第8話 痛恨の一撃
結局、アレから更に3度ばかり振り落された。
言っても聞かないというか、直ぐに暴走するので、今は手綱を左手で握り、右手には槍を構え、無茶をしようするとアレフィの頭を叩くようにした。
いや、俺っちが素手で叩いたところで、残念ながらコイツの防御を貫く事はできなかった。一応、俺っちの槍も、古今無双の業物だしな。
「もぅ~、そんなにゴンゴン叩かないでよ~。バカになっちゃうじゃん」
何を今更。馬鹿はこれ以上馬鹿にはならないのだ! だから大丈夫なのだ!
「ふむ、なら叩きまくると、一周まわって天才になるかもしれんな」
いや、マジになってくれないかなぁ~っと、切に思う。
「手綱を左に引いたら左に曲がる。分かるか? コッチの方だ。右に引いたらコッチな」
そう言いつつ、槍で左右の肩を叩く。
何度も間違えたが、ようやく暴走も無くなり、こっちとしても一安心だ。
「手綱を引いたら速度を落とせ。手綱を緩めたら速度を上げても良いって事だ。シッカリ覚えるよ~に」
口で言っても即暴走するため、嫌々ながらも暴力に訴え出ることにした。
いや、俺っちも暴力は嫌なんだよ? タノシクナイヨ? ホントウニイヤダナ~。
「マスター・・・・・・なんだか楽しそうだね?」
「そうか? お前がちゃんと聞き分けの良い子になってくれれば、俺っちも言う事は無いんだがね」
この程度は先行投資と思えば良い。それに村の子供たちの相手で、比較的子供の相手は慣れている。適当な所で飴を与えればいいだろう。
「マスター、なんか悪い顔してるねぇ~」
「良いから前向いて歩け」
最初にズル剥いた手が痛ぇ。いくら身体的強化系魔法が常時発動してるとは言っても、『不死族』では無い為、そこまでの回復力はない。そういや、先代の猫魔の魔王様、死した後の灰の中からでも復活するってぇ噂。あれ、マジもんなのかね?
「ん~マスターどうしたの? 怪我? 舐めようか?」
アレフィがこっちを見ながら、ベローンと舌を出している。
違和感があったので、ふと手を伸ばしアレフィの長く肉厚の舌を触ってみると、ヤスリの様に硬くザラザラしており、肉とかを簡単に削り取れそうな感じだ。
「アホか? お前は。そんな舌じゃ治るどころか逆に削れるだろうが?」
それが狙いか?
「む~。ボクは親切で言ったのにな~」
「お前の舌じゃ逆に怪我をする。俺以外にもやるなよ?」
「大丈夫! ボクはマスター一筋だからっ!」
あの滝の様に流れ落ちるヨダレを見てる以上、欠片も安心出来無ぇ~よ!
「皮が剥けただけだしな、放っときゃ治る。あ、慣れてきたみたいだし少し速度を出しても良いぞ」
「りょ~か~ぃ」
俺っちの了承を得て、アレフィは徐々に加速して行く。
キチンと制御できるなら、この速度は喜ぶべきモノだ。戦場においても良い足となるだろう。そうはいっても、魔族と人族との間で、ここ最近は目立った戦争も起きて無い訳だが。
「よぉ~し、調子が出てきたぞ~! マスター、もう少し速く行くよ~」
教育のお蔭か、今度は手綱の操作通りに動く。
「良いぞ。だが最高速は・・・・・・!?」
俺の『良いぞ』の辺りで、アレフィは一気に最高速へとひた走る。その衝撃で、俺っちの手から手綱が振りほどかれた。
その影響か、更に加速する。
「ちょっ! 待て!」
「あはははははははははっ! 速い速ぁ~~~~~い!」
静止の声を上げるが、アレフィには届かないようだ。クソッ! 手綱で操作するように教育したのが裏目に出たか!
今度はキチンと巨木は避け、蛇行しつつ走り抜けている。
このままでは振り落されるのも時間の問題なので、自ら離脱するために腕と脚に力を入れる。
さぁ、跳躍するぞ! と身構えた瞬間、何やら得体の知れない浮遊感が俺っちを襲った。
「わぁ~っ! マスター、ボク飛んでるよ~っ!!」
ふと周囲を見ると何もなく、後方を見ると岩肌が高速で上方へと昇って行く。
おわっ! そういや、今の現在地は!? すっかり見落としてたが、確かここらは崖になってたような? え? まだ先じゃねぇ~の? 早い。予想よりも早く到達してたか!?
「馬鹿っ! 飛んでるんじゃないっ! 落ちてるんだっ!」
アレフィのその身体に対して、とてもとても小さな羽が、あたかも飛んでるかのようにパタパタと忙しなく動いていた。その間にもアレフィの『飛んでるよ~! 飛ぶのって気持ち良い~ねっ!』ってな能天気な声が焦った俺の脳に響く。
地面に激突する前に離脱しなければ! と、歯を食いしばった次の瞬間、ガズンッ! と言う音と共に、強烈なる衝撃が襲って来た。中腰ではあったが、その衝撃を殺し切ることは出来ず、俺の身体はなすすべもなく宙に投げ出された。
「ぐふっ! 危なく舌を噛むとこだったぜぃ・・・・・・だが、この高さなら問題は無い!」
俺は衝撃を殺し切る為、空中で中腰になり脚のばねを働かせようとした。
が、着地地点を見て愕然とする。
「ちょ! 岩が足元に!!」
そう、緑色をした丸っこい岩が、ちょうど着地地点に鎮座していた。
着地点が不安定だが何もしないわけにはいかない。手に持っていた槍を軽く放り投げ着地点から遠ざける。そして、全身の力を脚に集結! その衝撃に耐えようとし、着地の瞬間を待った。
それがまさかあんな事になろうとは、その時の俺には知る由もなかったのです・・・・・・。
全身の力を総動員させ、脚に力を入れる。この程度の落下速度なら問題なく着地できる・・・・・・その筈であった。
足の裏が岩を捉えた瞬間、左右に『ずりっ!』ってな感じで無理やり足を広げさせられた。瞬間的に目をやると、緑色の岩と思っていたが、実は苔むした岩だったようだ。
苔のついた岩は当然滑り易く、苔も岩にへばりついてるだけで非常に脆い。
ヤバイと思い、瞬間的に手をつこうとするも、少々後方への遠心力のかかった身体は止めることが出来ず、その結果・・・・・・。
「をきょぽっっ!!」
男にとって、大事な大事なモノを強打することになってしまった。
股ぐらから脳天へと突き上げるような衝撃と共に、一瞬にして視界が真っ白になり何も考えられなくなる。
俺の身体は着地と同時に少しバウンドし、岩の側へと落ちていく。
身体が地面へと着地した衝撃をも上回る、大事な大事な場所への痛撃。
「・・・・・・?¶※〆?・・・・・・」
目の前がチカチカし、あまりの衝撃に言葉にならない。
「・・・・・・~~~~っ!・・・・・・」
俺は、にゃおう様の側近であった人族の男と淫魔族の女との間に生まれ、かなり過保護に育てられた。そう、俺はお坊ちゃんだったのである!
「っっ!! くふっ! くふっ! ・・・・・・」
俺のクラスは『侍』と良い、『稀人』がもたらした武術系等で構成された、一種の特殊技能集団である。我々『侍』は、高火力、高機動力、高回避力で、初手にて見敵必殺を旨とする戦闘技術を磨いている。そのため防御力はそれ程でもなく・・・・・・。
「・・・・・・くぬふっ! ・・・・・・」
この世で最高の調味料は、『稀人』である同じ村のユーカさんお手製の『マヨネーズ』だ! あの旨さに比類するものなく、この調味料を好む者は、異世界の言葉で『マヨラー』と言うらしい。だとするならば、俺はこの世界で最高峰の『マヨラー』だと断言できる!
「・・・・・・くっくくっくくっくっく! ・・・・・・」
俺の鎧は『
「・・・・・・ハァッ! ハァッ! ・・・・・・」
大事なところから炎を吹いていてるかのような激しい痛み!
時として人は、あまりの激しい痛みを受けると、心の臓がショックで停止することもあるそうだ。戦場にて、股間への痛打で命を落とした者も多いと聞く。だが、しかし、この痛みに耐えるくらいなら、いっその事、切り落としてくれようか! 切り落としたらこの痛みは無くなるんじゃないかな!? かな? かなぁっ!!
ハッ!? イカン、イカン。あまりの痛みに錯乱していた様だ。気が付くと、抜身のナイフを構え股間へ当てようとしていた。
ヤバイ俺! 意識を保つんだ俺ぇぇ~っ! しっかりしやがれ俺ぇぇぇ~~っ! ナニやってんのぉ~っ!
俺の異質なる思考に、本能が待ったをかけてくれた。その御蔭か、少し自分を取り戻せた。茫然自失状態で抜き放ったナイフを、しっかりと鞘に納める。
「くっ! 俺もまだまだ修行不足だな・・・・・・」
師匠に初めて師事し、初期の修行中、油断していた俺が師匠に喰らった一撃以来のこの痛み! 実に数百年ぶりだ・・・・・・何度も味わいたいとは思わないが。男にとってここへの攻撃は死に至る衝撃! 股へ攻撃対処法はミッチリと学んだ筈なのだが・・・・・・学んだはずなのだが、今回ばかりは回避できなかった。
不測の事態とは、予測できないから不測と言うのである。今回の様な事を想定しなかった俺の責任・・・・・・とか、割り切れるか腐れボケェがぁ~~~っ! あぎゃぁぁぁぁっ!
ハラワタがデングリ返る様な不快感と、猛烈な吐き気。吐き気はするがモノはでないという不快感。そして、激しい頭痛。また、ある種の酩酊感が俺の意識を飛ばそうと襲い掛かってくる。
クソッ! 何たる無様な・・・・・・。何はともあれ、こんな森のなかで意識を失うと、命がヤバイ!
痛みを紛らわそうと、岩に背を預け、逆さになってみる。・・・・・・だが効果なし。
樹の根元にしがみついてみる。・・・・・・だが、効果なし。
ズボンをめくり、フーフーと息をかけてみる。・・・・・・だが、効果なし。
岩から冷たい苔を選びつつ剥がし、股間に当ててみる。・・・・・・あ、少し効果あるかも?
「あらら~、頭がグルグルするよ~」
独り悶絶していると、アレフィの脳天気そうな声を耳に捉えることが出来た。
アイツも無傷とは行かなかったようだ。それは当然だろう、アイツが無傷なら俺は到底許せそうにない。
「マスター、どこ~?」
ガサゴソと、草木を掻き分けるというか、押し潰すような音が聞こえてくる。
が、俺はまだ声が出せるほど回復はしていない。
仕方ないので、地面をバンバンと叩いて音を出す。
くっ! ダメだ、振動を与えたら痛む! 完膚なきまでに潰れていなければ良いのだが。俺の回復能力でなんとかならないかなぁ・・・・・・。
どうしてこうなった? 一体何が悪いのだ? 俺が何かしたのかよ?
ハラワタがグルングルン回転してるような不快感と闘いつつ、精神を集中させる。
刺激を与えないように回復に集中していると、またも脳天気な声がすぐ側で聞こえてきた。
「あ、マスター、ここに居たんだ。あれ? もしかして怪我をしちゃった?」
「・・・・・・~~~っ!」
草むらから顔を伸ばしたアレフィの顔がそこにはあった。
「え? 何? 聞こえないよ~」
口をパクパクして伝えようとするが、未だに声にならない。
「っ!! 」
「なに? なんて言ってるの? ハッキリ言わないと、ボク、わかんないじゃない」
ぶっ殺すぞこのクソ野郎っ!
「ん~、今度の怪我は重そうだね? 舐めてあげようか? マスターのためだしね、遠慮しなくて良いよ~」
バッカヤロウ! んな所を舐めさせられるか! っつ~か、お前の舌だと削れて無くなってしまうわ!
「ふぐっ! ふぐっ! ふぬぐ~っ!」
抗議の声をあげたつもりだが、まだ舌が麻痺してるのか声にはならない。
アレフィの心配そうな声は有難いが、お前のためにこうなったんだからな!
と、伝えることも出来ず、暫く悶絶するほかは無いのであった。
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