第22話 訪問者

 その訪問者が現れたのは、夕食の準備中であった。

 アレフィを拾う前の食事と言えば、マヨネーズを絡めた肉だの野菜だので、特に食事の準備には時間をかけなかったのだが、アレフィとの生活を始めてしばらくたったころ、食事内容がユーかさんにばれた。その後、かなりきつめの説教を受けたのである。

 『子供は小さなうちから良いものを食べさせないと味覚障害になる』とか何とかの理由で。龍種族なんだから味覚とか鍛えなくても良くね? とは思ったが、新しいマヨネーズ料理のレシピと引き換えに承諾したのはかなり前のこと。今でこそマヨネーズloveだが、以前はキチンと食事を作っていた事を思い出し、現在に至るというわけだ。気分はアレだね、主夫だよ主夫。

 最近の予定は、輸送任務のない場合は、日中は村の細々と仕事をこなし、夕方になると帰宅し料理を開始、その後夕食という流れになっている。

 料理は親父から一通り仕込まれている、何でも先代魔王の料理番だったとか何とか。料理は基本的に、煮る・焼く・炒める・揚げる・蒸すなどの基本さえしっかりしてれば後は応用問題。大抵のモノは作れるようになる。

 そんな感じで料理をしていた時のことである。


「マスター、ネコさん飼っても良~い?」


 ネコ? この村にはそんな存在は居なかったはずだが・・・・・・と、思いアレフィの方を向いてみると、どこかで見たことのある風体をしていた。 

 その体躯は漆黒の毛並みで覆われ、猫だというのに紅いマントを羽織り、真っ赤な長靴を履いた猫だった。

 アレフィはその猫の腕を後ろから両手で抱え込んでいるため、だら~んと吊り下げられている状態だ。

 料理の手を止め、軽く溜息をつきつつ聞いてみた。 


「どこで拾ってきたんだ?」


 俺っちの記憶が確かならば、拾おうとしても、そうそう拾える存在じゃないはずなのだが。


「家の前を歩いていたからつかまえてみたの。飼っても良~い? ちゃんとお世話するから」


 食欲旺盛なアレフィが何かを飼いたいとか、そんな感情も芽生えてきたのか・・・・・・と思ったのだが、猫の様子を見ると、こっちと視線を合わせようとしない。


「家の前で拾ったのか。ま、良いんじゃないかな。飼うなら面倒を良く見るんだよ?」


 俺っちの言葉にその猫は『う゛~』と唸っては居たが、あえて無視をする。


「やったぁっ! マスターありがとう!」


 とアレフィは喜んでいるが、猫の方はなんだか焦っているようにも見える。

 俺っちは、軽く溜息をつき、聞いてみた。


「本当に飼われたいんですか? にゃおう様」


 アレフィは『何を言ってるの?』と、そんな表情をしていたが、猫がやたらと渋い声でこう返してきた。


「吾輩、すでに魔王ではないのである。それゆえ『にゃおう様』と言うのは正しくないのである。今の吾輩の名前はコロ・フェネクス。一人の猫魔である。吾輩、カイムの家で飼われてしまうのであるか?」


 突然、猫が言葉を話し始めたのでアレフィはビックリしているが、この目の前の存在は、魔族の一種族である猫魔族、俗にいうケットシーと言われる生き物だ。人語を解し二足歩行をする。魔族と人族の間で『愛玩動物』として飼われていることが多く、一言で言ってしまえば、怠惰な種族である。だが、この目の前の存在は、そんな生易しい存在じゃない。そう、先代の魔王だからだ。俺っちをこの村に派遣し、ソンチョーたるディートフリートとジャンヌさんの監視を頼んだ張本人。ここに来た理由は、おそらくは例の件なのだろうが、俺っちも予想外の人物の登場に、ちょいとビックリしたのも確かである。


「アレフィ。その方を離してあげなさい。見た目は猫だけど、あのジャンヌさんよりも強いんだからな」


 ジャンヌさんより強いと言ったところで、アレフィはビックリしたのか『ヒゥッ』と悲鳴を上げながら先代を放り投げた。投げたところで気が付いたのか『あっ!』ってな顔をしている。だが、かなり高齢とはいえ、この程度で怪我をするくらいなら魔王にはなれないわな。

 先代は空中でクルリと回転すると、そのまま『シュタッ』と床に降り立った。


「先代様、50年ぶりくらいですかね? あと、こんな辺境まで何をしに来られたんですかねぇ?」


 ちょいと嫌味を含ませて聞いてみた。


「うむ。久しいのである。カイムも実は判っているのであろう?」

「いや~、それがサッパリ」


 俺っちの返答に先代は『うぬうぬ』と唸っているが、機先を制して声をかけた。


「もうすぐ夕食なんですよ。アレフィ、手を洗ってきなさい。先代様も食べていかれますよね? アレフィ、案内してあげなさい」


 と、先代の返答を聞くことなく台所へ引き返す。アレフィは『は~い』と言って先代を一緒に連れて行ってくれた。

 





「どうです? 中央に比べると田舎料理ですけど結構美味しいでしょ?」 

「いや、吾輩はだな・・・・・・・」

「ささ、どうぞどうぞ。冷める前に食べてください」

「マスター、今日もオイシイ~-ッ!」


 俺っちは有無を言わさず先代に料理を勧める。


「うぬ? これは・・・・・・」


 プギィの燻製肉とポタットと言う芋をつぶして作ったコロッケだな。普通のコロッケは挽肉を使ったりするが、燻製肉の方が風味も上だし、程よい塩気が潰した芋によく合う。とりあえず、相手は曲がりなりにも先代の魔王。無理にマヨネーズは勧めない。俺っちのやつにはマヨネーズは山盛りだが。


「ワイルドボアの燻製肉にジャガイモを潰して混ぜたものを揚げたのであるな。うむ。さすがに良い味してるのである」


 うん? ワイルドボアにジャガイモ? なんだそりゃ?


「えぇ、プギィの燻製肉にポタットを潰したのコロッケですね」

「うぬ?」


 しばし二人で見つめあう。

 アレか、地域で名前が違うとかそういうやつか?

 俺っちは、プギィの特徴を簡単に説明すると、先代は『間違いないのである』とか言っていた。 


「吾輩が在任中はワイルドボアで統一されていたはずなのであるが、いつの間にそのような名称になったのであろうか?」

「いや、俺っちがこの村に来たときには、プギィと呼ばれてましたよ。あいつは」

「そうであるか。そう言えばここはディートフリードの村であったであるな。あやつであるかな? 名称を変更したのは?」


 魔王位を簒奪されたから、自分の周囲に存在する色んなモノの名称を変更したってやつかな? まぁ、モノが同じなら名称は何でも良いわな。

 他にも聞くと、クママはフォレストベア、モーモゥはグランドバッファローと、かなり違うことが判明した。この村の名づけ方は基本的に、そのモノが発する悲鳴とか鳴き声を元に名付けしてるように思う。まぁ、認識できりゃ名前なんて何でもいいんだけどな。

 

「そうである。忘れるところであったのである。吾輩がここに来たのは」

「あ~っ! そうそう、前回来た時にマタタビ酒が無いと嘆いてましたよね。アレから漬けたんですよ!」 


 俺っちは先代がすべてを言う前にその言葉を遮った。


「うちは他に飲むモノが居ないんで、熟成に熟成を重ねて50年ものですよ! どうです? 一杯飲りませんか?」


 俺っちの勧めに先代は『ゴクリ』と喉を鳴らしていた。 




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