第14話 昔話
依頼書整理と予定を立てるのに夢中になってたら、気が付いた時には、日がかなり傾いていた。
そこで、ふと、アレフィのことを思い出した。
ユーカさんに迷惑かけてるんじゃないかと。
人族や魔人族の基準で考えれば、あれくらいの外見の幼女だとすでに数年を生きているということになるが、アイツはまだ生後二か月。不安しかねぇ。
気は進まなかったが、拾った手前もあるし、迎えに行くことにした。
ユーカさんの家は俺ん
特に急ぐ理由もないので、テクテクと歩き、ユーカさん宅のドアノッカーを叩く。なぜか『カキョピン、カキョピン』と、得体のしれない音がする。これは、ユーカさんの依頼で作ったやつだ。何でも、来客者を驚かせたいとかなんとかで。
まぁ、確かに、話題作りにはなるわな。
そのままドアが開くのをその場で待っていると、『バンッ!』と言った勢いでドアが開けられた。ドアの前に立ってると、間違いなく顔を強打する勢いだな。俺っちも、慣れるまでは何度かしてやられたよな~ってな事を、しみじみと思いだす。
そして、家の中から二つの小さな影が飛び出し、襲いかかってきた。
「カイム~!」
「カイムのおっちゃんっ!」
ユーカさんトコの二人の子供だな。半分ドワーフの血を引く二人は普通の子供よりも背丈が低い。幼女タイプのアレフィよりも少し大きいくらいだ。だが見た目に反して二人の年齢は8歳。やんちゃな盛りだ。
名前はアーデルベルトとドロテーア、男の子と女の子の双子ちゃんだ。男の子のアーデルベルトよりも、女の子のドロテーアの方が活発で、かなりのお転婆娘だ。
アーデルベルトは足元にじゃれつくだけだが、ドロテーアの方は、なぜか背中によじ登ろうとしている。
何か嫌な予感がしたので、ふと正面を見ると、幼女形態のアレフィも負けずと突っ込んでくるのが見えた。
俺っちは冷静にアーデルベルトを抱き上げると、その場から回避、突っ込んでくる駄龍を回避した。
アレフィは、『え? なんで?』みたいな表情をして、地面を削りつつ転がっていった。
ふぅ、ヤバいヤバい。あいつは見た目は幼女でも中身は龍。下手に受け止めて、この子らが怪我でもしたら大変だからな。危ないところであった。
俺が抱き上げたアーデルベルトは、抱き上げられたのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
「おっと、アベルはまた成長したのかな?」
アベルとはアーデルベルトの愛称だ。ちなみにドロテーアはドロシーだ。
「毎日たくさん食べてるからね!」
「キチンと運動もしなきゃだめだぞ」
「うん。また剣術を教えてねっ!」
「あたしもあたしもっ!」
「はははは、いつでも良いぞ~」
俺っちは、この二人が生まれたころからの知り合いで、二人の兄貴分みたいな立場に居る。一応はユーカさん夫妻の立場を考えて『おっちゃん』とは呼ばせてるけどな。
二人の親からは、仕事も報酬は受けるが、この二人からは仕事を一切絡めない。
俺っちにとっても、愛しい弟と妹だからな。
「マスター、なんで避けたの?」
埃にまみれたアレフィが恨めしそうな目で見てくるが、もう8年来の付き合いのある二人より、知り合ってわずか数日の奴を優遇するわけが無いじゃないか。
「ユーカさん、こいつが迷惑かけなかったですか?」
「いえ、大人しかったわよ。おイタをしようとしたら、ジャンヌさんの名前を出すと大人しくなったしね」
ユーカさんは、これで結構、腹黒いからなぁ。まぁ、異世界から来た人間が、この世界に来て色々と揉まれたってぇ話は、たまに本人から聞く。そりゃ、腹黒くもなるかな。
アレフィを見ると、『ジャンヌさん』の名前が出た時点で、プルプルと震え始めた。
「あらぁ。ジャンヌさんって、あのジャンヌさんよねぇ。そんなに怖い人なの?」
「あぁ、そうですよね。知らないですよね」
「なになに~」
「ジャンヌお・・・・・・おねぇさんのことだよね~」
今、なんて言おうとしたんだ? ドロシーは。もしかして、すでに教育済みだったりして? なんか、アレフィみたいにプルプル震えてるし。
「そうですねぇ。これからもアレフィと関わるなら教えておいた方が良いですかね。今、お時間ありますか?」
「夕飯の仕込みも終わってるし、大丈夫よ」
「なら、少し昔話をするとしましょうかね。ほら、アレフィ。あの人がどんな存在か教えてやるよ」
「お話し~?」
「ど、どどどどんな話か、かなぁ」
俺っちは、アレフィをユーカさん宅に連れて入りドアを閉めた。あと、ドロシーは動揺しすぎ。何があった?
俺っちは、ユーカさんに誘われるまま、椅子に腰かけ、話し始めた。
「今からする話はですね。俺っちが生まれる前の話です。そして、この話は先代の魔王様より聴いた話しです。あと、当然ジャンヌさんには内緒ですよ?」
俺っちは、ウィンクすると同時に、右手の人差し指を口に当て『シーッ』といったジェスチャーを交えて話し始めた。
ユーカさんが長くなりそうだからと、お茶を入れてくれた。本当にこの人は良く気が付く。こんな人を嫁にしたいと思うよ。どこかの幼女とかじゃなく。
「昔々の話です。ジャンヌさんの当時の
「あのホワホワしたジャンヌさんが?」
ユーカさん、驚くのは判ります。俺っちも初めて見た時には信じられませんでしたから。仇名と見た目のギャップに。
「そうです。あのジャンヌさんがです。続けますよ。その当時、魔王領を治めていた時の魔王様、今も村で暮らしている先々代の魔王様ですね。その魔王様が魔王軍の精鋭を率いて討伐に赴きました。とても熾烈な争いだったそうです。七日七晩もの間戦いは続き、ようやく討伐した際には、200もいた魔族の精鋭は、残り10人にまで数を減らしたそうです。そして、とどめを刺さんと精鋭が動いたとき、魔王様が待ったをかけました。そしてその時、瀕死になった『災厄の暴龍』相手に、ある種の契約を交わしたそうです」
ここでふと気づいた。その時の契約って、俺っちがアレフィと交わした『血の盟約』そのモノなんじゃないかと。
「そうして、魔族領へひと時の平和が訪れました」
そう。ひと時の平和がね。
「話がここで終わればハッピーエンドなのですが、続きがあります。その時の魔王様が人化したジャンヌさんに心の底から惚れ込み、政治を
この辺りは本当か良く分からないけどもな。やってたことは、ティターニアとそう大して変わらないし。
「その時の魔王領では、重税にあえぎ、大勢の人が倒れていったそうです。そして、先々代の魔王政権を打ち倒すべく、先代の魔王様が立ち上がったのです」
先代の魔王様は、俺っちにも大恩のある御方なんだよねぇ。
「先代の魔王様は猫魔、いわゆるケットシー族でした。人族の世界で生まれ、人族の世界で揉まれ、そして成長し、その結果、強大な魔力を持つようになり、万夫不当の存在になりつつありました。そして、人族で生まれた先代の魔王様ですが、魔王領の他のケットシー族を救うべく、魔王領へやって来たのです」
「ケットシーってアレよね? 二足歩行のにゃんこみたいな」
「そう、それです。普通のケットシー族は、戦闘能力の欠片もなくノンビリと暮らしている一族です。そのノンビリと暮らしている一族すら、ノンビリできずに餓死者が続出していたそうです」
まぁ、ノンビリしすぎて、他者に依存しないと生きていけない種族になってたからなぁ。あ、今もか。
「その先代の魔王様は、周囲から魔力を吸収し自分の物へとする能力でした。魔力の乏しい人族の世界では強いとは言っても元が弱いケットシー族、魔王領の基準に当てはめると中級下位くらいの強さでした。でしたが、魔力溢れる魔王領へ来たとたんメキメキと頭角を現し、魔王に挑めるまでに成長したそうです。そして、先々代の魔王を打ち倒すべく、単独で戦いを挑んだのです」
話しすぎて喉が渇いてきたので、お茶で軽く喉を湿らし、続きを話し始める。
「先代の魔王様は周囲から魔力を吸い取る能力。当然ながら同じ魔族からも吸い取ります。そのため、単独での魔王討伐に挑まざるをえなかったそうです。ですが、その能力は、対魔族に関しては無敵の能力。あらゆる魔法をその身に吸収し己の力へと変える悪夢のような存在。当然、先々代の魔王もかなわず、最後には打ち倒されたそうです。ですが、その時に何らかの契約をしていた『災厄の暴龍』が暴走。そして、先々代の魔王様の仇を取るべく動いたのです」
仇っつっても、先々代は生きてて、まだピンシャンしてるんだけどもな。
「契約により多少は大人しくなったとしても、その存在は『災厄の暴龍』、本質は何も変わっていなかったそうです。先代の魔王様との戦いは熾烈を極め、空を焦がし、大地は吹き飛び、湖が蒸発したそうです。今はジャナル盆地と呼ばれる場所、あそこには昔は湖があったそうです」
どんな災厄だよってな話だよな。俺っちも、直接本人から聞いたときは、間抜け面をさらしたもんだぜ。
「そして、戦いは30日間にも及んだそうです。いくら魔力を吸収できたとしても、先代は強大な能力を持つだけの普通の魔族、疲労に倒れたところを『災厄の暴龍』の一撃をもらい、大地に踏みつけられ、ブレスで灰になるまで焼かれたそうです」
灰になるまで、のくだりで『ヒィッ』ってのが聞こえたけど、それで死んでたら魔王にはなってないよな。
「先代の魔王様は灰になるまで焼かれましたが、何がどうなったか、灰の中から再生し、再び『災厄の暴龍』に戦いを挑んだそうです。この時点で『災厄の暴龍』は自らが勝てないと判断したのか、戦うことを諦め、長きにわたる戦いは終焉を迎えました。その後、先々代の魔王様は退位し、史上初となる猫魔の魔王様が誕生したのです」
灰の中から再生って辺りで『ヤッタッ』って聞こえたのは、ドロシーかな? この子、英雄願望が強いってよりも、明らかにジャンヌさんに何かされたクチだろうなぁ。
「そして負けを認めた『災厄の暴龍』と先々代の魔王様は辺境の地に移り住み、今現在へと繋がるのです。なので、この村に住んでるのは、その昔、魔王領をどん底の恐怖へと突き落した存在なのですよ」
今のホワホワした性格からは予想だにできないがな。
「と、いうわけで、昔話はおしまい。みんなも、あの人に喧嘩を売っちゃダメだからな?」
「ハーイ」
「わ、わかってるですよ・・・・・・」
「マスター、ここから引っ越さない?」
あの人には喧嘩を売らない限り大丈夫だってば。それに、何かあっても先代の魔王様もまだ生きてるしな。
「ありゃ、もうこんなに暗くなってたか。んじゃま、私たちはお暇するとします」
窓の外は真っ暗だ。かなり話し込んじゃったなぁ。
「あら、夕飯くらい食べていけばいいのに」
「いえ、大丈夫です。こいつが大食いなもんで、たぶん足らないです」
「そういえば龍種でしたっけ? 残念だわぁ」
「また機会があればいずれ。すまんな二人とも。また遊びに来るよ」
「カイム帰っちゃうの~」
「うん、わかった。おっちゃんまたねっ」
「ほら、アレフィ帰るぞ」
ドアを開けると、アレフィはビクッと反応してた。怯えすぎだってぇの。
「ほら、帰るぞ。んじゃ、お邪魔しました~」
「またきてね~」
「アレフィちゃんもまたね」
手を引くと、いやいやながらアレフィも歩き出した。
さて、こいつの夕食、どこで調達するかなぁ。
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