第2話:狂痛回路
「そういやぁ、今のままじゃ呼びにくいな。名前決めるか?」
マイニングさんが俺に提案してきた。そう言われればそうだ。今のままでは、いらぬ迷惑をかけてしまう。
「君はどんな名前が良い?」
「マイニングさんにお任せします」
自分自身に関する記憶がない俺にとって、自分に付けるべき名前というものがよく分からなかった。他の皆は名前にどんな意味を持っているのだろうか。
「そうだなぁ……鉱物を掘ってる時に見つかったから、『オーア』というのはどうだろう?」
オーア……その言葉が持つ意味は分からないが、それが俺の名前。新しい、初めての俺の名前。
「オーアかぁ。親父、中々良いセンスしてるじゃん!」
「だろ?もっと褒めろ。どや」
マイニングさんとマチルダさんが楽しそうに笑いあっている。その横では、クィジーンさんとピールさんが困った様な笑顔をしている。その様子は正に親子、家族だった。……俺にも、こんな家族がいたんだろうか?
「あの、何か手伝える事とかありますか?」
俺は流石に何もしないわけにはいかぬと、質問した。
「ん~そうだなぁ……オーアはあんまし筋肉無いから、力仕事には向いてないかもしれないな」
「じゃあさ?母さんの店で働いたら?あそこなら大丈夫じゃない?」
店?クィジーンさんは何の店をやっているんだろうか。
「あの、どんなお店をやってらっしゃるんですか?」
「娘のピールと一緒にちょっとしたレストランの様なものをやってるんですよ」
質問したところ、どうやら料理を出す店をやっているようだ。俺の記憶の中には料理の記憶はある。どこで習ったものなのかは分からないが、ちょっとしたものなら作れるはずだ。これなら力になれるかもしれない。
俺は仕事を手に入れた。
クィジーンさんとピールさんに案内され、俺は街にある二人の店に辿り着いた。出来てまだ新しいのか、綺麗な外観をしている。店内も木製の四角いテーブルが15個ほど並んでおり、そこそこの数が入れるようだった。俺はこの店の雰囲気は好きだった。前の俺はどうだったのだろうか。
「料理の作り方は分かりますか」とクィジーンさんが俺に聞いてきた。
「多分、自分の記憶が正しければですけど……」
俺はとりあえず、厨房にある材料を使って何か作ってみることにした。厨房には野菜や卵、肉、魚などの材料が置かれていた。魚と肉は見たこともない大きな容器に入れられており、容器の中は冷えていた。この容器は何だろうか?自分の記憶の中には見当たらない。ふと、冷蔵庫という言葉が頭に浮かんだが、どうにも形が一致しなかった。
少し気になったので尋ねることにした。
「あの、この容器は?」
「ああ、それは冷却箱と言うんですよ。特殊な製法で氷の魔法を箱の中に閉じ込めてるんです」
そう言われて納得した。なるほど、確かに氷の魔法を閉じ込めているなら、これだけ冷たくもなるだろう。俺は多分、初めて見たのかもしれない。
材料を選んでいると、俺の目に外を歩いているかの様な映像が映った。二度目とはいえ突然のことで動揺してしまう。まただ。これは誰の視点なんだろうか?
そんなことを考えているとその映像はこの店の扉を映していた。そのまま扉を開き、店の中に入ってきた所で映像は途切れた。一体何なんだろうか。何故だか胸騒ぎがする。
その直後であった。客席の方から悲鳴が上がった。何事かと驚いた俺とクィジーンさんは急いで客席の方へと向かった。
そこにいたのは二人の男に捕まったピールさんの姿があった。一体どういうことだ……事態が飲み込めない。この二人は誰だ?何故ピールさんは捕まっている?様々な考えが頭の中を交差した。だが、俺が考えるまでも無く、答えは示された。
「メイさん。返済期間、とうに過ぎてますよ?いつになったら払ってくれるんですかね?」
「いい加減にしてください!ちゃんと全部払ったじゃありませんか!」
「何寝惚けたこと抜かしてんだオイ。まだ、利子の方が払えてねェだろうがよ」
どうやらあの二人は借金取りの様だ。一人は大柄な体で、全体的に落ち着いた雰囲気を持っている。もう一人はいかにもチンピラといった感じの出で立ちで、下っ端であるのがよく分かった。
それにしても、俺には疑問だった。この店を建てるのに借金をしたとして、こんなに真面目なメイ家の人たちが借金を滞納するだろうか?さっきのクィジーンさんの言い分だともう全部返している様に聞こえたが……。
俺は答えを聞くために、二人組みに話しかけることにした。
「あの、ちょっといいですか?」
「何だァてめェ?今、兄貴が大事な話してんだよ。部外者は引っ込んでろ」
「いや、俺にはどうもこの人達が借金を滞納したりする人には見えないんですよ。契約書とかに間違いがあるんじゃないですか?」
自分の意見を言ってみただけだった。だが、目の前の男は突然怒り出した。何か気に触れる様なことを言っただろうか。
「おいてめェ!じゃあ何か?俺らが嘘ついて金騙しとろうとしてるってことか!?」
「いや、そんなことは一言も……」
弁明しようとするも既に相手は頭に血が上っている様で、最早聞く耳を持たない状態だった。
「おい、落ち着け」
「落ち着けるわけないでしょ!犯罪者扱いされて頭に来ねェ訳がねェでしょう!?」
俺は捕まっているピールさんを見てみた。最初に悲鳴を上げていたが、今は落ち着いている様で冷静な表情をしていた。
あのチンピラの方へと視線を戻すと、いつの間にかナイフを手にしていた。いくら記憶が無くてもあれが人に向けていいものではないと分かる。
「死んで詫びろやぁ!!」
その男はこちらに向かって突っ込んできた。俺の体は反応出来なかった。俺はこういうことに慣れていなかったのかもしれない。
体にナイフが突き刺さる。まるで、熱い鉄の棒を無理やり押し込められたかの様な感覚だった。体全体がカッと熱くなり、その直後、気が狂ってしまいそうな程の激痛に曝された。軽く揺らいだ視界には驚いた表情の大柄な男とクィジーンさん、そしてピールさんが映った。人が刺されたのだから当たり前といえば当たり前だろうか。
だが、その直後だった。体を駆け巡っていた激痛は突然消え去った。腹部を見てもナイフは刺さっている。どういうことだろうか?これが普通なのだろうか?それとも、俺がおかしくなっただけか……。
そう考えていると、耳に悲鳴が入ってきた。声の主はナイフで刺してきたチンピラの方だった。
彼は腹部を押さえながらその場でのた打ち回り、悲鳴を上げていた。その場にいる誰一人としてこの不可解な状況を理解できる人間はいなかった。一体、彼はどうしたというのだろうか。一体何に苦しんでいるのか、さっぱり分からなかった。
だが、その様なことを考えていた俺の頭は突然回らなくなり、視界が霞み、そのまま真っ暗になってしまった。
次に俺が目覚めたのは最初に見た部屋だった。横を見るとピールさんが椅子に座って寝ている。一体、どうしたというんだろうか?机の上には桶とタオルが置かれている。掃除でもしていたのか?そんなことを考えていると、彼女が目を覚ましたようだった。俺は声をかけてみる。
「あ……大丈夫ですか?疲れてるんなら、ベッドとかで寝た方が……」
俺がそう言うと、突然彼女は泣き出し、こちらへ駆け寄ってきた。
「良かった……!良かったです……!」
何故彼女は泣いているのだろうか。俺のせいなのか?お願いだから、そんなに泣かないで……。
ピールさんの泣き声を聞いてか、他のメイ家の人達も部屋の中に入ってきた。
「オーア!無事だったか!お前が刺されてから意識が戻らないもんだから、生きた心地がしなかったぞ!」
「親父は心配しすぎだって。グーロイネ先生が家に運んでも問題ないって言ってたんだから大丈夫に決まってんじゃん」
「ごめんなさいオーア。私達のせいで、こんな……」
俺はここでようやく理解できた。どうやらあの時、俺は意識を失ったらしい。その後、マチルダさんが言っているグーロイネ先生とか言う人の所で治療を受けて、ここまで帰ってきたらしい。
だが、俺としてはもっと気になる問題があった。
「あの……あの二人は?あの後どうなったんですか?」
「あの後、あなたと一緒にメニンゲンさんは病院に運ばれました。マシナホーさんは付き添いで来ておいででした」
「妻から聞いたが、何が起きたんだ?オーアが刺された後、急にメニンゲンの野郎が苦しみだしたって聞いたが」
そうか、あの人も病院に行ったのか。だが、実際何が起きたんだろう?本当に突然の事で、当事者の自分でさえ理解できていない。
そう考えているとマチルダさんが口を開いた。
「……あのさぁ、オーア。最近、何か変な体験した?もしかしたら、ピールと同じかもよ」
ピールさんと同じ?どういうことだろうか?最近と言われて思いあたるのは、あの視界の件だろうか?
「そういえば……最近、二回ほど他の人の視界が見えることがあったような……」
「親父、やっぱりこれ、そうだよ。ピールと同じ。何か能力持ってるんじゃない?」
「……そうだな。オーア、ちょっといいか?」
そう言うとマイニングさんは真剣な顔をして話し始めた。
「話してなかったがな、ピールは特殊な力を持ってる。ピール、見せてやってくれ」
「う、うん」
そう言われると、突然ピールさんの体がリボンのように解れ始めた。いや、りんごの皮が剥けていってる様なと言った方が正しいかもしれない。
「これがこの子の能力なんだ。多分だが、オーアも何か力を持っているんだと思う。何か出来そうにないか?」
そう言われても、今までのも偶然使えていただけで、どうやったら使えるのか分からない。とはいえ、何もしないのもあれなので、とりあえずマイニングさんの方に意識を集中させてみることにした。
すると、俺の目に自分自身の姿が映った。間違いない。この感じは前に体験したものと同じだ。
「今……マイニングさんの視界が見えました。俺自身の目に、俺が……」
「……そうか。ふうむ……」
「親父、何難しく考えてるのさ?要はさ、他人と感覚を共有したり出来るってことじゃないの?」
マチルダさんの言葉を聞いて、俺の中でパズルのピースがかっちり嵌まった様な感覚があった。そうだ。言われてみれば、最初にマチルダさんの視界を見たときも、あのメニンゲンとか言うチンピラの視界を見た時も、こんな感じだった。メニンゲンが苦しみだした時に俺の体から痛みが消えたのも、俺の痛みをメニンゲンの方に移動させたからだ。これが、俺の技。俺の一部なんだ。
その後、もう夜ということもあって、メイ家の人々は自分達の部屋に戻っていった。
俺は長いこと意識を失っていたからか、寝付くことが出来ずにいた。そこで俺は日記を残すことにした。マイニングさんからこの部屋の物は自由に使って良いと言われていたし、俺自身、自分の記憶をはっきりと残しておきたかった。
俺は部屋にあったノートに鉛筆で今日の記憶を書き始めた。俺が目覚めた時のこと、この家の人々のこと、俺が持っている能力のこと。そして、俺が初めから記憶していたこと。
俺は自分のことは覚えてないが、空を飛んでいる生き物が鳥だという事は分かる。椅子も机も分かる。植物のことも分かる。とにかく、自分が覚えていることを書き連ねていった。
全て書き終える頃にはすっかり疲れており、体が寝る準備は整っていた。
俺はベッドに横になる。願わくば、明日も俺のことを覚えていられますように。
俺の意識は、夜半の闇へと堕ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます