俺は知らない世界で痛みを知る

鯉々

第1話:真っ白な目覚め

 俺の眠りはとても静かで、普通なものだった。

 とは言っても、俺にとって「普通」というものがどんなものなのかは分からない。

 もしかしたら、俺にとっての「普通」は「普通」じゃないかもしれない。


 俺は鳥の鳴き声で目覚めた。

 ここはどこだろうか?見たところ、木で出来た家の様だ。椅子や机、箪笥も木で出来ている。俺が今寝ているのはベッドの上だろうか?

 起き上がって周りを見渡す。ここは、俺の部屋……なのだろうか?俺はここで暮らしているのだろうか…?俺は……誰なのだろうか?

 俺の目に突然階段を上るような映像が映った。突然の事に少し動揺してしまう。

 数秒後、部屋の扉が開き、一人の女性が入ってきた。

「おーっ、目覚めた?」

 この人は、誰なんだろう……?やや赤味がかった髪、服装はややカジュアルで、露出している腹部には筋肉が少しついているのが見える。腰元には小型のバッグの様な物をぶら下げている。

 目の前の彼女はこちらに近づくと、俺の頬をつつき始めた。

「おーい?聞こえてるー?もしもーし」

「え……?えぇ、はい?」

 俺はどう反応したらいいのか分からず、とりあえず返事を返した。

 随分とこの人はフレンドリーだが、俺はこの人と知り合いなのだろうか?

「起きたんならさ、ちょっとこっち来てよ」

 彼女は俺の手を掴むと、部屋から連れ出し、階段を下った。


 下の階は多きな部屋だった。これは居間なんだろうか?そこには夫婦と思われる男女と少女が一人いた。

「おお、君!起きたか!」

 この家の家長と思しき男性が立ち上がり、俺の肩にガッシリとした手を置いた。この人も俺のことを知ってる……?

「まあまあ、こっちに座りなさい」

 言われるがままに、俺は椅子へ座った。

「さて、まず、どうして君がこの家にいるかの説明だが……」

「あたし達が働いてる採掘場で頭だけ出して埋まってたんだよねー」

「…そう。仕事中に君を見つけてね。意識が無い様だったから、家に運んできたんだ」

 埋まってた?俺は……この人達とは家族ではないのか?

 すると今度は男性の妻と思しき女性が話し始めた。

「本当にびっくりしましたよ。大丈夫でしたか?」

 心配されている。俺の身に何が起こったのか自分でも分からなかったが、これ以上心配かけたくなくて返事をする。

「はい。まあ、大丈夫です」

「そうですか。それは良かったです」

 女性は優しい笑顔で笑った。その笑顔は本当に喜んでくれているものだと感じた。


 俺が頭の中で自分の身に何が起きたのか考えていると、男性がこちらに話しかけてきた。

「そういやぁ、まだ自己紹介してなかったな。俺はマイニング・メイ。採掘場で鉱物採って生計を立ててる」

 そういって彼はニカッっと笑った。口から覗く真っ白な歯が眩しい。

 今度は彼の妻と思しき女性が話し始めた。

「私はクィジーン・メイ。この人の妻です」

 やはりこの二人は夫婦のようだ。まだ出合って短いが、この二人が仲睦まじいのが分かる。

 すると、俺が一番最初に出会った彼女が声を上げた。

「はいはい!今度はあたしね!あたしはマチルダ・メイ。この子のお姉ちゃんさ!」

 そういうと、彼女は隣にいた少女と肩を組んだ。

「あ、私はピール・メイです」

 肩を組まれた少女は困った様な笑顔で自己紹介をした。

 今度は俺が自己紹介する番だ。でも、何を話せばいいんだろう?自分の名前さえも出てこない。ここは、正直に言った方が良いかもしれない。

「あの…実は、俺、何も覚えてないんです。名前も、仕事も、好きな花さえ思い出せない……」

 もしかしたら、彼らは不気味がって俺を追い出すかもしれない。もしそうなったらどうしようか。

 そんなことを考えていると、マイニングさんが口を開いた。

「ん~……そうか。ん!なら、記憶が戻るまでここに住めば良い!そうしよう!」

「そうですね。何も分からないのは不安でしょう?ここにいても良いんですよ?」

「おっ!またあたしがお姉ちゃんになっちゃったかーっ!」

「今日からよろしくお願いします」

 俺は彼らの優しさに涙が零れそうになった。

 今日から俺の新しい、初めての生活が始まった。

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