第3話:グーロイネ・カイボーネの診断、そして家族

俺は再び鳥の鳴き声で目を覚ました。

 周りを見渡してみると、昨日と同じ部屋だった。俺はホッと胸を撫で下ろした。俺の記憶がちゃんと残っていることが確認でき、安心できた。


 服を着替えた後、部屋を出て下の階へ向かった。

 既に全員揃っており、各々朝の準備をしていた。

「おうオーア、起きたか」

「おはよー、夜寝れた?」

「もう少しで朝食出来ますから待ってて下さいね」

「おはようございます」

 皆と挨拶を済ませ、俺は自分の席に着いた。そこで俺は考えた。これが家族なんだろうか?俺が忘れてしまった俺は、こんな毎日を送っていたんだろうか?


 間もなく朝食が出来上がり、全員で食事を始めた。メニューはサラダ、オムレツ、スープ、パンの三つだった。このスープは何のスープだろうか?記憶に無い味だ。でも、おいしい。きっとこれは一般的においしいとされる味だ。


 食事を終え、仕事場へ向かうための準備をしていると、ピールさんが話しかけてきた。

「あの……ちょっといいですか?」

「え?何です?」

「えっと……昨日は有難う御座いました。助けて下さったんですよね?」

「いや、俺は……気になったことを聞いただけです。そしたら、あんな事になっちゃって……」

「それでもです。私は嬉しかったんです。その……私はあんまり強く言えない方で、そのせいでつけこまれちゃって……」

「いや、気にしないで下さい。ピールさんはただお仕事をしているだけなんですから」

「……分かりました。ただ、お礼は言わせてください。有難う御座います」

「それと、私達のことさん付けで呼ばなくていいですよ?敬語も使わなくても……」

 どうやら俺は感謝されている様だった。あれは完全に事故の様なものだったというのに、律儀な人だ。

 だが、名前の事はどうしようか?一応俺は養子の様な立場だ。あまり、失礼な事はしたくない。しかし、ピールさんは意外と頑固そうだった。ここで話し方を変えなくてはしつこく言ってくるかもしれない。俺はとりあえず、彼女とはフランクに話すことにした。

「じゃあ、えっと……ピール。これからもよろしくね」

「はい……!よろしく、ね!」

 少しだけ家族になれた気がした。


 俺はクィジーンさんのレストランに行き、厨房で準備していた。ここで見る食材は俺の記憶の中にあるものが多かった。だが、中には記憶に無い食材もあった。この棘の様な出っ張りがある果物の様な物は何だろう?どんな中身で、どんな味なんだろうか?

 そう疑問に思っているとクィジーンさんが店を開店させた。もう11時。人々がちょうど昼食を食べに来る頃合だ。次々と店内に客が入ってくる。年齢層は様々で、若い男女や親子連れ、老夫婦などがいた。この店は幅広い年齢層に人気な様だ。


「オーア。これ5番テーブルに持っていって」

「はい」

 俺はクィジーンさんから料理の盛り付けられた皿を受け取ると、5番テーブルまで運んでいった。

 すると、5番テーブルに座っている老婦人から話しかけられた。

「あんた、大丈夫だったかい?」

「え?あの……すみません、どちら様ですか?」

「ふぅー……まあ、知らなくても仕方ないか」

「あたしは、昨日あんたを治してやったモンだよ」

 ここまで言われ、俺はこの人が誰なのか気付いた。そうだ、確かマチルダさんが言っていた先生だ。俺の怪我の治療を治してくれた人だ。

「えっと、確かグーロイネ先生ですよね」

「おや、知ってるのかい」

「ええ。マチルダさんが先生の名前を……」

「ふんっ、あの小娘がねぇ?あいつには昔から迷惑をかけられたよ」

 そう言うと、グーロイネ先生は少し笑った。

「あんたの持ってる能力についてはあのデカブツから聞いたよ。感覚の共有だって?」

「え、ええ?何かそういうことが出来るみたいで」

「あんた、この仕事何時に終わるんだい?終わったらあたしのとこに寄りな。あんたの能力の事で確認しときたいことがある」

「え?はぁ……分かりました。じゃあ、ちょっとクィジーンさんに聞いてみますね」

「ああ。場所はあんたんとこの人間に聞きな。それとあたしのフルネームはグーロイネ・カイボーネだよ。よく覚えときな」

「はい。それでは、これで」

 俺は食事をテーブルに置くと厨房へと戻った。クィジーンさんとピールは忙しそうにしていた。まだまだこれから人が増えるのだろう。俺は少しでも二人の役に立とうと、仕事を再開した。


 時計の針が14時を回る頃、ようやく客数が少なくなり、店内に落ち着きが出てきた。

 するとピールが俺に話しかけてきた。

「そういえば、さっきグーロイネ先生と何の話してたの?」

「うん。何か、後で先生の所に行く約束したんだ。俺の能力のことで話があるとか」

「オーア。今日はもういいから、先生の所に行ってきなさい?」

「え?いや、でも……まだ仕事が……」

「それよりも大事なことです。ピール、あなたが案内してあげて?」

「うん。分かった」

 俺は自分で思っていたよりも早く仕事を終えることになった。大事なことと言われたが、俺の能力はそんなに危険な物なのだろうか?俺は少し不安になっていた。


 仕事を終えた俺はピールと共に街へと出た。

 初めて来た時にも思ったが、この街はそこそこ発展しているのではないかと思う。俺の記憶が正しければだが、道にこれだけ多くの露天が出て、更にレストランや仕立て屋などもあるということを考えると、この街は多くの人々が集まる場所なんだろう。

「こっちだよ」

 ピールは前へ前へと進んでいった。小柄な体故にか歩くスピードが速く、のんびりしていたら置いていかれそうになる。

 何とかピールに付いて行き、一つの大きな建物の前に到着した。扉の上には看板があり、「グーロイネ医院」と書いてあった。どうやら、ここがグーロイネ先生の病院らしい。

「ここがグーロイネ先生の病院だよ」

「みたいだね。分かりやすく書いてある」

 二人で中に入ると受付があり、他にも何人か患者と思しき人々がいた。

 俺はグーロイネ先生に会うため、受付に話しかけた。

「あの、すみません」

「はい。初めての方ですか?」

「あ、ええ。あの、俺、グーロイネ先生から来るように言われて来たんですけど……」

「あっ、メイさんですね?こちらへどうぞ」

 俺達は受付の人に案内され、奥へ入っていった。……他の患者さんはいいんだろうか?


 案内された先にはグーロイネ先生がいた。こちらに気が付くと、彼女は話し始めた。

「おや、意外と早かったね?それにおチビちゃんも一緒かい」

「先生……いい加減その呼び方止めてくださいよ……」

「まあ、あたしからするとあんたはいつまで経ってもおチビちゃんだよ。それより、オーア……だっけ?そこ、座んなよ」

「はい。お願いします」

 俺が椅子に座ると、グーロイネ先生は本題に入った。

「さて、あたしがあんたを呼び出したのはその能力の事だ。ちょっとその能力を今から使ってみてくれないかい?」

「感覚を共有する能力のことですよね?えっと、じゃあやってみます」

 俺はグーロイネ先生の方に意識を集中させ、感覚を共有させるイメージを強く行った。

 すると、グーロイネ先生は左腕に強い違和感を覚えたらしく、自分の左手を確認していた。試しに俺が左手を動かしてみると、俺自身の左手は動かず、彼女の左手が動き始めた。正直、これは俺自身も予測していなかった現象で、どうすればいいのか分からなかった。

「なるほどね……こういう感じかい」

「せ、先生すみません!えっと……これどうしたら……!」

「大人しくしてな。騒ぐんじゃないよ。やり方は分かってるよ」

 そう言うとグーロイネ先生は近くの棚から何か三角フレスコの様な物を取り出すと、中に入っている薬品を自身の左腕に何の躊躇もなくかけた。

 すると、俺の腕に電流の様なものが流れる感覚があり、自分の腕を自分の感覚で動かせる様になっていた。あの薬品は何なんだろうか?


 グーロイネ先生は少しの間、紙に何か書いていたが、書き終わるとこちらを振り向いて話し始めた。

「あんたのその能力、結構強力みたいだね?あの薬使わないと振りほどけなかったよ」

「あの……何か分かった事はありますか?」

「とりあえず、あたしから言えるのは、その能力を使う練習をした方が良いってことさね。その能力は強力すぎる。もしかしたらあんた自身、完全には制御出来てないんじゃないかい?」

 言われてみればそうだった。最初にマチルダさんの視界を見た時もそうだったが、無意識に発動していた。自分で意識して使うならそこまできつくはないが、無意識に発動している状態だと非常に気持ちが悪い。

「その顔、何か心当たりがあるって顔だねぇ」

「ええ……あります」

「だったら、明日からでも練習しな。その方があんたのためだよ」

「そんなに凄い能力なんですか?」

「おチビちゃん。随分前に言ったと思うけど、あんたの能力も大概だよ?ちゃんと練習してるかい?」

「してますよ!それに最近は自由にコントロール出来るようになったんですよ!」

「……そうかい。じゃあ、こいつを家まで送ってやりな」

「はい!オーア兄、行こう?」

「うん。そうだね」

「じゃあね。デカブツとおイモちゃんと小娘にもよろしく伝えといてくれ」

 俺達はグーロイネ先生に別れの挨拶をすると、病院を後にした。

 最初に会った時は怖そうな人だと思ったが、今では実際には優しい人だと分かった。


 家に帰った俺は時計を見た。時間はまだ17時で夕飯まではまだ時間があった。思っていたよりも早く帰ってきたようだ。

「オーア兄、お父さんとマティ姉はそろそろ帰ってくるよ。お母さんはちょっと遅くなるけど」

「クィジーンさんは何時位に仕事終わるの?」

「うーん……その日にもよるけど、大体は18時位かな?」

「そっか。じゃあ、俺ちょっと行ってくるよ。夜道は危ないし」

「お父さんが行くから大丈夫だよ?」

 そう言われ、俺は少し考え直した。俺には男女の関係というものがどんなものなのか分からないが、多分、マイニングさんとクィジーンさんにとってその時間は二人だけの時間なのだろう。それを邪魔するのは野暮かもしれない。

 俺は二人の邪魔をしない様にマイニングさんに任せる事にした。

 その代わりと言っては何だが、俺は部屋に戻り、日記を書く事にした。今日体験した事を記録しておく事にした。


 今日はグーロイネ先生と出会い、俺の能力について教えてもらった。俺の能力は強力なものらしい。それ故に、使いこなせる様に練習が必要だと言われた。明日から早速始めてみようと思っている。周りに迷惑を掛けない様に、皆を守れる様に……。

 それに今日はピールともフランクに話せるようになった。正直、この家の人の中では俺よりも年下だったため、一番話しやすい人ではあった。……そういえば、おチビちゃんって呼ばれた時、怒ってたな。年下だからなんて言ったら、怒るかもしれないな。


 俺は日記を閉じると大きく伸びをした。今日は俺の記憶の中では初めて仕事をした日だ。体が気持ちの良い疲れを感じているのが分かる。

 下へ降りると、既に皆帰ってきていた。クィジーンさんとピールが夕飯を作っており、他の二人は椅子に座っていた。

「おう!オーア、降りてきたか!」

「オーア、どう?体の調子は?」

「お二人ともお疲れ様です。体の方も問題ありません」

「……オーア、お前なぁ?俺達は家族なんだぞ?いい加減敬語とか止めろよぉ?お父さん悲しいぞ?」

「そうそう、変に気を使わなくてもいいんだって。弟がお姉ちゃんに気を使うか?」

 二人からもピールと同じ様な事を言われた。やっぱり、家族っていうのはこんな感じなんだろうか?該当する記憶がどこにも無いのがもどかしい。

「えっと、じゃあ……お父……さん?」

「おう!お前のお父さんだぞ!」

「えー……あぁ……マチルダ姉さん?」

「なーんか堅いなぁ。んー……もっと柔らかく出来ない?」

「じゃあ、マティ姉?」

 とりあえず、ピールの真似をしてみた。

「んっ!気に入った!それで行こう!」

 何とか納得してもらう事が出来た。俺にとってはこれ位強引な方が性に合ってるのかもしれない。

「ほら!クィジーンの事も呼んでやってくれ」

「あ、えっと……その、お母さん……」

「はーい。どうしたの?」

 何か、気恥ずかしい。他の家族はどうなんだろうか?皆こんな感じなんだろうか?

 とにかく、記録するべきことが増えた。多分、今日は俺が本当の意味で家族になれた日なんだろう。何故だか、心の奥の方がくすぐったくなり、不思議と涙が出てきた。

 皆に心配されたが、何とか誤魔化し、夕飯を食べる事にした。

 今日の夕飯はちょっぴりしょっぱかった。

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