ヴァルハラの戦神

零楓うらん

第一章 【始まり】

一幕 【出会いの先に】



気持きもちいい風・・・」


 宵闇よいやみの中、高層こうそうビルの屋上おくじょうで、一人の少女が長いかみらしながら街並まちなみを見ていた。

 風に揺れるその髪はとても綺麗きれいで、ほかに人がいたらおそらくその姿すがた見入みいっていた事だろう。


「ここならきっと手掛てがかりがあるはず」


 『あるもの』をさがために街並みを一望いちぼうするが、当然とうぜん街並み以上のものは見えない。

 見ているのではなく、風をただ感じていた。


 しばらくすると突風とっぷうが少女をおそう。

 だが、その突風に微塵みじんも揺らぐことなく、むしろ気持ちよさそうにするのだった。


「オーディン・・・かならず、見つけ出す」


 その言葉を最後に、少女は高層ビルから体をげた。




―ヴァルハラの戦神―

1章 1幕【出会いの先に】




 成神市なるかみし

 よくある田舎町いなかまちである成神市は、数年前から田舎町ではなくなってしまった。


 国が唐突とうとつ最先端さいせんたん科学技術かがくぎじゅつ研究けんきゅうする街に変えてしまったのだ。

 導入どうにゅうされた最先端技術の名称めいしょうは―


SYSTEMシステム ARMORアーマー


 体の一部を機械化きかいかし、生活をより便利べんりにすることで今後の未来を決める。

 と言うなぞ販促はんそくの元に導入され、大衆たいしゅうの興味を根こそぎうばっていった。


 非現実的ひげんじつてきとも思う人も多く、まだまだ認知度にんちどひくかったが、田舎町を変えるには充分じゅうぶんすぎるほどであったのだ。

 巷(ちまた)では略称りゃくしょうとして『SAエスエー』と呼ばれ、各地から体をSA化したいという者が多く集まった。


 さらには成神市での試験的しけんてき実施じっしであり、特殊とくしゅ機械きかいを使っているために市外に出ると使えない。

 それはつまり成神市の市民人口を膨大ぼうだいさせる事につながった。




HRホームルームはじめますよー。皆ー!ちゃんと席についてねー」


 朝はつね憂鬱ゆううつだ。

 特に学生である俺はさらに憂鬱に感じていた。


 世の中には朝が好きな人もいるかもしれない。

 でも、俺、桂木かつらぎ悠真ゆうまにとってはまぎれもない憂鬱で退屈たいくつな朝だった。


 また今日もいつもの日常にちじょうが始まるんだ。

 そんな日常にき飽きしていた俺だったが、いつものようにとなりせきを見る。


 だが、そこにはいつもの風景ふうけいとはことなっている点が一つだけあった。


(また転校生てんこうせいか)


 隣の席は幼なじみの少女の席だったはずだ。

 それがもう一個隣の席にうつっている。


 なんとなくながめていると、幼なじみの少女が手をっているのが目に入る。


「別にお前の事見てたわけじゃねぇよ」


 聞こえるか聞こえないかの声でそうつぶやくと、幼なじみは前をいてしまう。

 普通ふつうなら転校生が来ると言う時点でなんらかの感情が芽生めばえるはずだった。


 だけど、今どき成神市では転校生と言うのはめずらしくないのだ。

 もちろんそれは最近流行はやりである『SA』のせいにほかならない。


 家族でしてくる者や、学生だけで来るものもいる。

 ならば転校生がえるのは当然とうぜんことわりとも言えるだろう。


 だがしかし、そんな俺もSAをそく導入どうにゅうしたミーハー野郎やろうの一人だった。

 それを知るのは幼なじみくらいのもんだが。


「はい、では転校生を紹介しょうかいします」


 れた口調くちょうで先生が説明せつめいすると同時に教室のとびらがあく。

 入ってきたのは一人の少女だった。


 転校生が女子だったことにより男子から歓声かんせいの声があがったが、すぐに先生に注意ちゅういされる。

 またこれもいつもの日常だ。


「どうも皆さん始めまして。姫野川ひめのがわありすと言います。遠い街から来たので成神市にはまだ不慣ふなれですが、早くこの街に慣れ、皆さんといい学園生活を送りたいと思っています。どうぞよろしくお願いします」


 姫野川ありすと自己紹介した転校生は、見るからにお嬢様じょうさまのような品性ひんせいただよわせている。

 かみは光にらされて少し茶色がかっているが、おそらく地毛じげだろう。


 長くこしまである髪は、普段ふだんから丁寧ていねいに手入れされているのがわかるほどのツヤがあり、パーマなどかけた事がないであろう見事なストレートだった。


 どことなく感じるお嬢様な雰囲気ふんいきも、髪のせいなのか、それともお嬢様と感じるから髪が綺麗に感じるのかもわからないほどだ。

 身長は女子の中では高い部類ぶるいはいるのだろうか。


 おそらく俺より少し小さいくらいだろう。

 ちなみに俺は165cm。


 チビとは自分では思っていない。

 転校生が自分の席に着くためにこちらがわへ歩いてくると、その上品な歩き方から体にも目がいくことになる。


 運動などしたこともないような華奢きゃしゃな体つきで、そこから箱入りな家庭環境がうかがえる。

 だが、残念ざんねんと言うべきかはわからないが、むねはない。


「これからよろしくお願いします」


 いつの間にか俺の横まで来ていた転校生のありすは、何気なく俺に話しかけてきた。


「桂木悠真。よろしく」


 興味きょうみのなかったはずの転校生に目をうばわれ、じろじろとながめていた事にずかしさがげ、返事へんじもそっけなく返してしまう。

 その反応はんのうになのかはわからないが、何故なぜか少しおどろくような表情ひょうじょうを見せたが、何事もなく反対側の俺の幼なじみの少女にも挨拶あいさつをしていたため、気にせずにまどの外を眺めることにした。


(神様でもりてこないかな)


 気恥きはずかしさをすために関係かんけいない事を考えようとしたら、そんな言葉が頭の中をよぎった。

 成神市には神がいる、神が生まれると言う伝承でんしょうが古くから残されている。


 次第しだい授業じゅぎょうが始まり、となりの転校生への気恥ずかしさもなくなっていくと、俺の心の中にはいつもの退屈たいくつ憂鬱ゆううつ感情かんじょうもどってきていた。


(もう七月になるのかぁ・・・)


 俺の高校生活も、のこりあと半分。

 将来しょうらいの事など一切考えていないが、今後もこんな憂鬱な学生生活がつづくのかと思うと、俺の心はさらにくらい気持ちになって行った。




   ◇◇◇

 



 昼になると俺はいつものように屋上おくじょうにいた。

 幼なじみの一人である新庄君丈しんじょうきみたけとごはんを食べるためだ。


 これもいつもの日常。

 変わらない日々のその一角いっかく


 だが、君丈は情報通じょうほうつうでもある。

 その内容ないよう噂話うわさばなし程度の信憑性しんぴょうせいのないものばかりだが。


 そういう話しが大好きらしい。

 毎度毎度仕入しいれてくるネタは本当にどこで仕入れたかわからない、と言うより君丈が作っているのではないかとも思う。


「でよ、悠真ゆうま不良ふりょうりの女神めがみの噂はもう知ってるか?」


「不良狩りの女神?なんだそのあいはんした二つ名は」


「なんでもよ、不良をまってる女の子がいるんだと」


 不良を取り締まる?それだと女番長とかの異名いみょうの方がしっくり来る気がするが。


「その不良を取り締まってる女の子がなんで女神なんだよ」


「聞いておどろけ。その女の子はちょう可愛かわいいんだってよ!!」


「・・・お前女にはこまってないだろ」


 見た目もイケメンの部類ぶるいだが、サッカー部のエースもつとめており、校内ではかなりの有名人なのだ。

 そんな君丈を女子がほっとくわけもなく、えず女の子から告白されている。


 だが、ことごとくことわるせいで、一時期いちじきは俺と付き合ってるんじゃないかと女子の中でさわがれもした。

 それにっかって自分の事のくせに変な噂を流したりもしてたが。


「そういう問題もんだいじゃねぇよ!まわりから見て超絶ちょうぜつ可愛い女の子が不良とたたかってるんだぞ!なんかえるだろ!」


武道ぶどうでもやってんじゃないかー」


「そういえばよ、可愛いと言えば今日の転校生はすごかったな。あれこそTHEお嬢様じょうさまって感じ」


 話題わだいが終わらないうちわるのは君丈のくせだ。

 俺の言葉などおそらく聞いてない。


 それでも退屈たいくつ憂鬱ゆううつな学校生活が楽しいと思える瞬間しゅんかんでもあった。

 その才能さいのうかして将来は新聞記者とかになってそうなもんだ。


案外あんがいその転校生様が不良狩りの女神かもしんねーぞ」


 微塵みじんも思ってもないが、なんとなく言ってみた。

 そうであれば面白いと思ったこともくわえておこう。


「おぉー・・・その発想はっそうはなかったな。それはそれで萌えるじゃねぇか!!なぞのお嬢様転校生!そのじつまちを守る正義せいぎのヒーロー!くぅーーーーいいね!」


「お前アニメの見すぎなんじゃないか」


 自分で言っといてなんだが、君丈の頭が心配しんぱいになってきた。

 だが俺がそんな事を口走くちばしったのは今日の転校生の活躍かつやくぶりからでもある。


 それと言うのも、今日のこれまでの時間割が【国語・家庭科・体育・社会】だったわけだが、国語では綺麗きれいな声でむことなく文章を読み上げ、家庭科では先生もうなるほどの料理を作り、体育ではその華奢きゃしゃな体のどこに筋肉があるのかといただしたくなるような運動うんどう神経しんけいを見せ、社会ではまだならってもいないような歴史れきしをすらすらと答えたのだ。


 そんな優等生ゆうとうせいっぷりを見せつけられては武道をやっていましたとか、正義のヒーローしてますとか言われてもあまり衝撃しょうげきけない。

 きっと「私の前で悪事あくじはたらかせません!」とか言っちゃうのだろう。


「でもまあ悠真も気をつけろよ。最近マジで不良とか多くなってるみたいだからな」


「SAのせいだろ?俺だって自分のがあるんだ。いざとなったらこれで戦うさ」


「うーん・・・まあそうかもしれないけどよ」


 SAえすえーには基本的に日常生活を助けるような機能きのうしかない。

 筋力増強きんりょくぞうきょう多段階ただんかいアーム、簡易かんいバーナーなどなど。


 自分のしい能力のチップを買い、インストールさえすれば体のSAがこたえてくれるのだ。

 だがしかし、俺が持っているのは日常生活に使うようなチップではない。


「悠真が持ってるのって改造かいぞうチップだろ?」


 SAが普及ふきゅうされて間もないころから改造チップが出回っているのだ。

 本来の日常生活の枠組わくぐみをえる力をSAから引き出すチップ。


 俺はある経緯けいいでそのチップを偶然ぐうぜん手に入れた。

 だが、今まで使う機会は一度もなかった。


 その改造チップが出回っていることにより、チンピラや不良が増え、犯罪頻度はんざいひんどが多くなっているのがこの街の真の現状げんじょうである。


「・・・ほんとにいざとなった時だけにしろよ」


「俺だってそういのってるさ。こんなものは使わないにしたことはないんだからな」


 他の人が聞くと物騒ぶっそうな話で俺たちの昼休みはまくを閉じたのだった。




 学校がわり、ふと俺は転校生の事を考えていた。

 姫野川ひめのがわありす。


 この街ではめずらしい名前と言うのは珍しいの範疇はんちゅうには入らない。

 なぜなら、成神市は神のいる街だからだ。

 むかしから珍しい名前など山ほど見てきた。


 転校生のありすが来たことで席を移動いどうした幼なじみの女の子、埜口やぐち縷々るるもその一人。

 だけど、ありすは外から来ていると言っていた。


 親もなんでそんな名前を付けたんだか。

 いや、ありすという名前くらいなら今の世の中普通にいるのかもしれない。


「まあ他人の家庭環境なんて気にしてもしょうがないか」


 あまりわる妄想もうそうをしていると昼に君丈きみたけが言っていたなぞ女神様めがみさまが俺の事を退治たいじしに来るかもしれない。

 まあそんなものにお目にかかれる日は多分来ないだろうけど。


「って・・・ここどこだ?」


 物思いにふけっていたら知らない路地ろじまよんでしまったようだ。

 どこかの倉庫そうこのようだが今は使われてないのか、見るからに放題ほうだい


 まったくもって自分にあきれる。

 いつもの帰り道をどうやったらこんな場所に来れると言うのか。


「あぁ~?お前だれだ~?」


「げっ」


 前言撤回ぜんごんてっかい

 謎の美少女に助けてほしいような状況じょうきょうになってしまった。


「ここをとどろきさんのテリトリーだと知って入ってきてんだろうなぁ?」


 轟。その名前は聞き覚えがある。

 成神工業高校で有名な不良ふりょうグループのリーダーのはずだ。


 俺のかよってる成神第一高校と距離きょりが近いために何かとからまれることが多い。

 まさか自分が絡まれるなんて思いもしてなかったが。


「あ、いや・・・ちょっと迷い込んだだけなんだ。気にしないでくれ」


「気にしないでくれ?そんなわけがきくかよ!てめぇ成神第一のやつだろうが!轟さんにケンカ売りに来たに決まってら!」


 勝手かってに決めつけられたことに少々イラッしたが、ここはおさえるべきだ。

 今ここで反応はんのうしてしまえば即効そっこう喧嘩けんかになるのは間違まちがいないだろう。


ちがう!ほんとに今すぐ出ていくって!」


「轟さん!なぐみっすよ!殴り込み!」


 こっちの話しはガン無視むしか。

 そうこうしているうちにまわりは轟の手下てしたらしき不良にかこまれている。


 やばい。これはやばい。

 どうにかそうと考える間もなく、倉庫のおくから一人の男がやってきた。


「俺に挑戦ちょうせんとはいい度胸どきょうだなぁ。今俺ははらの虫どころが悪くてなぁ。ちょうどらししたかった所なんだよ」


 おそらく轟と思われるその人物は、かなりの筋肉で体をおおっており、身長も2メートルをしているのではないかと言う迫力はくりょくがあった。

 実際じっさいにはもっと低いだろうが、その迫力からそう思わざるを得なかった。


「ちっ」


 かる舌打したうちが出てしまう。

 どう見てもてる見込みはない。

 

 体格たいかくもさながらだが、うわさによると轟はSAを両腕りょううでほどこしていて、改造かいぞうチップまで使うと言う話を聞いていた。


 その一方俺のSAは右手だけ。

 体格でもSAでも勝てるとは思えない相手だ。


 だが何もしないでやられる気はない。

 一か八かでSAを起動きどうしようとした瞬間しゅんかん


ちなさい!」


 突風とっぷうと共に空から一人の人影ひとかげ颯爽さっそうった。

 その人は成神第一高校、うちの女生徒のふくを着ている。


 そしてロングの綺麗きれいかみがなびき、その立ち姿からおそらく場慣ばなれしている感じがした。

 見た目を知らない俺でも一瞬いっしゅんでそれがだれだか予想よそうがつく。


「少年。私が来たからにはもう安心だ」


 君丈が言っていた不良狩りの女神が降臨こうりんしたのだ。

 女神が言葉と同時にかえったので、一目ひとめ顔を拝見はいけんしようと思ったが、女神の顔には子供に人気の日曜にちよう朝にやっている戦隊物せんたいもの仮面かめんがついていた。


「てめぇ誰だ!ふざけてんのか!」


 不良の一人が声を大にしてやかる。

 たしかに何ともふざけた格好かっこうだった。


「てめぇら下がれ。この風貌ふうぼうからして、このじょうちゃんは噂の不良狩りに違いねぇ。まさか成神第一高校のやつだったとはなぁ。そんなふざけた仮面をつけてくるとは思ってもなかったが」


 仮面はおそらく身ばれをふせぐためだろう。

 不良の轟がうちの高校の生徒せいとだと知らなかったという事は下校途中にばったりとこの場面に遭遇そうぐうしたのだろうか。


「お前達には聞きたい事がある。私にやられたくなければこの少年を見逃みのがし、素直すなお情報じょうほう提供ていきょうおうじろ」


「待て、俺もたたかう!」


「大丈夫だ少年。気持ちだけっておこう」


 さっきから少年少年って、同じ高校の生徒なら俺は二年なんだから年がちがっても一個くらいだろうに。

 元からこんな性格せいかくなのか、それとも戦隊物の仮面をつけているせいでなりきっているのか。


 なんにせよ、女の子一人に戦わせるわけにはいかない。

 女神様の強気つよき態度たいどには悪いが、SAを起動きどうさせておこう。


「それを聞いて引き下がらねぇことも知ってんだよなぁ?」


 轟は今にもかかってくる姿勢しせいを取っていた。

 それに対して女神様の方は依然いぜん無防備むぼうびくすだけ。


「お前ら不良はどこも変わらないな」


「お前のSAの力で俺様に勝ってみるんだな!」


 そう吐くと同時、轟はひじからジェットのようなものを出し、高速のこぶしり広げてきた。

 改造SAの中でもかなりあぶなく、ロケットパンチと言われているチップだろう。


 俺は思わず女神さま前に飛び出そうとするが、轟の攻撃は早すぎて俺に動くすきあたえない。

 だが、その素早すばやい拳は、少女にすらとどくことはなかった。


 まるで金属きんぞくにでも当たっているかのような金属音と火花をらして、女神様の前で轟に拳は止まったのだ。

 拳をりぬくことができず、中途半端ちゅうとはんぱ体制たいせいでなおもり続ける轟だったが、以前その拳は先に進もうとしない


「くっそ!なんだこのSA!てめえなに使ってやがる!」


「ふん。お前はその力で強くなったようだが、上には上がいるものだ。その力では私のたてくだけんぞ」


 轟は一旦いったん身を下がらせると、こちらを強くにらみつけてきた。

 正直おどろきどころのさわぎではない。


 俺も改造チップの事を色々調しらべているが、こんな効果こうかのチップなど知らなかった。

 だが、SAのチップはSAの中でできることをとどめたプログラムだ。


 オリジナルと言うこともあり得る。

 それにしても空中で相手の拳を止めるSAなど、何をどうしたらそんなSAが生まれるのだろうか。


「まぁいい。うわさの実力はあるみてぇだな。ならよう・・・遠慮えんりょはいらねぇよなぁ!」


 とどろきはひざをかるげ、少し体勢を低くすると同時にひじも曲げる。

 踏ん張るようなポーズをとった轟は何とも変な格好かっこうだったが、ひじから先ほどの倍の威力いりょくはありそうなバーナーを噴射ふんしゃしていた。


 おそらく最大出力でさっきの拳を出そうとしているのだ。

 しかも今回は両腕りょううでで。


「おい、あれはまずいぞ!」


「大丈夫。まあ見ていろ」


 次の瞬間、轟は怒号どごう爆音ばくおんまぎれながら強烈きょうれつな速さで突っ込んできた。

 それを女神様はけることもせず立ちつくして出迎でむかえていた。


 そして再度ふたたび轟音ごうおん

 やはり何かにふせがれ、轟の体は突っ込んでくる見た目とは裏腹うらはらに空中で制止せいしした。


せろ」


 一瞬いっしゅんにして決着けっちゃくはついた。。

 女神さまが左手を軽くよこると、轟の体ははるか後方にび、倉庫そうこの中にあるコンテナにめりんだのだ。


 何がきたかまるでわかる余地よちもない。


「少しやりすぎてしまったか」


「と、轟さんが・・・やられた・・・?」


 手下の不良共は動揺どうようかくせず、多種多様たしゅたような事をつぶやいている。

 俺もさすがにこれは口をあんぐりと開けるので精一杯せいいっぱいだった。


「おい」


 女神様が不良共に声をかけると、その不良達は蜘蛛くもの子をらすように去って行ってしまった。

 さすがに同じ立場なら俺もげるわ。


「はぁ、また収穫しゅうかくなしか」


 開いた口をとりあえずめて、何も言わずにくす。

 守ってくれたとは言ってもなんで守ってくれたかもわからないのだ。


「すまんな。んで」


 女神様がこっちをいて謝罪しゃざいを言った。

 助けてもらったのはむしろこっちの方なのだからあやま意味いみはわからないが、返答へんとうを返すべく、カラカラになっていたのどにどうにかつばを飲み込む。


「ん・・・いや、こっちのセリフだ」


 まさか噂の女神様に助けてもらったなど行ったら君丈はうらやましがるだろうか。

 それとも体験談たいけんだんを聞いたらふるえ上がるだろうか。


「・・・なんで」


 何がなんでなのかも自分でもわからないままにその言葉をはっした。

 いや、なんで助けてくれたのか考えてたからにちがいないのだが。


「んー、まあ君には関係かんけいのない事だ。・・・しいて言うなら人探しかな」


 聞く気もなかった事でもあり、状況じょうきょうが状況だけに頭が混乱こんらんしているため、その言葉はあまり耳に入っていない。

 そんなことよりも一つ気になる事が出来てしまったのだ。


 今までは後ろ姿からしかみていなかったが、前から見るとどうにもとある人物にている気がしてきたのだ。

 そしてその疑問ぎもんをふと口に出してしまう。


「・・・姫野川ひめのがわ・・・さん?」


「え・・・」


 時が止まった。

 沈黙ちんもく


 何秒の間そうしていただろう。体感時間的には30分は立ち尽くしていただろう。

 もちろんそんな時間は立っていないが、口に出してはいけない言葉だったのをはだに感じたゆえに思考も止まってしまったのだ。


 そもそもありえない話しとして俺と君丈きみたけが話していた話だ。

 だが、ありえない話なのにそれを裏付うらづけるものがありすぎた。


 学校で初日にしてそのいは目立っていたから、記憶きおくにばっちりのこっているのだ。

 長いかみが今も夕日ゆうひらされて少し茶色がかっているし、声の質感しつかん仮面かめんしながら聞きおぼえがある。


 唯一ゆいいつちがうとしたら口調くちょうくらいだろうか。

 だが、それも身ばれしないためにつけている仮面が口調までも変えている原因げんいんだと俺の中で感づかせてしまったのだ。


「・・・な、何か勘違かんちがいしているようだな、君は。不良にからまれて頭が混乱しているんだ。そう、そうなのだ。今日は早く帰りなさい。それでは私もこれで」


 早口にそう息巻いきまいて驚異きょういのジャンプ力でその場を去っていく女神様。

 混乱が混乱を呼ぶ。


 だが、今の反応はんのうあきらかに何かをかくしていた。


「まさか・・・な」




 次の日に登校すると、転校生の姫野川ありすは時間ぎりぎりに登校してきた。

 皆に昨日と同じく丁寧ていねい挨拶あいさつをしていく。


「・・・おはようございます」


 そして俺の前で一瞬いっしゅん戸惑とまどったような気がした。

 目も一瞬しか合わせない。


「姫野川さん、昨日の」


「HR始めるよー席についてねー」


 問いただそうとしたがちょうどそこに先生が入ってきて、さえぎられる形になってしまった。

 姫野川はこちらを気にすることなく先生の話しを聞いている。


 勘違いだったのだろうか。

 もしくは現実逃避げんじつとうひみの夢でも見たか。


 いや、今の反応もおそらくそういう事なのだろう。

 疑念ぎねん確信かくしんに変わって行った。




 昼休みが始まるまでの授業中、俺は無意識むいしきに姫野川を見ていた。

 きっと周りから見たら相当そうとう変なやつだったにちがいない。


 そして昼休み。

 俺は姫野川に声をかけようとした瞬間しゅんかんだった。


「えっと、桂木かつらぎ君・・・だっけ?ちょっと学校を案内あんないしてほしいのだけれど」


「え、あぁ。いいよ」


 なんと姫野川の方から声をかけてきたのだ。

 男子のブーイングをに教室を出ると、案内してくれと言ったはずの本人はすたすたと歩いて行ってしまう。

 ついてこいという事なのだろう。


「・・・姫野川さん。話があるんだけどさ」


 そう切り出したのは、屋上おくじょうにたどりき、姫野川が足を止めて1分後くらいの事だった。

 なぜ屋上に来てだまっているのかはわからないが、俺から話を振れと言う合図だと思ったのだ。


「昨日のあれ・・・ひめのが―」


「忘れろ」


「・・・え?」


 一瞬誰が言ったかわからないくらい低い声。

 ここには俺と姫野川ありすの二人しかいない。


 つまるところ今の声は目の前でこちらをかずにいる姫野川ありすの声と言うことになる。


「聞こえなかったか?私は―」


 姫野川は振り向きざまにもう一度強く言い放った。


「忘れろと言ったんだ」


 昨日や朝見せた笑顔えがおや、品性ひんせいある言葉づかいとは真逆まぎゃくの、感情のこもっていないような表情に乱暴らんぼうな言葉づかい。

 それは二重人格を思わせるような変わりようだった。


「忘れろ。それができないなら誰にも言うな」


 姫野川の無表情だった顔に感情がこもる。


「言ったら殺す」


 それは喜怒哀楽で言う所のいかりの感情―


「ま、待てよ。やっぱり昨日のは姫野川さんなのか!」


「そういう事だ。これ以上お前と話す事はない」


 そのまま去ろうとする姫野川に、俺がとっさに出た言葉は昨日と同じものだった。


「姫野川っ、お前なんで!」


 姫野川は一瞬立ち止まり、少しこちらに首を振って、振り返る事はなく言い放つ。


「お前には関係のない事だ」


 昨日のやさしい言い方とは違った強く怒るような言い方。

 まるで姫野川が三人いるような錯覚さっかくにおちいった。


 理解不能りかいふのう状況じょうきょうに頭がいつかない。

 俺の頭は完全にフリーズしてしまう。

 

 姫野川はそんな俺を置いて、屋上から出ていくのだった・・・

 

 俺の中で二日目にして周りの見解とは真逆の印象いんしょうが、転校生の姫野川ありすにはついてしまう。


「君丈・・・やっぱり女神めがみじゃなくて番長ばんちょうなんじゃないか・・・?」


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