第6話:奇術に恋した魔法使い

家に辿り着くと、中では興奮した様子のミノリとそれを宥める父さん達がいた。

「おお!帰ったか!どうもこの子落ち着かなくてなぁ……」

「おかえりなさい。どうだった?」

「一応、話は出来たし、事情も分かった。ただ……」

 俺は、ミノリの方を見た。相変わらず酷く興奮しており、落ち着かない様子だった。

「悪いんだけど、ちょっとミノリをこの場から離してもらっていい?」

「何ですか!!師匠が言ってました!!隠し事はいけませんって!!何を隠してるんですか!!」

「はいはい、お姉ちゃんとあっち行ってよーね~~」

 そういうとマティ姉はミノリを抱え、上の階へと連れて行った。連れて行かれる最中も大騒ぎして抵抗していたが、流石に大人の力には勝てないようだった。


 俺は父さんと母さんに事情を説明した。マカフシさんがやっていたのは手品だったこと、あの子が魔法使いであること、政府の目的があの子の力であること、全て話した。

 話し終えると、まずは父さんが口を開いた。

「なるほどな。確かに言われてみれば、マカフシがやっていたのが手品っていうのは納得がいくな」

「どういうこと?」

「あいつは凄い魔法を見せてくれと頼まれても、危険だからやらないと言ってたんだ。手品事態よく出来てたし、ありゃあ魔法って言われてもおかしいとは思わないかもなぁ」

「それだけ凄かったんだね」

「ああ、そりゃあもう凄かったさ。2年ぐらい前から急にショーをやり始めたんだが、いつも大盛況だったしなぁ」

 父さんが話していると、母さんが横から入ってきた。

「それよりも、今はどうやって助けるかが先決じゃないかしら?」

「ごめん、話が逸れてたね。それで、救出方法なんだけど、俺はミノリに手伝ってもらうのが一番良いと思うんだよね」

「お前正気か!?あの子はまだ7歳位だぞ!?」

「でも、あの子は多分、その気になればここにいる全員よりも強いと思うよ」

「いや、でもだなぁ!そんなことするのは流石に……」

「男らしくないって言いたい?まだ会って短いけど、父さんが言いたいこと大体分かるよ。でも、これが一番確実だと思うんだ。俺達があの子を助ける形でやった方が絶対上手くいく」

「お父さん……私も本当はミノリちゃんにやらせるのは反対なんだけど、でも何回考えてもそれしか思い浮かばないんだよ……」

「なら!そうだ!皆で正面から……!」

「ミノリがいないと無理だよ。いくら俺とピールが能力を持ってるっていっても、所詮は人間だからね?数で抑えられたら終わりだよ。それに国家に歯向かう事になるんだ。一家全員牢屋行きだよ」

 正直、父さんを説得するのは辛かった。

 父さんが言いたいことも分かるし、俺だって出来ればあの子を使いたくない。だが、こうするのが最善としか考えれなかった。


「……分かった。オーアの作戦で行こう」

 長い沈黙の後、ようやく父さんは認めてくれた。

「母さんはそれでいい?」

「私は最初からオーアの事信じてますよ」

「いや、俺も信じてはいたぞ!?」

 父さんが思わず張り合う。その様子がおかしくて、ついつい笑ってしまった。


 ピールがマティ姉とミノリを呼びに行き、二人とも下へと降りてきた。ミノリは泣いていたらしく、目の下が少し赤くなっていた。

 俺はミノリに救出方法について説明する事にした。

「ミノリ、大丈夫かな?」

「……どんな嘘つくつもりですか。穂は騙されませんよ……。嘘ついたって、分かるんです……」

「嘘なんてつかないよ。約束する。今から話すのはマカフシさんの救助方法についてだ」

「師匠の!?」ミノリが机から身を乗り出す。

「まあまあ落ち着いて。君の協力が必要なんだ」

「する!穂が師匠を!助けます!!」

「……ちょっと落ち着いて、今から説明するから。まず、俺とピールと君が留置所まで行く。ここまではOK?」

「OKです!」

「次に、君が魔法を使ってあそこからマカフシさんを助け出す。OK?」

「魔法で!どれにしましょう!?壁抜け!?消失!?」

「ミノリがやりやすいやつでいいよ。で、後は逃げるだけ。危なくなったら俺とピールで守るから」

 すると、マティ姉が俺に聞いてきた。

「あたしは?腕ならそこそこ自信あるよ?」

「マティ姉は家にいて。何かあった時のためにもさ」

「んー……まっ、ここは弟の顔を立ててやりますか!」

「ありがとう」

「いーってことよ」

 俺はミノリの方に向き、最後の確認をとった。

「大丈夫?理解できた?」

「勿論です!未来の大魔法使いの活躍をよーく見ててください!」

「この後すぐに実行したいと思う。大丈夫?」

「はい!魔法使いは夜も元気なのです!!」

 俺達は各々準備を整え、出発した。


 俺達は再び夜の大通りを通っていた。先程よりも夜が更けたためか、暗さが増しているように感じた。

 ふと、ミノリの方を見ると小さく震えていた。

 ピールが心配して声をかける。

「大丈夫?」

「へへへ平気です……!こここここんな暗さ、どうってこと、ないですよ……!?」

「いや、その震え方は尋常じゃないと思うんだけど……」

「へいっ、へ、平気ですよ!寝る時はいつも、こ、この位暗いですし……!?」

 まあ、そりゃそうだろうな……。

「……あーっ、何だろ?何か急に怖くなってきちゃったなー?」

「ふ、ふふん!まだまだですね……!こんなの怖いって言っちゃうなんて……!!」

「誰か手を繋いでくれないかなー?」

「しょっ、しょーがないですね!穂が繋いであげます……!将来の大魔法使いの手です!しっかり覚えておくといいですよ……!?みみ、皆に自慢できますから!」

 そう言うと、ミノリはピールの腕にガッシリとしがみ付いた。

 本人は手を繋いでるつもりなのかもしれないが、恐怖のあまり本心が出てしまっている。

 しかし、ピール……演技下手だな……。引っ掛かるミノリもどうかと思うが……。

 そう思いながら歩いていると、ミノリが急に怒り始めた。

「オーアさん!何をしてるんですか!」

「え?何?」

「何って、夜道は危ないんですよ!?みみみ、穂が手を繋いであげます!」

「いや、いいよ。別にそんなに怖くはないし」

「いいからっ……!早くっ……!手をっ……!繋ぐのですっ……!」

 正直めんどくさかったが、怯えている姿があまりにも可哀想なので手を繋ぐ、もとい腕を組む事にした。

「よよよよし!もう大丈夫です!穂がいれば百人力ですよ!!師匠をパパッと助けて、さっさと帰りましょう!」

 未来の大魔法使い様は元気に俺達の腕を引っ張っていった。


 俺達は留置場が見える位置まで辿り着くと、一旦物陰に隠れた。

 留置場の周りには警備員がいたが、さっき来た時よりも数が増えている様に感じた。

「何か、見張りが増えてない……?」

「うん。多分さっき話してたのが聞かれたんだと思う」

「ふふふん!二人とも、何を怖がっているのです?あんなの穂にかかればチョイチョイです」

「言っとくけど、怪我させるようなのは駄目だよ?」

「分かっています!師匠がいつも言っているのです!魔法は人助けのために使えと!人を傷つける事に使ったらいけないのです!」

「そう思ってるなら安心したよ。じゃあ、頼めるね?」

「任せてください!ぷぷぷっ、師匠の驚く顔が目に見えますね!」

 そう言うとミノリはマントの中からステッキの様な物を出すと、何やらブツブツ唱え始めた。

 すると、留置場近辺が強く揺れ、それと同時に、目の前にマカフシさんが瞬間移動してきた。

 魔法なんて始めてみたが、確かに凄い。本当に突然マカフシさんが現れたのだ。

「あ、え?穂?」

「師匠!」

 ミノリはその場でマカフシさんに抱きついた。

「師匠!見ましたか!?今の穂がやったんです!」

「あ、ああ。ホント……びっくり、したよ」

 マカフシさんは目を真ん丸にしたままで自分の身に起こった事をまだ理解出来ていない様だった。

 しかし、この作戦はまだ終わっていない。先程の揺れで周りが騒ぎになっている。今は地震で通るかもしれないが、マカフシさんが居ない事に気が付いたら確実に捜索隊が結成されるだろう。

「ミノリ!喜ぶのは後だよ!マカフシさんが居ない事に気が付かれたら!」

「ふっふっふーん!これだから素人は困ります!未来の大魔法使いはその辺もバッチリなのですよ!」

「ミノリちゃん、一体何をしたの?」

「よくぞ聞いてくれました!牢屋の中に師匠の幻を作ったのです!これでしばらくはばれません!」

「本当に凄いな、君は……」

 俺はこの子の力を甘く見過ぎていたようだ。小さくても凄まじい力を持っている。

 俺達は騒ぎが大きくならない内に帰路に付いた。


 帰り道、ミノリは疲れてしまったのかマカフシさんの背中で寝息を立てていた。起きている時は騒がしいのに、寝ていると本当にただの子供だ。

「見て見てオーア兄。可愛いね」

「そうだね」

「しかし、驚いたよ。まさか助けに来るなんて」

「助けに来るって言いませんでしたっけ?」

「いや、まさかと思ってね。流石にあそこから助け出すのは無理だと思ってたんだよ」

「実際、俺達だけでは無理でしたよ。ミノリのおかげです。この子が起きたら、いっぱい褒めてあげて下さい」

「ああ、そうするよ」

「あの、今晩は泊まっていって下さい。もう夜も暗いですし」

「……助かる。ホント恩にきるよ」

 俺達は大通りを抜け、家へと向かっていった。


 家に辿り着くと、父さんとマティ姉が駆け寄ってきた。

「よく戻った!子供達よー!」

「ホント凄いなぁ!あたしの弟と妹は!」

 二人は両サイドから俺とピールをがっしりと挟む様に抱きしめてきた。

「あ、ははは……ただいま」

「ただいま、お父さん、マティ姉」

 横目で見ると、マカフシさんは母さんからミノリをベッドに運ぶように薦められていた。

 何とかなって良かった。そう思いはしたものの、新たな問題が発生した。

「ちょ、父さん……!マティ姉……!くるしっ……!」

 父さんのムキムキの体とマティ姉の適度に筋肉の付いた体に挟まれ、窒息しそうになっていた。

 横を見ると、ピールの顔も青くなっていた。どうやら、ガッシリ挟まれて能力を使っても抜け出せないようだった。

 俺は最終手段とばかりに目を閉じ、意識を集中させ、二人に自分の感覚を移動させようとしたが、思うようにいかなかった。二人同時だからか、酸素不足で頭が回らないからか、いずれにしても上手く使えなかった。

「はいはい、二人とも!いい加減に離しなさい」

 そう言って母さんが二人を引き離し、俺とピールは何とか事なきを得た。本当に危なかった……。


 ミノリをベッドに寝かせたらしく、マカフシさんが二階から降りてきた。

 そういえば、こうして明るいところではっきり見るのは初めてかもしれない。

 マカフシさんは口元に生やした髭を整髪量か何かで固めて伸ばしており、肩には赤い服をまるでマントの様に巻きつけていた。このファッションはどこかで見たことがある気がするがどこだっただろうか?

 マカフシさんは椅子に座ると、俺達にお礼を言い始めた。

「今日は本当にありがとうございました。何とお礼をしていいやら」

「なぁに!困った時はお互い様ですよ!」

「調子の良い事言って……。親父はなーんもしてないでしょ?」

「そうよ。助けたのはあの子達なんですから」

「そ、そんなこぞっていじめるなよ……」

 父さん達のやり取りを見て、マカフシさんは楽しそうに笑った。

「仲が良いようで何よりです」

「ええ!家族は仲が良いのが一番ですからな!」

 父さんは自慢げに笑った。まあ、確かに仲が良いのが一番だ。

 するとピールがマカフシさんに急に話し始めた。

「あのマカフシさん、ちょっといいですか?」

「何かな?」

「失礼でなければいいのですが……私が初めてマカフシさんとお話した時の事、覚えてますか?」

「ああ、覚えているよ」

「あの時、こっちの世界に来た時って言ってましたけど、あれはどういう……」

 そうだすっかり忘れていた。確かにあの時にマカフシさんはそう言っていた。もしかしたら、俺の過去の事も何か分かるかもしれない。

「そうだね……何から説明すればいいんだろうか」

「あの言い方だとマカフシさんは別の世界にいた様な感じでしたけど……」

「うん。私は元々この世界の人間じゃないんだ。私は元の世界では日本と言う所にいたんだよ」

 日本。何だろうか。記憶に確かにある。だが、どんな所だったか……。

「私はそこではしがない手品師でね。小銭を稼ぎながら細々と暮らしていたんだ。ある日、私が仕事を終えて家に帰っていると、突然眩い光に照らされた。その後は気が付いたら、この世界にいたんだ」

「どうやってここが元の世界と違うって気付きましたか?」俺はすぐに質問した。

「何故って……ここでは使われている貨幣も違うし、科学も発達していない。すぐに気付いたよ。それに名前も違ったしね。まあこれは後から関係ないって気付いたけど」

「名前?」

「私達日本人は苗字が先に来て、名前が後に来る。君達はその逆だろう?」

 言われてみればそうだ。あれ?でも何で俺……マカフシが苗字だって認識してたんだろう。

「まあでも関係なかったんだ。この世界にも同じ様な名付け方をしている地域があるらしくてね。穂もその地域出身らしい」

「まあそうだね。あたしも詳しくは知らないけど、そういう地域があるってのは聞いた事あるよ」

「マティ姉……詳しく知らないって言うけど、それ……学校で習うよ?」

「あれ?そうだっけ?」

「ともかく、私は手品を披露しながら日銭を稼いで旅を続けていた。その途中であの子と会ったんだ」

「あの子が魔法使いだっていつ気付きました?」

「会ってすぐさ。あの子は私の目の前で魔法を披露した。私はそれに対して、手品で返したんだ。本物の前では偽者の魔術なんて通用しない。そう思いながらもね」

「でも、あの感じだと……」

「そう。あの子は目を輝かせて喜んだ。私の手品で喜んでくれたんだ。その後彼女は旅支度をしている私に話しかけてきた。弟子にして欲しいとね」

「それで許可をしたと」

「正直、調子に乗ってたんだと思うよ。あんなに人に喜んでもらえたのは初めてだったからね」

「いいんじゃありませんか?ミノリちゃんもそれで満足している様ですし」

「ええ。でも、あの子もいつかは私から離れなければいけません。あの子の才能は素人の目から見ても凄いものだと分かります。私の様なペテン使いではあの子の才能を腐らせてしまいます」

「ですから、あの子ともそろそろ……」

 マカフシさんがそう言いかけた所でミノリの声が響いた。

「やです!!」

「ミノリちゃん……?」

「穂……起きたのか。駄目じゃないか、ちゃんと寝ないと大きくなれないとあれほど……」

「やです!今ばかりは師匠の言う事聞きません!!」

「穂、もう寝ないと……」

「やです!ずっと付いていっても良いって師匠が言ってくれるまでここを動きません!!」

「穂……私は魔法使いじゃないんだよ。君の前では嘘を付いてしまったが、ホントは空も飛べないし、物を氷漬けにするなんて出来ないんだよ」

「それくらい……それくらい、分かってます」

「えっ?」

「分かってて言ってるんです!師匠は私に出来ない事、沢山出来ます!私が知らない事、沢山知ってます!私が見たこと無いものいっぱい見てます!私が知らないお話、沢山話してくれます!だから、だからっ……師匠から離れるなんて!絶対に嫌です!!」

「知ってたのか、穂……」

「マカフシさん。部外者の俺が言うのも何だがな、子供がここまで声を上げてお願いしてるんだ。この位の我が儘、聞いてやってもいいんじゃねぇか?」

 ミノリは感情を爆発させたからか、涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしていた。

「そう、ですね……。どうやら私は自分の事しか見ていなかったようだ」

「じゃ、じゃあ……!」

「ああ。穂、君を私の名誉弟子とする!これからも私の後に付いて来るように!」

「はっ、はい!」

「途中で逃げ出す事は許さんぞ?」

「勿論です!例え火の中水の中、どこまでも付いて行きます!師匠が逃げたって追いかけますよ!!」

 ミノリはすっかり元気を取り戻し、楽しそうに笑っていた。

 腰に手を当て豪快に笑う姿は正に、未来の大魔法使いだった。


 一夜明け、マカフシさん達は旅立つ事になった。一晩だけの出会いだったが、少し物悲しかった。

「それじゃあ皆さん、昨晩はホントにお世話になりました」

「未来の大魔法使いを助けたなんて!皆に自慢できますよ!」

「こら!すみません。最後までこんな感じで……」

「構いませんよ!子供は笑顔が一番!」

「またお出で下さいね?私達はいつでも大歓迎ですから」

「じゃあな~ちびっ子魔術師~。もう泣くなよ~?」

「な、泣いてませんけど……!?」

「お気を付けて。本当に……お元気で」

 皆が別れの挨拶を済ませるとマカフシさんは俺に近寄ると、俺の手を握った。

「本当にありがとう。君のおかげだよ」

「お礼はあの子にしてあげてください」

「ああ……そうだな。……私達はしばらくはこっちには戻ってこないつもりだ」

「ええ、その方が良いと思います」

「じゃあ、これで本当にお別れだな。行くぞ穂!」

 マカフシさんが声をかけると、ミノリは急いでマカフシさんの下へ駆け寄った。

 マカフシさんは背中を向けて歩き出すと、大きな声で言った。

「さらばだ!友たちよ!また会う日まで、我が名をその心に刻んでおくといい!!」

「穂の名も刻んでおくといいっ!!」

 彼らが俺達に見せたその背中は、最高のエンターテイナーと未来の大魔法使いのものだった。

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