第4話:キャンプ。そしてマルデダ・メニンゲンの襲来

俺は父さんから今日は皆休みの日で、皆でキャンプをしに行くと教えられた。

 キャンプ。記憶にある。山などで釣りをしたり、バーベキューをするやつだ。昔の俺は、やった事があるんだろうか?

 どうやら準備はもう済ませてあるらしく、後はキャンプ場へと向かうだけらしかった。とは言っても、家の近くにある山に行くだけらしい。

「オーア。そろそろ出るぞー!」

「うん!分かったよ!」

 俺は忘れ物が無いか確認すると、急いで皆の下へ走っていった。


 山は舗装されている道がほとんど見られず、辺りは木々に囲われていた。

 木々には緑が茂っており、枝から伸びる葉は風になびいてざわめいていた。

 しばらく歩いていると、道の途中に像の様な物が置いてある事に気付いた。俺は……この像を見た事がある。確か、道祖神と言ったか。

「あの、父さん。これ、何て言うの?」

「んー?あぁそれか。それは道祖神だな。山で危険な目に会わない様に安全祈願で置かれてるんだ」

 ……俺の記憶の中の名前と一致した。これは、つまり俺は昔からこの世界に住んでいた人間と言う事で良いのだろうか?だとしたら、これは貴重な情報だ。

「これ、いつからあるのかな?」

「そうだなぁ……俺がガキの頃からあった記憶があるなぁ」

「親父が子供の頃って言ったら、そうとう前じゃない?」

 父さんとマティ姉の話によると、この道祖神自体は昔からあった様だ。

 俺はこの道祖神をどこで見たのだろうか?いや、そもそもこの場所の道祖神を見た訳ではないかもしれない。

 俺はあの道祖神の事が気なっていた。俺の記憶の中にある道祖神は一体なんなのだろうか。


 その様な事を考えていると、俺達はキャンプ場に到着していた。

 すぐそこには清流が流れており、水底が見えるほどに美しかった。確かにここでキャンプをするのは楽しそうだった。

「よし!着いたな。オーア、マティ早速で悪いがちょっと魚でも釣ってきてくれないか?」

「おう!よしっ!オーア!行こう!」

「そう、だね」

 俺は父さんに頼まれて釣りに行く事にした。

 それにしても、父さんと呼ぶのはそこまで恥ずかしくないが、この人の事を姉として呼ぶのは何だか恥ずかしい。年齢が近いからだろうか?一応柔らかめの喋り方にはしているが、これで問題ないのだろうか?


 俺達は釣りをするためその場から移動していった。

 俺は釣りの技術に関しては記憶が見当たらないので、経験者だと言うこの人……マティ姉に教えてもらう事にした。

 歩いている途中、彼女が俺に話しかけてきた。

「オーア。なーんかあたしに対して余所余所しくない?」

「えっ、あ……いや、そんなことはないと……思うけどなぁ?」

「いやいやいや、絶ッッ対余所余所しいって。どうして?あたしがお姉ちゃんじゃ不満かー?」

 どう答えれば良いのだろう。不満は別にない。というか、姉と言うものが本来どんなものなのかも分からないのだから、不満を覚えようが無い。

 答えに詰まっていると、突然彼女はにやにやと笑い出した。

「ハハァ~~ン?なるほどなるほど?つ ま り?恥ずかしいわけだぁ~~?」

「いや、別にそんな事は……」

 ばれてしまった。ばれてしまったという事実が一番恥ずかしい。どうやって弁明しようか……。

 そんなことを考えていると、いきなりマティ姉が抱きしめてきた。

 突然の事に動揺してしまう。

「あんたはさ……優しい子だから気ぃ使ってるのかもしれないけどさ……あたし達はもう家族でしょ?変に気ぃ使わなくてもいいんだよ」

 俺は本当に馬鹿な男だ。相手に気を使いすぎるあまり、逆に相手に気を使わせてしまった。もうこんなことは無い様にしなければ……。

「……ごめん。そうだね。家族だもんね。……改めて宜しく、マティ姉」

「ん!よろしく!オーア!」

 俺は改めてこの人と家族になった。昔の俺の記憶ではなく。今の俺の心を信じよう。


 目的地に着いた俺達は釣りを始めた。

 釣りに関する記憶にはあまり間違いは無かった。餌を付けて、水に投げ、引っ掛かったら竿を引く。簡単だが、実に難しい作業だった。

 マティ姉は早くも魚を釣り上げていた。あれは何と言う魚だったか。確か、鮎だったか。

 一方俺の方は全く掛からなかった。まさか……あの感覚を共有する能力が発動して魚に気付かれてるわけじゃないだろうか。そんな風に疑心暗鬼になってしまう。


 2時間ほど釣りを行ったが、俺の釣果は酷いもので、さっぱりであった。一方、マティ姉は慣れたもので、10匹は釣っていた。

 彼女はこちらを見るとニカッと笑った。

「どーよ!これがお姉ちゃんの実力よっ!」

 本当に大したものだ。楽しそうに釣りをし、更に釣果も文句なし。威張るのも許される成果だ。


 俺達は父さん達の元へ戻るため、歩き出した。

 だが、俺達の脚は揺れと共に歩みを止めた。

 地面がグラグラと揺れ、ひびが入る。俺の記憶にある「地震」に類似している現象だ。だが、妙だった。揺れているのは自分達の足元だけで、他の場所は揺れていない。現にここから見える離れた場所にある木は全く揺れていないのだ。

「ちょちょっ!?地震!?」

「分からない……!でも変だ!」

 突然地面が割れ、俺の脚が飲み込まれる。だが異様だった。飲み込まれた俺の脚を潰すかの様に割れた地面が閉じようとしてきたのだ。これは明らかに、人為的に発生している現象だ。

 誰かが俺達を狙ってきている!

「掴まってッ!」

 マティ姉がこちらに手を伸ばした。俺はそれを掴むと、彼女は力強く俺を引っ張り、亀裂から脱出させた。

 振り返ると、亀裂は元通りに塞がっていた。もし、あのままあそこにいたら、俺の脚は無くなっていただろう。

「オーア、大丈夫!?」

「うん。それより、今の……」

「明らかに誰かが意図的にやってたよね。自然現象じゃなかった。でも、一体誰が……」

 俺の記憶の中では、大体誰か検討は付いていた。俺を恨んでいる奴といって思い浮かぶのは、あの取立人の二人だ。特に、俺を刺してきた、あの「メニンゲン」とか言う男。あいつなら俺に復讐しに来てもおかしくはない。

「マティ姉、多分だけど相手の狙いは俺だ。マティ姉は逃げて」

「何言ってんの。弟を守るのはお姉ちゃんの役目でしょ。それに大方、あたしもターゲットになってるよ」


 俺は考えていた。相手は一方的にこちらに攻撃を仕掛けてこれる。だが、こちらから攻撃を仕掛けるのは困難だ。どうやって相手を地面から引きずり出すか……。

 敵を引きずり出す方法を考えていると、マティ姉が俺に話しかけてきた。

「オーア。今気付いたんだけどさ?川に入ったらどうなるんだろ?」

「川?何言って……?」

「この敵はさ、地面を割って挟もうとしてくるわけじゃん?じゃあさ、川に入ったら、敵はどう反応するんだろ?川の底を割ったら、敵も溺れちゃうよね?」

 考えも付かなかった。言われてみれば、地面の下から攻撃してきているなら、川の底を割る事はしない筈だ。俺達はこちらに迫ってきている亀裂を避ける様に飛び、川に飛び込んだ。

 すると、亀裂は川の前でピタリと止まった。やはり、川の下からは攻撃出来ないらしい。これで、しばらくは落ち着いて対処法を考えられる。

 そう思っていると、川の中に穴が開いた。穴の大きさはそこまで大きくはなく、足が引っ掛からない様に気をつければいい様なものだった。


 正直、俺は油断しすぎていた。

 川の中に穴が開いた事によって、川の水がそこに吸い込まれ始めたのだ。もしこのまま吸い込まれたら、穴に体が吸い付き、溺死するだろう。そうはならなくとも、無理やり穴の中に引きずり込まれればミンチ確定だ。

 俺は焦った。敵は川の下には来れないし、直接攻撃してくると思っていた。

 だが実際は違った。川の底に穴を開け、蟻地獄の様に俺達を引きずり込もうとしてきた。

「ごめんオーア。あたしの発想はハズレだったみたい」

「謝らなくていいよ。これは俺も予想外だったし。ただ、どうやって倒そう……」

 感覚の共有でどうにか出来ないだろうかと考えると一つだけあった。なるべく使いたくない方法だったのだが、最早止むを得まい。

 俺は作戦を実行に移すため、マティ姉に作戦内容を話す事にした。

「マティ姉、一個だけ思い浮かんだ。この状況を打開する方法」

「え、何!?早く教えて!」

「俺の能力を使おう。感覚を共有する能力。これなら炙りだせる」

「どうするのさ?」

「まずは大体の敵の位置を俺が補足する。俺が合図をしたら、俺の腹を思いっ切り殴って欲しいんだ」

「は!?いやいや何言って……!」

「多分だけど何回かやれば出てくると思う。相手からすれば一方的にダメージが入るわけだから、何としても止めようとするはず。後は出てきたところを直接叩けばいい」

「……理屈は分かるけど、でもオーアの体が……!」

「大丈夫。これも練習みたいなものだと思えば平気だよ。それにもう四の五の言ってられる状態じゃなくなってきてるし」

 俺は何とか踏ん張っていたが、じわじわと穴の方へ引き寄せられていた。このままでは吸い込まれるのも時間の問題だった。

「お願い!もうこれ以上はもたない!早く!」

「う……ああもう!分かったよ!恨まないでよ!」

「もちろん。出てくるまでやってよ……!」

 マティ姉が構え、俺は体に力を入れる。大丈夫な筈だ。ナイフで刺されるよりかは大した痛さではないだろう。

 俺は目を閉じ、地面の下に意識を集中させる。すると、数メートル離れた所に人の気配を感じた。この不自然な場所での気配、間違いない。俺は合図を出す。

「今だ!」

「うりゃっ!」

 マティ姉の拳が俺の腹に突き刺さる。体の中が咽返りそうな程熱くなり、呼吸が出来なくなる。

 だが、その痛みもすぐに消え、地面の下にいる敵に移動した。俺の痛みを移譲した。

 すると、地面の下の気配が川辺の方に移動した。恐らく、その場で外に出ると溺れるからだろう。それと同時に川の穴が塞がり、元通りになった。

「もう一発……お願い……」

「……おらっ!」

 再び拳が俺の腹に入る。先程と同じで、鍛えられた腕から繰り出される一撃は半端なものではない。

 即座に痛みを相手に移動させ、なるべく苦しい時間を減らした。

 すると、流石に堪忍したのか、地面を掘り返すようにして人間が出てきた。やはり、見覚えのある顔だった。

「やっぱりお前だったか……」

「あ!こいつ!」

「ぐっ……てめっ……フザケやが……てっ……」

 俺達に攻撃を仕掛けてきていたのはあの時のチンピラ、メニンゲンだった。俺の能力の影響で大分弱っている様に見える。

「お前母さんのとこによく来てる奴じゃん!確かオーアを刺したのもお前だったよな!?」

「……この間の復讐か?」

「……違ェよ。いくら俺でも、そんな小せェ事はしねェ……。俺にもプライドがあるから、な。上に命令されたんだよ」

「上?誰だ?」

「俺も分からねェ……俺はあくまで下っ端だからな……顔も声も分からねェ。だが、上にとっちゃ、お前は目障りみたいだぜ……?」

「そういや、もう一人いたよな?あいつはどうした?」

「ズィーブントの兄貴の事か……?あの人は一応俺んとこの組織の中では幹部だからな……たかが一人二人殺すために出て来ねェよ」

 どうやら、俺のことを殺したがっている奴がいるらしい。一体どういう理由なのだろうか?昔の俺は一体何をした?

 そう考えていると、マティ姉はメニンゲンの胸倉を掴み上げた。

「お前、覚悟はしてきてるんだろうな?あたしの大事な弟に手ェ出したんだ。このまま帰れると思うなよ?」

「……思っちゃいねェよ。それに、お前らを殺せなかった時点で、俺はもう足切りだ。組織に居場所なんかねェよ……。煮るなり焼くなり好きにしろ……」

「そう」

 そう言うと彼女はメニンゲンの顔を殴りつけた。メニンゲンはそのまま地面に倒れこんだ。

「これはあたしからの分だよ。後はオーアの判断に任せる」

 俺はどうすればいいんだろうか。こいつは確かに母さん達に迷惑をかけた。でも、それはこいつの本心ではなかった筈だ。俺はこいつを裁く気にはどうしてもなれなかった。

「もう行ってくれ。俺からは何もしない。あんたの事情も分かったし」

「……考えてもの言ってんのか?ここで逃がしたら、またお前を殺しに来るかもしれねェぞ?」

「……あんたはそんなことしない人間だって信じるよ。自分で言ってたじゃないか。そんなに小さい人間じゃないんだろ?」

「ふん……気に入らねェ野郎だ……」

 そう言うと彼は腹部を押さえながらフラフラと立ち上がり、そのまま林の方へと歩いていった。

 すると突然こちらに振り返り、話し始めた。

「そういや、名前聞いてなかったな。何て言うんだ……」

「オーア・メイ。メイ家の人間だ」

「そうか……。聞いた手前、俺も名乗っとくか……。俺はマルデダ・メニンゲン。元、取立て屋だ。もしかしたらまた会うかもな。まあ、今度会う時は、俺はもう喋れなくなってるかもしれねェが……な」

 彼は自己紹介を終えると、そのまま林の奥に消えていった。


「あ、ヤバ!早く戻らないと親父達待ってるよ!」

「あっ!」

 俺達はマルデダを相手するのに神経が向かいすぎていて、キャンプの事をすっかり忘れていた。

 釣った魚を持って、急いで父さん達の所に戻った。


 結果的にはあの後特に危険な事も無く、キャンプは無事終わりを迎えた。

 俺としてはマルデダの事は黙っておくつもりだったが、マティ姉が全部喋ってしまい、ばれてしまった。

 ただ、キャンプが終わった後に話したのは、彼女なりに気を使っての事かもしれない。

 父さんは俺に今日はもう寝るように言うと、部屋に戻っていった。

 俺も部屋に戻ると、日記を書き始めた。

 今日あったこと。マティ姉との釣り、皆との楽しいキャンプ。そして、マルデダの言っていた事。一番気になるのは最後のやつだが、今の俺には何も分からない。考えたところで意味が無いので、俺は日記を閉じ、ベッドに入り、眠る事にした。

 だが、俺は中々寝付けなかった。マルデダのことが気がかりだったのだ。

 確かにあいつは母さんにも迷惑をかけたし、俺の事も殺そうとしてきた。しかしあいつは話してみるとそんなに悪い奴には思えなかった。全て上から命令されて、逆らえないからやっているという感じで、悪意というものが見えなかったのだ。

 あいつは無事なのだろうか。あいつの所属している組織は簡単に仲間の首を切れる奴らの様だ。殺されたりはしていないだろうか。敵とはいえ、あいつは死ぬべき男ではない様な気がする。

 そう思い悩んでいる内に俺の意識は落ちていった。

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