第2話 コウイ
僕が全校生徒の前で生徒会長を殴ってから数週間。
停学処分から解放された初日の授業が終わり、教室に最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
周囲に視線をやってみるとある者は僕を避けるように去っていき、ある者はさっと目を逸らし、またある者は僕の動向を見逃さないようにじっと警戒の視線を向けてくる。
僕をイジメていた不良たちですら、遠巻きにこちらを警戒している始末だ。
なにをしでかすか分からないとばかりに向けられる警戒の視線でいままでどれだけ空気だと思われていたのかをひしひしと感じながら僕は立ち上がる。
たったひとつの行為でここまで反応がガラリと変わるものかと最後まで視線の雨に感嘆のため息をつきたくなった。
確かに周りから見ればいきなり生徒会長を殴った僕はどうかしたようにうつるだろう。
けど、どうかしたような判断や行動してしまうことは誰にでもあることだ。
一般的にはそういったことの原因は失恋や悪い友人と付き合ったりというものだろうが、僕の場合はそれが本に挟まっていた折り鶴の手紙だったということだけである。
教室のある校舎を出て僕が向かったのは例の通り寂れた図書室だ。
数週間立ち寄らなかっただけなのに、数年ぶりに訪れたような懐かしさを覚えつつ外観を見ていると、ガラッと扉が開いて女生徒と危うくぶつかりかける。
「すいません。あ…………」
謝りながら僕は視線を下げ、意外なものを見たように驚く。
そこにいたのは品行方正という言葉を具現化したように制服をきっちりと着こなす件の生徒会長だった。
向こうも僕の顔を見て驚いたようで長くしなやかな黒髪に髪に負けないように大きな瞳がこちらの考えを見透かそうとするかのように向けられる。
殴られた跡はすでになかったが、まさかこんなところで会うとは思わず、僕は息を飲んだがここで目を逸らすのはなんだか負けたような気がしてじっと彼女を見返す。
やがて生徒会長はスカートをひらめかせながら自然な所作で視線を逸らし、扉と僕の体の間からすり抜けるようにして去っていく。
カツカツとローファーの音を響かせる背中を見送り、僕は図書室に入る。
そそくさと中に入るとあの本――ウェルギリウスの死がある本棚に向かい、本を手に取ってパラパラとページをめくっていく。
「やっぱりあった」
呟いた僕の視線の先にあったのは本の中で羽を休めていたかのように自然に挟まれた折り鶴だ。
僕は前回と同じように鶴を紙の状態に戻し、裏返してびっちりと書かれた文字を読む。
そこには前回の生徒会長を殴ったことへの感謝の言葉と新たな依頼をしたいというか旨の内容が書かれていた。
わざわざ全校生徒の前でしでかしたおかげで僕が手紙を見て行動したというメッセージはどうやら相手に届いていたらしい。
手紙を持つ手が歓喜に震える。
顔を知らない相手とはいえど、誰かが自分を頼ってくれていることがこの上なく嬉しかった。
そして僕はすぐに新しい依頼のために行動を起こす。
最初の任務はとある書店でボヤ騒ぎを起こすことだった。
なんでもその店の店長はバイトの学生にわいせつな行為を働いているらしく、手紙の主の知人が被害に遭ったらしい。
だが僕にはそんな前フリはどうでもいい。女生徒に暴力を振るったのだ。いまの自分ならなんだってできるような気がした。
幸い手紙にはやり方から逃走方法、後始末まで事細かに書かれており、僕はただそれを忠実にこなすだけで済んだ。
そして最初の任務は成功した。書店でのボヤ騒ぎはいくつかの不幸が重なった事故ということで片付けられ、僕に疑いの目が向くことは微塵もなかった。
それから僕は手紙という形で出される指示に従って様々なことを行った。
時には生徒を脅迫する悪徳教師を逆に脅してやったり、不良たちを闇討ちしたりと実に様々だ。
依頼をこなしていく中で僕は達成感と共に徐々に自分が変わりつつあることを認識した。
いままで言われるがままヘコヘコしていた平凡な自分からはさよならできる日が近い。
だがそんなある日、なぜか本に手紙が挟まれていない日があった。
「おい」
怪訝に思いながらも校門まで来たところでそう声をかけられ、見ると僕をイジメている不良グループがそこにいた。
「ちょっと付き合えよ」
そう言って目つきの悪いリーダーはついてこいと顎で示してくる。
いままで寄り付かなかったというのに一体どういう風の吹き回しだろうかなどと勘ぐりながらもついていく。
連れてこられたのは例のごとく人気のない校舎裏だった。
なにが始まるのか分からない僕にリーダー格の一人がポケットからあるものを取り出す。
「お前の行動が変になってから見張ってたが、変わったのはどうやらこいつが原因らしいな」
そういったリーダーが持っていたのは、不良が持つにはあまりに不釣り合いな折り鶴だった。
どうやら僕が秘密のやり取りをしているのを知って僕より先に折り鶴をくすねてきたらしい。
そう冷静に分析する一方、なにがしたいのかわからず警戒の色を見せる僕の前で男はライターを取り出すと折り鶴に火をつける。
火はあっさりと折り鶴に燃えうつり、折り鶴を真っ黒な灰の塊へと変えた。
「うざいんだよ。妙に自信に溢れた顔しやがってッ。お前は大人しく――」
男の言葉が不自然に途切れる。自分でも驚くほどの速さで僕は男を殴っていた。
そこからはめちゃくちゃだった。
不良グループたちに押さえつけられ殴られて、強引に暴れて不良たちを殴り返して蹴りつける。
加減など考えている暇はない。
その時あったのは面白半分に折り鶴を燃やしてくれた不良たちへの怒りだけでただ無我夢中に体を動かしていた。
冷静に周囲を見れる落ち着きを取り戻した時には、不良たちの捨て台詞と遠のく足音が遠くから聞こえていた。
地面に仰向けになりながら体のあちこちが痛み顔をしかめつつ上体を起こす。
なぜ自分でも驚くほど、勝手に手が出たのだろうか。
僕は手紙の相手とのやり取りを大事にしていたのは事実だ。だが折り鶴は言ってしまえばただの紙切れだ。
それにここまで激情を覚えた自分の感情が理解できなかった。
僕は冷静に考えた。そしてひとつの結論に行き着く。
僕は手紙の主が好きなのだと。
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