第7話 移動手段

 アレフィはどこからみても龍種族だ。そして、人語を解する龍種族は複数ある。


 知能の高さで判断するならば、空を飛ぶことのできる浮空龍等の飛行種だ。浮空龍と心をかわし、共に空を駆ける龍騎兵は、比較的知られた存在だ。

 だが、アレフィの見た目は、走騎龍と呼ばれる存在によく似ている。下肢が太ましく、上肢が若干細めで、通常は四足歩行を行い走行時には速度と共に、後ろの二足歩行に移行するタイプだ。

 そして判断を悩ませるモノが、背中にある羽根だ。しかしこの羽根も浮空龍とかと違い、この図体にしては若干控えめで、空を飛べるものとは到底思えない。そもそも、走騎龍には羽根すらも無いはずなのだが。

 そしてその知能も、一応は人間の言葉を理解できる程度の知能はあるが、言葉を操れるほどの知能はないはずだしな。


 俺っちもかなり長く生きてはいる。その中の記憶をフル動員したところ、思い当たる龍種もなくはない。

 あそこまで知能が高いことから考えて、可能性が高いのは、神龍族、暗黒龍族、闇龍族の三種族。だが、神龍は純白に輝く鱗を持つ神の使い。暗黒龍は漆黒の濡れたような鱗を持つ邪神の使い。と、すると、闇龍と言うことになるのだが、闇龍は暗黒龍ほどの美しさはないが、黒い鱗のはず。でも、アレフィの鱗はくすんだ銀色。どの龍とも特徴が合わない。しかし不確定要素もある。アレフィが言っていた俺の血液だ。これのおかげで成長の促進と共に、知能も発達した可能性も否定はできない。


 コイツの正体は一体何だ?

 

 この場では判断がつかないが、村に帰ればこの手の知識を持つ人はいる。ジャンヌさんとその旦那さんだ。先々代とはいえ、旦那さんは長らく魔王の座を守り抜いた存在。その知識は多いだろう。 

 まぁ、今はそんな事はどうでも良い。



 アレフィが乗せてくれると言うのならば、断る事も無いだろうと思い乗せてもらうことにした。

 ここは人目につかない森の中。中身が幼女でも、こいつは成龍に近い立派な大きさ。大丈夫だ、問題ない。幼女の背中に乗るプレイとかではない。断じてないのだ!

 それに、ただでさえ日程は大幅に遅れてるんだ。それを取り戻すためにも、悪くない提案だ。

 だがしかし、一つ問題が・・・・・・。


「アレフィ、背中のどのあたりに乗ればいい?」


 背中は結構ツルツルなのだ。引っ掛かりとかそういうモノも無いしな。


「ん~、適当に?」

「適当じゃ判らん」


 何を言ってるのだ? コイツは。目の前の巨大な図体をした龍を、俺が無言で圧力をかけつつジト目で見つめたところで、仕方の無いところではなかろうか?


 ・・・・・・。


「うん、実はボクも走るのは初めてなんだよね~」


 ・・・・・・。


「いや、ホラッ、一昨日まではボクは小さかったしぃ、抱っこされて移動してたからねぇ」


 ・・・・・・。


「だ、大丈夫だから! タブン・・・・・・」


 ・・・・・・。


「さ、最初は練習からだよねっ!」


 ・・・・・・。


「大丈夫! 誰にでも初めてはあるんだし、その初めてがマスターで良かったなぁ!」


 ・・・・・・。


「それに、マスターを乗せて練習すればコツを掴むのも早いだろうし!」


 ・・・・・・。


「あの、そのぉ・・・・・・」


 ・・・・・・。



 俺の無言によるジト目攻勢に、涙目っぽくなったところで許してやる。


「まぁ良いだろう。誰にでも初めてってのはあるしな。だが、自信満々に『背中に乗ってよ!』ってのは、無いよなぁ?」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」


 なんと言って良いのか判らんが、とりあえず頭痛が痛い。頭が痛いじゃなく『頭痛が痛い』ってくらいに頭が痛いわ!

 初めて走る上に、鞍も無ければ手綱もない背中に乗れ! ・・・・・・と? しかも歩くのすらおぼつか無かった記憶があるが? コイツの頭をカチ割って中身をのぞいてもいいかな? いいよね?


 ま、冗談はさておき、このままでは埒が明かないので手綱代わりのロープをカバンから取り出す。こんなこともあろうかと、ロープを用意していてよかったぜ。

 え? こんな特殊な例はそうそうないって? いや、このロープは崖から降りたりするためのロープだからな。いわゆる、ザイルって奴だ。そのため、通常のロープよりはるかに強い。龍の身体に巻き付けて使う用途ではないってのが、不安が残るところではあるのだが。


「あ~、まずはしゃがめ。ザイルを袈裟がけに通すから動くなよ」


 アレフィをしゃがませ、抜け落ちないようにザイルを右腕と左腕とを交差するようにかけ背中へ回す。たすき掛けの要領だな。少し余る程度で余分のザイルは切ってしまい、端を堅結びにして置く。すっぽ抜け防止だな。

 羽根の動きの邪魔にならぬように、羽根の少し後ろに腰を掛け、槍は邪魔にならないように、アレフィの背中と俺っちのお腹で挟み込むようにして保持をする。そして、ザイルを両手でたぐり寄せ、身体を背中に押し付けるように固定をする。


「アレフィ、立っても良いぞ」


 俺っちの言葉と共にアレフィが勢いよく立ち上がる。そう、勢い良く立ち上がりやがった。『俺』が背中にいるというのにだ!

 その反動で身体が吹き飛ばされそうになった。つい、堪忍袋の緒がブチッとしちゃいそうになったのは、致し方ないところではなかろうか!?


「ちょっ! てんめぇっ! 勢いつけすぎだ! もう少し考えろよ!」

「ご、ごめんなさい! 加減が解らなくて・・・・・・」


 つい、ありったけの殺気を背中から浴びせてしまったのは、致し方のないところではなかろうか?


 初めてなら仕方ないとは俺も思う。だが、もう少し騎乗者に配慮するように立ち上がるのが、初心者ってぇモノだろう? なぁ? あぁん?





「良し、良いぞ。最初はゆっくりとな・・・・・・良いか! ゆっくりだぞ? フリじゃないからな? ゆっくりとだぞ!」 


 いきなり最高速で走り出し、その勢いのまま振り落されるお約束は、真っ平御免である。


「うん! 最初はゆっくりだね。ボクも不安だから・・・・・・ゆっくりとね」


 アレフィは返事と共にゆっくりと歩きはじめる。歩幅も広く中々の速度だ。俺の早走り程度の速度か? ゆっくりでこれなら、傭兵の任務に使えるかもしれん。荷台とかをこしらえれば、輸送任務がはかどるな。正直、良い拾い物をしたかも知れん。


 そう思ってた時期が俺にもありました。








「ちょちょちょちょっ! 速い速い速い速い速ぇっつ~のっっ!!」


 歩くのに飽きたのか、アレフィの速度はドンドン増して行く。


「ちょ! 前っ! 前に木が!!」


 無茶スンナ!


「え~大丈夫だよ~。マスターは心配性だなぁ~」


 アレフィの声はノンビリしてるが、速度は増して行く。


「ちょっと待てって! 目の前に枝がっ! 痛い痛い痛い痛いっ!」


 バチバチ、バキバキと、俺の身体に葉が当たり、巨木の比較的細い枝を圧し折っていく。


「え~キチンと避けてるよ~」


 お前の身体は避けてるが、俺の身体には直撃してんだよ!


「ダイジョウブ、ダイジョウブ。うひゃ~っ! ボクってこんなに速く走れたんだっ! サイコーッ!!」


 アレフィの速度は益々増していく。完全に暴走状態だ。背中の羽根がパタパタと上下に動いて居るのは御愛嬌か?


「痛い痛い痛い! 枝の下をくぐるな! 俺の身体に当たってるぅっ!」

「そなの?」


 アレフィは、ヒョイって感じで後ろを振り返り俺を見るが、目の前に大ぶりの枝が迫って来て居る。


「前! 前向いて走れ~っ!!」

「もうっ! 注文が多いんだから」


 アレフィは、ヒョイってな感じで、当たるスレスレで気安く枝を回避。その分、俺が枝の直撃を食らう。


「おまっ! アホッ! 痛い痛い痛いっ! ゲゴフッ!」


 葉と枝に強襲され、追加とばかりに何やら太ましい枝に胸板を強打され、移動速度も相まって、手綱を握る手がズル剥けになる感覚と共に、進行方向の斜め上へ吹き飛ばされる。


「あのバカっ! クソッ! 俺とて侍の端くれ! この程度でっ!」 


 このままだと背中や頭から落ちそうだったので、脚を左右に広げ、落下制御しつつ身体に捻りを加える、そして進行方向に対して横向きになると、そのまま周囲を把握し着地に備える。

 周囲に危険物がない事を確認し、刀が抜けないように柄頭を手で押さえ、着地と共に脚を曲げ衝撃を殺すと共に進行方向に跳躍し、更に勢いを殺す。

 ズザザザザザーーーーッ! と地面を滑り、このままでは勢いを殺せないと判断、更に跳躍し側転を加えつつ正面に見えた巨大樹の幹に着地、そのまま地面へ降りる。

 着地点よりも目測で7~80メルトばかり吹き飛ばされた計算だ。


「あのバカ! 無茶スンナとあれほど言ったのに・・・・・・こりゃ、おしお・・・・・・いや、教育だな」

 

 俺だから助かったようなもので、普通の奴ならズタボロのミンチだったぞ。この状況。タンが絡むような感覚があったので、ゲホッと咳をしたら血が一緒に吐き出された。


 あのむちゃくちゃな暴走速度だ。アレフィのやつはしばらく止まれなかった様で、遥か前方から『マスター何処~?』と、能天気な声が近づいてくる。


「はぁ~~~・・・・・・やれやれだぜ」


 茂みを掻き分け猛進して来る駄龍に、俺は盛大な溜息をついたのであった。


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