第9話 狩る者、狩られる者
「もう! 謝ってるじゃない。しつこいんだから~」
反省の色が見られないなコイツは。
あの後、とてもじゃないが移動することはできず、その場で唸ることしかできなかった。
予定外の時間の経過のそのまた経過。本来の日程を、5日ばかり超過した計算だ。
あぁ~、あの依頼もこの依頼もキャンセルしなきゃならないだろうなぁ・・・・・・。
村へ帰還するのは良いが、少し憂鬱な気分になる。
あのまま邪魔をされなければ、すでに村へ着いて、次の依頼に取り掛かっているはずなのになぁ。どうしてこんな事になったのやら。
俺の股間のブツは、さっき物陰で確認したところ、特に問題は無さそうだ。幻痛なのかはわからないが、腹の底からズクンズクンとした痛みを感じるのだが、ケガが治りつつある今、気にするほどではないだろう。
辺りはすでに真っ暗。そして食料も水もない状況。そして、耐えがたい空腹と身体の痛み。そしてこの場から動けない俺。もうダメだ。死ぬかもしれん。どうしてこうなった?
耐えがたい空腹は、その辺の木の皮を剥がし、薄皮を口に入れることでしのぐ。
正直な話、マズぃ、エグぃ、シブぃの三拍子だ。だがこんなモノでも、わずかな水分と栄養を摂取できるのだ。よく噛まないとお腹を壊すがな。
クッチャクッチャと、木の薄皮を噛んでいると、アレフィの声が聞こえてきた。
「あれ~? 何食べてるの~?」
お前には関係ねぇ! この木の皮は俺の物だ!
駄龍の言葉を無視しつつ木の皮を噛んでいると、『バキッ! ボリッ! ゴリゴリッ!』っという音と、血の匂いがしてきた。
「ちょっ! おまえ、何食ってやがるんだ!?」
俺の言葉にこの駄龍めは・・・・・・。
「え? さっきそこを通りかかったやつが美味しそうだったんで、マルカジリしてるとこだけど?」
とか言いやがった。
俺の分は無いのかと聞くと?
「え~、マスターなんか食べてたじゃん」
と、きたもんだ。
「食い物がねぇから木の皮をかじってたんだよ!」
「木の皮・・・・・・? 美味しいの? それ」
俺はニヤリとしてこう言ってやった。
「あぁ、旨いぜ。アレフィも食ってみなよ」
と言うと、この駄龍は何の疑いもなく木にかじりつきやがった。
俺は、してやったり・・・・・・と、思ったのだが、アレフィのやつは。
「オイシー! ナニコレ! サクサク、ザクザクして歯ごたえも良いし、何とも言えない味がする!」
と、目の前の木をガリガリと食べていやがった。
チッ! この悪食め。
結局、アレフィに頼んで獲物を取ってきてもらった。
「あ~、肉って旨いな~」
「そうだよね~」
「あはははははっ」
「肉も木もオイシイヨ~!」
コイツはまだ子供。しかも赤ん坊に等しい経験値しかない。こんな相手に意固地になっても仕方ないしな。次に同じ失敗をしたら、その時はよく考えるが。
まぁ、アレフィが肉だけじゃなく木もイケるクチってのは、良い情報だ。どう見ても大食らいだろうからなぁ。これで食費に関しては何とかなりそうだ。と、少し安心して、その日は床についたのである。
次の日の朝、俺っちは探し物をしていた。ブツは愛用の槍。
軽く放り投げたはずなのだが、どこまで行ったモノやら。
アレフィのやつは別行動だ。俺の代わりに朝食の調達に行かせた。
あいつ、朝食に『食べるものが無いならその辺の木を食べればいいじゃない。昨日も食べてたでしょ?』とか言いやがったので、『お前の尻尾でもいいぞ。肉厚で旨そうだ。ジュルリ』と返したら、慌てて獲物を狩りに行ってくれた。
うんうん、言葉が交わせるんだから、意思の疎通は大事だよな。
ようやく見つけたと思えば、なんか獣臭い。地面に刺さった槍の向こうに『クママ』の姿が見えた。
『クママ』とは、全体的に大柄でがっしりとした体躯をしており、その巨体から繰り出される爪の一撃は巨木をもなぎ倒す、森の中での支配者級の存在だ。意外にも視力はそれほど良くはなく、その代わりに嗅覚が発達している。基本的に雑食性で、何でも食べる。
こんなところでエサにはなりたくないし、かといって無用の狩りも好まない。まぁ、正直な話、クママの肉はあんまり旨くはないんだよな。旨くない肉を無駄に狩ることもないだろうと、気配を殺して風下から近寄る。
クママは睡眠中のようで、特に動くことはない。まぁ、野生動物に気取られるほど、俺っちの隠形も下手じゃないってことだな。
槍を引き抜き、その場を離れようとしたら、何らかの昆虫がピョンピョンはねて、クママの方に向かっていった。そしてそのままクママの上に乗り、そのままジャンプしようと瞬間、クママが目を見開き、その昆虫をパクリと口に納めモグモグと咀嚼をし始めた。
俺っちとクママの距離は10メルトほど。そのまま逃げるには近すぎる。
槍を地面に預け、気配を殺し『俺は木、俺は木』と、木になりきるために心を落ち着かせ、自然との一体化を図る。
クママは俺っちに気づくこともなくその場を後にしようとしたが、その時、風の向きが変わった。変わってしまったのだ。
俺っちが風上で、クママが風下になるように!
『グルルルル』と唸り声が聞こえてきたので、諦めてクママの方を見ると、臨戦態勢に入りつつある。
はぁ、何なんだろうなぁ? 数日前から俺っちの運気は下がりまくりだ。なんでこうなった? 運の悪さを呪う。誰を呪えばいいのやら? 自分のふがいなさ? それとも、無駄なおせっかいを焼いたこと?
こうなってしまえば逃げることはできない。クママの走る能力は意外と高く、背を見せたら追いかけてくるからだ。俺っちなら振り切ることもできるが、クママは嗅覚がきく。下手に追跡されて村にまで追いかけられたら、村の子供たちがやべぇ。
「はぁ、仕方ねぇなぁ」
俺っちは諦めて、あくびをしながら背筋を伸ばす。こういうときほど緊張をほぐすべきだからな。
さて、ヤるか。
目の前のクママは、重心の取り方から左利きのように思える。
俺は大きく深呼吸し、筋肉に酸素を取り込み始める。そして、クママを正面に捉え、槍を右前半身に構え、槍を頭上に掲げ、刃先を眼前に持ってきて、いつでも動けるように備える。
この手に携えし槍は、袋槍と呼ばれる刃先をしている。突いてひねりを加えることで、より深く突き刺すことができる形状の刃先だ。
さて、どこを狙うべきか? クママの頭蓋は堅く分厚く、そう簡単には貫けない。俺の槍なら貫くのは不可能ではないが、より確実に仕留めたい。ここ数日、
無駄にケガをしすぎだ。クママ程度の獣の一撃でやられるとは思わないが、ケガなく終わらせられるならそれに越したことはない。
にらみ合いをしても仕方ないので、摺り足でスッと間合いを詰めるとクママが動いた。
その場で立ち上がり、左腕を振り上げ、俺の頭を砕こうと腕を振るう。
ここが勝機!
俺は右前に大きく動き、がら空きになったクママの脇の下に狙いを定める。
「
右手で穂先を導き脇の下に突き刺し、左手でひねりを加え刃先をねじりこむ。
2メルトほどの槍の半ばまで勢いよく突き徹し、ひねりを加えつつ一気に引き抜く。
肺腑を貫き、心の臓を突き破ったと確信できる一撃。
そのまま後ろに一跳びし、槍に付着した血を払い飛ばす。
たとえ致命傷を与えたとしても、野の獣相手には油断はできない。
クママが振り下ろした自分の手の勢いに負け、そのままひっくり返っていっても、周囲の気配を探り、不意打ちを食らわないように神経を張り詰める。
この手の状況で、漁夫の利をえようとする魔物が居たりするかもしれないからだ。油断大敵ってこった。
そのまましばし待機し、周囲に敵対者がいないことを確認し、初めて息を大きく吐く。
「ふひゅ~。やれやれ、朝から大物を仕留めにゃならんとはねぇ」
コイツの肉は、正直好きにならんから、アレフィにでも食わせればいいか。と、血抜きをせずに放置し、俺はアレフィが戻るのを待つのであった。
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