第5話:魔法使いとの出会い

 俺の目覚めは最悪だった。体は疲れているのに寝付くまでに時間が掛かったからか、あまり体が休めていなかった。

 とは言え、もう外は明るくなっていたので下へ降りる事にした。下の階ではいつもの様に皆がいた。

「おう、おはよう」

「おはよう、父さん」

 父さんが俺に挨拶をし、それに俺が返す。シンプルな事だが、疲れが取れていない俺にとっては、何だか安心出来る不思議な感覚があった。

「あ……オーア。その、昨日の事だけど……大丈夫?体が変な感じしたりしない……?」

「うん。大丈夫だよ。あの位何ともないよ!」

 俺はマティ姉に心配かけたくなくて笑った。事実、体に異常はないし、大丈夫な筈だ。


 食事を終えると母さんから用事があると呼ばれた。何事かと思い話を聞きに行った。

「オーア。悪いんだけど、ちょっとおつかい頼んでもいいかしら?」

「おつかい?いいけど、何買うの?」

「買うというか、頼んでいた物を取りにいって欲しいの。街にある時計屋なんだけど……」

「ああ、分かったよ。場所は?」

「えっと……そうねぇ……ちょっと入り組んだ場所にあるからピールに案内してもらえるかしら?ピールには私から言っておきますから」

 時計屋。名前の通り時計を売っている所なのだろう。そういえば、確かにこの家の時計は止まったままだ。そのために時計を作ってもらっていたのだろう。

 俺は身支度をし、お金を受け取るとピールと共に家を出た。そういえば、このお金は俺の記憶と齟齬がある。硬貨と紙幣であることに変わりはないのだが、柄が違う気がする。俺は元々違う所に住んでいたのだろうか?


 街に入り、大通りを抜けると住宅街になっており、そこから俺達は更に裏路地へと入っていった。先程の大通りの賑やかさとは対照的に寂しく、閑散とした雰囲気だった。

「ここは、あんまり発展してないのか?」

「そうだね。昔はもうちょっと人が住んでたんだけど、大通りにお店が増えてからは騒音被害とかが問題になってね。外の町に出て行く人が増えちゃったんだよ」

 なるほど、確かに店が増えればそれだけ人の出入りは増える。それだけ賑やかにもなるだろうし、当然それが苦手な人も出てくるだろうな。発展しすぎるのも問題なのかもしれない。


 裏路地を通っていると、目的の店に到着した。

 店はかなり昔からやっている様で、全体的に汚れており、あまり手入れが出来ていない様だった。

 店内に入ると、前掛けを付けた一人の少女がこちらに駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませーっ!本日はどんな時計をお探しで?うちにはどんな時計も揃ってますよ。ちなみに今のオススメはこれ!実はこれあの大魔法使いの真架伏マカフシ先生が特別に監修した時計でして、一時間経つごとに本物の鳩が――」

「あのすみません。俺達、お願いしていた物を取りに来たんですが……」

「あっと!そうでしたか面目ない!私はいっつもこうなんですよねついつい喋りすぎちゃうちょっとお待ちをすぐに取ってきますからハイ!」

 何だか……凄く、元気な人みたいだ。職人ってあんな感じの人が多いんだろうか……。正直、ちょっと苦手なタイプだ。


 しばらくすると店の奥から先程の店員が包装された箱を持ってきた。恐らくあの中に入っているのだろう。

「いやぁごめんなさいね?本当は魔法とか使えばちょちょいっと運送出来るんですが、何分そういう教養がないもので。運送業者に頼むのも高いし……」

 そういえば、さっきも少し話に出ていたが、魔法とはどういうものなのだろうか?俺の記憶にも魔法に該当するものはあるが、どれもあくまでオカルトと言うか、存在しないものという扱いだ。俺は気になったので尋ねてみた。

「あの、ちょっといいですか?」

「はいはい、何でしょ?」

「魔法というのはどのような感じなのですか?」

「おやおやご存知でない!?珍しいですね。最近じゃ小さい子も知ってますよ」

「……そうなの?」

「そうだね。魔法のおかげで出来ない事も出来たりするし、学校でも少しは習ったりするよ」

 どうやら、俺が異端らしい。

「魔法というのはですねぇ、例えば!空を飛んだり、物を移動させたり、何も無い所から炎を出したり出来るんですよ!まあ、空飛んだりするのは高等技術ですけどね」

「じゃあさっき仰ってたマカフシさんというのは……」

「あらゆる魔法が使える大魔法使い様です!ときおりこの街にも来て魔法を見せてくれるんですよ。そこそこお金は取られますが、面白いですよ!」

「オーア兄、そろそろ……」

「あ、うん。そうだね。あのそれじゃあ、俺達これで」

「どーも毎度ありっ!今後もメルヨーナ時計店を御贔屓に!」

 俺達は会計を済ませると、そそくさと店を後にした。あのまま放っておいたら、永遠に話が続きそうだ……。ピールに感謝しなければ。


 店を後にし、歩いているとピールが話し始めた。

「オーア兄はあの人のこと苦手?」

「えっ……うーん、そうだね。ちょっぴり苦手かな?」

「……あのね、あの子私の幼馴染なんだ。昔はあの子凄い大人しい子で、あんなに喋れる子じゃなかったんだ。本当に大人しくて、ちょっと心配になる位だったんだ」

「何か……今と結構違ったんだね」

「うん。あの時計屋ね?あの子のお爺さんがやってた店なんだ。あの子は小さい頃にお父さんとお母さんを亡くして、お爺さんに育てられたの。……でも、2年前かな?お爺さんが病気に罹って亡くなったんだ。それから、あの子はおかしくなったんだよ」

「今まで大人しかったのが嘘みたいに喋りだしたんだ。抜群のセールストーク、上手なお世辞、どれもあの子が出来なかった筈のことなんだ。まるで、亡くなったお爺さんを真似してるみたいに……」

「それは……その、何て言ったらいいか……」

「あのね、これは私からのお願い。苦手でもいいから、嫌いにならないで欲しいんだ。あの子の事、メガーサちゃんの事」

「……うん。大丈夫だよ。嫌いになったりなんかしないさ」

 俺は表向きな所だけを見ていた自分を反省した。何事も歴史がある。そこを含めて考えるべきだと感じた。


 時計を家に持って帰った俺は暇になっていた。どうやら、今日は母さんの店も休みらしく、完全にやることがなくなってしまっていた。

 すると、玄関に付けてあるベルが鳴り、ドアを叩く音が聞こえた。一体誰だろうか?

「どちら様ですか?」

 ドアを開けたものの、誰の姿も見えない。疑問に思いながら閉めようとすると、突然に扉が何かに引っ掛かった。

 下を見ると、ステッキの様な物が引っ掛けてあり、その横にはつばの広い三角帽子を被り、マントを身に纏った小さな女の子がいた。その格好は正に俺の記憶にある魔女といった感じだった。

「えっと、君、どうしたの?何の用?」

「匿って下さい!一大事です!師匠の一大事です!」

 突然少女は興奮した様子で大声を上げた。

 俺は彼女を落ち着かせるべく、宥めながら家の中に入れた。

 母さんが朝食に出した出来合いのスープを出すと、少女は小さな手で皿を持ち、一気に飲み干した。

 すると事情を聞くべく、ピールが質問した。

「どうしたの?何かあったの?」

「悪い人が追って来てるのです!ミノリの事、狙ってるのです!」

「えっとぉ……その、悪い人って言うのはどんな人かな?」

「高そうなスーツ着てました!私達のとこに来て、詐欺だって言って、師匠を捕まえたんです!」

「詐欺?何か悪い事してたの?」

「そんなことしてません!師匠はただ、凄い魔術を見せてただけです!そしたら、急に……!」

 ミノリと名乗った少女は再び興奮しだし、机から身を乗り出していた。

「落ち着いて、大丈夫大丈夫」

「大丈夫じゃありません!このままじゃ師匠が!」

 ここで俺はふと疑問を感じ、会話に参加した。

「ねえ、魔法を使うのは別に違法じゃないんでしょ?何で捕まったんだろう?」

「そ、それはその……とにかく!師匠は悪い事はしてないんです!」

「お母さん、どうしよう?かなり錯乱してるみたいだけど……」

「……そうね。とりあえず、会いに行くのがいいかもしれないわね」

「そうだね。ミノリちゃんの師匠に会いに言ってみよう」

 母さんもピールも揃って何を言ってるんだ?普通留置所とかに入れられてるんじゃないのか?

「待って。ピールも納得してるけど、どうやるの?留置所とかがあるんじゃないのか?」

「勿論あるよ。でも、留置所は完全な密室じゃないよね?鉄格子付きだけど、窓位あるよ」

「いや、あったところでどうするの?そんな所で会話したらばれるよ?」

「もう、鈍いなぁオーア兄は……。何のために能力があるの?使うためでしょ?」

 ここで俺はやっと理解した。なるほど、そういうことか。確かに、ピールの体をリボンの様に解体する能力があれば、中に侵入したりも出来るな。ばれそうになっても、俺の能力なら、一時的にとはいえ撹乱出来る。

「助けないと!私も行く!」

「あー駄目だよ?追われてるんでしょ?だったらここで大人しくすること」

「で、でも!」

「……ね?お姉ちゃんの事信じて?大丈夫。何とかするから」

 そう言ってピールは少女を宥めた。やはり、一番年下だからお姉さんぶりたいという気持ちがあるのかもしれない。


 作戦決行は夜の9時ということになった。

 この時間帯なら大半の店が閉まり、人通りも少なくなるかららしい。

 父さんは心配して俺達に付いてこようとしていたが、ミノリを守るのが最優先ということで、家で待機することになった。家にはマティ姉もいるし、大丈夫だろう。それにあの家は街から外れた村にある。気付かれにくい筈だ。

 俺達は町外れにある留置所に近付いた。

 正門には門番と思しき人間が立っており、周囲には2人程の警備員が巡回していた。

 俺達は警備員が窓から離れた隙に、窓際に移動し、師匠と呼ばれていた人を探し始めた。

 まず、ピールが自身の口の部分を解体し、窓の中へ入り、一人ずつ確認し始めた。

 すると、ピールの呼びかけに反応を示した部屋があった。師匠という言葉に反応した辺り、恐らく間違いない。ピールはそのまま全身を解体し、留置所内に侵入した。

 俺は聞き耳を立てながら、周囲に警戒した。


「師匠……ですか?」

「誰だ、君は……?今、一体どうやって……」

「ミノリちゃんが、貴方の身が危ないって助けを求めてきたんです」

「そうか……あの子が……」

「一体何があったんですか?」

「なぁに、ツケが回ってきただけさ。いつかはこうなるだろうと思ってたんだ……」

「どういうことです?」

「私は真架伏議人マカフシノリヒトという名前で活動していた。多分名前は聞いた事あるんじゃないかな?」

「マカフシさんと言えば、あの大魔法使いの……!」

「それは世間でそう言われてるだけさ。私はただのペテン師だ……」

「何を言って……」

「私が魔法と称してやっていたもの……あれは全て、ただの手品だ。やり方さえ分かれば誰にでも出来る。それが政府の人間にばれたんだ。捕まるのも当然さ」

「じゃあ、あの子は……」

「あの子は、本物の魔法使いだ。私がこっちの世界に来た時、初めて手品を見せた子だ。あの日からあの子は私の事を師匠と呼び始めた。馬鹿みたいな話だろ?ペテン師の弟子は本物の魔法使いだ。本当なら私が弟子にならなきゃいけないレベルの違いだ」

「……とりあえず分かりました。でも、何故あの子が狙われてるんですか?政府としては貴方を捕まえてお終いの筈じゃ……」

「あの子の才能は恐ろしいものだ。魔法の知識が無い私から見ても、物凄いことをやっている。大方、政府はあの子の能力が欲しいんだろう。その気になれば、あの子は国一つ滅ぼせる筈だ。私はそのための駒と言ったところか……」

「なんてことを……」

 俺は警備員の気配が近付いている事に気付き、ピールに声をかける。

「ピール、まずい。そろそろ出て来て……!」

「うん。……マカフシさん、私達は一旦帰ります。貴方を必ず出して見せますから、待っていてください」

「私の事はいい。それより、あの子を……ミノリを守ってくれ……!」


 留置所内からピールが脱出すると同時に、俺は近くにいた警備員の視界を自分のものとリンクさせ、目を瞑ることによって視界を奪った。俺が目を瞑っている限りは、周りが見えない筈だ。

 俺はピールに手を引かれ、大通りへと戻った。問題はこの後どうするかだ。

「どうしよう……どうすればあそこから……」

 ピールはマカフシさんの救助方法を悩んでいた様だったが、俺には既に方法が一つ浮かんでいた。ちょっとばかり危険ではあるが、恐らくこれが一番簡単であの子も納得するだろう。

「ピール、ちょっといいかな?救助方法についてなんだけど」

「何か思い浮かんだの!?」

「ああ。やり方はシンプルだよ。ミノリちゃんにあそこを開けてもらう」

「え……何言って……」

「危険かもしれない。でも、あの子が本当に凄い魔法を使えるなら、壁を壊したり抜けたり出来る筈だ」

「でも、危険すぎるよ!あの子も狙われてるんだよ……!?」

「分かってる。でも、これが一番合理的だし、それにあの子も納得すると思う。ここに来る前も一緒に行くって騒いでたし」

「それは、そうかもだけど……」

「何にせよ、一旦家に帰ろう。最終的な決定権はあの子にあるんだ」

 俺達は次の作戦のために夜闇の中、家へと帰った。

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