつむいて言葉をつづけた。


「私が探しているのは・・・神なんだ」


「・・・は?」


 時が止まる。

 そのまま一日が立ったのではないかと思うほどの長い沈黙ちんもく


 まあ俺がそう感じただけなんだが。

 理解りかいをするではない、理解したくないが正解だろう。


 姫野川は多重人格で妄想壁もうそうへきの多い頭のおかしいやつ。

 俺の中で姫野川の印象いんしょう更新こうしんされた瞬間しゅんかんだった。


「信じて・・・と言うのも無理な話よね・・・」


 話しが見えてこないので俺はベンチを立ち上がる。

 らちかない気がしたのだ。


「信じようが信じまいがその話が縷々にどう繋がるんだよ」


 まさかその神が縷々るるをあんな目にあわしたとか言うならば、いくら転校したばっかの、ましてや女であろうと一発いっぱつなぐってやりたいところだった。

 そんなわけのわからない話に付き合っている時間があるなら、もっとましな時間の使い道があったはずだ。


「もうちょっと話を聞いて!私がその神を探すために昨日の事に繋がるの!」


「昨日って・・・不良狩りの事かよ」


「そう。あいつらの中には情報を持ってるやつも多い。私が探している神は厄介やっかいごとに首を突っ込むタイプだから、もしかしたら私と同じ力を目にしてたらすぐ気づくと・・・」


 同じ力。

 確かに昨日姫野川が使ったのはSAではないようには見えた。


 でもそんなものはSAに見えないがSAかもしれない。

 確証かくしょうなどないのだ。


「・・・何が言いたいのか全くはっきりしないんだが。・・・つまりその仕返しかえしで縷々がやられたって言うのか?」


「・・・半分正解」


「じゃあなんだよ」


「君の、桂木の友人・・・埜口やぐち縷々るるは・・・おそらく―」


 【神】だ。


 再び沈黙ちんもく

 姫野川が何を言っているのか全くもって理解できない。


 縷々が神?神って言ったか?

 そんな馬鹿ばかな話があるか。


 今まで幼なじみとして付き合ってきたが、神様とだと思うような行動は一切見た事はない。

 頭がおかしい姫野川とこれ以上話す意味はない。


「・・・そうかよ。よかったな、神様が見つかって。じゃあな」


「待って!話を聞いて!」


 姫野川があまりにも必死な口調だった為、少しだけ足を止める。

 背を向けちらりと姫野川を見るその姿は、昨日の光景を正反対にしたようだった。


「・・・なに?」


「その・・・桂木かつらぎの友人は神だからねらわれたんだ。私がこの街を引っき回すから、他の神が私へのあてつけとして・・・」


「その話はもう聞いた。神様ね。はいよ」


 俺はふたたび足を動かす。

 姫野川の妄想もうそうを聞いていても仕方がない。


「だから!私のせいだから!桂木に協力したいんだ!」


 その言葉に俺はまた足を止める。

 そして姫野川の方に完全にかえり、言葉をかける。


「お前の協力はいらない」


 姫野川はかなしそうな表情ひょうじょうをしていた。

 だがそんなものに今の俺の心がかれるわけもなく。


 冷たくあしらって俺はその場を去る。

 その立場は昨日の俺と姫野川の立場を完全にひっくり返していたのだった・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る